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水曜どうでしょう

登録日:2009/05/28 Thu 23:31:18
更新日:2026/06/29 Mon 01:22:32
所要時間:約 8 分でおみまいするぞ!


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(o▽n) 1/6の夢旅人 1996年 HTB noちゃん onちゃん うれしー おいパイ食わねぇか お尻がランブータン お遍路 ここをキャンプ地とする たまに涙腺崩壊 だるま屋ウィリー はかた号 またしても何も知らない大泉洋さん(23) ゆるキャン△ インキー ガメラ クラシック ダメな大人の万国博覧会 テレビ番組 ネタが多すぎてタグに困る項目 ピストル大泉 プーさん爆死 ミスター リターンズ 北海道 名言の宝庫 基本gdgd 大泉洋 大泉洋のホラ話 始末書 嬉野雅道 安田顕 寝釣り 小松 小林製薬の糸ようじ 愛すべきバカ達 文久三年 星野倖一郎 暴言の宝庫 栗生んじゃねぇ? 樋口了一 水曜どうでしょう 水曜日 漫画 秋田書店 移動番組 笑いあり涙あり 腹筋崩壊 藤やん 藤村忠寿 赤福 迷言の宝庫 週刊少年チャンピオン 鈴井貴之 長寿番組 顔芸 飯テロ(別の意味で) 騙し、騙され、罵り合い



How do you like Wednesday?


チャーンチャッチャッチャッチャラチャララー
チャラララチャララー チャーン
ジャーン ジャーン ジャジャジャジャジャーン


(推奨BGM:水曜どうでしょうタイトルテーマ)




『水曜どうでしょう』とは北海道テレビ放送(HTB)が制作している深夜番組である。
主な略称は“どうでしょう”、“水どう”。番組内での通称は“どうでしょう”である。

本項の放送日は全て、HTBでの放送基準で記す。

○目次

いいから概要書け概要!

元々HTBでは平日深夜の帯で「モザイクな夜」という番組を放送していたが、札幌と言えば……のすすき野の風俗街のリポートなどを行う懐かしの深夜のお色気番組だったために上層部から低俗番組の烙印を押され打ち切りが決定。
しかし、そんなお色気番組の中でニュースや真面目なリポートにも回れずに潰しが効かないバラエティ部門で頑張っていた藤村Dの嘆願により「一日だけでも自社枠を残してほしい」との声から期待されずに始まったのがこの番組である*1

タイトルはミスター(鈴井貴之)の発案から生まれたもので、『水曜ロードショー』*2のダジャレである。

最初期には著名ミュージシャンへの「アーティスト・インタビュー」や、藤村Dが「モザイクな夜」時代から手掛けていたコント*3、特撮パロディドラマ『雅楽戦隊ホワイトストーンズ』なども引き継がれると共に並行して放送されていたのだが、後に後述の“どうでしょう班”による旅企画(?)が人気になったために消滅。
以降は、「旅企画」をメインに“どうでしょう班”のみの企画で視聴率を獲得できるようになったので余計なコーナーが自然消滅した。
現在は、ビシバシステムのコントのみオンデマンド配信され、『雅楽戦隊~』は姉妹番組ともいえる「ドラバラ鈴井の巣」に継承された。当時の番組コンテンツが色々あった頃の名残は初期の前枠・後枠でも確認できる。

主な番組形態は、ローカルタレントである出演者2名+ディレクター陣2名の計4名(+α)からなる通称“どうでしょう班”が、無謀とも思える目的が設定された旅を、道中で罵り合い・愚痴り・みみっちい小競り合い等、本筋から逸れた行為を行いつつ達成していくものである。
ロケでの撮影機材は主にホームビデオ撮影などに使われるようなビデオカメラのみ、殆どが車中や公共交通機関での移動シーンに終始しており、旅番組ながら観光名所巡りなどの要素はかなり薄い。実際、オンデマンド配信で大泉とミスターが番組内容を紹介した際に「旅番組というより移動番組に近い」「ケンカとか愚痴が見たい人向け」などと紹介したこともある。
積極的にディレクターとタレントが会話していくのも特徴で、テレビ側が隠したいであろうやらせ・仕込みなども積極的に視聴者に暴露していく正直なスタイルも特色の一つである。
低予算ながら視聴者を惹きつける型破りな旅番組のスタイルは、後にフォロワーやオマージュ・影響を受けた番組や動画配信者を数多く生み出している。

最大の特徴は北海道のローカル番組でありながら道外でのロケが多い点
これについては、藤村Dらの方針でローカル番組にありがちな地元企業やレジャーとのタイアップを入れてしまうと、どうしても地方番組にありがちな(ドメスティックな)画面になるのを避けたかったから、とのこと。
なので、番組初期から少ない予算でもなるべく道外に出てロケをしたり、遂には数ヶ月分の予算を前借りして海外ロケを行うという暴挙を行ったのだが、結果的にその試みを成功させる共に熱狂的な視聴者向けのグッズ販売やイベント企画で独自の収益を挙げてHTBを儲けさせると共に番組にも多大な制作費を付けることにも(結果的にだが)成功した。
とはいえ、初の海外大型企画である『オーストラリア大陸縦断3700キロ』は、僅か4週分の素材しか確保することが出来ず、藤村Dは「騙したな!?」と上司から詰められたとのこと。

ちなみに、番組の知名度が上がってからは反対に道内でのロケや企画が増えており、よくある地方番組のタイアップとは大違いの番組の企画に沿う形でのご当地情報や施設・名物の紹介もされるようになった。
これは、道内にて“どうでしょう班”の人気が爆発していたが故の現象であり、実際本放送中にはローカルの深夜番組という枠を越えて大泉も既に北海道を代表するスターとなっていた。

その内容から口コミで人気を博し、更にテレビ朝日の系列局による「自社制作番組研究会」で他系列局のスタッフにも絶賛され、1998年8月に秋田朝日テレビで放送が開始されて以降じわじわと放送局を増やし、更には普及し始めていたインターネットを通じて詳細なファンサイト等も作られていたことから全国に評判が広がる*4
また、決して示し合わせていた訳ではなかった筈なのだが、北海道を訪れた際に大泉の活躍を見かけたPUFFYが自分達の番組(『パパパパパフィー』)に準レギュラー出演させたり、番組ファンが多かったスタジオジブリが大泉らを声優として『千と千尋の神隠し』などに起用したこともまた全国区での知名度を押し上げることに繋がった。もっと前には『ガメラ2』にも出演しているのだが、ミスターがうっかりと大泉の名前を申請し忘れてクレジットされていなかったことを番組内でイジられてる有様で、それから2年程で状況が一変するとは当人達も驚いたことだろう。

2007年には、遂に全国47都道府県での放送を達成した。
勿論、ローカル局の制作番組としては前代未聞である。

……このため、本放送中(90年代)は撮影人数の少なさ&知名度の低さから道外でも伸び伸びとロケを出来ていたのに、本放送終了後の企画(00年代以降)からは国内だと直ぐに気づかれてしまうようになるという弊害も。
不定期放送になって以降はどうでしょうのステッカーを貼った車両とどうでしょう班がすれ違うシーンも増えた。
その意味でも、正に奇跡的なバランスとタイミングで成り立っていた唯一無二の番組だったと言える。

レギュラー放送は2002年9月25日で終了し、その後は「一生どうでしょうします」*5のスローガンの下、数年に1度のペースで新作が放送されている。

新作の収録ペースが開いたのは大泉さんが東京進出して忙しくなったから…ではなく、藤村・嬉野の両Dが他にやりたいことが多数あるため、それを考慮してのことだという。
そのため、「どうでしょう」収録に際しては大泉さんを拉致のスケジュールを開ける権利を持っているとのこと。但し近年ではテレビ離れから「どうでしょう」を(制作スタイル含めて)知らない世代が増えたせいか、大泉サイドからは苦言を呈されたこともあるとか*6

不定期放送化以降も藤村・嬉野両Dを主軸にトークイベントや地方巡業などを実施しているほか、頻繁な再放送に加え大泉さんが全国区のタレントになったこともあり、全国放送のドラマやアニメ(特に大泉洋出演作品)で本作のパロディやオマージュと思しき演出も多々登場するようになった。

『どうでしょう』が単独のコンテンツとして人気になるだけでなく、本作のレギュラーである大泉、準レギュラーの安田の他にも他のTEAM NACSメンバーもちょいちょい出演しており、後番組『ドラバラ鈴井の巣』でのレギュラーを切っ掛けとして道内を代表するローカルタレントに、00年代からは全員が全国区に進出してドラマでの活躍をしていくことになった。また、本作を皮切りに大泉およびTEAM NACSメンバーが出演している北海道ローカルの番組が全国各地で放送されるようになった。
TEAM NACSがアマチュア演劇集団からプロとなる足掛かりを得たのも、大泉が『どうでしょう』で得た知名度により舞台に足を運ぶ人間が増えたのが切っ掛けで、そこでチーム自体にもファンの注目が集まったことからである。

名言が多いのもこの番組の特徴で、動画サイトではそれを纏めたMAD等もUPされている。

長く愛されている番組ではあるが、時代の移り変わりに伴ってテレビのコンプライアンス強化やルールの変更などに伴い、令和のテレビでは実現不能な企画や表現*7が多い。
そうした理由から、再放送やネットでの配信が難しくなった企画なども存在しており、場合によってはDVDにしか収録されていない回や配信でスルーされた企画(後述)なども存在する。
また、幾つか番組不祥事も起こした事もあり、特に原付企画2回目で放送された「鳥取砂丘に「水曜どうでしょう」の文字を足跡で書く」という行為が自然公園法違反と後に指摘された件は有名である。

放送

HTBの放送時間は以下のような変遷を遂げているが、当然ながら曜日の移動はない。*8
本放送の放映期間
第一期 1996年10月10日~1998年3月26日
 0:50-1:20
第二期 1998年4月1日~2002年9月25日
 23:25-23:55
 23:09-23:39
 23:15-23:45

放送の内容自体も時には新作が挟まれるものの、レギュラー放送中から延々と再放送を続けている。
再放送の詳細については「水曜どうでしょうシリーズ」を参照。
このように同じ内容を初めから最後まで放映し、終わったらまた最初に戻る形式を用いている放送局が多いのもローカル局どころか、テレビ番組としては前代未聞。
こうした形態を許せてしまう番組も『どうでしょう』が唯一無二と言ってもいいだろう。挙げ句にはそんな形態が十何年(本放送の開始からから実に30年である。)も続けられた結果、懐かしの日本の風景としての付加価値までもが加わってきてしまった。
そのため鉄道および公共交通機関マニアにとっては、今では見る事の出来ない貴重な風景を残す史料としての価値も時代の流れによって生まれてきている。




「おいパイ食わねえか」



ここを出演者紹介とする

「日本の土をね…踏ませてやりたかったんだよ………」
「まぁ、ずっと浮いてるから踏むことは無いんだけれども」

  • 鈴井貴之(ミスター、社長、鈴井さん、駄目人間、インキーマン、みすた君)
大泉らが所属する芸能事務所「CREATIVE OFFICE CUE」の社長→会長。番組の企画・構成も担当。
元は道内の演劇界隈で伝説的な観客動員数を記録した「劇団OOPARTS」を率いていた演劇人である。
92年からローカルタレントとして仕事をしており、元妻で現「オフィスCUE」社長の伊藤(鈴井)亜由美と共に会社を設立したのも、自身が仕事をしながら北海道に於けるローカルタレントの地位向上を目指すためだったと語っている。
この願いは図らずも『どうでしょう』にて、自社の所属タレントとして共演もした大泉と仲間のTEAM NACSにより果たされることとなる。
番組内での持ちキャラクターが豊富で、前枠・後枠等でその独創性が爆発する*9
アンコ系の甘いものが嫌い*10なのに、サイコロ2できびだんごを大量に食べさせられて以来、各地で名物の甘い物を大量に食べさせられるのがお約束となっている。
このリアクション芸は「ミスター生き地獄」として定番の流れとなっており、ベルギーではチョコレートばかりかマジパンも短期間で詰め込まれて思わず座り込んでいた。
一気に血糖値が上がった証拠なのか、延髄の辺りが痛いと訴えることが多い。
ただし、アイスやスイカ等の好物やフルーツの様に得意な物もあり、喜界島での白熊対決に勝利してしまったことが対決列島に繋がってしまった。
その後も、原付横断企画での疲労による交替や、定番の積み荷としてデッドウェイトになるマルシン出前機を外してもらう為に、藤村との甘いもの対決に挑まされている。
逆に好物は酸っぱい物で、梅干しは「一壺いけるよ」と豪語している。辛い物も好物だが、どうでしょう内ではシェフ大泉の激辛料理におみまいされることが多い。
『ユーコン川160km』では自然が嫌いと話していたのが一転、後半では普通に楽しんでいるが、これを機にキャンプや自然の中での暮らしにハマり、以降は出身地の赤平市に移住、森を開拓して生きている。
ダジャレ好きであり、頼まれていなくてもダジャレを連発する。カブシリーズではダジャレを言った後、満足してスピードを上げるのがお約束。

意外にも社会人としては人一倍折り目正しく、高いプロ意識の持ち主。元々は経験の浅いスタッフを侮り、素人である大泉の起用にも難色を示していた。また、番組中盤過ぎまでは過去の失敗の経験からくる番組作りへのポリシーもあり「自分たちが視聴者に見せられるのは必死で頑張っている姿だけだ」という考えのもと、旅程の遅れなどには厳しい態度を取り、長旅の中で『合宿』や『会議』を強行するなどして大泉とD陣を締め上げていたが、番組中期以降(特にアメリカ横断でのやらかしにより一転してだらしない姿を晒してから)は、作風に染まった緩い姿勢を見せるようになった。
『どうでしょう』は自分の出演する多くの番組の一つという程度の認識だったというが、後に色々な面で意識の変化が起きたとのこと。
番組初期は自分がプロとして番組を引っ張るという意識があったが、大泉のトークの面白さとカメラ外にもかかわらず大泉に絡む藤村Dを見て、一歩退いた立ち位置で他のTVのように頑張らないスタイルへと移行していった。
映画を撮る為に半年間の休養に入った際には、D陣との埋められないギャップから漠然と辞める気でいたが、復帰作となった『リヤカーで喜界島一周』の際に、どうでしょうは番組ではないという悟りに達し、だから自分は続けられる、と思えたという。
アメリカ横断でのやる気の無い様子や、番組後半の夕方4時には宿に入る「企画より宿」の緩いスタイルは反対に大泉とD陣を戸惑わせる程で、これが反対にやる気に繋がり企画を成功させた原動力にもなったとのこと。
この、やる気のないミスターは『プチ復活』にて“いいじゃないか運動”*11と評され、名物の一つとなっている。
一方、他の番組については厳しいままで、大泉は「あんなに怖い人ははじめて」と評して締切(脚本、作曲)に遅れまくる大泉への最後の切り札として社長(ミスター)への報告が使われていた。

『サイコロの旅』や『カントリーサインの旅』での目の引きの悪さに定評があり、堪りかねた大泉からダメ人間と罵倒されたのは有名な話。Thank you! ごめんちゃーい!
ミスターという通称も、遠い町のカントリーサインを出してしまい、ヤケ気味に移動を開始した中で大泉に皮肉混じりに“ミスターどうでしょう”と呼ばれたのが最初である。
ちなみに『どうでしょう』の企画のほとんどはミスターの何気ない思いつきをD陣がなんとなく実現させて通った物が多く、実質的な番組スタイルの発案者と言っていい。



「動かないからアレと思って、ギアいじったっけ、ロー入っちゃって、もうウィリーさ!」
「藤村くんその100ドルよこしなさいよ!娘に靴買ってやるよ君の!いつも裸足で歩いてかわいそうだから!」

  • 大泉洋(大泉さん、洋さん、酔うさん、すずむし、ウナギイヌ、シェフ大泉、ピストル大泉、にょういずみにょう)
今でこそ全国区の知名度を誇るお笑いタレント人気俳優であり北海道の星だが、放送当時は現役の大学生(23歳)であった。
テレビ番組への出演は当初「大学生活の思い出作り」であり、大学卒業後は教員としての道に進む予定だった。
前身番組の『モザイクな夜』にて、素人アシスタントの新“元気くん”*12としてテレビ番組に初登場。
一介の素人ながら、仕事を通してその抜群の存在感と面白さを気に入っていた藤村Dが強烈に推して、ミスターの反対を押しきって『どうでしょう』に起用したのが伝説の始まりとなった。

藤村曰く「地図も読めないバカ」だが、父親は校長先生まで務めた教員一家で、自身も高等学校の地理歴史科(および公民科)の教員免許を持っている。
実際、番組初期の頃は卒業間近とあってか普通に教育実習なども行っていたようなのだが、よりにもよって実習先の学校の正門前で帰るのを待ち構えていた“どうでしょう班”に出てきた所を捕まえられて、そのままロケに連れ出されてしまったことも。確実に今なら諸々のコンプラ違反となる暴挙である。
『試験に出るどうでしょう』では第二回以降、校長として登場しており、天才的な語呂の数々を生み出している。

基本的にロケの目的・場所・持ち物等に関して何も教えられず、また企画会議にも参加させられることはない。強引に拉致されたり、あげく痔を告白したり、事故ったり、ヘリや船で吐く等、醜態をカメラの前で曝しまくる。
「歌うように喋る」と評されるように、単なる愚痴やホラ話であっても、それだけで番組を成立させてしまう程に口数が多い。
まさか、そんなホラ話がチャンピオンで漫画化されるなんて誰が予想できたよ
バカっぽくも他者の追随を許さない程の豊富な語彙と話題のパターンを誇り、独特の巧みなトークで番組の骨子を担う実質的な主役とも呼べる存在。
ディレクターとの丁々発止の罵り合いはもはやお家芸の域である。ごく初期には遠慮があったものの、本人が意識するより前に周囲が面白さを確信して大泉を中心に置いた番組作りをするようになった。
よくキレている印象があるが、これは番組の方向性に合わせた大泉なりの演出であったとのこと。
モノマネや料理下手*13でも知られ、渡辺篤史の「小林製薬の糸ようじ」のモノマネは、実際にはそんなCMが無かったにもかかわらず話題となり、小林製薬からはHTBに糸ようじが、大泉には渡辺からのビデオレターが届けられ、実際に渡辺本人による「小林製薬の糸ようじ」のCMとナレーションが実現した

前述のように、放送当時から道外にじわじわと知名度を広げており、今や幾つもの主演作が存在し、NHK大河ドラマへの出演も多数、NHK紅白歌合戦で2020年から3回連続で司会を務めた後、2023年には歌手として出場するなど、国民的スターとも言っても過言では無い活躍ぶりなのはご存知の通り。しかし、どれだけ年齢を重ね有名になろうとも出世作である『どうでしょう』内では永遠に若手扱いのままである。
ちなみに藤村D曰く、どんなに多忙であっても『どうでしょう』の出演については最優先で空けるようにスケジュールを組めるとのこと。



「すずむしぐらいの脳味噌しかないからそんなことしか言えないんだよ。チリンチリン言ってなさいよ」
「よく言ってくれた。ありがとう!大泉くん」

  • 藤村忠寿(藤村D、デブ、ヒゲ、魔神、藤やん、カブトムシ、ゲンゴロウ)
ヒゲと太った体型がチャームポイントのディレクター。ナレーションも担当*14
放送当時は甘いもの好きのデブという感じだったが、後にマラソンにハマり健康的な生活を送るようになっている。
特技は甘い物の早食い。そのあまりの凄さから『魔神』の称号を持つ。

名古屋出身で、HTBには大学時代*15のアルバイトを経て入社。東京支社勤務を経て関わった『モザイクな夜』で、嬉野や鈴井、大泉と出会った。
実家の喫茶店「ラディッシュ」は現在は閉店したものの、対決列島での登場もあってファンの聖地となっていたのは有名な話。

ただの一スタッフでありながら大泉にも劣らぬトークスキルを誇り、時には出演者を食う程の存在感を発揮する。
大泉曰く「どうでしょうが売れたのはこのおっさんのおかげ」。
前述のように鈴井が大泉と藤村のやり取りを敢えてメインになる画面作りを仕向けるようになったこともあってか、中盤以降は視聴者の耳に残りまくるのは大泉に絡みまくる藤村Dの声ということも。
これについては、半ば視聴者の代弁者という思いも建前上は持ちながらやってたらしい。
流石に故意に顔を出すことはないが、余りにもよく喋り絡むので、度々カメラに姿が納められる。
本業のタレントをそっちのけで暴れ回り、自分の趣味や願望を企画にして鈴井と大泉を苦しめたり、たまにメインの2人と共に苦しみ、いちスタッフにも関わらず出演者の1人と言っても過言ではない。

しかし調子に乗りすぎて鈴井の怒りを買ったり、局上層部から本気で怒られて始末書を書くハメになったりもする。
一部視聴者からも「番組を私物化してる」との意見が出ているとか。

自分の趣味丸出しで羽目を外したと評された『対決列島』でのきりたんぽ対決で丸飲みしたきりたんぽを飲む様は中国の鉄の球を飲むおじさんに例えられた。
道外出身の為に『モザイクな夜』の頃からローカル番組らしくない番組作りを心掛けており、これがローカル番組であるにもかかわらず地元企業とのタイアップを行わず、低予算ながら時に海外まで飛び出していく『どうでしょう』へと繋がった。

前述のように大泉洋のタレントとしての資質を見出だして開花させたのは藤村である。
大泉もそれを知った上で藤村だけが自分を見て笑ってくれているのではないか?という疑問を『どうでしょう』内でも度々口にしている。
“公式”ホームページの管理人としてもファンには有難い存在。

このように、元は“繋ぎ”の番組、中継がやれない“潰しの効かない奴等”の番組と自虐したり、噂されていた『どうでしょう』で、年間24億を越える収益をHTBにもたらしたのは藤村の慧眼と才覚あってこそ、と言える。
レギュラー番組終了後は顔出ししており、忙しい鈴井と大泉に替わって『どうでしょう』を伝える人間として露出が増えている。

最近は自らも役者として舞台に出演したり、「藤村源五郎一座」なる劇団を立ち上げたり、嬉野Dと共にあちこちのトークショーに招かれたりしている他、2019年からは新作発表を見越しててか、2人でYouTubeチャンネルを開設して当時の思い出を語ったり視聴者から寄せられた疑問に応えており、これまでには出てきていなかった裏話が聞けることも。



「お前が人の金で勝つ訳ねえんだよ!四国でクリームパン食ったろお前!」
「なんでそんなに増えたんだよぉ…」

  • 嬉野雅道(嬉野D、嬉野くん、嬉野さん、うれしー)
佐賀出身のカメラ担当。そのため、藤村D程は前面に出る事はない。どうでしょう班では最年長。
元は東京でフリーのディレクターとして企業PRのビデオ等を制作していたが北海道に移住。
そこで仕事をした藤村Dよりデジカムを使った番組作りをしたいと言われ、なら自分で回すと引き受けたことがカメラマンとしてのデビューとなった。
撮影方針は演者やスタッフと同じ視点なので、車中の場合等は殆ど風景ばかり撮って、演者の顔が映らないこともままある。

藤村Dと違い基本的には喋らないが、視聴者も大泉らによって「うれしー」と呼ばれて、弄られる彼の存在を感じとっている。
また、視聴者にとっても“どうでしょう”と同じ景色が見られる、普通は名物紹介で終わる他の地域の生の姿を感じられると好評。
旅(移動)番組としての『どうでしょう』人気を決定付けたのにはうれしーのカメラの力も大きかったと思われる。
しかしその分、稀に発する言葉には威力があり彼の名言も少なくない……と言うか、大泉やミスターに対して一番辛辣なことを言ってるのはうれしーという場合も少なくない。
時折聞こえる「カッカッカッ」というあの喉を鳴らすような独特の笑い声は、実は彼が発しているものだったりする。

趣味は写真で前枠後枠での鈴井・大泉両名の仮装を写真に残しており、めでたく写真集を出版するまでになった。
藤村D曰く「もう一人の地図の読めないバカ」。



「いや実際問題ね、この社長のとこじゃ食えないんですよ。」

  • 安田顕(ヤスケン、onちゃん、DNA(どうでしょうナビゲートあんちゃん))
大泉と同じTEAM NACSのメンバーであり、上記4人以外ではトップの出演数を誇る。実質的な準レギュラー。
実は最初期から前枠・後枠で出演していたが、本格的な出演となったのは大泉共々拉致された「十勝二十番勝負」から。それ以降、不定期ながら様々な企画に出演。時には大泉から電話1本で呼び出されて出演した回も。
その多くはonちゃんの中の人としての登場だが、原付ベトナム縦断・最終夜で流されたスタッフロールでは、鈴井・大泉と同じ扱いで過去の顔出し出演シーンが流された。
素の形体ではダジャレを連発しても同情の笑いさえ起らないが、onちゃんに変身すると、車へ乗り込むだけで全国を爆笑の渦に引き込む事が出来る。

牛乳の早飲みが得意…なのだが、対決列島及び別番組での披露時、限界を超えリバースした*16

また、無類の酒好きであり、番組内で酒が提供される時は酒豪っぷりを発揮している。十勝二十番勝負ではプロデューサーと一緒にワインを次々と飲み、釣りバカ対決では地元の役所が提供した地酒で酔っ払い大泉の釣果を台無しにしたり、onちゃんカレンダー回では機内提供の酒類をバンバン空けて飲んでいくなど随分な飲みっぷりである。
クリスマス車中パーティーでは酔った挙句に煙草をふかしながら鈴井の目の前で「いや、実際問題ねこの社長んとこじゃねぇ、食えないんですよ」と愚痴っていた。
実際、急速に道内での知名度を増していた大泉はともかくとして当時の安田さん(及び他のチーム・ナックスのメンバー)は大学卒業から間もなくの駆け出しローカルタレントであり、この日も翌日にバイトを入れていたことをミスターにネタにされたことに応じた発言である。
尚、こうして『どうでしょう』だけ追っていると気付かれ難い事実であるが、実は自身が面倒を見ることになった大泉含むナックスの中でも演劇人であったミスターをして“自分の後継者”と思う程に演技力を評価していたのが安田さんであった。
今や、大泉と共に日本を代表するレベルのベテラン俳優へと成長した安田さんの姿を見ると、如何にミスターもまた慧眼の持ち主であったというのが解ろうというもの。

他番組ではすぐに脱ぎだす変態。地上波初の包茎手術放送(通称:皮オペ)を敢行したことも。
この若い頃には番組内でもネタにされている通りで結構なマッチョ体型であったのも余計にインパクトがデカかった。後にはすっかりとヨボヨボになったのをイジられる有り様となってしまったが。

そして、本来はHTBのマスコットなのにファンからは『どうでしょう』のマスコットと認識され、
序でに言えば、あくまでも開設30周年を記念した一年限りの使い捨てのマスコットとなるはずだったonちゃんが延命し、現在でもHTBのシンボルとなる程の出世を遂げたのは安田が着ぐるみを着て大泉にボコボコにされたのが切っ掛けであると、当人達も自覚している*17


「待たせたな大泉! お前はもう一人じゃないぞ!!」

  • ☆音尾琢真(音尾さん、noちゃん)
眼と眼の間は離れているが、ファンの心は離さないという粋な文句を持った男。
第三回釣りバカ対決・氷上でのわかさぎ釣り対決の際にはnoちゃんの中の人として参戦。ただし簡易noちゃんに切り替わった際は黒の目出し帽を改造したものを着ていたので大泉から「コンビニ強盗」と評されていた。
荒々しい山賊の食卓を地上波に流した。
第四回釣りバカ対決・屋久島24時間耐久魚捕りにも参加。ラジオ終了後の参加だったため1人で札幌から屋久島に来る羽目に。


「50番繁多寺!! ファンタジーーーー!!!」

TEAM NACSのリーダー。
大きな顔が特徴のうどん大好きっ子。四国八十八ヵ所の旅3では、50番札所・繁多寺にて待ち伏せし、大泉の心臓を停止させるべく暗躍した。
「どうでしょうリターンズ」では、鈴井と共に構成作家を務めている。

TEAM NACSのメンバーで唯一本編への出演経験がなく、四国R-14(&関連企画)と対決列島の前枠・後枠に出演しているのみ。
レギュラー放送最終回のスタッフロールでは四国R-14出演時の顔出しカットが使用されている。
事ある毎に何かしらの残念な失敗やハプニングを起こす事から、「ミスター残念」という不名誉な呼称をされるが、容姿は端麗である。

  • ☆ビシバシステム
初期企画のみ登場した住田 隆、布施 絵里のお笑いコンビ。前述の通り、オンデマンド配信で一部見ることが可能。

その主な企画、栗生んじゃね?

サイコロの旅

初期のメイン企画。記念すべきどうでしょう最初の企画でもある。現在までに6回行われている。
6つのサイコロの目それぞれに移動手段と行き先を割り当て、サイコロキャラメルを振って出た目によって次の行き先を決定する。宿泊できるかどうかも含めて完全に運任せのため、交通手段がある限り不眠不休で長時間移動を強いられ続けるという大変過酷な企画。ダメ人間が最も華々しい活躍を見せる企画でもある。
当然ながら行き先で観光地を見て回れる余裕は皆無で、延々と続く車内の様子やハンディカムによるブレ気味の車窓映像、サイコロの出た目で一喜一憂し、時には罵声を浴びせ合い、もだえ苦しむ出演者の姿など、水曜どうでしょうの基礎を作り上げた名企画である。
その過酷さから様々なドラマが生まれた。(壇ノ浦レポート、大泉リバース、バレンチノ、はかた号)
前番組の頃からHTBと関係が深く、どうでしょう班にも後述の企画ついでに自宅まで押しかけられたミュージシャン樋口了一による番組テーマ曲『1/6の夢旅人』も本企画に由来している。

★カントリーサインの旅

北海道の各市町村のカントリーサインをカード形式でランダム引き当て、実際にその市町村へ向かうという企画。
関東の大部分がすっぽり収まる広大な北海道から、放送当時に存在した212市町村(平成の大合併前)をランダムに廻る過酷だがお手軽*18な企画。
後に企画の途中で藤村Dが必要時間を計算した際は「10分に1市町村を回らないとロケ期間中に終わらない」と漏らしたほどで、根本的に無理が多すぎる。
カードの引きが悪く、ひたすら車で長距離移動を繰り返す内容から、道内から出ないにも関わらず出演陣も音を上げるほどの過酷さであり、全2回で終了。しまいには道中で出会った番組のファンに「キミらが企画やってくれ」と言い出す始末だったので相当である。
あまりの過酷さ故か、サイコロ4の冒頭にて「カントリーサインの続きと偽ってサイコロの旅に連れ出す」というドッキリを大泉に仕掛けた際、サイコロの旅と聞いて「カントリーサインよりはマシ」という大泉が漏らしたほどだった。

他に、同様の企画内容で十勝地方に焦点を絞った「十勝二十番勝負」も単発企画として放送されている。
こちらは十勝地方のカントリーサインを引いてその場所に行き、出会った現地の人に住んでる市町村オススメのものを聞き、それを紹介するという内容である。
onちゃん安田さんの本格的な登場企画でもあるが、ハズレの観光スポットを避けるため、温泉に泊まりたい・美味い飯を食いたいと誘導尋問のように現地の方々に尋ねたりルールを歪めるどうでしょう班、
さらにマスコットのonちゃんに対するどつきなども相まってPR企画ではあるがいつものどうでしょう節が全開の企画になっている。

後に道内から日本全国47都道府県に対象を広げ、ランダムで引いた絵ハガキの景色を探し当てる企画の「日本全国絵ハガキの旅」も放送された。
企画のコンセプトとしては「車窓・車内ばかり写しているので、視聴者に美しい風景お届けしたい」というものだったが、サイコロの旅とカントリーサインを併せた企画が過酷でないワケがない。
こちらもあまりに無理がありすぎた上に、1回目では東京スタートからの群馬で順調な滑り出しをしたのも束の間、あっさりとミスターが徳島を引いた上に、次いで石川へ飛んだ次の絵ハガキで愛媛を引くという、四国の呪いに嵌ってしまう。
2回目のロケでは初手で茨城へ飛んだ後にミスターが大惨事とも言える引きを起こした事でも有名。
この時に大泉の父が発したとされる「なんとかインチキできんのか」は名言となった。
カントリーサインと同じく全2回で終了している。

北海道の市町村すべてを回るという企画はどうでしょう内ではこれで終了したものの、大泉と縁のあるHTBの番組では似たような企画が引き続き行われており、「ハナタレナックス」ではランダムに市町村へ向かいその土地の魅力紹介と人々の笑顔の写真を撮って最終的にモザイクアートを作る「笑顔プロジェクト」が放送された。
大泉と戸次がMCを務める「おにぎりあたためますか」ではオフィスCUE所属のお笑いコンビ、オクラホマが各市長村に行って番宣を行う企画があり、(合併で212市町村より更に少なくなったものの)道内全ての市町村を回る偉業を達成している。
なお、この企画の完遂には9年近い歳月を要しており、たった数日で全市町村を回ると言い出したD陣とミスターがいかに無理難題を言っていたかがよくわかる。

★ほか国内単発企画

水曜どうでしょう初期はまだ番組内容も手探りの状態だったため、単発で終わった企画や派生企画が生まれなかったシリーズも数多く存在する。
また、旅番組と銘打っていた事もあり、観光施設や旅行会社とのタイアップ企画も幾つか存在している。





★釣りバカ対決

全4回行われており、名前の通り釣りをする。ただそれだけの企画で低予算の為、海外企画の帳尻合わせと言われる。
釣果に応じた点数を稼ぎ、最終的に総合点数で勝者を決めるという方式。だが点数を与えるのは藤村Dや現地民で、かなり適当な加点とあまりに理不尽な減点による点数落差の激しさから、最後の一瞬まで勝者が誰なのか決まらない対決もあるのが魅力。
番外編としてレギュラー放送終了後に放送された「激闘!西表島」がある。


シェフ大泉シリーズ

アラスカの旅で出現した、大泉扮するシェフを中央に置いた企画。全2回。
元々はアラスカではキャンプカーでの旅になることから(自称)料理が上手いと言っていた大泉に料理でも作らせればいいだろうと軽くフったのが大惨事になったことから誕生。
以降、大泉の料理下手は番組の大きな目玉となる。*26
初回は1998年12月08日に局駐車場にてお粗末なクリスマスパーティーが開催された。同日、安田が海老アレルギーを発症。
酔っ払った状態で朝の情報番組に出演するという放送事故も同然の状態になり、後に藤村Dは始末書を書かされたという。

2回目は夏野菜を題材としてシェフが料理を振る舞った。通称日本一長い料理番組。
過程は省略するが、あまりの仕打ちに耐えかねた大泉が、藤村Dのご家族・ご両親を脅迫するという事件が発生した。

「おい、パイ食わねぇか?」

★試験に出るどうでしょう

大泉が講師となり、実際の入試問題対策として出演陣と共に現地へ赴き実習する企画。全3回。
1回目はクイズ形式で行われ、2・3回目は特定の分野に応じた場所へ実際に出向き学習する。
教員免許を持っている大泉の面目躍如と言うべき活躍……もとい個性的な語呂合わせが企画の目玉となっている。
また企画終了時には試験が行われ、生徒の成績が振るわなかった場合には、四国八十八ヵ所を4〜5日で巡拝しなければならない。
後述の四国八十八カ所が全3回である通り、全ての企画において試験に落ちるという結果に終わっており、その都度八十八カ所行きが確定した大泉が崩れ落ちる形で終わってしまっている。

四国八十八ヶ所シリーズ

全3回。番組を見ている受験生の合格を祈願して八十八箇所を回る。
3回目は通常のルートとは逆周りに巡拝する逆打ち形式で行われた。
また本企画の1・2回目にはミスターは参加しておらず、大泉・藤村・嬉野の3人で進行される企画となっている。
第2回目の79番札所・天皇寺にて、どうでしょう班はついに、あちらの世界の方々との交流を果たす。
以後、どうでしょう班の発言がおかしくなる。
四国R-14は、第2回目のこの出来事を元に制作された。

四国R-14

関連特集3回(放送前、放送後)、本編全4話となる水曜どうでしょう最初で最後のドラマ企画。
鈴井が映画撮影のため抜け、レギュラー放送が一度休止した際に「自分たちも何かやろう」とディレクター陣が企画したスピンオフ。
2回目の四国八十八カ所で起こったとある怪奇現象を元にして作られた怪奇ドラマで、あまりに本格的なホラーすぎて回を経るごとに視聴率が下がっていった伝説を持つ。
再放送も殆どなく、長らくソフト化されていなかった幻の傑作タイトルである。
詳細は当該記事を参照。

★原付ラリー編

ミスターの考案企画のひとつであり、国内では今のところ3回行なわれている。
ホンダの原動機付自転車「スーパーカブ」に乗車し、目的地を目指す企画。
ライダーはお馴染み鈴井・大泉両名。その後ろを車に乗ったスタッフが追走するという形をとる。
第1回目は東京都中央区〜札幌市豊平区。なおこの時は「カブを買ってあげる」という名目だったのだが、企画後カブはHTBに接収された。
第2回目は京都市金閣寺〜鹿児島県佐多岬がルートとなる。
第3回目が大泉さんが大河ドラマ「龍馬伝」に出演が決まったことから、羽田空港〜高知県桂浜のルートとなった。
第2回目での魔神襲来による鈴井の思考回路停止。第1回目、国道345号の悲劇(通称:だるま屋ウィリー事件)等目を覆いたくなるような描写が多い。
なお、西日本編は鳥取砂丘事件の為再放送はされていない(DVD第20弾に収録された)ほか、東日本編も一部地域では再放送されていない*27
第3回目で登場したやり取りを吹き込んだ目覚まし時計が製品化されている。
また、第2回目以降は大泉のピンチヒッターとして赤いヘルメットを被った藤村D(通称赤ヘル)が登場するシーンがある。
なお、レギュラー放送最終企画では、この原付ラリーと海外企画の定番だった「縦断」を掛け合わせ「Last Run」としてベトナムを原付で縦断した。
尚、この「Last Run」だが、実際に視聴すれば解る通りで余りの撮れ高の多さからか当初の放送予定期間をオーバーするという、此方も普通のTVでは有り得ない珍事を引き起こしている。
しかも、その延期の報告も事前の通達も無しに最終回予定の番組内(前枠)にてやっとこさ公にするという、現在ならば炎上しそうなシチュエーションで行っている。(勘のいいファンは新聞欄に“終”が付いてないから察したとか何とか。)
この“最終回が伸びた”ことは、ファンにとっては普通に嬉しいだけの案件……なのだが、この時に割を食ったのは当時から前述の通りの理由で『どうでしょう』にハマった道外のファンで、中でも熱心なファン達は記念すべき本放送の最終回をフライングしてでも道内のファンと共に見たいとして、この最終回を見るためだけに北海道に集いホテルのTVに齧りついていたのだとか。
しかし、結果は上の通りでまさかの最終回延期となり、ただの途中の回を見るためだけに集った道外のファン達は「これぞ『どうでしょう』」と嬉しがったとか呆れたとのこと。

対決列島

藤村Dと安田のチームびっくり人間と、ミスターと大泉のミスターチームが、立ち寄った県の名物で早食い勝負を行い、手にした都道府県の面積を合計した数値を争う企画である。
出発地は北海道、終着地は鹿児島県西郷公園。
端から見てると『何じゃコレ』となるが、本人達はいたって本気。
名物は大体甘い物が選択されるが、前述した通り、ミスターは甘い物が大嫌いである。

★海外編

番組中期~レギュラー放送終了後のメイン企画。数か月分の製作費を前借りし、ローカル番組としては異例の一週間前後にも及ぶ長期ロケを行う。
あまりにも過酷だったり人道上の理由で事前に大泉へ行き先を告げた企画*28もあるが、中には「国内企画と偽って空港へ連行し韓国へ直行」「海外企画としか聞かされておらず、南国へ行くと思って水着で来た大泉をアラスカへ連行」と言った過酷な企画発表もある。こうしたドッキリが成立するのも、全てはレギュラー放送当時、大泉のパスポートが局預かりだったからこそ出来た所業である。*29
たいがい無茶なスケジュールだったり国内企画以上に過酷な環境に放り込まれるため、出演者がカメラ前で脱糞したり精神崩壊するなど、ハプニングという名の見所が多い。

主な企画としては
がある。

★総集編

番組本放送時、大きな企画の合間に箸休め的に挟まれたり、水曜どうでしょうの休み入り・明けなどにおさらい、周年記念スペシャルとして放送された総集編。
出演陣がHTBの調整室内などで過去のVTRを見て振り返ったりコメンタリーをするお手軽もとい穴埋め企画である。
過去のどうでしょうの振り返りをする企画から、前枠・後枠を総ざらいしたり、
この総集編でしか聞けないトークやツッコミ、コメンタリーなどもあり、単なる総集編に収まらない楽しさもある。
スタイリスト小松による出演陣の仮装も見どころの一つであり、CM明けで出演陣の衣装が変わる事もある。
いまのところマスターテープが所在不明のためDVD収録が進んでおらず、配信などでもカットされる事の多い企画である。


タイガーのダブル余談

DVD化も本放送終了から10年以上かけて『水曜どうでしょうDVD全集』として進行中*30で、2017年10月25日に、実に15年かけて本放送時の企画はほぼコンプリート。2010年以降の新作についても、2024年4月24日に「北海道で家、建てます」までソフト化されている。なお、2010年以降の企画は番組の収録がハイビジョンに移行した為、ハイビジョン画質での視聴が可能なBlu-ray版が併売されている。
だが視聴者参加企画『第1回水曜どうでしょうカルトクイズ世界大会』は未だにDVD化されておらず(再放送・オンデマンド配信はされている)、合間に放送された『四国R-14』は再放送もあまりされていない*31
またDVD版およびオンデマンド配信版ではテレビ放送とBGMが異なっていたり、未収録映像がふんだんに収録される一方でテレビ版の一部シーン*32がカットされていたりするため注意が必要である。

冒頭に記したように他の地方局でも『どうでしょう』を意識した番組が多数登場するようになったが、中でもテレビ西日本(フジテレビ系列)制作の『ゴリパラ見聞録』は『どうでしょう』陣との交流があり*33、トークイベントや『ゴリパラどうでしょう』『水曜見聞録』なるコラボ作品も存在する。

業界関係者からの評判も高く、HTBのキー局であるテレビ朝日が行った「テレ朝社員が好きな番組ランキング」では、『タモリ倶楽部』に次いで2位に輝いている。また、芸能人のファンも多く、不定期に動画サイトでどうでしょう好きの芸能人を招いてトークする企画も配信されている。

HTBではかつてこれによく似た企画の番組が存在したことが明らかになり、長らく忘れ去られていたが最近になってテープが発掘された。ヒゲもこれをパクったと公言している。
そのタイトルは「三東水曜いかがでしょう」。
電機メーカーの三東電機一社提供で、アナウンサーと浪曲師が出演している。

お笑いコンビ・ラパルフェの持ちネタに「水曜どうでしょうの大泉とミスター」があり、特に尾身が演じるミスターは激似であると評判である。
2022年には実際にD陣とYouTubeでコラボしており、D陣からも似ているとお墨付きを貰った縁から、水曜どうでしょうの公式イベントである「どうでしょうキャラバン」にゲストとして定期的に出演。
その物真似のクオリティの高さは藩士必見である。


「大泉くん、加筆しなさいよ」
「あぁ?藤村くんやりなさいよ。僕はやりたくなかったのにキミ達がやれ、項目だあ〜やれ、リンク張りだあ〜って」
「つべこべ言わずに直せって言ってんだ!」
「あぁ!?」


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最終更新:2026年06月29日 01:22

*1 後に藤村Dは失敗したら直ぐに潰される枠だったと振り返っている。

*2 日テレの『金曜ロードショー』の前身番組、またはTBSの同名番組。

*3 後に番組初の総集編でも振り返られているが、実はこの枠内にて演じられた『古畑任三郎』のパロディコントが後の“どうでしょう班”が組んだ初仕事であったりする。

*4 この為、放送終了後から藤村、嬉野の両Dにより立ち上げられたホームページは“公式”と呼ばれる。

*5 ミスターがレギュラー放送の終了に踏み切った際「この番組を一生続けていけるようにする」という理由を語ったことに由来するフレーズ。

*6 「懐かしの西表島」内で、マネージャーから日程を見て呆れられたと大泉さん本人の口から語られている。

*7 放送後の北朝鮮拉致問題で問題視されるようになった拉致・誘拐と銘打たれた大泉の強制連行パート、試験に出るどうでしょう第1回目での安田顕のスタジオ監禁、深夜バス車内や鉄道など公共交通機関におけるゲリラ的撮影など。

*8 正確に言うと、第一期は『水曜深夜』扱いで日付上は木曜日に変わってからの放送であり、放送時間上も水曜日なのは第二期から。

*9 この時に見せる細かな演技について嬉野Dは「まだまだ大泉が及ぶ域ではない」と評価している。

*10 特にずんだ餅と赤福がツートップとのこと。なおそのどちらも何度も食べさせられている。

*11 大泉「いいじゃないか主義」藤村「いいじゃないか運動」のやり取りで命名。団扇を手に「いいじゃないかいいじゃないかヨイヨイヨイ」と踊るミスターのアニメーションが挿入された。

*12 胸が露出したセーターを着た、テレビ慣れしてないリポーターという設定のキャラ。大泉としてはあまり触れて欲しくない過去らしく「他局には映像の使用NGとしているがHTBはバンバン使ってくる」と苦言を呈している。

*13 料理のスキル自体はあるのだが、壊滅的に段取りが悪く味付けを極端に辛くするのを好む傾向がある。

*14 無駄にいい声で抑揚や発音も完璧なので、事情を知らなかった嬉野Dが最初はプロがやっていると思っていた程。

*15 作中で大泉から「おまえホントに大学出たのか?」と罵倒されているが、実は北海道大学法学部卒という高学歴の持ち主。

*16 対決列島ではその後も牛乳早飲み対決が組まれ、その際は大泉を圧倒。しかしなぜか鼻から出てしまったうえ、大泉の牛乳も飲んだ結果下痢になってしまった。

*17 より正確には道外にも人気が波及していた『どうでしょう』でやったことであろう。

*18 藤村D曰くHTBの社用車を使うためガソリン代と高速代、現地での宿泊費しかかからないため、どうでしょうロケの中でもかなり低予算の部類に入る。

*19 平田内温泉で先客の女性客がおり、大泉が撮影のためにどいてくれるよう交渉を行うも機嫌を損ねて「だからあたしテレビって嫌い!」とキレられ、先客が上がるまで足止めを喰らった。女性客からすればいきなり現れたテレビの撮影班に撮影したいから上がってくれと言われているようなもので、言い分もごもっともである。

*20 まぁ、言っても4人分で済んでたからだが。

*21 初手の二択問題で相当数の参加者が脱落した上に、終盤はほぼその男性と大泉の一騎打ちで、残りの参加者は殆どクイズに答える気すらなかった。

*22 97年12月に正式発表で、当企画はその直後に収録された。安田さんが入ってどうでしょうに出演してブレイクを始めるのは98年中頃の十勝十二番勝負や釣りバカ対決からである。

*23 自身が出演する「おにぎりあたためますか」のロケ中に、フジテレビ関連の映画である「ステキな金縛り」に飛び込みで特別出演し、業界のタブーを破った事で放送お蔵入り寸前まで大問題化した。

*24 この時参加した大量のツアー客と一緒に行動するとパニックになって危険なため、という建前もあった。

*25 対決列島でお馴染みの藤村Dの母が屋久島出身である。なお企画内での食事や宿の手配は藤村母が行っていた。

*26 ちなみに、戸次重幸はシェフ大泉ネタが広まった後も「大泉の料理は上手い」と発言しており、実際に「どうでしょう」内でも普通に上手い料理を作ったこともある。しかし、かなり後に撮影現場にて料理を振る舞った時には「味付けがしつこい」と言われた話などもあるので、相変わらず“シェフ大泉”の影はチラついているようである。

*27 カブの積載制限に抵触する場面が含まれているためという説があるが、詳細は明かされておらず不明。

*28 人道上、と説明されているが、実際には「秘密にしようと思っていた行き先がうっかり大泉に漏れてしまった」というドッキリ失敗の結果であり、本来であれば事前通知なしで国外に連れ出す予定であった。

*29 ただし事務所のスケジュール予定で、明らかに国内企画ではない尺で水曜どうでしょうのスケジュールが押さえられている事もあり、番組中期以降は大泉もある程度は予測できるようになっていたようである。

*30 基本的に発売順は放送された順番だが、2005年放送の『激闘!西表島』までの新作は北海道での放送直後に割って入る形でDVD化されていた。

*31 こちらは後にDVD・Blu-ray化はされた。

*32 写真集には掲載された『ヨーロッパ・リベンジ』の「ムーミン登場」や『西日本完全制覇』で問題になった「鳥取砂丘への番組名落書き及び砂採取」等。

*33 交流は両作のファンでもある映画監督・本広克之氏の尽力が大きく、イベントにも登場している。