登録日:2009/05/28 Thu 23:31:18
更新日:2026/06/29 Mon 01:22:32
所要時間:約 8 分でおみまいするぞ!
How do you like Wednesday?
チャーンチャッチャッチャッチャラチャララー
チャラララチャララー チャーン
ジャーン ジャーン ジャジャジャジャジャーン
『水曜どうでしょう』とは北海道テレビ放送(HTB)が制作している深夜番組である。
主な略称は“どうでしょう”、“水どう”。番組内での通称は“どうでしょう”である。
本項の放送日は全て、HTBでの放送基準で記す。
○目次
いいから概要書け概要!
元々HTBでは平日深夜の帯で「モザイクな夜」という番組を放送していたが、札幌と言えば……の
すすき野の風俗街のリポートなどを行う懐かしの深夜のお色気番組だったために上層部から
低俗番組の烙印を押され
打ち切りが決定。
しかし、そんなお色気番組の中で
ニュースや真面目なリポートにも回れずに潰しが効かないバラエティ部門で頑張っていた藤村Dの嘆願により「一日だけでも自社枠を残してほしい」との声から
期待されずに始まったのがこの番組である。
タイトルはミスター(鈴井貴之)の発案から生まれたもので、『水曜ロードショー』のダジャレである。
最初期には著名ミュージシャンへの「アーティスト・インタビュー」や、藤村Dが「モザイクな夜」時代から手掛けていたコント、特撮パロディドラマ『雅楽戦隊ホワイトストーンズ』なども引き継がれると共に並行して放送されていたのだが、後に
後述の“どうでしょう班”による旅企画(?)が人気になったために消滅。
以降は、「旅企画」をメインに“どうでしょう班”のみの企画で視聴率を獲得できるようになったので余計なコーナーが自然消滅した。
現在は、ビシバシステムのコントのみオンデマンド配信され、『雅楽戦隊~』は姉妹番組ともいえる「
ドラバラ鈴井の巣」に継承された。当時の番組コンテンツが色々あった頃の名残は初期の前枠・後枠でも確認できる。
主な番組形態は、ローカルタレントである出演者2名+ディレクター陣2名の計4名(+α)からなる通称“どうでしょう班”が、無謀とも思える目的が設定された旅を、道中で罵り合い・愚痴り・みみっちい小競り合い等、本筋から逸れた行為を行いつつ達成していくものである。
ロケでの撮影機材は主にホームビデオ撮影などに使われるようなビデオカメラのみ、殆どが車中や公共交通機関での移動シーンに終始しており、旅番組ながら観光名所巡りなどの要素はかなり薄い。実際、オンデマンド配信で大泉とミスターが番組内容を紹介した際に「旅番組というより移動番組に近い」「ケンカとか愚痴が見たい人向け」などと紹介したこともある。
積極的にディレクターとタレントが会話していくのも特徴で、テレビ側が隠したいであろうやらせ・仕込みなども積極的に視聴者に暴露していく正直なスタイルも特色の一つである。
低予算ながら視聴者を惹きつける型破りな旅番組のスタイルは、後にフォロワーやオマージュ・影響を受けた番組や動画配信者を数多く生み出している。
最大の特徴は北海道のローカル番組でありながら道外でのロケが多い点。
これについては、藤村Dらの方針でローカル番組にありがちな地元企業やレジャーとのタイアップを入れてしまうと、どうしても地方番組にありがちな(ドメスティックな)画面になるのを避けたかったから、とのこと。
なので、番組初期から少ない予算でもなるべく道外に出てロケをしたり、遂には数ヶ月分の予算を前借りして海外ロケを行うという暴挙を行ったのだが、結果的にその試みを成功させる共に熱狂的な視聴者向けのグッズ販売やイベント企画で独自の収益を挙げてHTBを儲けさせると共に番組にも多大な制作費を付けることにも(結果的にだが)成功した。
とはいえ、初の海外大型企画である『オーストラリア大陸縦断3700キロ』は、僅か4週分の素材しか確保することが出来ず、藤村Dは「騙したな!?」と上司から詰められたとのこと。
ちなみに、番組の知名度が上がってからは反対に道内でのロケや企画が増えており、よくある地方番組のタイアップとは大違いの番組の企画に沿う形でのご当地情報や施設・名物の紹介もされるようになった。
これは、道内にて“どうでしょう班”の人気が爆発していたが故の現象であり、実際本放送中にはローカルの深夜番組という枠を越えて大泉も既に北海道を代表するスターとなっていた。
その内容から口コミで人気を博し、更に
テレビ朝日の系列局による「自社制作番組研究会」で他系列局のスタッフにも絶賛され、1998年8月に秋田朝日テレビで放送が開始されて以降じわじわと放送局を増やし、更には普及し始めていたインターネットを通じて詳細なファンサイト等も作られていたことから全国に評判が広がる。
また、決して示し合わせていた訳ではなかった筈なのだが、北海道を訪れた際に大泉の活躍を見かけたPUFFYが自分達の番組(『パパパパパフィー』)に準レギュラー出演させたり、番組ファンが多かったスタジオジブリが大泉らを声優として『千と千尋の神隠し』などに起用したこともまた全国区での知名度を押し上げることに繋がった。
もっと前には『ガメラ2』にも出演しているのだが、ミスターがうっかりと大泉の名前を申請し忘れてクレジットされていなかったことを番組内でイジられてる有様で、それから2年程で状況が一変するとは当人達も驚いたことだろう。
2007年には、遂に全国47都道府県での放送を達成した。
勿論、ローカル局の制作番組としては前代未聞である。
……このため、本放送中(90年代)は撮影人数の少なさ&知名度の低さから道外でも伸び伸びとロケを出来ていたのに、本放送終了後の企画(00年代以降)からは国内だと直ぐに気づかれてしまうようになるという弊害も。
不定期放送になって以降はどうでしょうのステッカーを貼った車両とどうでしょう班がすれ違うシーンも増えた。
その意味でも、正に奇跡的なバランスとタイミングで成り立っていた唯一無二の番組だったと言える。
レギュラー放送は2002年9月25日で終了し、その後は「一生どうでしょうします」のスローガンの下、数年に1度のペースで新作が放送されている。
新作の収録ペースが開いたのは大泉さんが東京進出して忙しくなったから…ではなく、藤村・嬉野の両Dが他にやりたいことが多数あるため、それを考慮してのことだという。
そのため、「どうでしょう」収録に際しては大泉さんを拉致のスケジュールを開ける権利を持っているとのこと。但し近年ではテレビ離れから「どうでしょう」を(制作スタイル含めて)知らない世代が増えたせいか、大泉サイドからは苦言を呈されたこともあるとか。
不定期放送化以降も藤村・嬉野両Dを主軸にトークイベントや地方巡業などを実施しているほか、頻繁な再放送に加え大泉さんが全国区のタレントになったこともあり、全国放送のドラマやアニメ(特に
大泉洋出演作品)で本作のパロディや
オマージュと思しき演出も多々登場するようになった。
『どうでしょう』が単独のコンテンツとして人気になるだけでなく、本作のレギュラーである大泉、準レギュラーの安田の他にも他のTEAM NACSメンバーもちょいちょい出演しており、後番組『
ドラバラ鈴井の巣』でのレギュラーを切っ掛けとして道内を代表するローカルタレントに、00年代からは全員が全国区に進出してドラマでの活躍をしていくことになった。また、本作を皮切りに大泉およびTEAM NACSメンバーが出演している
北海道ローカルの番組が全国各地で放送されるようになった。
TEAM NACSがアマチュア演劇集団からプロとなる足掛かりを得たのも、大泉が『どうでしょう』で得た知名度により舞台に足を運ぶ人間が増えたのが切っ掛けで、そこでチーム自体にもファンの注目が集まったことからである。
名言が多いのもこの番組の特徴で、動画サイトではそれを纏めたMAD等もUPされている。
長く愛されている番組ではあるが、時代の移り変わりに伴ってテレビのコンプライアンス強化やルールの変更などに伴い、令和のテレビでは実現不能な企画や表現が多い。
そうした理由から、再放送やネットでの配信が難しくなった企画なども存在しており、場合によってはDVDにしか収録されていない回や配信でスルーされた企画(後述)なども存在する。
また、幾つか番組不祥事も起こした事もあり、特に原付企画2回目で放送された「鳥取砂丘に「水曜どうでしょう」の文字を足跡で書く」という行為が自然公園法違反と後に指摘された件は有名である。
放送
HTBの放送時間は以下のような変遷を遂げているが、当然ながら曜日の移動はない。
本放送の放映期間
第一期 1996年10月10日~1998年3月26日
0:50-1:20
第二期 1998年4月1日~2002年9月25日
23:25-23:55
23:09-23:39
23:15-23:45
放送の内容自体も時には新作が挟まれるものの、レギュラー放送中から
延々と再放送を続けている。
再放送の詳細については「
水曜どうでしょうシリーズ」を参照。
このように
同じ内容を初めから最後まで放映し、終わったらまた最初に戻る形式を用いている放送局が多いのもローカル局どころか、テレビ番組としては前代未聞。
こうした形態を許せてしまう番組も『どうでしょう』が唯一無二と言ってもいいだろう。
挙げ句にはそんな形態が十何年(本放送の開始からから実に30年である。)も続けられた結果、懐かしの日本の風景としての付加価値までもが加わってきてしまった。
そのため鉄道および公共交通機関マニアにとっては、今では見る事の出来ない貴重な風景を残す史料としての価値も時代の流れによって生まれてきている。
「おいパイ食わねえか」
ここを出演者紹介とする
「日本の土をね…踏ませてやりたかったんだよ………」
「まぁ、ずっと浮いてるから踏むことは無いんだけれども」
- ☆鈴井貴之(ミスター、社長、鈴井さん、駄目人間、インキーマン、みすた君)
大泉らが所属する芸能事務所「CREATIVE OFFICE CUE」の社長→会長。番組の企画・構成も担当。
元は道内の演劇界隈で伝説的な観客動員数を記録した「劇団OOPARTS」を率いていた演劇人である。
92年からローカルタレントとして仕事をしており、元妻で現「オフィスCUE」社長の伊藤(鈴井)亜由美と共に会社を設立したのも、自身が仕事をしながら北海道に於けるローカルタレントの地位向上を目指すためだったと語っている。
この願いは図らずも『どうでしょう』にて、自社の所属タレントとして共演もした大泉と仲間のTEAM NACSにより果たされることとなる。
番組内での持ちキャラクターが豊富で、
前枠・後枠等でその独創性が爆発する。
アンコ系の甘いものが嫌いなのに、サイコロ2できびだんごを大量に食べさせられて以来、各地で名物の甘い物を大量に食べさせられるのがお約束となっている。
このリアクション芸は「ミスター生き地獄」として定番の流れとなっており、ベルギーでは
チョコレートばかりかマジパンも短期間で詰め込まれて思わず座り込んでいた。
一気に血糖値が上がった証拠なのか、延髄の辺りが痛いと訴えることが多い。
ただし、アイスやスイカ等の好物やフルーツの様に得意な物もあり、喜界島での白熊対決に勝利してしまったことが対決列島に繋がってしまった。
その後も、原付横断企画での疲労による交替や、定番の積み荷としてデッドウェイトになるマルシン出前機を外してもらう為に、藤村との甘いもの対決に挑まされている。
逆に好物は酸っぱい物で、梅干しは「一壺いけるよ」と豪語している。辛い物も好物だが、どうでしょう内ではシェフ大泉の激辛料理におみまいされることが多い。
『ユーコン川160km』では自然が嫌いと話していたのが一転、後半では普通に楽しんでいるが、これを機にキャンプや自然の中での暮らしにハマり、以降は出身地の赤平市に移住、森を開拓して生きている。
ダジャレ好きであり、頼まれていなくてもダジャレを連発する。カブシリーズではダジャレを言った後、満足してスピードを上げるのがお約束。
意外にも社会人としては人一倍折り目正しく、高いプロ意識の持ち主。元々は経験の浅いスタッフを侮り、素人である大泉の起用にも難色を示していた。また、番組中盤過ぎまでは過去の失敗の経験からくる番組作りへのポリシーもあり「自分たちが視聴者に見せられるのは必死で頑張っている姿だけだ」という考えのもと、旅程の遅れなどには厳しい態度を取り、長旅の中で
『合宿』や『会議』を強行するなどして大泉とD陣を締め上げていたが、番組中期以降(特に
アメリカ横断でのやらかしにより
一転してだらしない姿を晒してから)は、作風に染まった緩い姿勢を見せるようになった。
『どうでしょう』は自分の出演する多くの番組の一つという程度の認識だったというが、後に色々な面で意識の変化が起きたとのこと。
番組初期は自分がプロとして番組を引っ張るという意識があったが、大泉のトークの面白さとカメラ外にもかかわらず大泉に絡む藤村Dを見て、一歩退いた立ち位置で他のTVのように頑張らないスタイルへと移行していった。
映画を撮る為に半年間の休養に入った際には、D陣との埋められないギャップから漠然と辞める気でいたが、復帰作となった『リヤカーで喜界島一周』の際に、どうでしょうは番組ではないという悟りに達し、だから自分は続けられる、と思えたという。
アメリカ横断でのやる気の無い様子や、番組後半の夕方4時には宿に入る「企画より宿」の緩いスタイルは反対に大泉とD陣を戸惑わせる程で、これが反対にやる気に繋がり企画を成功させた原動力にもなったとのこと。
この、やる気のないミスターは『プチ復活』にて“いいじゃないか運動”と評され、名物の一つとなっている。
一方、他の番組については厳しいままで、大泉は「あんなに怖い人ははじめて」と評して締切(脚本、作曲)に遅れまくる大泉への最後の切り札として社長(ミスター)への報告が使われていた。
『サイコロの旅』や『カントリーサインの旅』での目の引きの悪さに定評があり、堪りかねた大泉から
ダメ人間と罵倒されたのは有名な話。
Thank you! ごめんちゃーい!
ミスターという通称も、遠い町のカントリーサインを出してしまい、ヤケ気味に移動を開始した中で大泉に皮肉混じりに“ミスターどうでしょう”と呼ばれたのが最初である。
ちなみに『どうでしょう』の企画のほとんどはミスターの何気ない思いつきをD陣が
なんとなく実現させて通った物が多く、実質的な番組スタイルの発案者と言っていい。
「動かないからアレと思って、ギアいじったっけ、ロー入っちゃって、もうウィリーさ!」
「藤村くんその100ドルよこしなさいよ!娘に靴買ってやるよ君の!いつも裸足で歩いてかわいそうだから!」
- ☆大泉洋(大泉さん、洋さん、酔うさん、すずむし、ウナギイヌ、シェフ大泉、ピストル大泉、にょういずみにょう)
今でこそ全国区の知名度を誇るお笑いタレント人気俳優であり北海道の星だが、放送当時は現役の大学生(23歳)であった。
テレビ番組への出演は当初「大学生活の思い出作り」であり、大学卒業後は教員としての道に進む予定だった。
前身番組の『モザイクな夜』にて、素人アシスタントの新“元気くん”としてテレビ番組に初登場。
一介の素人ながら、仕事を通してその抜群の存在感と面白さを気に入っていた藤村Dが強烈に推して、ミスターの反対を押しきって『どうでしょう』に起用したのが伝説の始まりとなった。
藤村曰く「地図も読めないバカ」だが、父親は校長先生まで務めた教員一家で、自身も高等学校の地理歴史科(および公民科)の教員免許を持っている。
実際、番組初期の頃は卒業間近とあってか普通に教育実習なども行っていたようなのだが、よりにもよって実習先の学校の正門前で帰るのを待ち構えていた“どうでしょう班”に出てきた所を捕まえられて、そのままロケに連れ出されてしまったことも。確実に今なら諸々のコンプラ違反となる暴挙である。
『試験に出るどうでしょう』では第二回以降、校長として登場しており、天才的な語呂の数々を生み出している。
基本的にロケの目的・場所・持ち物等に関して何も教えられず、また企画会議にも参加させられることはない。強引に拉致されたり、あげく痔を告白したり、事故ったり、ヘリや船で吐く等、醜態をカメラの前で曝しまくる。
「歌うように喋る」と評されるように、単なる愚痴やホラ話であっても、それだけで番組を成立させてしまう程に口数が多い。
まさか、そんなホラ話がチャンピオンで漫画化されるなんて誰が予想できたよ
バカっぽくも他者の追随を許さない程の豊富な語彙と話題のパターンを誇り、独特の巧みなトークで番組の骨子を担う実質的な主役とも呼べる存在。
ディレクターとの丁々発止の罵り合いはもはやお家芸の域である。ごく初期には遠慮があったものの、本人が意識するより前に周囲が面白さを確信して大泉を中心に置いた番組作りをするようになった。
よくキレている印象があるが、これは番組の方向性に合わせた大泉なりの演出であったとのこと。
モノマネや料理下手でも知られ、渡辺篤史の「小林製薬の糸ようじ」のモノマネは、実際にはそんなCMが無かったにもかかわらず話題となり、小林製薬からはHTBに糸ようじが、大泉には渡辺からのビデオレターが届けられ、実際に渡辺本人による「小林製薬の糸ようじ」のCMとナレーションが実現した。
前述のように、放送当時から道外にじわじわと知名度を広げており、今や幾つもの主演作が存在し、
NHK大河ドラマへの出演も多数、
NHK紅白歌合戦で2020年から3回連続で司会を務めた後、2023年には歌手として出場するなど、国民的スターとも言っても過言では無い活躍ぶりなのはご存知の通り。しかし、どれだけ年齢を重ね有名になろうとも出世作である『どうでしょう』内では
永遠に若手扱いのままである。
ちなみに藤村D曰く、どんなに多忙であっても『どうでしょう』の出演については最優先で空けるようにスケジュールを組めるとのこと。
「すずむしぐらいの脳味噌しかないからそんなことしか言えないんだよ。チリンチリン言ってなさいよ」
「よく言ってくれた。ありがとう!大泉くん」
- ☆藤村忠寿(藤村D、デブ、ヒゲ、魔神、藤やん、カブトムシ、ゲンゴロウ)
ヒゲと太った体型がチャームポイントのディレクター。ナレーションも担当。
放送当時は甘いもの好きのデブという感じだったが、後にマラソンにハマり健康的な生活を送るようになっている。
特技は甘い物の早食い。そのあまりの凄さから『魔神』の称号を持つ。
名古屋出身で、HTBには大学時代のアルバイトを経て入社。東京支社勤務を経て関わった『モザイクな夜』で、嬉野や鈴井、大泉と出会った。
実家の
喫茶店「ラディッシュ」は現在は閉店したものの、対決列島での登場もあってファンの聖地となっていたのは有名な話。
ただの一スタッフでありながら大泉にも劣らぬトークスキルを誇り、時には出演者を食う程の存在感を発揮する。
大泉曰く「どうでしょうが売れたのはこのおっさんのおかげ」。
前述のように鈴井が大泉と藤村のやり取りを敢えてメインになる画面作りを仕向けるようになったこともあってか、中盤以降は視聴者の耳に残りまくるのは大泉に絡みまくる藤村Dの声ということも。
これについては、半ば視聴者の代弁者という思いも建前上は持ちながらやってたらしい。
流石に故意に顔を出すことはないが、余りにもよく喋り絡むので、度々カメラに姿が納められる。
本業のタレントをそっちのけで暴れ回り、自分の趣味や願望を企画にして鈴井と大泉を苦しめたり、たまにメインの2人と共に苦しみ、いちスタッフにも関わらず出演者の1人と言っても過言ではない。
しかし調子に乗りすぎて鈴井の怒りを買ったり、局上層部から本気で怒られて始末書を書くハメになったりもする。
一部視聴者からも「番組を私物化してる」との意見が出ているとか。
自分の趣味丸出しで羽目を外したと評された『対決列島』でのきりたんぽ対決で丸飲みしたきりたんぽを飲む様は中国の鉄の球を飲むおじさんに例えられた。
道外出身の為に『モザイクな夜』の頃からローカル番組らしくない番組作りを心掛けており、これがローカル番組であるにもかかわらず地元企業とのタイアップを行わず、低予算ながら時に海外まで飛び出していく『どうでしょう』へと繋がった。
前述のように大泉洋のタレントとしての資質を見出だして開花させたのは藤村である。
大泉もそれを知った上で藤村だけが自分を見て笑ってくれているのではないか?という疑問を『どうでしょう』内でも度々口にしている。
“公式”ホームページの管理人としてもファンには有難い存在。
このように、元は“繋ぎ”の番組、中継がやれない“潰しの効かない奴等”の番組と自虐したり、噂されていた『どうでしょう』で、年間24億を越える収益をHTBにもたらしたのは藤村の慧眼と才覚あってこそ、と言える。
レギュラー番組終了後は顔出ししており、忙しい鈴井と大泉に替わって『どうでしょう』を伝える人間として露出が増えている。
最近は自らも役者として舞台に出演したり、「藤村源五郎一座」なる劇団を立ち上げたり、嬉野Dと共にあちこちのトークショーに招かれたりしている他、2019年からは新作発表を見越しててか、2人でYouTubeチャンネルを開設して当時の思い出を語ったり視聴者から寄せられた疑問に応えており、これまでには出てきていなかった裏話が聞けることも。
「お前が人の金で勝つ訳ねえんだよ!四国でクリームパン食ったろお前!」
「なんでそんなに増えたんだよぉ…」
- ☆嬉野雅道(嬉野D、嬉野くん、嬉野さん、うれしー)
佐賀出身のカメラ担当。そのため、藤村D程は前面に出る事はない。どうでしょう班では最年長。
元は東京でフリーのディレクターとして企業PRのビデオ等を制作していたが北海道に移住。
そこで仕事をした藤村Dよりデジカムを使った番組作りをしたいと言われ、なら自分で回すと引き受けたことがカメラマンとしてのデビューとなった。
撮影方針は演者やスタッフと同じ視点なので、車中の場合等は殆ど風景ばかり撮って、演者の顔が映らないこともままある。
藤村Dと違い基本的には喋らないが、視聴者も大泉らによって「うれしー」と呼ばれて、弄られる彼の存在を感じとっている。
また、視聴者にとっても“どうでしょう”と同じ景色が見られる、普通は名物紹介で終わる他の地域の生の姿を感じられると好評。
旅(移動)番組としての『どうでしょう』人気を決定付けたのにはうれしーのカメラの力も大きかったと思われる。
しかしその分、稀に発する言葉には威力があり彼の名言も少なくない……と言うか、大泉やミスターに対して一番辛辣なことを言ってるのはうれしーという場合も少なくない。
時折聞こえる「カッカッカッ」というあの喉を鳴らすような独特の笑い声は、実は彼が発しているものだったりする。
趣味は写真で前枠後枠での鈴井・大泉両名の仮装を写真に残しており、めでたく写真集を出版するまでになった。
藤村D曰く「もう一人の地図の読めないバカ」。
「いや実際問題ね、この社長のとこじゃ食えないんですよ。」
大泉と同じTEAM NACSのメンバーであり、上記4人以外ではトップの出演数を誇る。実質的な準レギュラー。
実は最初期から前枠・後枠で出演していたが、本格的な出演となったのは大泉共々拉致された「十勝二十番勝負」から。それ以降、不定期ながら様々な企画に出演。時には大泉から電話1本で呼び出されて出演した回も。
その多くは
onちゃんの中の人としての登場だが、原付ベトナム縦断・最終夜で流されたスタッフロールでは、鈴井・大泉と同じ扱いで過去の顔出し出演シーンが流された。
素の形体ではダジャレを連発しても同情の笑いさえ起らないが、onちゃんに変身すると、車へ乗り込むだけで全国を爆笑の渦に引き込む事が出来る。
牛乳の早飲みが得意…なのだが、対決列島及び別番組での披露時、限界を超えリバースした。
また、無類の酒好きであり、番組内で酒が提供される時は酒豪っぷりを発揮している。十勝二十番勝負ではプロデューサーと一緒にワインを次々と飲み、釣りバカ対決では地元の役所が提供した地酒で酔っ払い大泉の釣果を台無しにしたり、onちゃんカレンダー回では機内提供の酒類をバンバン空けて飲んでいくなど随分な飲みっぷりである。
クリスマス車中パーティーでは酔った挙句に煙草をふかしながら鈴井の目の前で「いや、実際問題ねこの社長んとこじゃねぇ、食えないんですよ」と愚痴っていた。
実際、急速に道内での知名度を増していた大泉はともかくとして当時の安田さん(及び他のチーム・ナックスのメンバー)は大学卒業から間もなくの駆け出しローカルタレントであり、この日も翌日にバイトを入れていたことをミスターにネタにされたことに応じた発言である。
尚、こうして『どうでしょう』だけ追っていると気付かれ難い事実であるが、実は自身が面倒を見ることになった大泉含むナックスの中でも演劇人であったミスターをして“自分の後継者”と思う程に演技力を評価していたのが安田さんであった。
今や、大泉と共に日本を代表するレベルのベテラン俳優へと成長した安田さんの姿を見ると、如何にミスターもまた慧眼の持ち主であったというのが解ろうというもの。
他番組ではすぐに脱ぎだす変態。地上波初の包茎手術放送(通称:皮オペ)を敢行したことも。
この若い頃には番組内でもネタにされている通りで結構なマッチョ体型であったのも余計にインパクトがデカかった。後にはすっかりとヨボヨボになったのをイジられる有り様となってしまったが。
そして、本来はHTBのマスコットなのにファンからは『どうでしょう』のマスコットと認識され、
序でに言えば、あくまでも開設30周年を記念した一年限りの使い捨てのマスコットとなるはずだったonちゃんが延命し、現在でもHTBのシンボルとなる程の出世を遂げたのは安田が着ぐるみを着て大泉にボコボコにされたのが切っ掛けであると、当人達も自覚している。
「待たせたな大泉! お前はもう一人じゃないぞ!!」
眼と眼の間は離れているが、ファンの心は離さないという粋な文句を持った男。
第三回釣りバカ対決・氷上でのわかさぎ釣り対決の際にはnoちゃんの中の人として参戦。ただし簡易noちゃんに切り替わった際は黒の目出し帽を改造したものを着ていたので大泉から「コンビニ強盗」と評されていた。
荒々しい山賊の食卓を地上波に流した。
第四回釣りバカ対決・屋久島24時間耐久魚捕りにも参加。
ラジオ終了後の参加だったため1人で札幌から屋久島に来る羽目に。
「50番繁多寺!! ファンタジーーーー!!!」
TEAM NACSのリーダー。
大きな顔が特徴のうどん大好きっ子。四国八十八ヵ所の旅3では、50番札所・繁多寺にて待ち伏せし、大泉の心臓を停止させるべく暗躍した。
「どうでしょうリターンズ」では、鈴井と共に構成作家を務めている。
TEAM NACSのメンバーで唯一本編への出演経験がなく、
四国R-14(&関連企画)と対決列島の前枠・後枠に出演しているのみ。
レギュラー放送最終回のスタッフロールでは四国R-14出演時の顔出しカットが使用されている。
事ある毎に何かしらの残念な失敗やハプニングを起こす事から、「ミスター残念」という不名誉な呼称をされるが、容姿は端麗である。
初期企画のみ登場した住田 隆、布施 絵里のお笑いコンビ。前述の通り、オンデマンド配信で一部見ることが可能。
その主な企画、栗生んじゃね?
初期のメイン企画。記念すべきどうでしょう最初の企画でもある。現在までに6回行われている。
6つのサイコロの目それぞれに移動手段と行き先を割り当て、サイコロキャラメルを振って出た目によって次の行き先を決定する。宿泊できるかどうかも含めて完全に運任せのため、交通手段がある限り不眠不休で長時間移動を強いられ続けるという大変過酷な企画。ダメ人間が最も華々しい活躍を見せる企画でもある。
当然ながら行き先で観光地を見て回れる余裕は皆無で、延々と続く車内の様子やハンディカムによるブレ気味の車窓映像、サイコロの出た目で一喜一憂し、時には罵声を浴びせ合い、もだえ苦しむ出演者の姿など、水曜どうでしょうの基礎を作り上げた名企画である。
その過酷さから様々なドラマが生まれた。(壇ノ浦レポート、大泉リバース、バレンチノ、
はかた号)
前番組の頃からHTBと関係が深く、どうでしょう班にも後述の企画ついでに自宅まで押しかけられたミュージシャン樋口了一による番組テーマ曲『
1/6の夢旅人』も本企画に由来している。
★カントリーサインの旅
北海道の各市町村のカントリーサインをカード形式でランダム引き当て、実際にその市町村へ向かうという企画。
関東の大部分がすっぽり収まる広大な北海道から、放送当時に存在した212市町村(平成の大合併前)をランダムに廻る過酷だがお手軽な企画。
後に企画の途中で藤村Dが必要時間を計算した際は「10分に1市町村を回らないとロケ期間中に終わらない」と漏らしたほどで、根本的に無理が多すぎる。
カードの引きが悪く、ひたすら車で長距離移動を繰り返す内容から、道内から出ないにも関わらず出演陣も音を上げるほどの過酷さであり、全2回で終了。しまいには道中で出会った番組のファンに「キミらが企画やってくれ」と言い出す始末だったので相当である。
あまりの過酷さ故か、サイコロ4の冒頭にて「カントリーサインの続きと偽ってサイコロの旅に連れ出す」というドッキリを大泉に仕掛けた際、サイコロの旅と聞いて「カントリーサインよりはマシ」という大泉が漏らしたほどだった。
他に、同様の企画内容で十勝地方に焦点を絞った「十勝二十番勝負」も単発企画として放送されている。
こちらは十勝地方のカントリーサインを引いてその場所に行き、出会った現地の人に住んでる市町村オススメのものを聞き、それを紹介するという内容である。
onちゃん安田さんの本格的な登場企画でもあるが、ハズレの観光スポットを避けるため、温泉に泊まりたい・美味い飯を食いたいと誘導尋問のように現地の方々に尋ねたりルールを歪めるどうでしょう班、
さらにマスコットのonちゃんに対するどつきなども相まってPR企画ではあるがいつものどうでしょう節が全開の企画になっている。
後に道内から日本全国47都道府県に対象を広げ、ランダムで引いた絵ハガキの景色を探し当てる企画の「日本全国絵ハガキの旅」も放送された。
企画のコンセプトとしては「車窓・車内ばかり写しているので、視聴者に美しい風景お届けしたい」というものだったが、サイコロの旅とカントリーサインを併せた企画が過酷でないワケがない。
こちらもあまりに無理がありすぎた上に、1回目では東京スタートからの群馬で順調な滑り出しをしたのも束の間、あっさりとミスターが徳島を引いた上に、次いで石川へ飛んだ次の絵ハガキで愛媛を引くという、四国の呪いに嵌ってしまう。
2回目のロケでは初手で茨城へ飛んだ後にミスターが大惨事とも言える引きを起こした事でも有名。
この時に大泉の父が発したとされる「なんとかインチキできんのか」は名言となった。
カントリーサインと同じく全2回で終了している。
北海道の市町村すべてを回るという企画はどうでしょう内ではこれで終了したものの、大泉と縁のあるHTBの番組では似たような企画が引き続き行われており、「
ハナタレナックス」ではランダムに市町村へ向かいその土地の魅力紹介と人々の笑顔の写真を撮って最終的にモザイクアートを作る「笑顔プロジェクト」が放送された。
大泉と戸次がMCを務める「おにぎりあたためますか」ではオフィスCUE所属のお笑いコンビ、オクラホマが各市長村に行って番宣を行う企画があり、(合併で212市町村より更に少なくなったものの)道内全ての市町村を回る偉業を達成している。
なお、この企画の完遂には9年近い歳月を要しており、たった数日で全市町村を回ると言い出したD陣とミスターがいかに無理難題を言っていたかがよくわかる。
★ほか国内単発企画
水曜どうでしょう初期はまだ番組内容も手探りの状態だったため、単発で終わった企画や派生企画が生まれなかったシリーズも数多く存在する。
また、旅番組と銘打っていた事もあり、観光施設や旅行会社とのタイアップ企画も幾つか存在している。
番組初期の企画。当時、痔に悩まされていた大泉のために、痔に効果のある温泉を巡るという企画。
お気楽な温泉巡り企画と見せかけ、24時間で回れるだけ温泉を回った上に最終的に道外まで向かうという強行軍となった。
なお撮影で乗り回したハイエースにはデカデカと「大泉の闘痔の旅」のロゴが貼られており大泉はかなり困惑していた。
まだ当時は無名の番組だった故か、露天温泉の撮影でトラブルが起きるなどのハプニングもあった。
全体的に尺は短く、第2夜の後半から次のサイコロ企画が始まるという変則的なエピソードでもある。
この回よりテレビタレントとしての自我を持った大泉と、積極的に介入する藤村Dという構図が出来上がり、長く続く番組のスタイルが確立する事になる。
札幌市内のゴミ捨て場から捨てられるゴミを集めて家を作るという文字通りの最初期のエコ企画。
番組初期の手探り時期の企画だけあり、ミスターのテンションが高い珍しい企画でもある。
早朝にゴミ捨て場を多く回り、回収したゴミを広場に広げて「家」を作るという寸劇が行われた。
ゴミ漁りという企画ながら、ソファー、机、テレビ、冷蔵庫、掃除機と言った生活家電や家具は無論の事、果てはエレクトーンや卓球台まで拾えてしまった上に、実際にまだ使用できる物も数多く混じっていた。
なお、持ってきたテレビは実際に使用する事が出来たのだが、よりによって北海道のフジテレビ系列局であるUHBが繋がってしまい、テレ朝系列の番組ながらポンキッキーズが流れて大泉を驚かせている。
集めたゴミはその後適切に処分されたという
ちなみに撮影場所は許可を得ずにそのまま撮影に使ったらしく、後日地主から「勝手に使いましたよね?」とHTB社員が詰められる一幕があったという。
水曜どうでしょうの企画としては珍しく嬉野Dが参加していない(別番組に参加しておりロケ・編集共に不在だった)企画でもある。
宮崎にあるリゾート施設をどうでしょう班が満喫するタイアップ企画。
過酷な旅を続けるどうでしょう班を案じて、観光三昧の企画として放送されたが、実際は施設側が用意した過密スケジュールによって観光を楽しむ余裕はなく、後半になるといつも通りどうでしょう班が憔悴する結果となった。
番組のゆるすぎる進行や海水浴・プールの撮影にも関わらず防水カメラを持って来ておらずビニール袋にカメラを入れて対策するD陣、食レポ中に入り込んだ子供の泣き声や喚き声をそのまま放送するなどタイアップの割にはどうでしょうらしく進行している。
本放送時は「宮崎シーガイア」のタイトルで放送され、タイアップであった事から長らく再放送されず幻の回とされていたが、後に権利問題などクリアして問題ない箇所のみに編集した上でDVDに収録された。
尚、ホテル側では当初は慣例通りにミスターと大泉用の食事しか用意していなかったのだが意地汚い食いしん坊の藤村Dが猛烈に反発。
普通の番組では有り得ないD陣にも同じ待遇を要求し、ホテル側を引かせると共に後々までの番組スタイルの形態が生まれることになった。
普段の過酷な旅行とは違う〝慰問企画〟であったが、案の定放送後は「なんでリゾート満喫しているんだ」「辛い旅があってこそのどうでしょうだろ」と視聴者からのお叱りの声が届いたとか。
一般から公募した視聴者参加型の企画。水曜どうでしょうファンの中から真のマニアを決めるための大掛かりなクイズ大会である。
カルトクイズの名は伊達ではなく、大泉やミスターですら覚えていないような問題が繰り出され、熱心な番組ファンによる熱いクイズバトルが繰り返されたが、実際は酔狂な番組ファンのとある一般人男性のおかげでギリギリ成り立った危うい企画だった。
なお、優勝者には「自宅まで大泉が運転する車で送迎してもらえる」という特典があった。
参加者の肖像権などの問題により現在に至るまでソフト化はされておらず、どうでしょうDVD大全シリーズでも除外された事から、現在は再放送のみで見れる本当のレア回となっている。
ちなみに水曜どうでしょうで初めてonちゃんが出演した回でもある。珍しく中の人は安田さんではなく、HTBが一年限りで採用するマスコットキャラ程度の扱いであった。
東京都内にロケ地を絞った企画。東京観光を公共交通機関を使わずに徒歩で行うという過酷な企画。
事前に大泉からどこへ行きたいかを聞いた上で、その場所に
徒歩で向かうという超過酷なドッキリ企画である。移動系の企画でもひときわ体力を消耗する企画となったが、初っ端から「羽田空港からの徒歩移動が出来ず、送迎バスを使い羽田から脱出」というルール破りが行われた。
最終目的地である大泉学園(練馬区)を筆頭に、多摩川・田園調布・お台場・六本木・両国・浅草を徒歩で回るという、都民から見れば狂気の沙汰とも言うべき距離を歩いて回る上に、企画詳細を聞かされていなかった大泉は
革靴で企画参戦という過酷っぷりである。案の定、大泉はボヤきまくりながらの参加になった上に、後半はD陣も含めて全員が歩き疲れてしまっていた。
珍しく雑誌や新聞の取材班が同行する企画となったが、取材班はどうでしょう班の行程についていけず、早々に脱落している。
なお
フジテレビのあるお台場を訪れた際に(番組がテレビ朝日系列局制作にも関わらず)フジテレビ社屋の中を見たいとゴネる大泉を、藤村Dがタブーである事を理由に「さすがに出来ない」と強く拒絶する一幕があったが、
なんと大泉は2009年にフジテレビ社員と結婚。またHTBの別番組で系列局を跨ぐロケをやってしまいお叱りを受けている。
本放送時のタイトルは同行した取材班の雑誌と同じく
「東京ウォーカー」。
春の桜前線を追いながらどうでしょう班が日本を北上するという企画。
桜の散り始めだった宮城県をスタートし、北上していって桜前線(咲き初め)を捉えるという内容になっている。
収録を行った1998年4月は思いの外桜前線のスピードが速く、どうでしょう班は急遽北上を開始。以後、各地の桜の名所や温泉を寄る事に。
初手の新幹線内で牛タン弁当をずんだ餅にすり替えられた事を筆頭に、東北各地の甘いものをミスターは事あるごとにおみまいされ、ミスターは生き地獄を味わう事になった。
なお、大泉も道中の盛岡でわんこそばを大量におみまいされ、D陣の策略もあってか嘔吐寸前まで食わされる羽目に。
なお肝心の桜前線捕獲についてはそのへんの民家の庭に植えられた桜の木で咲き始めていた一輪の桜の花を発見して目標達成という事になった。
最終夜後半が大泉拉致を含む十勝二十番勝負の導入だった事もあり、長らく再放送リストに入らなかった企画であるが、2022年から放送された最新の再放送版であるプレミアでは再編集し直して放送される事になった。
東北で行われた水曜どうでしょうファンの2泊3日バスツアーに水曜どうでしょう班(とヤスケン)が同行。
ファンにバレないようにという名目で大泉とミスターがスタイリスト小松仕込みの扮装を行ってファンに近づき、バレるかバレないかを楽しむドッキリ企画である。
ただし、ツアーの行く先々に先行しなければならない移動スケジュール、さらに冬の東北という事もあり吹雪の中、薄着で突っ立つ必要があるなどどうでしょうらしい過酷な企画となった。
そんな状況故に大泉は体調が悪化、ホテルでトークショーを行い、飲み会の後に明日早朝のドッキリまで寝て休むつもりが、すっかり酔っ払った藤村Dが「腹を割って話そう」と大泉の部屋に乱入。ひたすら絡み始めた挙句に嬉野D、ミスター、さらに番組プロデューサーまで巻き込んで大泉にウザ絡みを敢行。
一晩中絡まれた大泉は言質を取られた挙句、残された僅か2時間半の睡眠の後にドッキリに駆り出される羽目になった。
有名な大泉の「一生どうでしょうします」発言はそんな極限状態のホテルでの一幕から生まれたものである。
ツアー参加者の肖像権などの関係で一部シリーズではカットされている企画でもある。
なお、この時のファンツアーは前述の桜前線捕獲大作戦の行程をファンが追体験するという企画であり、ツアー会社曰く「学校の修学旅行並みに大人数」の番組ファンを連れての大掛かりな団体ツアーであった。
さらにそこへ大泉・ミスター・安田が同行するという、今となっては実現不可能な超豪華ツアーでもあり、放送当時の道内での熱気を感じられる企画でもある。
サイコロの旅第6弾がゴールデンタイムで放送される事を記念して、30時間にわたりHTBで生CMを打つという水曜どうでしょう版24時間テレビ企画。珍しく大泉が発案に携わった企画であるが、案の定過酷な企画へと変貌を遂げている。
「定刻になったら固定カメラの前で番宣をする」というシンプルながら大変な内容で、CMの都度、番組や局にゆかりのあるキャラに扮した大泉とミスターが出るという企画になったが、相変わらずの強行軍になり後半は憔悴しきったどうでしょう班が死屍累々の状態で放送するという様相を呈した。
また、企画の終盤には「藤村Dが大泉に、他番組で大泉に対して仕掛ける予定だったドッキリの内容を本人と該当番組のディレクターの前でネタバレする」という最悪の事件が発生している。
なお、肝心のCM自体はすべて合わせても18分しかなく、どうでしょう本編よりも短かった上で不備で途中で切れたり、不在のままCMに入る事もあった。
また、このように気合を入れて番宣をしてゴールデンタイムに放送されたサイコロ第6弾は視聴率でも惨敗を喫している。
なおこの時に披露した大泉の土井善晴のモノマネは大変好評であり、大泉の物真似レパートリーの定番となっている他、後に別番組で本人と共演もしている。
HTBのグッズであるonちゃんカレンダーを作るために、カメラマンに扮した大泉がスタジオでonちゃん安田さんを撮影しまくるというお手軽企画。
それぞれの月ごとにコスプレやセットを組んで和気あいあいと撮影が続いたが、実は裏ではとんでもない事が進行しており……という半分ドッキリ企画でもある。
珍しく騙され続けている大泉が、今回は騙す側として完璧な逆襲に転じる企画でもあり、いつになく悪だくみでテンションが上がっている大泉が見れる珍しい光景も。
厳密には国内企画ではない。
半年間の水曜どうでしょう休眠期間(ミスターが映画の撮影のため不在で、どうでしょう班が
四国R-14を撮っていたため)後の復帰第一回の企画。
ひとふで書きで喜界島を一周し、どうでしょう班の絆を確かめ合おうという企画であるが、企画開始前に
ベッド争奪戦事件を起こしたり、現地で野宿した際にテントが狭い・寝袋が足りないとゴネた大泉が藤村Dとケンカするなど、どうでしょうらしいいざこざが連発する企画となった。
なお、足りなかった寝袋を補うための毛布は現地のホテルで無理を言って貸して貰ったものである。
後半ではリヤカーを引っ張りすぎて歩けなくなった大泉を、藤村Dが背負って歩くという珍しいシーンもある。
リヤカーに人を乗せて走った行為が道路交通法に抵触する企画だったため、再放送リストから外れており、配信もされていない。
- 5周年記念特別企画 札幌〜博多 3夜連続深夜バスだけの旅
番組5周年を企画して、HTBで盛大なセレモニーをやった上で大泉とミスターを3夜ぶっ通しで深夜バスに乗せるという苦行企画。ちなみに、セレモニーの司会は例のonちゃん泥酔事件(シェフ大泉クリスマス企画)にて散々に迷惑(料理をお見舞いする&番組の進行を妨害する)をかけた吉田みどりアナウンサーであった。
セレモニーの際には生意気にも祭り桜の植樹まで行われているのだが、この桜は20年以上の時を経て見事に育つと共に、植えられた場所を移しつつも本当にHTBの名物として花を咲かせ続けてくれている。前述の通りで藤村D自ら「潰しの効かない奴等」によるお荷物番組が番組終了後にHTBの知名度を爆発的に挙げると共に多大な利益を叩き出す(やってないのに)看板番組となったのだから丁重な扱いも当然である。
サイコロを振る訳でもなく、ただ単に「長距離を深夜バス移動させたいから」という理由で大泉とミスターが深夜バスに乗せられ、それをD陣らスタッフが乗る車で追走するという変わった画が連続する企画でもある。
サービスエリアでの途中報告、出演陣に持たせたカメラの映像、メールでのやり取りのみで出演陣の状態を報告する形で旅が進められた。
尚、当初は余りにもバカげた企画内容から一人で盛り上がってるミスターを他所にD陣は最初から付き合ってやる気もなく、それが自分達はバスには同乗せずに明らかに画面映えを放棄した外からの追跡という形式とした理由である。
更に言えば、今回ばかりはミスターに反省を促すために早々に大泉を追跡車側に乗せてやるつもりだったのだが、その恵まれた待遇に調子に乗った大泉が仕事(トーク)を放棄したことにD陣が激怒。
哀れ大泉は無慈悲にもバスに戻され、番組的にも主役(ミスター/大泉)不在でバス内の映像やトークも殆ど使われない地味な放送になるという、番組の裏まで理解しているマニアでもなければ楽しみどころを見つけられにくいという散々な周年企画となった。
レギュラー放送後の2019年に放送された企画。
2016年、迷走中であったどうでしょう班が企画内容を模索するところから企画がスタート。
赤平市にあるミスターの私有地の森に
「どうでしょうハウス」を建設するという異例のDIY企画であり、どうでしょうの国内企画としては珍しく「一か所に留まっての長期ロケ」である。
ユーコン川でのロケ以降、アウトドアにハマったミスターの本領が発揮された企画であり、本職の土木作業員顔負けの貫禄でショベルやパワーローダーなどの重機を操るミスターを見る事が出来る。
また、久々に
シェフ大泉も登場し、様々な料理を出演陣におみまいする……はずであったが、長い月日によって磨かれた大泉の料理の腕前によって
ボケるつもりが普通に食えたり美味しい料理を作ってしまい、見せ場がなくなる本末転倒な光景を連発した。
3年にわたる長期のロケの中、大泉は文句を言いつつも、東京での仕事の合間を縫って北海道に来ては家の建設を行い、どうでしょうの新企画(ヨーロッパ完結編)などを挟みながらも、実に約3年間にもわたる長期間ロケの末に家は完成。
最終夜では完成したどうでしょうハウスがお披露目され、その後一般にも公開された。
2018年の冬、土台まで完成していたどうでしょうハウスが雪の重みで崩壊するというアクシデントが発生。
すべてが無に帰ってしまい途方に暮れた鈴井とD陣は、それまで撮影に協力してくれていた建築業者に施工をすべて丸投げするという暴挙に出た。
もちろん、大泉には全く知らせないように事は進み、1年近くに渡って大泉にこの事は伏せられた。上述した別の新企画を決行した理由も、大泉に対して倒壊の事実をごまかし、一から建て直すための時間稼ぎが目的である。
大泉へは最終夜になってすべてネタばらしされ、自分が作っていた箇所が一切存在せず、自分が建てたとばかり思っていたものが丸々すり替えられ、D陣に1年以上騙され続けていた事に気が付いた大泉は恐怖し「怖い!」と狼狽えるというオチがついた。
ちなみにコロナ禍を経た2022年以降は、毎年1月ごろに有料の一般公開イベントが行われており、どうでしょうハウスの外観や中身、そして実際にどうでしょう班が建てた方の残骸を見物することができる。
★釣りバカ対決
全4回行われており、名前の通り釣りをする。ただそれだけの企画で低予算の為、海外企画の帳尻合わせと言われる。
釣果に応じた点数を稼ぎ、最終的に総合点数で勝者を決めるという方式。だが点数を与えるのは藤村Dや現地民で、かなり適当な加点とあまりに理不尽な減点による点数落差の激しさから、最後の一瞬まで勝者が誰なのか決まらない対決もあるのが魅力。
番外編としてレギュラー放送終了後に放送された「激闘!西表島」がある。
記念すべき第一回目の釣りバカ対決。参加者は大泉・ミスター・安田onちゃん。
勝者にはHTB本社屋上にあるonちゃん像の隣に立ち一緒にライトアップされる映像が記録されるという罰ゲーム名誉が贈られる。
点数は金額方式で、釣った魚に対して第八正栄丸船長が下した売価を積み上げていく。
午前二時にHTB本社駐車場に集合したメンバーなのだが、全員が徹夜というのもありスタート直後から船酔いが続出。
船長の早すぎるスポット移動で辟易するのもあり、大泉は早々にダウンしミスターとonちゃんも何とか着いて行くので精一杯という始末だった。
脱落した大泉は嘔吐してしまった他、それを笑って見ていた藤村Dも後半は船酔いやられてしまい情けない声を上げた後にリバースするなど惨憺たる状態になり、船長判断で試合は終了した。
結果、onちゃんが勝利を掴みonちゃん像の隣に立つonちゃんという意味不明な映像で締めくくられた。
なお、この当時は顔出しマスク仕様の『簡易onちゃん』がまだ無かった為、初回放送からClassic版まで対決中着ぐるみを脱いでいる安田の顔がモザイク&onちゃんのイラストで隠される事態となっていたが、プレミア版では加工なしに素の安田の姿が映るように変更されている。
新篠津村で行われた第二回目の釣りバカ対決。参加者は大泉・ミスター・安田onちゃん。
勝者にはHTB本社受付前に等身大パネルが置かれる。
点数は釣果数方式で、素直で分かりやすい。
役場の人間が立ち合って参加しており、途中現地名産の日本酒を土産として持ってくるがこれが悲劇を呼ぶ。
日本酒に喜んだ安田onちゃんが次々と飲み干し泥酔。足元もおぼつかないまま釣り場をふらつき、大泉の釣果を蹴っ飛ばし3匹を穴にリリースしてしまう。
それまで圧倒的リードを誇っていた大泉だが、これにより不遇のデッドヒートにもつれ込む事になってしまった。
一切大泉に忖度しない藤村Dと批判を無視した安田によって続行され、結果は漁夫の利を得たミスターが単独勝利を掴んでしまった。
その後のシリーズに続く、ダブルヒットで行進・わかさぎ料理の伝説の基礎が築かれた。
ちなみにHTB本社受付前に置かれた等身大パネルだが、大泉の手により盛大な落書きが行われた。
新篠津村で行われた第三回目の釣りバカ対決。参加者は大泉・ミスター・安田onちゃん・音尾琢真noちゃん。
勝者にはHTBグッズショップ内の床にデカデカとプリントされた写真が貼られるが、実質踏み絵。
点数は釣果数と飲食の合算方式で、釣ったわかさぎを天ぷらなどで食したり地元役場から提供された日本酒を飲むと加点されていく。
今回はチーム戦で、ミスター・onちゃんチームと、大泉・noちゃんチームに分かれて釣りを行う。
ダブルやトリプルによる行進連発、椅子横転や親父ギャグによるボーナスポイントなど藤村Dの采配が光る演出が多数見られ、最後は僅か数十秒というカウントダウンが刻まれる中でわかさぎ踊り食いを成し得た大泉の根性が実を結び勝利を掴んだ。
※わかさぎの生食は寄生虫などの危険性があるため、絶対に真似しないようにしましょう
世界遺産にも選定された鹿児島県・屋久島で開催された第4回目の釣りバカ対決。参加者はわかさぎ釣り2と同じ。
過去3回の対決で全員が「釣りバカ」に輝いたことで、「真の釣りバカを決めよう」という趣旨で行われた企画。
屋久島での開催に至った経緯は藤村Dが子供時代の屋久島での思い出を企画会議で話したところ、ミスター・嬉野両名が食いついたため。
当初の企画コンセプトとしては「レギュラー放送最後の旅に出かける前の慰安企画」だったそうだが、夜釣りを交えての相変わらずな強行軍ロケとなり、ロケ終盤では出演陣が疲れ果て4回戦目は殆ど映像が残っていない。
今回もチーム戦で、前回と同様ミスター・安田onちゃんチームと大泉・音尾noちゃんチームに分かれての対決。勝負はラウンド制で、計4ラウンドでのポイント数が多かったチームが優勝。勝者はポールタウンのHTBコーナーに釣り神様として奉られる。
「釣り」とはいうものの種目とは関係ない魚介類も捕まえればポイントに加算され、捕獲方法も自由。
磯での生物採集、川でのエビ釣り、橋での夜釣り、翌日は1人乗りカヌーで沖に出て釣りというグランドチャンピオン戦に相応しい戦いの場が用意された。
最終的にはミスター・onちゃんチームが優勝した。
最終夜は前半でこの企画が終了。後半は「ある企画」(原付ベトナム縦断1800キロ)の終了後の映像が流され、そこで次回企画をもって番組を終了すると発表された。
レギュラー放送後の復活企画として2005年に放送された企画。釣りバカではないが、採取した生き物で点数を競うという点では釣りバカの系譜となる作品である。
2026年時点で、レギュラー放送後に唯一安田が出演したどうでしょうの企画でもある。
大泉をスペインに連れて行き、牛追い祭りをするという企画であり大泉もそう信じ込んでいたが、実際は西表島で「
むし追い祭り」をするという脱力ドッキリを仕掛けられ大泉はゴネたが、初日の宿で酔っ払ってからは「この企画以外ありえないね」「俺は虫を追うんだ」とすっかりやる気になっていた。
しかし、現地のロケコーディネーターである
ロビンソンの一言で「虫はいるけどつまらない」と企画内容が変更され、西表島の自然を満喫する企画にシフトしていった。
以降はロビンソンの強烈なキャラクターに振り回され、四六時中生き物を採取させられて出演陣は憔悴しきっている。
なお旅には安田以外にも
ハナタレナックスで当時プロデューサーを務めていた福屋キャップと、おなじみスタイリスト小松も裏で同行。福屋キャップの各種手配でロケが進んだ他、二人も釣りに参加するなどロケを満喫している。
2023年には年齢を重ねた出演陣が当時を懐かしんでロビンソンを訪ねるという「懐かしの西表島」が放送された。
が、肝心のロケ期間中に台風が直撃して西表島に行けなくなってしまい、どうでしょう班は足止めされ、全6夜のうち4夜はホテルでのトークで終わるという異例中の異例な企画になってしまった。
既に本拠地を東京に移している大泉はロケ期間中に自宅に戻って家族と過ごしたり、D陣も東京で暇を潰すなど、どうでしょう史上もっともグダグダな進行となった。
その後は何とか一行は西表島に到着するも、スケジュール都合でなんと滞在は5時間のみ、つかの間ながら元気にしていたロビンソンと再会し、企画内容自体は達成する事に成功している。
アラスカの旅で出現した、大泉扮するシェフを中央に置いた企画。全2回。
元々はアラスカではキャンプカーでの旅になることから(自称)料理が上手いと言っていた大泉に料理でも作らせればいいだろうと軽くフったのが
大惨事になったことから誕生。
以降、大泉の料理下手は番組の大きな目玉となる。
初回は1998年12月08日に局駐車場にてお粗末なクリスマスパーティーが開催された。同日、安田が海老
アレルギーを発症。
酔っ払った状態で朝の情報番組に出演するという放送事故も同然の状態になり、後に藤村Dは始末書を書かされたという。
2回目は夏野菜を題材としてシェフが料理を振る舞った。通称日本一長い料理番組。
過程は省略するが、あまりの仕打ちに耐えかねた大泉が、藤村Dのご家族・ご両親を脅迫するという事件が発生した。
「おい、パイ食わねぇか?」
★試験に出るどうでしょう
大泉が講師となり、実際の入試問題対策として出演陣と共に現地へ赴き実習する企画。全3回。
1回目はクイズ形式で行われ、2・3回目は特定の分野に応じた場所へ実際に出向き学習する。
教員免許を持っている大泉の面目躍如と言うべき活躍……もとい個性的な語呂合わせが企画の目玉となっている。
また企画終了時には試験が行われ、生徒の成績が振るわなかった場合には、四国八十八ヵ所を4〜5日で巡拝しなければならない。
後述の四国八十八カ所が全3回である通り、全ての企画において試験に落ちるという結果に終わっており、その都度八十八カ所行きが確定した大泉が崩れ落ちる形で終わってしまっている。
全3回。番組を見ている受験生の合格を祈願して八十八箇所を回る。
3回目は通常のルートとは逆周りに巡拝する逆打ち形式で行われた。
また本企画の1・2回目にはミスターは参加しておらず、大泉・藤村・嬉野の3人で進行される企画となっている。
第2回目の79番札所・天皇寺にて、どうでしょう班はついに、あちらの世界の方々との交流を果たす。
以後、どうでしょう班の発言がおかしくなる。
四国R-14は、第2回目のこの出来事を元に制作された。
関連特集3回(放送前、放送後)、本編全4話となる水曜どうでしょう最初で最後のドラマ企画。
鈴井が映画撮影のため抜け、レギュラー放送が一度休止した際に「自分たちも何かやろう」とディレクター陣が企画したスピンオフ。
2回目の四国八十八カ所で起こったとある怪奇現象を元にして作られた怪奇ドラマで、あまりに本格的なホラーすぎて回を経るごとに視聴率が下がっていった伝説を持つ。
再放送も殆どなく、長らくソフト化されていなかった幻の傑作タイトルである。
詳細は当該記事を参照。
★原付ラリー編
ミスターの考案企画のひとつであり、国内では今のところ3回行なわれている。
ホンダの原動機付自転車「スーパーカブ」に乗車し、目的地を目指す企画。
ライダーはお馴染み鈴井・大泉両名。その後ろを車に乗ったスタッフが追走するという形をとる。
第1回目は東京都中央区〜札幌市豊平区。なおこの時は「カブを買ってあげる」という名目だったのだが、企画後カブはHTBに接収された。
第2回目は京都市金閣寺〜
鹿児島県佐多岬がルートとなる。
第3回目が大泉さんが大河ドラマ「龍馬伝」に出演が決まったことから、羽田空港〜
高知県桂浜のルートとなった。
第2回目での魔神襲来による鈴井の思考回路停止。第1回目、国道345号の悲劇(通称:
だるま屋ウィリー事件)等目を覆いたくなるような描写が多い。
なお、西日本編は鳥取砂丘事件の為再放送はされていない(DVD第20弾に収録された)ほか、東日本編も一部地域では再放送されていない。
第3回目で登場したやり取りを吹き込んだ目覚まし時計が製品化されている。
また、第2回目以降は大泉のピンチヒッターとして赤いヘルメットを被った藤村D(通称赤ヘル)が登場するシーンがある。
なお、レギュラー放送最終企画では、この原付ラリーと海外企画の定番だった「縦断」を掛け合わせ「Last Run」としてベトナムを原付で縦断した。
尚、この「Last Run」だが、実際に視聴すれば解る通りで
余りの撮れ高の多さからか当初の放送予定期間をオーバーするという、此方も普通のTVでは有り得ない珍事を引き起こしている。
しかも、その延期の報告も事前の通達も無しに
最終回予定の番組内(前枠)にてやっとこさ公にするという、現在ならば炎上しそうなシチュエーションで行っている。(勘のいいファンは新聞欄に“終”が付いてないから察したとか何とか。)
この
“最終回が伸びた”ことは、ファンにとっては普通に嬉しいだけの案件……なのだが、この時に割を食ったのは
当時から前述の通りの理由で『どうでしょう』にハマった道外のファンで、中でも熱心なファン達は
記念すべき本放送の最終回をフライングしてでも道内のファンと共に見たいとして、この
最終回を見るためだけに北海道に集いホテルのTVに齧りついていたのだとか。
しかし、結果は上の通りで
まさかの最終回延期となり、ただの
途中の回を見るためだけに集った道外のファン達は
「これぞ『どうでしょう』」と嬉しがったとか呆れたとのこと。
藤村Dと安田のチームびっくり人間と、ミスターと大泉のミスターチームが、立ち寄った県の名物で早食い勝負を行い、手にした都道府県の面積を合計した数値を争う企画である。
出発地は北海道、終着地は鹿児島県西郷公園。
端から見てると『何じゃコレ』となるが、本人達はいたって本気。
名物は大体甘い物が選択されるが、前述した通り、ミスターは甘い物が大嫌いである。
★海外編
番組中期~レギュラー放送終了後のメイン企画。数か月分の製作費を前借りし、ローカル番組としては異例の一週間前後にも及ぶ長期ロケを行う。
あまりにも過酷だったり人道上の理由で事前に大泉へ行き先を告げた企画もあるが、中には「国内企画と偽って空港へ連行し韓国へ直行」「海外企画としか聞かされておらず、南国へ行くと思って水着で来た大泉をアラスカへ連行」と言った過酷な企画発表もある。こうしたドッキリが成立するのも、全てはレギュラー放送当時、大泉のパスポートが局預かりだったからこそ出来た所業である。
たいがい無茶なスケジュールだったり国内企画以上に過酷な環境に放り込まれるため、出演者がカメラ前で脱糞したり精神崩壊するなど、ハプニングという名の見所が多い。
など、国内企画には無い過酷な見せ場ハプニングが多い。
主な企画としては
水曜どうでしょうで初となる海外ロケで、オーストラリアのダーウィン(北部)から、アデレード(南部)までをトヨタ・ランドクルーザーで突っ走る企画である。
D陣も「途中でタイムアップするだろう」と踏んでいたが、あまりのスピードで縦断できてしまったため、アデレードまで突っ走る事になった。
オースラリア大陸という事もあり、虫だらけの過酷な環境や、竜巻、エミューやカンガルーとの遭遇など非常にオースラリアらしい風景が見どころ。
ただし、2ヶ月分の番組予算を使ったにもかかわらず、まともな風景映像を撮れなかったせいでD陣は会社でこっぴどく怒られたとのこと。
ラストでは目的地のアデレードまで到着するも、乗ってきたレンタカーが故障して回収されるオチになってしまい、大泉はミスターに叱責されると内心ビクビクしていたが、当本人は初の海外企画を完遂した事で感無量の気持ちで一杯だったとか。
詳細は
サイコロの旅を参照。
大泉に行き先を告げずに旅に連れて行くドッキリ企画。車に乗せられ誘導尋問で「韓国の焼肉が食べたい」との答えを引き出され、哀れ大泉はそのまま空港へ連行された。
「日本出るとは言ってねえんだよ親に!」
連行後、韓国グルメ企画と聞いてやる気を取り戻した大泉であったが、普通に食べれると思いきや「サイコロの旅形式で行き先と食べる物が決められる」挙句、食える・食えないも抽選形式という過酷な結果となり、韓国中を連れ回された挙句に満足に飯も食べれず、深夜バスや特急の立ち乗りまでさせられるなど散々な結果に終わった。あまりにも道中で食えないカードを連発してしまったので、世界中どこにでもある
マクドナルドで飯を食べて美味いと漏らす場面もあった。
このような経緯から出演陣もあまり韓国にはいい思い出が無いようで、初期の海外ロケながら相当に過酷な旅となった。
オーロラを見たいと言い放ったミスターの願いを叶えるためアラスカに上陸したどうでしょう班が、キャンピングカーでオーロラが見える地帯まで走破するという企画。
企画を知らされていなかった大泉は「海外へ行く」という情報だけを頼りに、南国でバカンスをするつもりで水着で現れたが、極寒のアラスカに行く羽目になり盛大に狼狽えていた。なお現地で防寒着を調達した結果、どうでしょう班で一番厚着になっていた。
アラスカ到着後は天候に恵まれなかった上、雄大なアラスカの自然を観光したい藤村Dがツアーを予約したおかげで脇道にそれまくり、ひたすらキャンピングカーでの移動となり、唯一の楽しみである飯はシェフ大泉の本領発揮により毎回惨劇になるなど、旅本来の目的はパッとしないまま終わっている。
なお、途中からレンタカー会社が「そこから先はキャンピングカーで行けない」と難色を示したため、旅の後半からは現地ドライバー運転の車で移動となっている。
この回で大泉が描いた藤村Dの似顔絵が大いにウケた事で、以降、番組の内外問わず積極的に使用されていく事になる。
どうでしょうの放送時間枠変更を記念した海外企画で、マレーシアのジャングル奥地で動物を見よう!という企画。例によって出発直前まで大泉は行き先を知らされていなかった。
ジャングル奥地にある動物監察小屋、通称「ブンブン」にこもってひたすら動物を観察する企画ながら、虫や小鳥、そしてトラシカぐらいしか見る事が出来なかった。
また、過酷なジャングルの移動や、ブンブンの粗末すぎる設備なども相まってどうでしょう班はズタボロにやられてしまい、最後の洞窟探検では極限状況で互いの足を引っ張り合う醜悪なシーンが連発するなど、二度と行きたくない場所と全員一致で決まった場所となった。
時は流れ番組放送終了後の2004年、スペシャルとして「サッカー観戦とアンコール・ワット観光」という名目で大泉をシンガポールへ連行。
そのままホテルで「トラを見た・見てない」と問答を繰り広げたミスターが「ブンブン行くよ!」と言い張るという壮大な大泉騙しを敢行し「ジャングル・リベンジ」の名目で再復活。
流石の大泉も騙されまくった挙句に、自身の誕生日をブンブンで祝われる羽目になり、藤村Dの態度にもブチ切れ「藤村の首を締めにかかる」ほどキレていた。「大泉くんは何年経っても変わらないなぁ」
しかしディレクター・出演陣の加齢による体力低下や前回よりも更にキツい行程に全員体力も気力もズタボロにやられてしまう羽目になり、大泉は紆余曲折あり「スタッフのライトに照らされながら排便」する様を映像に撮られるなど地獄のロケと化した。
香港返還間もない頃に香港観光協会からのタイアップとして企画された海外旅行企画。
大石内蔵助に扮した大泉が、いつもの仕返しとしてアメフト部を連れて鈴井をラジオ放送中に拉致しようとするも、逆に大泉がアメフト部に拉致され韓国旅行に続いて不意打ちで海外に連れ出されるという散々なスタートで始まる内容。
拉致直後は意気消沈していた大泉だったが、香港の観光旅行と聞いてからはすっかりやる気になり、嬉野Dに至っては「現地で漢方を買う」と前日に酒を飲みながら語る始末。
タイアップ企画のため、観光名所をどうでしょう班が回る企画に終始しており、過酷さとは無縁なのほほんとした企画になった。
唯一、レストランで韓国食い道楽の旅で使われた「食事できる・できないカード」が使用されており、ミスターが「全員食える」カードを引いた事で事なきを得ている。
冒頭の拉致パートが問題視されているせいか、リターンズ以降の再放送はされておらず、プレミアにおいても配信されていない。
初期の大型海外企画。当時はビザが不要だったヨーロッパ21ヵ国を実質8日間で回りきるという超過酷な「制覇」企画。
フランスのパリ、凱旋門をスタート地点して、レンタカーで回れるだけ国を回っていくという企画であるが、日程上、達成は絶対に不可能な旅程な上に、合間に寄り道や休憩、道に迷ったり茶番のために尺を割いたりで結局達成する事は出来なかった。
カーナビもなく頼りは地図のみで道を誤ったり、ユーロもまだ無かった頃なので国を跨ぐごとに外貨両替をする必要があったり、ホテルのチェックインに苦戦するなど、どうでしょう班はたっぷりと苦しめられた。
ミスターは「全て回れなかったらこの番組を降板する」と言い張るほど気合を入れており、初期のミスターの「番組企画に対する姿勢」が垣間見える企画でもある。なお無理だった挙句その後も出演は続けた
次いで1998年放送の
「ヨーロッパ・リベンジ」では、前回で回り切れなかった北欧を制覇するため、どうでしょう班はスカジナビア半島へと突入。
よせばいいのにパリからスタートしヨーロッパを北上、スウェーデン・ノルウェー・フィンランドに焦点を絞り、またもレンタカーで走破を試みた。
メルヘンがコンセプトでもあったため、おとぎ話に関係する名所を回ったり、途中で購入した「ムンクの叫び」の風船人形を利用して「フィヨルドの恋人」なるドラマの撮影をするなど茶番が非常に多いのも特徴。なおHTBから持ってきた衣装は膨大な数にのぼった。
初日からメシを優先したせいでホテルが取れず、
ドイツの道端でテントを張る羽目になったり、時差や日付変更線によるスケジュールの変化、長すぎる移動距離、そして単調すぎる景色が続いた事でどうでしょう班は次第に追い詰められ、ついに精神崩壊。
車内で気が狂ったようにひざを叩きながらABBAを熱唱して意味不明な発言をする大泉、ボヤき続けた挙句に「鉄道員(ぽっぽや)見てェ~!」と泣き叫ぶ藤村Dなど、サブタイの
美しき国々の人間破壊に恥じない極限の人間模様が描かれる。
なおABBAなどの楽曲は権利問題で最新版の「プレミア」だとカットされている他、フィンランドで行ったムーミンの茶番も全カットされている。
本放送終了後の2006年には「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 完結編」として再びヨーロッパへ。
「どうせアイルランドは寄れない」との事で21ヵ国を20ヵ国へと削減し、ゆったりとした旅程でヨーロッパ南部に点在する残りの国を回る企画になった。
スタート地点はパリからローマへと変更され、イタリア半島の小国を回ってから、ゆったりとポルトガルのロカ岬を目指していった。
加齢に伴い無茶は出来ない事もあり、どうでしょう班は「ワンランク上の優雅な旅」を視聴者に届けるべく旅程をスタートさせるが、
相変わらずしょうもない事で喧嘩する出演陣、後部座席でやさぐれる大泉、初日にランニング中にくじいた足でMT車を操作しなければならない藤村Dなど、グダグダな進行でいつものどうでしょう班らしさを視聴者に届ける企画となった。
道中で大泉が披露した「車を売ってくる従兄弟のみっちゃん」と、渡辺篤史の「小林製薬の糸ようじ」の物真似はバカ受けし、後のどうでしょうでの大泉モノマネの鉄板ネタとなる。
本放送で明かされていないが、時系列不明ながら大泉と藤村が「本気の喧嘩」をしてしまったとのこと。その様子は長年共に旅をしてきた嬉野Dをして「笑って見ていられない」と言わしめたほど険悪なものだったらしく、どうでしょう班の終末が脳裏によぎったそう。
当事者である藤村自身もロケ終了後から1ヶ月編集に手をつけなかったことを明かしている。
…過去のパイ事件等から見て、どうせこのヒゲが大泉を煽ったことが原因とは思うが。
2020年には「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」として、2006年に削ったアイルランドへの到達を目指してパリからアイルランドに向かう最後のヨーロッパ制覇企画がスタート。
ただし直前になってレンタカー屋の都合で車を借りるのはイギリスに入ってからになり、わざわざパリから鉄道で移動、目的地のアイルランドでレンタカー返却が出来ないので引き返してイギリスに向かうというグダグダすぎる変則的な日程で旅を進める事に。
初期に急なスケジュールで飛ばしまくったイングランドをゆったりと見て回る旅となり、昔は無かったBluetooth機器やネットやスマホを駆使した快適な旅が繰り広げられた。
一方で「大泉が見つけたメシ屋が悉く定休日」「土壇場でホテルが取れず急遽別ホテルに飛び込みで宿泊する」などのトラブルにも見舞われている。
アイルランド制覇に成功したどうでしょう班であったが、収録の翌年2020年にコロナ禍が始まっているため、ギリギリのタイミングで収録できた企画でもある。
ANAとのタイアップ企画で水曜どうでしょう班がサンフランシスコへ招かれる形でアメリカ観光企画がスタート。道中の機内放送でアルマゲドンを見まくって涙したり、サンフランシスコ観光を満喫する大泉。
しかし、それは企画発表の為の壮大な前振りであり、ホテルで早朝の寝起きを強襲された大泉はようやく本当の企画内容を知らされ、残りの期間でワシントンDCまで車で横断するという過酷な旅に付き合わされることになった。
この回の日付や場所のテロップは通常と違い、「マトリックス」のようなサイバーものっぽい演出になっている。
ラスベガスでスタッフの金をカジノでスって借金をする大泉、観光名所に寄って大幅な時間ロス、時差によるスケジュールの調整、体調不良に倒れる出演陣、そしてミスターがやらかした伝説のイン・キー事件など一筋縄ではいかない旅が繰り広げられた。
企画の目的達成のため圧を掛けていたミスターがイン・キー事件ですっかり勢いを失って壊れていき、最後は開き直って仮装を満喫する姿は必見。
中央アメリカに見られる幻の鳥、ケツァールを激写し、あわよくばそれで写真展を開くという企画。
コスタリカに移住していたHTBの元社員とガイドの元、コスタリカにてケツァールを撮影するべく巨大な望遠レンズ付きカメラ(通称バズーカ)を抱えた大泉とどうでしょう班がジャングルに向かった。
道中では「現地の空港で、離陸失敗して墜落した機体の残骸を横目に離陸するスリリングな空の旅」「空港で荷物を紛失して持ち物がゲームボーイだけになるミスター」などのトラブルが発生。
コルコバード国立公園では大泉が慣れないカメラに悪戦苦闘し、様々な動物と出会えたもののロクに写真を収める事が出来ず、そのへんの小さなトカゲ程度しか撮れなかったものの、次第にカメラに慣れて以降は様々な鳥や野生動物の撮影に成功。
しかし、ケツァールは一向に現れず、どうでしょう班は場所を変え「ケツァールがよく出る」というサン・ヘラルド・デ・ドータへ移動。たまたま滞在していたプロの日本人カメラマンの助言などもあり、どうでしょう班はようやくシャッターチャンスに巡り合うが……
対決列島での罰ゲームとして用意された企画で、魔人藤村の勝利により大泉とミスターがひたすらカヌーを漕がされる企画。
本当はアウトドア好きの藤村Dがアラスカで川下りがしたいがために用意された企画でもある。
当初はアラスカを想定していたものの、カナダの方が税金の関係でロケ費用が安いという理由と、アラスカより熊が活発でないという事からカナダのユーコン川に変更されている。
現地ガイド兼通訳の熊谷氏とユーコンを知り尽くした男ピートが旅に同行しており、同企画の名物キャラとなっている。
アウトドアが大嫌いだったミスターはイヤイヤながらの参加ではあったが、やがて雄大な自然を前にアウトドア好きに転向、後半は企画を満喫するほどハマっており、後年に森を買って開拓したり家作り企画へと発展した。
一方の大泉は終始文句を垂れており、強力な虫よけスプレーを股間に塗って大惨事を起こしたり、挙句に「D陣が思い出の場所を片っ端から爆破していく」という悪夢を見たりと散々な目にあった。
この企画のみ、エンディング曲として「四国R-14」のエンディング曲として起用された、In the Soupの「川」が使用された。
「ラストラン」と銘打たれた水曜どうでしょうレギュラー放送の最終企画。
番組に馴染み深いカブを操り、バイク社会であるベトナムのハノイから首都のホーチミンに向けてベトナムを縦断するグランドフィナーレを飾る企画である。
社会主義国家であるベトナムらしく、旅には現地の公安職員が監視として随行、さらに通訳のニャンさん、ドライバーなども加わりかなりの大所帯の撮影班となった。ちなみに監視とは言ったものの、公安職員や通訳含めて車内で寝るなど実際にはゆるい雰囲気で撮影は進んでいた。
現地に到着後、ホテルから眺めるハノイ市内の壮絶なバイクだらけ&道交法無視の走りの数々に戦々恐々としながらも企画はスタート。スコールに見舞われたり、ホテルへの道がわからなくなったり、ミスターが交信用のトランシーバーを落とすなどのハプニングに見舞われるも、一週間かけて縦断。番組のレギュラー放送終了という有終の美を飾った。
ちなみにこの企画の前枠・後枠は番組の集大成とも言うべき、過去の前枠・後枠のネタを随所で拾い上げており、そちらも必見となっている。
レギュラー放送終了後の2013年に放送された企画。
「新しいところ行こうぜ」という藤村Dの提案で、どうでしょう班が未だ行った事のないアフリカに向かうという内容。
大泉は主演映画「探偵はBARにいる2」の宣伝時期に連れ出された上に、企画発表直前まで「
ハナタレナックス」の企画に参加しており、同企画内でどうでしょうロケの辛さと行きたくないと吐露しつつも連行された。
海外ロケとしてはベトナムロケに次いでの大所帯となっており、HTBの福屋キャップが同行した他、現地ガイドやサブカメラマンが同行している。
がある。
★総集編
番組本放送時、大きな企画の合間に箸休め的に挟まれたり、水曜どうでしょうの休み入り・明けなどにおさらい、周年記念スペシャルとして放送された総集編。
出演陣がHTBの調整室内などで過去のVTRを見て振り返ったりコメンタリーをするお手軽もとい穴埋め企画である。
過去のどうでしょうの振り返りをする企画から、前枠・後枠を総ざらいしたり、
この総集編でしか聞けないトークやツッコミ、コメンタリーなどもあり、単なる総集編に収まらない楽しさもある。
スタイリスト小松による出演陣の仮装も見どころの一つであり、CM明けで出演陣の衣装が変わる事もある。
いまのところマスターテープが所在不明のためDVD収録が進んでおらず、配信などでもカットされる事の多い企画である。
タイガーのダブル余談
DVD化も本放送終了から10年以上かけて『水曜どうでしょうDVD全集』として進行中で、2017年10月25日に、実に15年かけて本放送時の企画はほぼコンプリート。2010年以降の新作についても、2024年4月24日に「北海道で家、建てます」までソフト化されている。なお、2010年以降の企画は番組の収録がハイビジョンに移行した為、ハイビジョン画質での視聴が可能なBlu-ray版が併売されている。
だが視聴者参加企画『第1回水曜どうでしょうカルトクイズ世界大会』は未だにDVD化されておらず(再放送・オンデマンド配信はされている)、合間に放送された『四国R-14』は再放送もあまりされていない。
またDVD版およびオンデマンド配信版ではテレビ放送とBGMが異なっていたり、未収録映像がふんだんに収録される一方でテレビ版の一部シーンがカットされていたりするため注意が必要である。
冒頭に記したように他の地方局でも『どうでしょう』を意識した番組が多数登場するようになったが、中でもテレビ西日本(フジテレビ系列)制作の『ゴリパラ見聞録』は『どうでしょう』陣との交流があり、トークイベントや『ゴリパラどうでしょう』『水曜見聞録』なるコラボ作品も存在する。
業界関係者からの評判も高く、HTBのキー局である
テレビ朝日が行った「テレ朝社員が好きな番組ランキング」では、『
タモリ倶楽部』に次いで2位に輝いている。また、芸能人のファンも多く、不定期に動画サイトでどうでしょう好きの芸能人を招いてトークする企画も配信されている。
HTBではかつてこれによく似た企画の番組が存在したことが明らかになり、長らく忘れ去られていたが最近になってテープが発掘された。ヒゲもこれをパクったと公言している。
そのタイトルは「三東水曜いかがでしょう」。
電機メーカーの三東電機一社提供で、アナウンサーと浪曲師が出演している。
昭和~平成初期のテレビ番組風動画を作成するYoutubeチャンネル「フィルムエストTV」とのコラボ企画で、三東電機とはチャンネル内に頻繁に登場する架空の企業である。
動画は「サイコロの旅」を再現したもので、HTBが開局した1968年当時の設定となっており、交通機関も高速バスも飛行機もメジャーでなかったため急行列車が多数登場。ルールもフィルムが切れてしまったら終了、途中で電報や企業のインフォマーシャルが入る等徹底的に当時の雰囲気にこだわり、どうでしょうネタももちろん盛り込まれているため藩士なら一度見ておいて損はないだろう。
お笑いコンビ・ラパルフェの持ちネタに「水曜どうでしょうの大泉とミスター」があり、特に尾身が演じるミスターは激似であると評判である。
2022年には実際にD陣とYouTubeでコラボしており、D陣からも似ているとお墨付きを貰った縁から、水曜どうでしょうの公式イベントである「どうでしょうキャラバン」にゲストとして定期的に出演。
その物真似のクオリティの高さは藩士必見である。
「大泉くん、加筆しなさいよ」
「あぁ?藤村くんやりなさいよ。僕はやりたくなかったのにキミ達がやれ、項目だあ〜やれ、リンク張りだあ〜って」
「つべこべ言わずに直せって言ってんだ!」
「あぁ!?」
- 新作の放送日決まったな -- 名無しさん (2013-08-08 19:27:50)
- 新作まさかの海外(笑)荷物の量が尋常じゃないな。 -- 名無しさん (2013-09-19 11:39:22)
- オーストラリア縦断の回で「オーストラリア=飯マズ」のイメージがついてしまった。本当なのか? -- 名無しさん (2013-09-19 17:22:01)
- まず、前提条件として日本ほど飯がうまい国はない。 -- 名無しさん (2013-09-20 07:41:16)
- ↑過大評価。訴訟 -- 名無しさん (2013-09-27 09:18:31)
- ↑不当評価。訴訟 -- 名無しさん (2013-11-13 00:54:49)
- DVD収録のオーストラリアの食事シーンで、肉料理ばかり食っててうんざりしている場面があって、その後クーパーズピディで海産物食べてて満足してる一行の姿をみた。嬉野Dがダーウィンだかで買ったパンがまずいという風に言ってた。 -- 名無しさん (2014-07-13 21:26:01)
- 3日間のうちに14時間走るバスに2回乗った方々。タフだねぇ -- はかた号不幸行き (2014-09-20 19:41:38)
- ネットフリックスで独占配信されていたが、まさか英中字幕があるとは… -- 名無しさん (2018-02-05 16:33:10)
- 本家リアタイ勢はずんだ、小倉トースト、気になるリンゴ、大沼だんご、梅ジャム、ランブータン、鳥居強右衛門など後年のプチブームをここでいち早く仕入れてたのか -- 名無しさん (2023-06-25 03:01:12)
- 作者がファンなのか、現代ものなろう作品で主人公がやらされてたり -- 名無しさん (2024-04-20 19:37:33)
- 嬉野くんって歳とった今の方が渋くてかっこいいよな。EDの写真集でたまに当時の嬉野くんが映るけど、当時から雰囲気が変わってないヒゲと比べて全然風貌違うもん。あの冴えない兄ちゃんと今のダンディなおじさんが同一人物とは思えない -- 名無しさん (2024-09-13 15:00:33)
- 初めて見た時、「なんでチュートリアル徳井と懸賞生活のなすびが一緒に番組やっているんだろう?」と思ってしまった -- 名無しさん (2024-10-22 12:05:50)
- サンテレビでやってた -- 名無しさん (2025-04-29 10:49:39)
- 幹部3人の老後の楽しみと化した「一生どうでしょう」に付き合う大泉って構図もこれはこれでアリなのかなと最近思い始めてきた。無謀な企画なんて影も形もない、ただただミスターや藤村がやりたい・会いたいだけで組まれるTV番組感のない企画ってある意味どうでしょうらしいし -- 名無しさん (2025-05-07 00:11:56)
- 「一生どうでしょうします」って東北生き地獄ツアーでの「腹を割って話そう」の時に苦し紛れで言った大泉の適当な発言を後に「言質を取った」としたのが由来じゃないの? -- 名無しさん (2026-05-21 13:44:57)
最終更新:2026年06月29日 01:22