「そういえばランズドルフ卿。あなたに個人的に渡すべきものを決めていませんでしたわね、皇帝陛下からは既に色々授かっているのでしょうけれど」
そう話すのは、如何にも手入れに時間のかかりそうな金の縦ロールがその高貴な身分を象徴する、美しいエルフ――リトゥーネ王アニェス一世その人である。
彼女が『卿』と呼びかけたのはシャルロッテ・フォン・ランズドルフ。二人は皇帝直臣として対等な身分だが、貴族爵位の年期の差という意味であえてシャルロッテ側が下に立っていた。尤も、西方反乱戦役鎮圧の際の指揮権の都合もあってだが。
彼女が『卿』と呼びかけたのはシャルロッテ・フォン・ランズドルフ。二人は皇帝直臣として対等な身分だが、貴族爵位の年期の差という意味であえてシャルロッテ側が下に立っていた。尤も、西方反乱戦役鎮圧の際の指揮権の都合もあってだが。
「いえ陛下。そこまでの気遣いは無用です。私はあくまで一人の貴族としてやることを果たしたまで。陛下から個人的な贈り物などは……」
「ですがあなたは間違いなく此度の反乱鎮圧において最も活躍した貴族。その働きに報いねば、騎士の名折れですの」
「それは理解します、しかし形のあるものや称号等を貰っては陛下の直臣として問題が出ます。かといって勲章のようなものは既に貰っている。故に私のような貴族は、もう形の残るものなど――」
「ですがあなたは間違いなく此度の反乱鎮圧において最も活躍した貴族。その働きに報いねば、騎士の名折れですの」
「それは理解します、しかし形のあるものや称号等を貰っては陛下の直臣として問題が出ます。かといって勲章のようなものは既に貰っている。故に私のような貴族は、もう形の残るものなど――」
シャルロッテの言葉にアニェスがぴくりと反応する。
「であれば、形の残らないものならよろしいのでしょう?知識、食事、他には密談に……とにかく、そういった形のものなら何か1つくらいは望みがあるでしょう」
そう言い切られると、シャルロッテ側にはたったひとつだけ望みがあった。
「であれば、非常に申し上げにくいのですが――」
「まあ、それは確かに――」
「まあ、それは確かに――」
かくて、シャルロッテの望みは叶えられることになる。
「しかしシャルロッテ卿。まさかわたくしと一度手合わせしたいという野心を秘めていたとは、まるで思いもしませんでしたわ」
「まさか。帝国の武人ならリトゥーネの騎士王と一戦交えるのは当然の望みでしょう」
「ふふっ。そう言われると、俄然やる気が出てきましたわ。といっても、元より褒美の戦闘。全力で取り組まねば騎士に対する最大の侮辱ですから」
「勿体無きお言葉。リトゥーネの騎士ならとても喜ぶでしょうね」
「まさか。帝国の武人ならリトゥーネの騎士王と一戦交えるのは当然の望みでしょう」
「ふふっ。そう言われると、俄然やる気が出てきましたわ。といっても、元より褒美の戦闘。全力で取り組まねば騎士に対する最大の侮辱ですから」
「勿体無きお言葉。リトゥーネの騎士ならとても喜ぶでしょうね」
などとにこやかに二人は話しながら、各々の戦闘姿――アニェス一世は超がつくような重装備。
逆にシャルロッテはリトゥーネやパロサックの騎士が怯えおののくくらいの軽装である、プレートアーマーと鎖帷子に籠手と靴程度。
逆にシャルロッテはリトゥーネやパロサックの騎士が怯えおののくくらいの軽装である、プレートアーマーと鎖帷子に籠手と靴程度。
そんな二人が各々の愛馬に乗り、獲物を構える。
アニェスもシャルロッテも、先の戦役でよく振るった旗つきの槍。
そうして準備万端となった二人を見て、連れてこられた医師の一人が戦闘開始を告げる。
目撃者を減らすため、このような配慮がされているのだ。因みにセルミュには伝えられていない。
アニェスもシャルロッテも、先の戦役でよく振るった旗つきの槍。
そうして準備万端となった二人を見て、連れてこられた医師の一人が戦闘開始を告げる。
目撃者を減らすため、このような配慮がされているのだ。因みにセルミュには伝えられていない。
そうして両者共に愛馬に合図を送り、一気に突っ込む――
ばきん、と槍の柄が折れる音。すぐ後に、槍の柄が地面に突き刺さる。
シャルロッテの『赤旗』だ。
ばきん、と槍の柄が折れる音。すぐ後に、槍の柄が地面に突き刺さる。
シャルロッテの『赤旗』だ。
アニェス一世のランスとマトモに打ち合ったために柄の方が耐えられなかったのだろう。
しかし、アニェス一世のランスもシャルロッテには届かなかった。
しかし、アニェス一世のランスもシャルロッテには届かなかった。
(シャルロッテ。あなた槍を折ってまで傷を避けましたのね)
アニェス側が即座にそう分析できるくらいには露骨だった。
だが、戦いはまだ始まったばかり。シャルロッテだって、打つ手がなくなったわけではない――
だが、戦いはまだ始まったばかり。シャルロッテだって、打つ手がなくなったわけではない――
刹那、シャルロッテがまだ持っていた槍の柄が物理的に飛んでくる。投擲だ。
騎馬戦闘は一日の長がアニェスにあるようだが、白兵戦闘となれば別。冒険者特有の泥臭い戦いかたもできるシャルロッテの方が有利とも言えた。故に柄を投げて落馬させようとしたわけだが……あっけなくランスに防がれる。
騎馬戦闘は一日の長がアニェスにあるようだが、白兵戦闘となれば別。冒険者特有の泥臭い戦いかたもできるシャルロッテの方が有利とも言えた。故に柄を投げて落馬させようとしたわけだが……あっけなくランスに防がれる。
「その程度の蹴りでわたくしが落馬するとお思いで?」
「まさか。だが一瞬で結構」
「まさか。だが一瞬で結構」
そう言うが早いか、突風が起こる。
間違いなくシャルロッテが起こしたものであり、受け身としようにもランスで蹴りを受け止めた直後。
手綱を掴んで耐えてバランスを取り直すよりはよいと考え、華麗にモノケロスから飛び降りて着地する。
間違いなくシャルロッテが起こしたものであり、受け身としようにもランスで蹴りを受け止めた直後。
手綱を掴んで耐えてバランスを取り直すよりはよいと考え、華麗にモノケロスから飛び降りて着地する。
すると辛うじて首の装甲で受けられたが、斬撃が飛んでくる。風魔法で空中機動をしたシャルロッテの追撃であり、いつの間にか抜かれていた愛剣による攻撃だ。
「甘いですわね!」
「まだまだ!」
「まだまだ!」
二人とも跳ねて距離を取り、睨みあう。
しれっと双方の愛馬は勝手に医師達の方で観戦する気なのか走り去り、二人の騎士だけ、各々の肉体と技術と魔法、その全てを活かした戦いだ。
しれっと双方の愛馬は勝手に医師達の方で観戦する気なのか走り去り、二人の騎士だけ、各々の肉体と技術と魔法、その全てを活かした戦いだ。
「やあっ!」
「そこっ!」
「そこっ!」
シャルロッテがまた突撃し、アニェスがランスでそれを貫こうとする。
だが、シャルロッテは『一瞬で消えた』。
だが、シャルロッテは『一瞬で消えた』。
(まさか、これが各地で語り継がれる――)
そう考えるが早いか、シャルロッテの刃がアニェスの鎧の間を貫くように差し込まれる。
縮地と対装甲戦闘術の合わせ技であり、並みの人間なら反応はおろか認知も不可能な代物。
だが、アニェス一世もまた同時代の怪物である。即座に反撃の蹴りを繰り出す。
縮地と対装甲戦闘術の合わせ技であり、並みの人間なら反応はおろか認知も不可能な代物。
だが、アニェス一世もまた同時代の怪物である。即座に反撃の蹴りを繰り出す。
「ぐあっ!」
これはモロに脇腹に当たり、シャルロッテが転がる。
当然ながら脚部の方の装甲も堅牢なアニェスの蹴りは、並みの蹴りでは比較にもならない。巨人族の如く重々しい一撃だが――シャルロッテは恍惚としていた。
当然ながら脚部の方の装甲も堅牢なアニェスの蹴りは、並みの蹴りでは比較にもならない。巨人族の如く重々しい一撃だが――シャルロッテは恍惚としていた。
「はぁ……♡ふふ、お互いに一撃。愉しくなってきましたね」
「おやシャルロッテ。あなたの方が深傷ではなくて?」
「まさか。この程度でへばるようでは、冒険者としては銀等級で打ち止めです」
「そう。なら!これはどうでしょう!」
「おやシャルロッテ。あなたの方が深傷ではなくて?」
「まさか。この程度でへばるようでは、冒険者としては銀等級で打ち止めです」
「そう。なら!これはどうでしょう!」
態勢を崩したままのシャルロッテに向けて、火球が飛ぶ。
地面や草が燃えるが、シャルロッテはそこにいなかった。
地面や草が燃えるが、シャルロッテはそこにいなかった。
「また避けましたのね。成程、軽装なのはそういう――」
「受けるよりは避けた方が楽ですから」
「……!回り込まれ――」
「受けるよりは避けた方が楽ですから」
「……!回り込まれ――」
シャルロッテの返答が聞こえたのは背後。無言発動の隙を突いたのか。となればシャルロッテの練度は如何程か。いや、恐らく訓練の傍ら執務を行っていたアニェスと、冒険者として実践で経験を積んできたシャルロッテの差はここなのだと理解する。
金属のぶつかる音がし、なんとかランスと剣との鍔迫り合いになる。
パワーではアニェスに分があるため、シャルロッテ側が距離を取ってくることでこれは終了した。
金属のぶつかる音がし、なんとかランスと剣との鍔迫り合いになる。
パワーではアニェスに分があるため、シャルロッテ側が距離を取ってくることでこれは終了した。
(なんとなく察していましたけれど。シャルロッテはスピードのためにパワーはまだしも防御を大幅に捨てていますのね。ならば、小さくともダメージを重ねていけばこちらが有利ですわ。だけれど……)
(戦う前からわかってはいたが、やはり攻防両面で負けている。だが、だが。だからこそこれほどの相手と手合わせできることが……)
(戦う前からわかってはいたが、やはり攻防両面で負けている。だが、だが。だからこそこれほどの相手と手合わせできることが……)
二人とも、ふと同じことを考えた。『これだから戦いは楽しい』と。
そのまま、戦いは続いた。シャルロッテは機動力と攻撃の精密さ、そして詠唱短縮の技量で。アニェスは攻撃と防御、そして得物の射程距離で上回っていた。
故に本来の二人の技量差や強さの差、体力の差はさほど影響しないまま、二人の傷を増やしていった。
それをシャルロッテは持ち前の被虐性癖で耐え、アニェスはエルフ特有の魔力量と装甲でダメージを抑えていた。
故に本来の二人の技量差や強さの差、体力の差はさほど影響しないまま、二人の傷を増やしていった。
それをシャルロッテは持ち前の被虐性癖で耐え、アニェスはエルフ特有の魔力量と装甲でダメージを抑えていた。
だが、流石に一時間も攻撃の応酬を続けていれば限界もあり――
遂に、シャルロッテが膝をついた。
全身は血塗れ、剣は刃こぼれがないのが不思議なくらいで、プレートアーマーは凹み、カントレット(籠手)は片方失われ、チェーンメイルですら幾らか脱落していた程。破れた服の合間から、打撲傷で真っ青になった腹が見えていた。
本来であれば美しい筋肉のつき方で殿方好みしそうなモノなのだったが。
遂に、シャルロッテが膝をついた。
全身は血塗れ、剣は刃こぼれがないのが不思議なくらいで、プレートアーマーは凹み、カントレット(籠手)は片方失われ、チェーンメイルですら幾らか脱落していた程。破れた服の合間から、打撲傷で真っ青になった腹が見えていた。
本来であれば美しい筋肉のつき方で殿方好みしそうなモノなのだったが。
アニェス側も自慢の鎧は傷だらけ、装甲の隙間からうっすら血が滲むとパッと見はともかく結構な怪我。
そして、お互い息が荒い。
「さて、シャルロッテ卿。わたくし相手によくここまで粘れたこと。褒めてさしあげますわ」
「……ふ、ふふ……♡感謝します、陛下……」
「そう。なら……これでトドメですの!」
「……ふ、ふふ……♡感謝します、陛下……」
「そう。なら……これでトドメですの!」
アニェスがランスでシャルロッテを跳ねあげる。顎を大きく打ち、シャルロッテの意識が飛ぶ。
そのまま大きな音と共に地面に落ち――受け身もなにもなく自由落下したシャルロッテはそのまま気絶した。
満足げな笑みを浮かべていたが、医師も神官も馬達もドン引きしていた。なんならアニェスも脳内麻薬が出ていなければ怪しかったくらいに。
そのまま大きな音と共に地面に落ち――受け身もなにもなく自由落下したシャルロッテはそのまま気絶した。
満足げな笑みを浮かべていたが、医師も神官も馬達もドン引きしていた。なんならアニェスも脳内麻薬が出ていなければ怪しかったくらいに。
そうして、アニェスがランスを杖がわりに地面に突き立てる。
即座に医師や治療術師達が二人に駆け寄り、鎧を脱がせ、傷を治す。
シャルロッテの方は腹の切開が必要なのではないかと、その場で消毒しての緊急オペだ。
即座に医師や治療術師達が二人に駆け寄り、鎧を脱がせ、傷を治す。
シャルロッテの方は腹の切開が必要なのではないかと、その場で消毒しての緊急オペだ。
この数日後、一命を取り留めて寝ていた筈のシャルロッテがけろりとベッドから起き上がり、アニェス一世に敗者から勝者の言葉として様々な世辞を渡したことは関係者のごく一部しか知らない。
また、密偵からこの話を聞いたニコラス三世は頭を抱えた。流石にこのレベルの被虐性癖の相手の対処法は考えてなかったからである。
また、密偵からこの話を聞いたニコラス三世は頭を抱えた。流石にこのレベルの被虐性癖の相手の対処法は考えてなかったからである。