教室は紫の光に染まっていた。天井の向こうにはもう、星が見えていた。
静寂が辺りを包む。遠くのコマドリの声が部屋に響いた。窓の外の夕焼けを鳥は遮って、幾筋もの光を漏らしたあと、やがて一枚の闇に隠れた。彼女たちが先程まで授業をしていた棟が、影絵のような闇になっていた。
──今日は鶏鍋にしようかな。
内側からだけ外が見える壁から校庭を見ていたティブリトが、ぽつりとそう思った。
ウルプア 「ティブリトさんもだからね」
ティブリト 「あ、はい」
ウルプア 「まったくもう。今度のテスト落としたら留年なんでしょ?」
ティブリト 「お恥ずかしい限りです」
ティブリト 「あ、はい」
ウルプア 「まったくもう。今度のテスト落としたら留年なんでしょ?」
ティブリト 「お恥ずかしい限りです」
ウルプアはティブリトよりも背が低かったが、凛と響く声に気圧され、ティブリトは縮こまる。座面だけ宙に浮いた椅子が、少し沈んだ。
ウルプアは教壇に立ち、チョークで空中に文字を書いていく。背中の翅から提がっている骨の羽が、カラカラと音を立てる。
ウルプアは教壇に立ち、チョークで空中に文字を書いていく。背中の翅から提がっている骨の羽が、カラカラと音を立てる。
ウルプア 「色々な地域の風習や風土に触れる。そうすることが、魔法をより強いものにするのよ」
フォスフォラ「芸生一体ってヤツですね」
ウルプア 「そう……まったく。こういうのはフォスフォラさんの学校?の専門じゃなかったかしら」
フォスフォラ「文系学問はどうしても苦手でしてぇ……」
ウルプア 「ヴァラウタ語と違って分離動詞も奪格別句も接続詞の活用も無いんだから頑張って欲しいところなんだけど……見て」
フォスフォラ「芸生一体ってヤツですね」
ウルプア 「そう……まったく。こういうのはフォスフォラさんの学校?の専門じゃなかったかしら」
フォスフォラ「文系学問はどうしても苦手でしてぇ……」
ウルプア 「ヴァラウタ語と違って分離動詞も奪格別句も接続詞の活用も無いんだから頑張って欲しいところなんだけど……見て」
書かれた文字が、暗い背景の中で光る。
精林語 希望語
usan < uzi 「使う」
poratan < porti 「身につける」
uqpuriru < ombrelo 「傘」
karuka < kelka(j) 「いくつかの」
patiri < facile 「容易に」
usan < uzi 「使う」
poratan < porti 「身につける」
uqpuriru < ombrelo 「傘」
karuka < kelka(j) 「いくつかの」
patiri < facile 「容易に」
ウルプア 「精林語は希望語……この世界とは異なる世界の言語を元にしているの」
ティブリト 「異なる世界。零のドメインのことですね」
ウルプア 「そう。あらゆる世界を作り出した世界。全ての世界(プレーン)は零のドメインを映す鏡に過ぎないわ」
フォスフォラ「あらゆる世界の行き着く果て、運命を司る形相世界、ですか……こうして見ると、希望語はエルフの魔法言語とも似てますね」
ウルプア 「そう。だから覚えやすいかなって。ただ精林語は魔法言語と違って、区別してる音がとっても少ないの。だから希望語の発音をそのまま使ってる訳じゃない。いくつかの音は近い音に置き換えるし、nやm以外の後に子音が連続してる時は後ろにaを補うわ。それから、kとwの後は必ずaになる」
ティブリト 「異なる世界。零のドメインのことですね」
ウルプア 「そう。あらゆる世界を作り出した世界。全ての世界(プレーン)は零のドメインを映す鏡に過ぎないわ」
フォスフォラ「あらゆる世界の行き着く果て、運命を司る形相世界、ですか……こうして見ると、希望語はエルフの魔法言語とも似てますね」
ウルプア 「そう。だから覚えやすいかなって。ただ精林語は魔法言語と違って、区別してる音がとっても少ないの。だから希望語の発音をそのまま使ってる訳じゃない。いくつかの音は近い音に置き換えるし、nやm以外の後に子音が連続してる時は後ろにaを補うわ。それから、kとwの後は必ずaになる」
二人はノートを取った。ティブリトは、紙二枚ほどの厚さしかないノートブックに、羽ペンで。フォスフォラは、空中に立て掛けられたキャンバスに、木炭で。キャンバスには文字だけでなく、傘をさす人の絵も描かれた。長く見つめていると吸い込まれてしまいそうな、そんな絵だった。
ティブリト (ノートを書き終わって)「じゃあ"傘を差す"は"poratan uqpuriru"ですか」
ウルプア 「"usan uqpuriru"でもいいわ。usanはそのモノの効力を発揮させること全般に対して使えるの」
ウルプア 「"usan uqpuriru"でもいいわ。usanはそのモノの効力を発揮させること全般に対して使えるの」
ティブリトは「へー」と感心しながら、またノートを書いていく。余白がなくなって紙をめくった。ノートは何枚めくっても無くならないのだった。それでいて、思い浮かべたページをすぐに開くことができ、端に指をやれば今何ページの辺りかが手触りでなんとなく分かるような、そんなノートだった。
ティブリトがノートを書く横で何かを閃いたらしいフォスフォラが、キャンバスに木炭を走らせていた。
ティブリトがノートを書く横で何かを閃いたらしいフォスフォラが、キャンバスに木炭を走らせていた。
フォスフォラ「こんな状況ですがワタクシ……なんだかインスピレーションが湧いてきましたよ……。今、この私は! 逆境を乗り越えて成長している! 我が校が誇るステッドビジョンシステムの小型化も近い! うおおおお!」
ウルプア (呆れた声で)「……今は頼むから、勉強に集中してくれるかしら……」
ウルプア (呆れた声で)「……今は頼むから、勉強に集中してくれるかしら……」
ウルプアのため息がまた、教室に虚しくこだまする。
フクロウの声がした。
日が落ち、夜が黒く浮かんだ。浮遊するランプにひとりでに火が灯って、黒妙を黄色く染めあげる。勉強会はまだまだ続くのだった。
フクロウの声がした。
日が落ち、夜が黒く浮かんだ。浮遊するランプにひとりでに火が灯って、黒妙を黄色く染めあげる。勉強会はまだまだ続くのだった。