「千聖お姉さま」
翌日の登校中、みんなで連れ立って歩いていると、一人の初等部の生徒が、スッと林道の脇から出てきた。
「ごきげんよう、かりん」
おお・・・この子が、噂の。
聡明そうな顔立ちに、しゃんと伸びた背筋が好ましい。
みんなが言うとおり、品行方正な優等生って感じだ。
「ごきげんよう、お姉さま。一緒に登校してもいいかしら?」
舞ちゃんの肩がピクッと反応した。
だけど、肝心のお嬢様は、一切動じている様子はなくて・・・昨晩はこの“かりんちゃん”のことで、めぐぅとお嬢様が言い争いになったはずなのに、そういう素振りは見せない。
ただ静かに、その神秘的な茶色い瞳で、かりんちゃんをじっと見つめている。
快でも不快でもない、無表情に近いお嬢様のその顔は、あまり見たことのない類のもので、なぜか焦燥感を覚える。
普段は喜怒哀楽のはっきりしているお嬢様だから、その心が見えないと、不安を感じてしまう。
「・・・ええ、もちろんよ、かりん」
しばらくすると、お嬢様はふっと表情を緩めて、かりんちゃんのブラウスの紐リボンを軽く結びなおした。
「わあ、嬉しい。私、お姉様にお話したいことがたくさんあって・・・」
「ウフフ、そうね。千聖もぜひ聞かせてもらいたいわ。皆さん、お先に」
2人はそのまま一礼して、連れ立って先に行ってしまった。
遠ざかる談笑の声は、明るいもののように聞こえるけれど・・・お嬢様の小さなその背中には、緊張感がみなぎっているように見えた。
なんだろう、この感じ。
お嬢様の交友関係に口を挟むような真似は、極力したくない。
だけど・・・彼女、一体何者なんだろう。
「・・・舞も先行くから」
「あ・・・ちょっとぉ」
私にかばんを押し付けて(ひどいケロ!)、舞ちゃんが2人の後を追う。
抗議しようとした私の腕を、栞菜ちゃんが軽く引いた。
「ねえ、あの子、通学路は逆方向のはずだかんな。わざわざ回り道してきたんだね」
「・・・なんでそんなこと知ってるの、かんちゃん」
私からの問いかけは薄ら笑いで流して、話を続ける栞ちゃん。
「でも、かりんちゃん、いつの間にああいう感じになったのかな。美少女図鑑、更新しなきゃいけないかんな」
「ああいう感じって?」
「ね、明日菜お嬢様?かりんちゃんって・・・」
――だから、さっきからナチュラルにシカトすんのやめるケロ!
「ああ・・・実は、私も気になっていたのよ」
唐突に栞ちゃんに話しかけられた明日菜お嬢様は、ふと愛理との会話を中断して、こちらに意識を向けてくれた。
大好きな千聖お姉さまを取られちゃったからなのか、少し不機嫌そうに眉を寄せている。
「宮本さん、今とは違うタイプだったの?」
「ああ、それは、その・・・何と言ったらいいのかしら」
キュフフ・・・愛理からの質問なら受け付けるってわけケロね・・・。別にいいし!泣いてなんかいねーし!
「去年なんだけど、学園総出の校外学習があったでしょ?水族館に行ったやつだかんな。
あれ、あたしと明日菜お嬢様は同じグループだったんだけど、かりんちゃんも一緒だったの」
なるほど。栞ちゃん、明日菜お嬢様、宮本さんは、そういう繋がりか。
他等部との交流が盛んなうちの学校は、しばしば違う学年同士で絡むことがある。
あの時、私は聖ちゃんと一緒だったな。あと、アホみたいなレインボーニーソックスがトレードマークの・・・
「で、その頃のかりんちゃんは、小もぉ軍団に関わってはずだかんな」
「ギュフーッ」
そのジャストタイミングな発言に、思わず悲鳴を上げると、なぜか栞ちゃんがニヤーッと笑った。
「う、うそでしょ。あんな真面目そうな子が」
「それがね、早貴さん。
さっき栞菜さんもおっしゃってたけれど、以前のかりんさんは、今とは少し雰囲気が違っていたと明日菜も思うわ」
「・・・あー、そっかそっか。どっかで会ったことあると思ったら、もものファンクラブの中にいたんだ、かりんちゃん」
愛理までもがそういうのなら、間違いなさそうだ。それにしても、あの模範生なかりんちゃんが・・・?
小もぉ軍団。
卒業後も当学園に深い深い爪痕を残してくれやがった、ぶりぶり小指星人・嗣永桃子を崇める下級生たちの総称。
嗣永さんの進学を期に、おとなしくなっていたと思ったら・・・久しぶりに聞いたその名前に、悪寒を覚えた。
嗣永さん一人でもかなりあばばばな存在なのだけれど、小もぉ軍団は・・・。愛する学園の生徒に、こういうことを言うのもなんだけれど、彼女たちは大変、マナーのなっとらん集団という印象が強い。
なんでも、あの嗣永さんが直接、その活動についてやんわり注意したことまであるとかいう噂も耳にしたことがある。
「キャラ変えって、結構労力いると思うのに。初等部でそんなに変われるなんて、なかなかすごいよねー。ケッケッケ」
愛理はいつもどおり、飄々とした感じで笑っているけれど、私は何となく落ち着かない気分だった。
「・・・そんなに、今と違ってたの?宮本さん」
「うん。まさにちっちゃい嗣永さんって感じだった。ピンクのソックスに、デカりぼんのツインテール・・・。“よろしくおねがいしまぁす、ウフッ☆”とか、もう完全にコピーしてて、小もぉ軍団の恐ろしさを思い知った出来事だったかんな、あれは」
今と180度違う、そのキャラ説明。あんな真面目そうな子が?とてもイメージできない。
同時に、昨晩のお嬢様の思いつめた顔が脳裏をよぎる。
果たしてお嬢様は、かりんちゃんのキャラチェンジとやらを知っているのだろうか。そうまでして、お嬢様に近づきたい気持ちって?
千聖お嬢様はとても純粋で、人を疑うことを知らない。
あまり下級生を悪く思いたくはないけれど、それが純粋にお嬢様を慕う気持ちによるものなのか、今の時点では判断が難しい。
そして、もしよからぬ打算的な考えがあるのなら・・・それは、お嬢様のお目付け役として、私がブロックすることも考えなければいけない。
過保護って言われるかもしれないけれど、それが私の役割。
この姉妹ブームには、生徒会としても目を光らせなければいけないし、いい機会だ。
さっそく内部調査をしなければ(キリッ)
ここにいる誰かで、下級生に詳しい人・・・栞ちゃん、はダメ。何かダメ。本能的にダメ。
愛理もさほど、下級生事情に明るいとは思えない。
「・・・もう、お姉さまったら、明日菜がいるのに妹だなんて・・・小川さんにだって気を持たせて、どういうおつもりなのかしら」
地味にプンスカしている明日菜お嬢様も、ちょっと聞きづらい雰囲気。
「キュフゥ・・・」
どうやら、今すぐこの話を持ちかけられる人はいないようだ。
生徒会なら、茉麻ちゃんは全面的に頼れる。熊井ちゃんは栞ちゃん級にありえない。りーちゃんは、下級生にはまったく興味なさそう。繰り返しますが、熊井ちゃんはありえない。
徳永さんや夏焼さんは、ぶっちゃけ私はみんなほど信用してない節がある(しつこいタイプなんで、私!)重ね重ね申し上げますが、熊井ちゃ
「あの、中島先輩」
「うぎゃっ」
いきなり耳元で話しかけられたもんだから、私は思いっきりのけぞってしまった。
「うふふふふ、おはようございます」
「あ・・・な、なんだ聖ちゃんか。キュフフ、おはよう。早いねえ」
そこにいたのは、中等部の聖ちゃんだった。
大人びてしっとりした色気を感じる顔立ちに、落ち着いた喋り方は、妙に心が落ち着く。
「何か、ありました?お力になれることがあれば」
寮の皆には聞こえないぐらいの声で、聖ちゃんはさりげなく気を回してくれた。
この落ち着き、風格、気づかい。中等部2年生とは思えない、冷静さ。
赤いネクタイの制服なんかより、スーツやOLさんの制服のほうが似つかわしい気がしてしまう。あるいは、保健の先生みたいな白衣とか。
あ、そういえば・・・
「聖ちゃんって、学園の生徒のこと詳しかったよね?」
ビンゴゲームで景品になってた私を落札(?)してくれたり、何かと交流のある彼女。
雑談中に私がふと特定の誰かの名前を出すと、そこから無限に話が広がったりする。
――ま、詳しいといっても、たぶん栞ちゃんとは違うタイプだと思う。っていうか信じてる。たまに茫洋とした顔でニヤニヤしてるのも見なかったことにするケロ!
「・・・そうですねぇ、生徒全員について詳しいわけではないですけど、有名な人なら、わりと」
「じゃあ、宮本かりんちゃんって知ってる?」
聖ちゃんの切れ長な目が、スッと細められた。
最終更新:2013年11月24日 07:36