この広い世界の何処かで 第二話

第二話「こんばんはシルート市、ばいばいシルート市」

レーシア国シルート市
丘の上にあるこの町はそこそこ発展はしてはいるが、町の面積は非常に小さい。
故に監視の目は隅々まで届き、規律が厳しい町でもある。
「でっ!」
「冒険者端末をもたない方はこの町への侵入を禁止しております」
その町の門より一人の青年が蹴りだされた。
軽い防具と腕のながさ程度の剣をもった冒険者のようだ。
「・・・ってーな!俺が悪いんじゃねぇだろ!」
冒険者の腕には必ず取りつけてある大きめの腕時計のような機械。
彼にはそれがない。
「常に、つけることが冒険者の義務です」
「寝るときぐらい外したっていいじゃねーか!つか、盗んだ奴つかまえろよ!」
「これを見てもそういいますか?」
「あん?」
警備員にも冒険者端末は配備されていた。
その端末はすこし特殊で、ほかの端末の位置を詳しく調べることができる。
「ここです、今朝からゴミ集積場にありますこの反応・・・これ、貴方のじゃないですか?」
「う・・・」
「たしか、ベッド横にゴミ箱ありましたよね?あの宿屋は」
外しておいて、寝返りうつときに落としてしまった。
その宿屋は朝にごみを収集する。そうなると端末は・・・。
「わ、わかってるならとりにいかせろよ!」
「無駄です、これは三時間前のもの・・・あなたが寝てる間に火の中ですよ」
冒険者端末をなくした者は、冒険者としての資格を即刻失ってしまう。
端末の悪用を防ぐ為の、世界共通の規律だ。
「ふざけんなー!」
「ふざけておりません、とっとと帰ってください・・・私も暇ではありませんので」



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シルート市から遠く離れた草原。
飛空艇は急にでた風の為、一時着陸していた。
「ありがとうございましたー!」
「いいのかい?ミリアちゃん、ここからシルート市へは半日以上かかるよ?」
船員は心配そうに聞くが、当のミリアは冒険するということに興奮していた。
「大丈夫です、この辺は魔物はあんまりでませんから」
「う~ん、俺たちはセトラスと長年の付き合いがある・・・
もしミリアちゃんに何かあったら合わせる顔がないんだよ」
この飛空艇はセトラス周辺のほぼ専属だ。
「おじさん、そんなに心配しないでよ!私ももう子供じゃないんだよ」
「うーん、あ、そうだ・・・」
船員はベルトにつけていたポーチを外し、手渡した。
「わ、重っ」
見た目に反してずっしりしている。
「これは拳銃だ、魔素を貫く特殊な弾丸が込められているんだ」
冒険者じゃない者が町を出る時の必須アイテムだ。
セトラス近辺は比較的安全だが、町の外は非常に危険な場所である。
船員はミリアの手からポーチを取り、ベルトに取り付けてあげた。
「でもこれ・・・おじさんのは」
「大丈夫、それくらいなら怒られるだけで済む・・・まぁ船長も理由話せばわかってくれるさ」
「ああ、ミリアちゃん!」
いきなり船から駆け出してきた大柄な男性、この飛空艇の船長である。
「ぎゃー!」
男性はミリアを力いっぱい抱きしめて頬ずりしている。
「小さいころから見てたけど、ついに旅立つんだね!
ああ、おじさん本当に感激だよぉ!
でも気を付けてね、外には悪い人や悪い生き物がいっぱいいるからね!
ああ、心配だ・・・よし!おじさんもついていこう!」
船長は涙を流し、叫んだ。
「せんちょー、まだ仕事があるでしょう」
「おお、そうだった」
(切り替え早!)
船員の声に瞬時に態度を改める。
船長もまた、セトラスと深いかかわりのある人だった。
「ん、そのポーチ」
ミリアが腰につけてもらったポーチ、それにはこの船のエンブレムが描かれている。
「お前」
「いやだって船長、心配じゃないですか」
船長は鋭い目つきで船員をにらんだが、すぐにやれやれ・・・という仕草をするとミリアに振り向いた。
「いいかい、この先なにか辛いことがあったら・・・いつでも帰ってくるんだよ」
そう言い、船長はミリアに宝石のようなものを渡した。
「奇麗・・・これは?」
「それはセトラスへの帰還石さ、冒険者が魔素を集中させて発動させるんだが・・・君はお守りとして持ってるといい」
「うん・・・ありがとう!」
「ああ、本当にいってしまうのかぁ!」
「やめてー!」
船長は再び涙ながら抱きしめた。
「船長、も行かせてあげましょうよー
俺たちも暇じゃないんですからさー」
「そうだな、それじゃあ気を付けていくんだぞ」
「はい!」
ミリアは気を取り直して歩き出した。
船長と船員は丘に隠れて見えなくなるまで手を振った。
「しかし、血ですかねぇ」
「あのこの両親も、いまごろどこを旅してるやらな・・・さ、仕事の続きだ!」



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飛空艇からだいぶ歩いた先、もう日が傾き始めている。
「うう、やっぱり乗せてってもらえばよかった・・・」
広い草原、周囲にあるのは遺跡跡と思われる砕けた岩や石柱と、とぼとぼと歩く少女。
「はぁ・・・ちょっと休憩」
道端の岩にもたれかかった。
日光を浴びながらあるいて火照った体には、ひんやりとした岩がとても心地よかった。
「ゴ・・・」
「ん?うわぁ!」
ミリアがもたれかかった岩が突如として動き出した。
それは岩ではなく、身長2メートルは越えてるであろうゴーレムだった。
「きみ・・・」
「ゴ」
固く頑丈そうな体、すこしコケのはえた岩石・・・見てくれは立派なゴーレムだが・・・。
「ちっさいねー」
「・・・」
そう、セトラス近辺のゴーレムは小さいほうでも3メートル近くある大きいもので5メートルだ。
すなわち、2メートルちょっとのこのゴーレムはかなり背の低い部類なのである。
「ごめんね、せっかく寝てるところ邪魔しちゃって」
「ゴ・・・」
意思疎通できてるのかはわからないが、片手を上げたゴーレムは気にするなと言っているようでもあった。
ミリアは他に休める場所を探すために歩き出した。
去っていく彼女を目で追うように、ゴーレムはただ見つめていた。


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「くっそー・・・これならちょっと高くても飛空機でいけばセトラスまで直接いけばよかった」
さきほどシルート市を追い出された冒険者は、とぼとぼと日の暮れる丘を歩いていた。
夜になればこの辺りは冷え込む、さらに夜行性の魔物も動き出すだろう。
一人で野宿のは自殺行為と言える。
「ん、あれは・・・」
そんな冒険者の前方に岩にもたれかかって寝ている少女がいた。
そろそろ日が沈むこの時間帯、休むつもりがうっかり寝てしまったのだろう。
冒険者は突然、自分に言い聞かせる様に喋りだした。
「軽装だが一般人が外を出歩く時間じゃない・・・。
それにこんなところで寝てしまう愚か者は旅に出てもすぐに負傷・・・いやいや、
最悪は死んでしまうだろう。
だからここは善行として冒険者端末を俺があずかるんだ。
そう、盗むんじゃない、いたいけな少女が魔物の餌食になる前に!
もとの生活にもどしてやろうという善行なんだ・・・・。
・・・これだけ言えば罪悪感もでまい」
彼はだらだらと言い訳を吐いた後、少女に忍び足で近寄った。
物音たてないように、起こさないように、細心の注意を払って。
「ゴ」
「うおわぁ!」
「きゃっ、なになに」
冒険者の前に現れたのは先ほどのゴーレムであった。
ミリアの後を付けていたのだろう。
「あ!お、俺は怪しいものじゃねぇよ!そう、この怪しいゴーレムから寝ている君を守ろうとだな」
「あ、私寝て・・・君は!さっきのゴーレム」
「え、知りあいで?」
ミリアははしゃぎだし、ゴーレムに抱き着いた。
「私を見ててくれたんだー、ありがとう!
えーっと、あなたは?」
まるで眼中になかったと言わんばかりの態度に冒険者はがっくりと肩を落とした。
「聞いてなかったのか?」
「あ、ごめんなさい・・・この子は悪い魔物じゃないのよ」
(くそ、こうなったら隙を見て取るか・・・そんな強そうにもみえねぇしな)
冒険者は少し考え、彼女についていくことにした。
「俺の名前はハーウィン、冒険者であって無償で護衛をやってるんだ。
シルート市へ行くんだろう?そこまでなら俺が案内してやるぜ」
(よし!自然に悟られないように・・・)
彼のその言葉にミリアは目を輝かせた。
何より冒険者と一緒に行動できることがうれしかったのだ。
それは彼女の憧れでもあったからだ。
「はい、おねがいします」
「まかせとけ」


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「へー、じゃあ歩いて観光するようなもんか」
「そうなんです、みんなのために写真もいっぱい取らなきゃいけないんですよ」
二人と一体で会話を弾ませながら夜の丘を歩く。
ハーウィンは当初の目的を忘れていた。
「わぁ、見えてきましたね」
「あー、この丘が視線を遮るからな・・・あ」
目を輝かせているミリアを余所に、彼は当初の目的を思い出した。
端末がなければ町に入るどころか、セトラスの冒険者協会に行っても意味がない。
右手を剣にかけ、彼は心を決めたかのように話しかけた。
「なぁミリア」
「はい、なんでしょう」
右手に力が入る。
いまやらなきゃもうチャンスはない。
そういった思考がハーウィンの頭を駆け巡った。
「あの・・・なぁ、うん、もういいだろ。
ここまでくればもう安心だ!ゴーレムもいるしな。
ただ、ゴーレムは町に入れないからな、門前で待機させとけよ。
じゃあな!」
そう言い残し、ミリアの返事を待たずに彼は走って行った。
「あ、まって!・・・いっちゃった」
お礼の一つでもしたかったんだけどと思うミリアだが、冒険者は忙しいんだろうとすぐに考えを改めた。
自分の為に邪魔をしちゃいけない、そう思い直し歩を進めた。
「だけど、なんか慌ただしい人だったね」
「ゴ」
彼女はうすうす感づいていたようだ。
ハーウィンが無償で護衛をしているなど嘘であると。
でも、あまり悪い人には見えなかったし、なにより話し相手がほしいから彼女は気を許した。
黙々と歩く、会話に夢中で気が付かなかったズシンズシンというゴーレムの足音が後ろから聞こえる。
彼女にとってはそれだけでも安心できるのだが、やはりどこか物足りなかった。
「こんばんは」
「はい、こんばんは」
彼女はシルート市の入り口へとたどり着いた。
「端末を拝見させてもらってもよろしいでしょうか」
「すみません、私冒険者じゃないんです」
「あー、なるほど通りで・・・」
警備員は興味津々な様子でゴーレムの方を見た。
それから端末をいじりだしてからミリアの方に向けた。
「ふむ、魔素の量も確かに一般人・・・失礼ですがお名前は?どこから来られましたか?」
「日ヶ瀬ミリアです。セトラスからきました」
「なるほど、それはお疲れでしょう。
さ、どうぞなかへ・・・そうそう、気を悪くしないでくださいね普段はこんなチェックはしないんですけどね」
警備員はひどく疲れた様子だった。
どこか嫌味じみた言い方は、心底うんざりしている様でもあった。
「普段はって、何かあったんですか?」
「ええ、朝方冒険者端末を損失した冒険者の方がいましてね。
規則でこの町には居られないというのにゴネまして・・・それで、
万が一を考え緊急的に私が門番として配備されたのです。
顔を知っているからね」
まってました、と言わんばかりにしゃべり始める警備員。
そうとう貯まってたんだろう・・・という事は社会をよくしらないミリアでさえよく理解できた。
最後の方は口調が強くなり、言葉とともにストレスも吐き出している様だった。
だがミリアはこの時何故か、ハーウィンの事が頭をよぎった。
それもその筈、町に近づくと急に挙動不審になり離れて行ってしまった。
あまり考えなくても、この町に近づけない理由があるのは明白だ。
夜の外に一人でいるのは、たとえ冒険者であっても危険であるという事はだれもが知っている。
ミリアは彼のことが心配になってきた。
たとえすごく短い時間であっても、行動を共にした仲間だと思っているからだ。
「あの、すみません!やっぱりゴーレムが心配なので私外に行きます」
「しかし、夜は危険です。ましてや、貴女は冒険者でもない」
警備員は回れ右をしたミリアの腕をつかんだ。
「大丈夫です。あの子は強いので私を守ってくれるんです。
ご迷惑おかけしました」
自分の言ってることが矛盾している事も気にせず、ミリアは再び歩き出した。
「何か訳ありって所でしょうか・・・。
でも、私もみすみす旅行者を危険にさらすわけにもいきません」
「でも」
渋るミリアを手で制し、警備員はバッグから緑色の液体の入った小さな薬瓶を3個取り出し、手渡した。
「これはエリクサーと呼ばれる傷薬です。
怪我をしたらすぐに使ってくださいね」
「え・・・ありがとうございます!」
薬瓶を受け取ったミリアは勢いよく駆け出した。
そして、門を越えたあたりで振り向きざまに叫んだ。
「お仕事、がんばってくださいねー!」
警備員は声を出して笑い始めた。
一仕切り笑うと、細めた目でミリアの後姿を見た。
「元気な娘さんだ。
幸運をいのりますよ・・・御達者で」


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「はぁ、端末なけりゃあセトラスの協会本部にいったって意味ねーしな・・・。
どうするか・・・」
真っ暗な丘をトボトボと歩くハーウィン、完全に途方に暮れていた。
ここから一番近い場所はトロント国のリナト村だ。
近いとはいえ徒歩だと丸一日以上はかかる。
彼の足取りはとても重い。
「・・・・さーん!」
「幻聴まで聞こえるな・・・まぁ、楽しかったしなぁ」
彼はいつも一人で旅をしていた。
それだけあって、久しぶりに他人と歩くのは思ったよりもずっと楽しかったのだ。
故に、彼はミリアの事を裏切れなかった。
「何やってっかなぁ・・・あいつ」
「ハーウィンさん!追いつきましたよ!」
「おわぁ!おまえっ・・・どうして」
幻聴だと思っていた声は、本当にミリアの声だった。
ゴーレムと共に走ってきたのかぜぇぜぇと息を切らしている。
「えへへ・・・あの町ゴーレムは待たせてもだめだって入れてくれなかったんですよ」
「なんだと?そりゃ抗議しにいかなきゃな」
ハーウィンは怒った。
朝の仕打ちに加えて冒険者でない者も追い出したのだから。
それも危険だという夜にだ。
だが、これはミリアの照れ隠しの嘘だった。
「い、いいんですよ!だって私もっと先を急ぎたいんです」
「でもお前・・・夜は危険だぞ? 魔物も昼とはわけが違う」
「無償で護衛してくれるんですよね?」
無邪気な彼女の笑顔がハーウィンの心に突き刺さった。
「う・・・悪い・・・それは嘘なんだ。
俺は冒険者端末を失ってあの町を追い出されたんだよ」
「しってますよ。警備員さんが愚痴をいってましたから」
「んなっ・・・わかったよ。
俺も行く当てがねぇ、どこへでも護衛してやるよ」
彼は思った、時には一人で歩くよりも、他人に引っ張られるのも悪くないと。
ミリアもやはり一人より二人の方が楽しいハズだと思っている。

これが、二人と一体のゴーレムが広い世界を巡る長い旅の始まりであった。





「だが無償じゃねーぞ」
「えっ」
次に向かう先は、トロント国のリナト村だ。
最終更新:2014年01月05日 06:11