エベレスト(6回目)

2016年秋 エベレストまとめ




計画発表

FBやtwitterにさきがけて、二つのクラウドファンディングサイトでパトロンの募集を開始した。
必要とされる総額は5200万円で、うちクラウドで募集しているのは1800万円。

一つは家入一真が運営する「キャンプファイアー」のもの。なお、手数料が5%のため成約の場合栗城の取り分は1710万円となる。

▼資金の使い道
支援金はエベレストからのインターネット生中継また動画配信(『冒険の共有』)のための費用に、全て充てさせていただきます。
通信インフラを整え、衛星通信機器を3機使用して生中継を行います。この『冒険の共有』プロジェクトは、衛星回線費、機材レンタル費、日本からのエンジニア人件費、エンジニアとカメラマンをサポートする為の現地スタッフの人件費、その他の許可料と中継の配信技術会社への依託費、ベースキャンプの滞在費用1ヶ月半分などを含め、総額5200万円以上になります。今回は、そのうちの1800万円をクラウドファンディングで募らせていただきます。(栗城自身の遠征費用250万は栗城個人が負担します。
応援どうぞよろしくお願い申し上げます。

この他にビットコインでのクラウドファンディングサイト「fundflyer」でも募集している。


なお、ここでは目標金額が15.0BTC(約1,056,210円)となっているが、なぜか最上ランクのファンドが目標コイン数を上回る22.790 BTC(約1,604,735円)となっている。こちらは10%がシステム利用料として請求されるが、キャンペーン中のため手数料は無料となっている。

22.790 BTC(約1,604,735円)
(10) (限定1個)エベレストで使ったピッケルプレゼント!&エベレストBCからあなたに生中継!&スポンサー&講演会&ギフト(6)以下の全てのリターン
エベレストで使ったピッケルプレゼント!
●エベレストベースキャンプからあなたに向けて生中継します。
●エベレストで使ったピッケルをプレゼントします。
● 栗城の公式サイト内に「スポンサー」としてロゴ掲載いたします。
● 栗城がエベレスト遠征から帰国後、特別講演を1回実施いたします!

そして7月14日のブログのエントリで出発日とチベット側ルートをとる事だけは明言。 これまでの遅すぎる出発日から比べたら比較的理にかなったまともな予定ではあるのだが・・・・

8月16日に日本を出発して、秋季エベレスト(中国)に向かいます。
出発まで残りあと一カ月。秋季エベレスト(中国側)に向けて、準備をしてきました。
今年は念願の、中国側からの秋季エベレスト挑戦となります。

出発延期

この出発日もあっさり延期される。

まずは8月11日に2chの栗城スレに会員限定メールとして以下の情報が投下され、

皆様に一つご報告があります。出発を8月16日としておりましたが、8月26日に変更させて
頂きました。

現在、資金的な問題やスタッフの調整などあり、ベストな準備を整えたいと考えて日本出
発を変更しました。
コンディションはとてもいいですのでベストな登山ができると思います。

これを裏付けるかのようにFACEBOOKの8月14日のエントリで出発を10日延長することを発表。 結局例年と大して変わらぬ出発日となった。

ちなみに出発日ですが、当初8月16日を予定しておりましたが、現地に向かうスタッフの調整で26日に出発となりました。
今日まで休みが全く無しでしたので、逆に万全な体調が整えて出発できます。

なお前出のクラウドファンディングのうち、「fundflyer」は16日の時点で達成率が70%にも届かず不成立となるはずだったが、突如として締め切りが31日まで延長。31日まで一件も追加の入金がなかったが、最終日の午後に高額の講演会つきコースが一件投下され成立という実に不自然な動きがあった。 キャンプファイアの「kuriki supporters」名義が多数の入金をしている事とあわせると、あらかじめ決まっている講演会(要は自己資金)を投入し成立させた疑いが強い。

ルート発表


例年であれば出発の前に大々的に記者会見を行い、ファウスト・アドベンチャーズギルドなどで喧伝されるのだが、今回は記者会見すらなく、プレスリリースが数種のネットメディアで伝えられただけであった。
そのためはっきりとルートを公表したのはカトマンズ到着後の8月29日だったが…

登るルートは北側(中国)のグレート・クーロワールをアドバンス・ベースキャンプ(通称ABC)から氷河を登りつめ、傾斜の緩い壁に入り、そこにからダイレクトに山頂を目指します。

今まで中国側のエベレスト(別名・チョモランマ)を「念願」と言い続けてきました。

それはネパール側よりも条件が良いからです。

ネパール側はベースキャンプが5300m、中国側の今回のABCは6000m近くで700mの標高差があり、ネパール側特有のセラック地帯(巨大な氷河の塊や、クレバス)が無いからです。

700mあると、それだけの距離をラッセル(深い雪を踏み固めて進む)が必要になり、1日分登山日数が多くなります。




最初の遠征の際に敗退し、前年に再挑戦すると予告していたメスナールート(BCからノースコルの上までノーマルルートを使用し、そこからグレート・クーロワールの上部にトラバースして登頂するルート)ではなく、北壁の取り付きからグレート・クーロワールを登攀し頂上へ向かうと明言した。 このルートはオーストラリア隊のティム・マッカートニー*1とグレッグ・モルティマーが1984年に無酸素で登頂したルートであるが、雪崩の危険が高く、以降登頂者が途絶えているルートである*2*3

これにはベテランの高所登山家も驚いたようで、栗城のFacebook*4には苦言とも思えるコメントがなされた、

近藤 謙司
ほへ?
グレートクーロワール行くのかよ…´д` ;
いったい誰がアドバイスしたんだ?
とにかく雪の量をよく見極めて!
モンスーン後の壁は要注意だぞ!

なお、近藤謙司氏はエベレスト冬季北壁到達高度記録保持者。登頂回数6回を数え倉岡裕之氏と共に日本人のエベレスト登頂回数で2位につける高所登山ガイドである。

順応に手間取る

出発を10日延期したのなら途中の行程を急がねばならないところだが、富士山に一回登った程度の高所経験しかない押しかけスタッフがいたため、キャラバンの進行もスムーズに進まなかった。 BC到着後の動画配信も思うようにいかなかず、クラウドファンディングの宣伝文句である「BC設営後はほぼ毎日動画配信」は完全に看板倒れとなった。

加えて、荷運びのヤク(ゾッキョ)が進行しなくなったためABCの設置位置が当初の予定より標高にして400m手前の地点となり、「開始地点がネパール側BCより標高で700m高いため1日有効に使える」というチベット側を選択した目論見も完全に当てが外れた形となった。
さらに、ABC到着後も体調不良の素人スタッフの標高を下げる必要があり、その調整などで時間を浪費し、ようやく順応開始のために出発したのはABCを設置してから1週間後の9月12日までずれ込んだ。 このため当初予定の20日の登頂は絶望的となり、FBやツイッター、LineブログなどのSNSでのアナウンスはないままオフィシャルHPの登頂予定日がこっそり22日に差し替えられている*5
さらに出発後も濃霧のため前進できず、積雪後の雪崩待ちの末「発熱のため本調子が出ず」15日の午前11時ごろには引き返してしまい、4日間で稼いだ標高は700m弱にとどまった*6

今日は標高7000mまで順応で登ろうと壁に取り付きましたが、少し熱が出てしまいました。ここは無理しないで、引き返します。
SpO2(体内酸素飽和度)は90近く、順応はうまくいっていますし、十分、無酸素でいけるかなと思っています!

そして再出発するも1日で壁の取り付きまで行く予定が前回同様5800m地点までしか進めず停止。20日にはさらなる降雪の予報を理由にABCに引き返してしまい、21日にはジェットストリームの襲来を理由に停滞を決め込んでしまった*7

2日前に5800mのC1に入りましたが、雪が多くなり、一時アドバンス・ベースキャンプ(ABC)に戻ってきました。
昨日から一晩中ABCには雪が降り続き、ABCは気温が高いためすぐに雪が溶けますが、C1以上ではかなり積もっていると思います。
今回ABCに一旦戻る決め手は、この雪による雪崩を避けるため、そして23日から「ジェットストリーム」が近づいているからでした。
秋季エベレストで最もやっかいな敵は、この「ジェットストリーム」と呼ばれる風の周期。
何度かこの風にあっていますが、行動が全く不可能になります。
予定では23日にはエベレストの上部に入る予定でした。


今年はモンスーン明けが遅く、悪天候が多かったのは事実ではあるが、その一方、北壁ルートでスピード登頂を狙っていたキリアン・ジョルネは8月20日にBC入り、翌21日には6500m、28日にはノースコルから北稜を7647mまで上がり、9月11日にもチャンツェ峰(チョモランマ北峰・7543m)に登頂し順応を仕上げている*8


さらにルートを変える

そして22日、グレート・クーロワールを断念しホーンバイン・クーロワール*9に転進することを発表。ホーンバインクーロワールは積雪により難易度が下がるからというのが理由であるが…。

今年、もともと登る予定にしていたグレート・クーロワールは確実に雪が深いです。
しかし、その雪があるからこそ登りやすくなるルートを今回、探ることにしました。
登るルートは、ホーンバイン・クーロワールです。

この後もABCを出発しては壁の取り付きで引き返すのを繰り返すのだが、標高差300m程度のABC→C2に2日かけるなどシシャパンマ(2回目)を彷彿とさせるグダグダっぷりで時間を浪費。高精度の天気予報を得ているはずなのに、ABCを出発してC2に着くと悪天周期になり、好天周期になるとC2から引き返すの繰り返し、天候が良くても雪の安定を理由にたびたび停滞を繰り返した。 最終的に10月1日に6700m地点まで登高するのだが、その時に撮った動画を分析すると、ジャパニーズ・クーロワールでもグレート・クーロワールでもなく、ノースコル方面に向かっている可能性が高い。 どちらのルートも行き詰ったため、とりあえず高度の稼げそうなノースコル方面へ向かったと思われる*10。なお、「可能性」としているのは9月23日以降SPOTのスイッチを切ってしまい、位置情報を証明できるものが何もないからである


この後一旦C1に引き返すのだが、出発を予定しながら体調が万全ではないことを理由にまた一日停滞するなど時間の浪費を繰り返した末、10月5日にようやく出発。その日のうちに6800m地点まで登高するが、なんとここから最終アタックに出ることを発表。Abema TVで著名な登山家である大蔵喜福の解説とともに登頂を中継するという生中継のスケジュールも突如発表し唖然とさせた。

8日から悪天候になるということと、今の体調の様子、そしてモチベーション、色々なことを考えて、今日18時(日本21時過ぎ)からアタックすることにしました。
今日ファイナルキャンプに荷物を上げても、そのまますぐにアタックすることになり、それであればここから水と食料を持って上がって行きたいと思っています。
風が弱いのでチャンスだと思います。
きちんと慎重になりながら、進んでいきます。
明日(7日)の日本時間午後~夕方にかけて、登頂する予定になります。
「冒険の共有」生中継、今年はAbemaTVやFacebook、LINEでも放送します。

番組概要
登山家・栗城史多がエベレスト6度目の挑戦へ!これまで、2009年9月、2010年10月、2011年10月、2012年10月、2015年10月と5度にわたってエベレストに挑戦するも登頂には至っておらず、2012年の下山途中で両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、両手9本の指を失っている。6度目となる今回は、果たして登頂成功なるか!? 栗城氏コメント「僕を初めてご覧になる方もいると思いますが、僕の本当の夢は「冒険の共有」です。「冒険」「チャレンジ」を、インターネットを通してリアルタイムでみんなで共有するということをやってきました。今年はエベレストの頂上を目指していきますが、AbemaTVでその様子を生中継するのでぜひみなさん見ていただければと思っています。冒険の共有の本当の目的は、否定という壁を少しでもなくすことができたらと思っています。何かにチャレンジする時には必ず否定的な言葉とか、失敗が怖いとかいろいろあると思うけども、失敗も含めてすべてリアルタイムで共有して登ってきたいと思います。がんばって登ってきます。必ず生きて帰ってきたいと思っています!みなさん応援よろしくお願いします!またお会いしましょう!」 ※天候や体調により、登頂挑戦を断念する場合がございます。その場合は放送延期となりますので、ご了承ください。
キャスト
 栗城史多(登山家)
 解説:大蔵喜福(登山家)
 進行:上杉桜子


当然ながら敗退

そして6日の夕方に最終キャンプを出発するが、標高差2000m以上を1日で往復するという実力をはるかに超えた滅茶苦茶なプランは実現できるはずもなく、日本時間で朝9時には撤退が発表された。

栗城より無線が入りました。
進みたい気持ちはありますが、雪と体調のコンディションから判断して下山を決めました。
昨晩キャンプ3(6800m地点)を出発し夜通し登り続けていましたが、7400m地点から下山します。

当然のことながら中継・番組とも中止になった。なお放送予定であったAbema TVのCH(Abema Gold)についてはこういう指摘がある。

417 名前:底名無し沼さん (ワッチョイ fce4-N1fj [153.195.24.216])[sage] 投稿日:2016/10/08(土) 12:15:08.11 ID:zxBOMxfH0 [2/2]
 >414
 AbemaTVで放送予定だったch3は予備チャンネルというか基本的にはほとんど放送がなく空けてある
 偶に映画、生放送をやったりで、元から当日の放送変更とかに対応できるchだと思われる


二度目のアタックをせず撤退宣言

そして数日の休養を挟んで11日、二度目のアタックのためにABCを出発するが、またもABCからそう離れていないC1でストップ。強風を理由に一日停滞していたが、開けて13日に本スレ住人の予想「アリバイアタックで高度稼ぎ」に反してあっさりと撤退宣言を行った。

この2日間、再びアタックを目指してキャンプ1に上がっていました。
しかし今日届いた天気予報を聞き、すでにジェットストリーム(偏西風)がヒマラヤに下りてきており、風速25m/s以上の風が吹き続く中での行動は不可能と考え、先ほどアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に戻りました。
キャンプ1に向かう前日に、週間予報でジェットストリームの予報を知りました。
ジェットストリームは人間が行動できるような環境ではなく、標高8000m以上での行動は確実に死につながるため、その予報を知った時は、キッチンテントで泣き崩れていました。
モンスーンによる大量の降雪後、あまりに早いジェットストリームの訪れでしたが、少しでも風が弱くなる日を狙うためキャンプ1に移動して、再アタックに備えました。
ただ今日届いた予報では風が弱くなることがなく強風が続き、登山許可の期限ギリギリまで登山を試みましたが、ジェットストリームの期間がそれ以上に続くという予報のため、残念ながらここで秋季エベレストの登山を終えたいと思います。
今年は序盤からモンスーンによる雪が非常に多く、雪崩を避けながらの7000m以上での行動は厳しかったです。


しかし、海外の気象予報サイトによる予報は16日から20日まで風が弱まりチャンスとなるものだった。後の動画では「中国の許可は10月18日までだった」と釈明しているが、メスナーのように予め条件は公開しておらず真偽は不明。*11


25m/sと言っているが、55㎞/hなので強風時でも15~16m/sである。なお、高度を下げれば風は弱くなるので、7000mあたりまでは14日からは十分行動可能な風速の予報だった。



下山後

撤退決定の翌日、ようやく多少の時間を取った生中継をフェイスブック動画で行った。ブログ、フェイスブックでも殺到したSPOTに関する釈明も行ったが、「6500mより上では誤差が大きい」*12「100gでも軽くしたい」「写真や動画の臨場感のほうが良い。ほかの人が使うことに関しては何も言わないが自分の登山でGPSはナンセンス」といったものだった。

なお、栗城は過去にkurikiハイクメイトという位置情報共有アプリを宣伝しているのであるが*13…。

後日談

11月25日のニコニコ生放送で今回の遠征について総括しているのだが、視聴したスレ住人によると

437 名前:底名無し沼さん (ワッチョイ f369-FdLa [180.200.53.185])[sage] 投稿日:2016/11/26(土) 13:54:13.89 ID:xdTMk36u0 [3/5]
暇なものなので見ちゃったよ。
1)6800mからのアタックは、雪の降らない日は2~3日間しかないので、スピードアタック
 が必要だったから。
2)1986年に同じ秋期に同じ程度の標高からスピードアタックしたパーティ*14が登頂成功している。
 そのパーティもテントを持たず雪洞を使って軽量化したとのこと。
3)自分にそれができる体力があるかどうかについては言及せず。
4)SPOTについてはもちろん、北壁から西稜にいつの間にかルートがずれていったことにも言及せず。
5)最初から6800mからアタックすると決めていた。
6)次の生放送には大蔵氏を呼びたい(来るとは決まってない)。


栗城公式ブログの9月22日のエントリでは8000m付近にC4を設営する予定としか思えない画像をUPしているのだが…




スケジュール


出発時の発表スケジュール

当初のスケジュールは以下の通り
【2016年 栗城エベレスト遠征スケジュール(予定)】
8月26日 日本出発
8月27日 ネパール首都カトマンズ入り
8月31日 チベット入り
9月 2日 チベットBC入り(4500m)
9月 4日 エベレストABC入り(6000m)*15
9月 7日 プジャ(安全祈願)
9月 8日 高所順応開始
9月20日 登頂


実際の行程

BC入り~順応まで

8月26日 日本出発
8月27日
8月28日
8月29日 カトマンズ 機材チェック、ルート公表「明日から動画配信します」
8月30日 カトマンズ 「最後の買い出しなどがあり配信できない」
8月31日 カトマンズ→ラサ→シガツェ(3850m)
9月1日 シガツェ→ティンリ(4300m)
9月2日 ティンリ 休養
9月3日 ティンリ→チョモランマBC(5000m)
9月4日 BC 停滞
9月5日 BC→ABC(5600m) 「荷運びのヤクが進めず予定よりも手前にABC設営」
9月6日 ABC
9月7日 ABC
9月8日 ABC 生中継 音声の混乱でよく聞き取れず
9月9日 ABC プジャ
9月10日 ABC 高所順応開始の予定だったが
「濃霧による視界不良のため」中止
9月11日 ABC 高所順応開始の予定だったが
「体調不良のスタッフの標高を下げる調整のため」停滞
9月12日 ABC→5800m地点 「ローラフェイス7300m地点(*)で順応」の予定だったが、
濃霧のため5800mで停止
9月13日 5800m地点→6130m地点 壁を登る予定だったが
「濃霧によるホワイトアウトのため」6130m地点で停止
9月14日 6130m地点 壁を登る予定だったが
「好天だが前日までの積雪で雪崩の危険があるため」停滞
ABCからの映像に乗せた無線交信の動画をUP
9月15日 6130m地点→6480m地点
→ABC
「発熱で本調子が出ないため」350mほど登高したところで引き返す
北壁ルートで挑戦中のキリアン・ジョルネが撤退を表明
9月16日 ABC 停滞
9月17日 ABC 停滞
9月18日 ABC 停滞
9月19日 ABC→C1(**) 壁の取り付きまでアプローチの予定だったが
5800m地点で停止
9月20日 C1→ABC 降雪のためABC帰還
当初の登頂予定日
9月21日 ABC 停滞
9月22日 ABC 停滞
変更一回目の登頂予定日
(*)ロー・ラとはネパール語で「ロー峠」の意味であり、標高6100m前後。そもそも峠は山と山をつなぐ尾根の一番低い部分を指すので、そこより高い斜面の「ローラフェイス」なる地名は自家撞着であり存在しない。動画で順応に使う予定だった7300mの地点は普通に西稜の斜面である。 なお、翌13日のSPOTの軌跡はロー・ラ方面ではなく北壁方向へそのまま向かっている。
(**)この日から5800m地点を「C1」と表記

アタックステージ

(7000m付近での順応は行っていないが、便宜的にアタックステージとして扱う)
9月23日 ABC→C1 4時間程度で行動終了 SPOT表示なし
9月24日 C1→壁の取り付き(*) 「ホワイトアウトのため」取り付きで停止
9月25日 壁の取り付き 降雪のため停滞
9月26日 壁の取り付き→ABC 「降り続いた雪が固まらないと雪崩を起こす危険性があり」
「昼過ぎから再び降雪があったため」ABC帰還
9月27日 ABC 停滞
9月28日 ABC→C1
9月29日 C1→C2(**) 最終使用日より1週間経過しSPOTのログが消滅
オフィシャルサイトの登頂予定日が「10月上旬」に変わる
9月30日 C2 「積もった雪が溶け始めて雪崩そうな場所があるため、雪が安定するのを待って」
停滞
10月1日 C2→C3(6700m) 好天が続きエベレストの隣のチョ・オユーで登頂ラッシュ
10月2日 C3→C1 「再検討してルート変更する」「壁の取り付き場所を変えるため」
C1に撤退
10月3日 C1 「雪が安定するのを待っていました。明日から登ります」
停滞
10月4日 C1 「体調が万全でないため」停滞
10月5日 C1→C3(6800m) 「6800mのC3に上がってきました」
10月6日 C3→ 「今日18時(日本21時過ぎ)からアタックすることにしました。」
10月7日 C3→7400m地点→C1 「昨晩キャンプ3(6800m地点)を出発し夜通し登り続けて
いましたが、7400m地点から下山します。」
10月8日 C1→ABC
10月9日 ABC
10月10日 ABC
10月11日 ABC→C1 「悪天候の周期により風が強烈に強くなるため、少しでも風が弱まるところを
狙って今日から上がっていきます。」
10月12日 C1 「強風のため」停滞
10月13日 C1→ABC 撤退宣言
10月14日
10月15日
10月16日



(*)9月20日のABCへの帰還時からSPOTを作動させておらず、具体的な標高は不明。9月13日の6130mと同程度と思われる。
(**)この日から6100m付近の取り付きをC2と表記
最終更新:2017年02月14日 18:56

*1 著名アウトドアブランドのシートゥサミット創業者。1990年にもベンガル湾岸標高0m地点からの人力移動の末に無酸素登頂している

*2 1998年に戸高雅史氏がアルパインスタイルで8500mまで到達するも撤退

*3 グレート・クーロワールを基部から登って登頂したのは1984年のオーストリア隊のみだが、上部はそれ以前にも登られている。最初の記録は第二次大戦前に行われた遠征で、エドワード・ノートンが北壁8500m付近をトラバースすることでクーロワールの8570m地点に到達している。その後、メスナーが北壁トラバース後に8100mから取り付き、単独登頂している。

*4 everest share(kurikiyamaアカウント)ではなく個人アカウント(kuriki nobukazu)のもの

*5 魚拓1

*6 もっとも、一気に7000mを越えた地点で順応しようという当初の予定のほうが虫が良すぎるのであって、6400m付近で宿泊した後には一旦高度を下げて体力回復に努める方が普通である。2012年の挑戦で7000mに一気に登った後に数日停滞して順応とした際には、後に体調不良による高所での停滞を余儀なくされ、結果的に遭難した事を忘れるべきではないだろう

*7 ただし海外の天気予報サイトによると8000m付近でも風速30㎞/h(8.3m/s)程度であり、「ジェットストリームの襲来」は疑わしい。
mountain weather forecastの9月22日時点での予報(魚拓)

*8 8月29日の行動ログ

*9 ホーンバイン・クーロワールは8000m~8500mにある岩溝を差し、取り付きからその手前までの岩溝部分はジャパニーズ・クーロワールである

*10 中央ロンブク氷河からノースコルに転進しノーマルルートに合流する方法は1999年の戸高雅史や2005年の竹内洋岳などが行っている

*11 当初の予定を考えると、最初から2ヶ月間の登山期間で申請しており、間際になって出発を延期したせいで10日近く無駄に浪費し時間切れを招いた可能性も高い。

*12 メーカー動作保証が6500mというだけで、竹内洋岳のダウラギリや鈴木裕久のマナスルでは頂上まで異状なく作動している。なお他メーカー(ガーミン)ではあるが、春のエベレストではThomas Lämmleや南谷真凛の航跡が山頂まで大きな破綻もなく表示されている

*13 現在ではアップルストアからも削除されている

*14 エアハルト・ロレタンとジャン・トロワイエ

*15 ルート公表時の動画では5700mになっている