セザールへの手紙

 「セザールへの手紙」は、『予言集』第一序文の通称。

 第一序文の正式名は「ミシェル・ノストラダムスがその予言集に寄せた序文 息子カエサル・ノストラダムスへ、生命と幸福を」(PREFACE DE M. MICHEL NOSTRADAMVS à ses Propheties. Ad Cæsarem Nostradamum filium, VIE ET FELICITE.)という。

 その題名の通り、まだ1歳半にもなっていなかった息子セザール・ド・ノートルダムに宛てていることから「セザールへの手紙」とも呼ばれるのである。

分量と内容

 約2500語からなる。

 区切りが全く存在しないので、過去さまざまな論者たちが内容によって区切ってきた。
などがある。

 ピエール・ブランダムールブリューノ・プテ=ジラール高田勇伊藤進らはバレスト版の区切りを採用していることから、当「大事典」でもそれを踏襲している。

 主として示されているのは、ノストラダムスの未来観や予言観である。

 ただし、そこには、偽プトレマイオスの『百の言葉』、ジロラモ・サヴォナローラの『天啓大要』、クリニトゥスの『栄えある学識について』、リシャール・ルーサの『諸時代の状態と変転の書』などから、ほとんどそのまま転用した箇所も少なくない。

 そうした事情を考慮せずに、全てがノストラダムスの言葉という前提で彼の予言観などを導き出そうとすれば、少々滑稽な事態にならざるをえないだろう。

 なお、ノストラダムスがここで序文を宛てた相手はセザールに仮託した未来の完全解読者だとする説が、信奉者側にはしばしば見られる。
 しかし、そうした認識は実証的には全く支持されておらず、多くの場合、単なる誤訳や強引な読み替えによって成立しているに過ぎない。
 この序文でのセザールは、予言能力を持たず、いずれ成長したときにノストラダムス本人から手ほどきしてもらわなければならない存在として位置づけられている。

 ゆえに「セザール=最終解読者」という説は、現時点では自己中心的な妄想として斥けておくべきだろう。

 全訳については、セザールへの手紙 全文を参照のこと。


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最終更新:2020年04月24日 02:14