プロローグ 傭兵の矜恃
殺風景だがそれなりに広い応接室。
大きくて年季の入った事務机の前に、三人掛けのソファーが二つ、小さなテーブルを挟んで向かい合っている。
そのソファーに座って相対する二人の男達。
一人は血気盛んな様相の青年。少々畏まってはいるが、鋭い目つきで睨む様に相手を凝視している。
向かいに座るもう一人は、気怠げにマッチを擦るとタバコに火をつけ、紫煙を肺に満たしてたっぷり5秒。
鼻から煙を吐き出して余韻を楽しんでから言葉を発した。
大きくて年季の入った事務机の前に、三人掛けのソファーが二つ、小さなテーブルを挟んで向かい合っている。
そのソファーに座って相対する二人の男達。
一人は血気盛んな様相の青年。少々畏まってはいるが、鋭い目つきで睨む様に相手を凝視している。
向かいに座るもう一人は、気怠げにマッチを擦るとタバコに火をつけ、紫煙を肺に満たしてたっぷり5秒。
鼻から煙を吐き出して余韻を楽しんでから言葉を発した。
「俺がこの傭兵部隊の第13代目隊長、ワイラー・イアンホープだ。お前さんか、うちに入隊したいって言う物好きは。なんでうちに入りたい?」
「あんた達は帝国と闘っている。俺は悪の権化の帝国を許せない。あんた達となら、あの憎むべき帝国をやっつけられる!」
青年は熱を帯びた眼差しでワイラーと名乗った男に語った。
その言葉からは若さから来る青臭い情熱めいたものが感じられた。
その言葉からは若さから来る青臭い情熱めいたものが感じられた。
「なるほど、そうか……悪いが|『正義の味方ごっこ』《そういうの》は間に合ってる。他を当たってくれ。」
ワイラーはテーブルの上に置かれた履歴書にも目を通さず、興味無さげにそう言った。
その対応には流石にカチンと来たらしく、青年は自分の上司になるかも知れない男に食ってかかった。
その対応には流石にカチンと来たらしく、青年は自分の上司になるかも知れない男に食ってかかった。
「それはどういう事です?私の能力に不服でもあるんですか⁈」
ワイラーは紫煙を一息吸い込んでから、呆れたように青年の質問に答えた。
「能力の問題じゃない。心構えの問題だ。」
「私に戦場での覚悟が足りないと、そう言いたいんですか!」
青年は語気を強め、不当な扱いだと抗議の意を示す。
「そんな問題じゃないんだよ。お前さん、傭兵として致命的な勘違いをしてないかい?俺たち傭兵は金をもらって殺し合うロクデナシでしかないんだぜ。」
スッと真面目な顔になり、|え《・》|ぐ《・》|る《・》|様《・》|な《・》眼光を向けてきたワイラーに、青年はたじろいだ。
「傭兵が、正義だの悪だの口にするのはお門違いもいいところだ。おれ達は戦争の道具に過ぎないんだよ。それに、たかだか一部隊で強大な帝国をどうにか出来るわけもない。」
「た、確かに、それはそうですが…ですが、現に貴方達は帝国軍と何度もやり合って…」
「仕事だから戦っているだけだ。それに向こうからこっちに入って来るから殺ってるに過ぎない。
俺達が自分の意思で殺しに行ってるとでも思っているのか?同盟の戦術ドクトリンを知らんわけでもあるまい。
|専《・》|守《・》|防《・》|衛《・》を掲げる雇主の意向を無視して勝手な動きなどする訳がなかろう。」
俺達が自分の意思で殺しに行ってるとでも思っているのか?同盟の戦術ドクトリンを知らんわけでもあるまい。
|専《・》|守《・》|防《・》|衛《・》を掲げる雇主の意向を無視して勝手な動きなどする訳がなかろう。」
言葉尻には明らかな呆れと嘲りが含まれている。
青年は何か言い返そうと必死に考えるが、言葉が出てこない。
青年は何か言い返そうと必死に考えるが、言葉が出てこない。
「お前さんが、今まで何処でどんな仕事をして来たのかは知らん。だが、傭兵やってる上でそんな下らない『正義感』を振りかざしてる様じゃ、早いうちに死ぬぜ。」
「く、下らないとは何ですか‼︎俺はこれまで、自分なりの矜恃を持って仕事をして来たんだ。知りもしないでバカにするな‼︎」
「ほう、矜恃、と来たか。では聞くが、その矜恃とやらで、これまで何人の敵を殺して、何人の味方を救って、何人の味方を殺されて来た?」
「…は?」
青年は一体何を聞かれたのか、理解するのが遅れた。
「お前さんのその矜恃から来る勝手な動きで味方が何人死んだのかを聞いているんだ。」
「なにを、今までそんな事で死んだ仲間はいない!」
「なるほど、それは幸運だったな。
それとも、参加したのは2〜3人程度の身軽な分隊規模でごく小さな戦闘ばかりだったか?それならある程度は勝手に動いても誤差の範疇に収められる。」
それとも、参加したのは2〜3人程度の身軽な分隊規模でごく小さな戦闘ばかりだったか?それならある程度は勝手に動いても誤差の範疇に収められる。」
青年は、自分の全てをただ否定されている事に苛立ちを募らせつつも平静を装い、反撃の機会を伺ってワイラーの話に耳を傾けた。
「だが、部隊の規模が大きくなるとそうはいかん。参加する人数が多ければ多いほど、勝手な動きは尾を引いて後から響いて来る。」
「ふぅん、貴方も経験がお有りで?」
「あぁ、お坊ちゃんの高級士官様の勘違いした働きの尻拭いをする羽目になって、その巻き添えで前の隊長は戦死してる。その時に正規軍にもうちの部隊にも…少なくない|犠《・》|牲《・》が出た。」
犠牲と言う言葉に強い語気を込めて吐き捨てる様にそう言った。
「…それは、運が悪かったのでは?」
「そりゃ運が悪かっただろうさ。だが、それを引き起こしたのが、『正義の味方ごっこ』に興じたお坊ちゃんなんだぜ?無論、そいつも死んだ。」
「………」
青年は何も言い返せなくなった。今までの話を頭の中で反芻して想像する。自分の行動で引き起こされるかも知れない事態に息を飲む。
「だからもし、傭兵の矜恃というのがあるのなら、それは『正義感』なんぞでは無く、忠実に命令を実行するっていう『飼い犬』になるって事だろうぜ。」
ワイラーは自嘲気味に言った。
「お前さんは、これまで培って来た矜恃を捨てる事が出来るか?」
それはある意味で残酷な質問だった。
己の寄って立つモノはそう簡単には捨てられない。
それでも青年は、これまでに無いほど考えて答えを出した。
己の寄って立つモノはそう簡単には捨てられない。
それでも青年は、これまでに無いほど考えて答えを出した。
「…すぐには難しいかも知れない。ですが、仲間に迷惑をかける様な真似は決してしない。」
それを聞いたワイラーはニッと笑みを浮かべて右手を差し出した。
青年は応えて握手を交わし、覚悟を決めた。
「そうかい、なら歓迎するぜ。傭兵部隊『グライフリッター』にようこそ。」