シャルンホルスト(戦艦)

登録日:2014/10/02 (木) 11:10:00
更新日:2018/04/23 Mon 10:18:45
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シャルンホルストとは、ナチス・ドイツが建造・運用した戦艦である。たまに巡洋戦艦扱いされるが、ドイツ海軍はそのカテゴリーを持たないので戦艦です。
まぁ、英国紳士視点で見ればモロ巡洋戦艦ってのはわからなくもないが。
一般的(なミリヲタの間)にはいわゆる“呪われた純白の幽霊戦艦”として知られている。
ほとんどオカルトライターのフランク・エドワーズがでっちあげたデマなんだけどね

性能諸元

排水量(基準/常備/満載):31,580/35,550/38,100t
全長:235.4m
水線長:226m
全幅:30m
吃水:9.69m
機関:ワグナー式重油専焼高圧水管缶12基、ブラウン・ボベリー式ギヤードタービン 3基3軸推進
機関出力:160,000hp(安定時出力:125,000hp) 
最大速力:31.5ノット
航続距離:17ノット/10,000海里
兵装:28.3cm(54.5口径)3連装砲3基9門
   15cm(55口径)連装砲4基8門+同単装砲4基計12門
   10.5cm(65口径)連装高角砲7基14門
   37mm(83口径)連装高射機関砲8基16門
   20mm(65口径)連装高射機関砲5基10門


建造の経緯

元々は“ポケット戦艦”ことドイッチュラント級装甲艦に対抗するべく建造されたフランスのダンケルク級戦艦に対応すべく、
同級の4番艦(排水量20,000tと戦艦レベルに大型化・武装強化されていた)として1934年に発注されたのだが、
例のチョビ髭伍長が「もっとデカいフネ造ろうYO!」という設計案を承認したため一時的に建造が取り消される。
が、ヴェルサイユ条約破棄を受け、35年6月中旬に基準排水量26,000tクラスの中型戦艦として建造計画が再開し、
39年1月に基準排水量31,850tの高速戦艦として就役する。
基本構造は期間短縮のために第一次大戦時の巡洋戦艦『マッケンゼン級』の設計を一部流用しており、当時としては保守的な設計といえる。
また、ドイッチュラント級で使用されていたディーゼル機関は信頼性と高速航行能力に難があったため採用されず、技術蓄積の多い従来型の機関が使用されている。
ただ、同級で採用された吃水下の三重構造化や巧妙な機関配置は継承されなかったため、本級は他国の戦艦に比べて対艦・対水雷防御能力では劣る。

特徴

シルエットは後発のビスマルク級に似ており、遠景時の誤認を狙っていたらしい。
竣工後の公試で艦首の凌波性が低いため、高速航行時に波飛沫が前部主砲塔を通り越して艦橋にBUKKAKEられるという事態が勃発。
速攻でドック入りし、艦首に強い傾斜をもたせたアトランティック・バウに改修される。
ちなみに、建造途中だった2番艦のグナイゼナウは改設計でこちらの艦首の状態で竣工しており、完工で姉を上回ってしまった。
……が、それでも凌波性は改善されず、
今度は錨鎖穴から海水が吹き込み、甲板から潮吹きして艦橋に降りかかるという問題が再発生。
しょうがないので錨鎖穴を埋めた。
なお、そもそも砲塔の防水が工夫されないまま実戦投入されたため、不具合はその後も続いた模様。

主砲は前級の長砲身改良型を採用しており、315kgの徹甲弾を最大射程40,000mまでぶっ放せるという巡洋艦の主砲として見るなら非常に強力なものだった。
ちなみに大和の主砲の最大射程が42,000m。ドイツパねぇ。
戦艦の主砲としては小口径ではあるが、貫徹力・速射性ともに高く、15,100mまで接近できれば335mmの舷側装甲をも貫通可能。
本級設計当時のドイツ海軍は38cm砲を持たず、本級完成後に開発できてれば折を見て砲塔ごと38cm連装砲塔に換装するつもりだった。
まあ結局できないまま姉妹揃って沈んだんだけどな!

副砲も前級と同じ砲を使用しているが砲門数は5割増しになっており、そのうち8門が新規設計の連装砲塔に収められている。
が、残り4門は砲塔式ではなく単装砲架のため発射速度や荒天時操作性に差異が生じ、成功した配置とは言い難い。
その他、ドイツ海軍のものとしてはベーシックな高角砲と高射機関砲を連装仕様で搭載しており、対空迎撃能力は大戦時のドイツ戦艦としては標準レベル。

防御面ではやや古い設計を戦訓対応をほとんどさせることなく使ってしまったが、接近されなければまずまず優秀と言えなくもない。※ただし当時の砲戦距離に限る
少なくとも仮想敵であるダンケルク級の砲撃には耐えられるし、フッドなどの38.1cm砲に対しても18kmまで接近されなければ何とかなった。
しかし、砲の射程距離延伸にともなって砲戦距離そのものも伸びた第二次大戦では、敵の砲弾は当初の想定よりも高所へ降り注ぐものとなっており、
主装甲帯の上下方向への狭さも相まって大損害待ったなしの貧弱ボディになってしまっている。
ぶっちゃけると大落下角の大口径砲弾や高高度水平爆撃に対して貧弱!貧弱ゥ!!であり、
実際妹のグナイゼナウは停泊中に爆撃を受けて大破、自沈処分された。
接近しなければ敵戦艦の舷側装甲をぶち抜けないのに、接近しすぎても離れすぎてもオワタ式ってどういうことなの……

主機として採用されたワグナー式高温高圧缶はナチスドイツの科学力は世界一ィィィィィ!の賜物だけあって高出力だが、
案の定というかなんというか性能と引き換えに整備性その他諸々が犠牲となっており、こまめなメンテナンスを強いられる
せ、性能と引き換えにその他諸々を犠牲にするのはドイツと日本ではよくあることだし(震え声
ただ、巡洋戦艦ばりの高速航行が可能なだけあって、海戦突入決定権が与えられているというのは大きい。
他国の戦艦に防御性能で劣り、速射性と貫徹力はともかく破壊力でも負けているシャルンホルストにとって、機動力こそが最大の武器であり生命線だった。

とまぁ、なんちゅーか少々歪なところのある艦ではあるが、そもそもからして第一次大戦後に失いかけたノウハウを取り戻すための習作でもあるからして、
そうなってしまったのはある意味ではしかたのないこととも言える。


戦歴

基本的に単艦行動の多かったドイツ海軍主力艦の中では珍しく、次妹のグナイゼナウとタッグを組んで通商破壊に勤しんでいる。
39年11月21日にグナイゼナウ、軽巡洋艦のケルンとライプツィヒなどを引き連れてヴィルヘルムスハーフェンを出撃。
翌日に巡洋艦隊から離脱、グナイゼナウと連れ立ってアイスランド南方への進出を図るが、23日に英国海軍の補助巡洋艦ラワルピンディと遭遇。
ド突き回して昇天させるが、ドイツ戦艦発見の報が放たれたことを懸念し進出を中断、北上する。イギリスの包囲を嵐に紛れて突破し、27日に帰港。

40年2月のノルトマルク作戦にグナイゼナウ、重巡アドミラル・ヒッパー、駆逐艦2隻を率いて参加するも戦果なし。

4月のノルウェー侵攻作戦にはナルヴィク及びトロンハイム攻略部隊の先導・護衛部隊として、例によって妹とともに参加。
途中でトロンハイム攻略部隊、8日未明にヴェストフィヨルド入り口でナルヴィク攻略部隊と別れた翌日、ロフォーテン諸島沖で巡洋戦艦レナウンとの遭遇戦を経験。
レナウンに損害を与えるがグナイゼナウも損傷する。戦闘後はヤンマイエン島経由でヴィルヘルムスハーフェンに帰還。

6月4日にはユノー作戦に参加するため妹及び駆逐艦4隻とともにキールを出撃、アドミラル・ヒッパーと合流した後ノルウェー北部に展開。
8日にタンカーなど3隻を撃沈した後ヒッパーと駆逐隊から分離、2隻で行動中に英国の軽空母グローリアスと護衛の駆逐艦2隻に遭遇、撃滅する。
ちなみにこれ、ドイツ海軍最大級の勝利とか言われてたりする。これでだぞ?
この時シャルンホルストが被雷し、応急修理のためトロンハイムへ向かう。11日と15日に同港で英国軍機から爆撃を受けるが、外れないし不発でダメージはなかった。
20日に出港、23日にキールに入港するが、この間受けた航空攻撃でも損害はなかった。

12月28日には姉妹揃って通商破壊に出かけるが、悪天候で断念し引き返す。

年明けの41年1月から再び姉妹揃って大西洋での通商破壊作戦に従事し、
3月22日までに総計22隻、総t数約49,300tの撃沈ないし拿捕という上々の戦果を挙げ、ブレストに入港。
彼女の機関に不具合が見つかったため、7月23日までの4ヶ月間をドックで過ごす。
ちなみに幾度か大規模船団を発見しているが、いずれも彼女らより遅い代わりに砲撃力・防御力で圧倒的優位な戦艦が護衛についており、襲撃を断念している。

42年2月11~13日のツェルベルス作戦では戦隊旗艦を拝命し、空軍との緊密な連携と支援を受け、持ち前の速力を活かして英国軍の包囲を突破。
グナイゼナウ、重巡プリンツ・オイゲン*1や駆逐艦・水雷艇計20隻とともに白昼堂々ブレストからドーバー海峡を突破、ドイツへの帰還を果たすという凄まじい事をやらかす。
夜間ではなくお日様さんさんの真っ昼間、しかもクッソ狭い海峡突破をかましたということで『チャンネルダッシュ』と呼ばれたりもする。
なお、むざむざ突破された英海軍は世論にフルボッコされ、生存者に勲章ばら撒いて口封じを図るも見事にスベった模様。
彼女が2度、グナイゼナウが1度触雷したが、ダメコンがいい仕事をしたので損害は軽めだったとのこと。
ただしドイツ艦隊は狭い海域に押し込められる形となり、連合軍駐留海域の制海権を喪失。戦術的には勝ったが戦略的には\デデーン/であった。

その後43年9月のシチリア作戦で、ティルピッツ等とスピッツベルゲン島への艦砲射撃を行う。

同年のクリスマスに輸送船団JW55B攻撃のため出撃するも、索敵のために駆逐隊を切り離したことが仇となり、待ち構えていた英艦隊と翌26日に交戦。
本国艦隊総旗艦デューク・オブ・ヨークの砲撃で損傷、なおも生き残りをかけてあがき続けるが、とどめとばかりに放たれた敵艦の雷撃を受け撃沈。
乗員1,669名のうち、生存者はわずか36名だった。


ライトなミリヲタ的シャルンホルストのテンプレ

  • 建造中に突如船体が横転、技師が60名死亡100名以上負傷
  • その船体を立て直すのに3ヶ月かかった
  • ボイラーが爆発事故を頻発、死傷者も出る
  • 艦長になるはずだった士官がいきなり心臓発作起こして死亡
  • 洗礼親に14歳の少女が抽選で選ばれたが、進水式の数日後に謎めいたメッセージを残して突如自殺。
    メッセージはルーン文字に近い難解な古代語(当然子供が学ぶとは考えづらい)で、内容は「私は魅せられた」「護りたまえ」
  • 進水式時、係留されていたはずが勝手に沖へ流されだし、船体に繋がっていた装飾船数隻が乗組員ごと沈没
  • 実戦において初の主砲発射時、突然の砲門爆発で9名死亡、更に別の砲塔で空調が故障し10名以上が窒息死
  • 北洋の霧の中に消えたこの新鋭艦を追跡すべく、イギリス軍が出した偵察隊が任務失敗、しかも半数が霧の中から帰ってこなかった
  • ドイツに侵略されたノルウェーに辛うじて辿り着いた空母グローリアス含むイギリス輸送艦隊が、孤立していた陸軍を乗せて脱出を図った途端、霧の中から音もなく現れこれを撃滅
  • 大西洋進出後もイギリス軍の執拗な追撃や索敵網の悉くに何故か捕まらず次々と船団を撃破、「幽霊戦艦」と呼ばれ畏怖される
  • 戦況悪化から帰還せざるを得なくなるも、イギリス軍の意表と包囲網の隙を付いて白昼堂々狭いイギリス海峡を抜けて帰国
  • 1943年12月24日、殆ど晴れの無い北洋の雲の一角が晴れ、港に停泊していたシャルンホルストを照らし出す。
    この神懸かり的な光景は居合わせた高名な従軍画家によって絵に残された
  • 翌12月25日、イギリス艦隊に夜襲を試みるが発見され、撤退中にまぐれ当たりの砲弾で炎上を起こし数百発の砲弾を浴びて北極海に沈む
  • 約1700名の乗組員の内、ボートで脱出に成功した生存者は僅か2名
  • その2名も持ち出したヒーターが何故か爆発して死亡



まぁ、全部デマなんですけどね!!
togetterに完全論破されたシャルンホルストのテンプレUC的まとめがあるので、興味のある人はそっち参照。
実際には戦歴見ればわかるが、撃沈されるまで大なる損傷も受けず、ドイツ海軍主力艦の中では活躍しているため、むしろ扱い的には幸運艦・武勲艦だったりする。


余談

でかい暁ことBismarckが時報で触れてるため、さりげなく艦これ参戦フラグが立ってる気がしなくもないシャルンホルスト嬢であるが、
わりとメジャーなオカルトネタに沿ったド不幸艦娘か、はたまた史実に沿った武勲艦としてか。
筆者個人としては後者を希望したいところだが……




司令部より入電、『追記・修正申請ハ通商破壊任務報告書トトモニ提出サレタシ』とのことであります。

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