外患誘致

登録日:2011/09/10 Sat 02:07:49
更新日:2024/10/21 Mon 19:42:27
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刑法第81条「外患誘致」

外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。


外患誘致罪(がいかんゆうちざい)とは、刑法81条に規定されている犯罪である。
同82条の「外患援助罪(がいかんえんじょざい)」とともに未遂・予備・陰謀罪が定められており、刑法第2編第3章に「外患に関する罪」として規定されている。
本項ではこれらの罪についても記述する。


●目次


概要

日本の犯罪で一番罪が重いものは何だろう?」
ふと考えた人は少なからずいるかもしれないが、その答えがこの「外患誘致罪」である。
あまり聞き慣れない罪名だが、簡単に言ってしまえば、文字通り外国と内通して引き起こす国家反逆罪である。例えば政府高官が外国政府と共謀し、日本領土への外国の軍隊の侵入やミサイル攻撃を手引きすることである。
77条に規定されている「内乱罪」が国家を内側から破壊しようとする革命・クーデターなのに対し、こちらは外国の武力行使を誘発して国家を外側から破壊しようとする点に違いがある。
本罪は国外犯にも適用される(2条)。保護法益は国家の対外的存立であるとされ、祖国に対する裏切りという国家への忠実義務違反であるとする趣旨に基づくものでもある。

外国」とは軍隊や外交使節なども含めた外国政府全体を指すとされ、単なる私人や私的団体は当てはまらない。
もっとも、国際法における国家の成立要件を満たしている必要はなく、国民や領土、統治組織など事実上国家としての機能があれば足り、国交や承認の有無も要件とはされない。『空想法律読本』では侵略宇宙人が含まれるかが真面目に考察されていた。
当然ながらテロリストなどの武装勢力も対象外だが、そもそもそのような連中と関わりを持てばテロに関する別の法律で裁かれることになるだろう。

通謀」とは、外国政府との間で日本への武力行使に積極的な影響を与える合意をすることを意味するとされており、単に武力行使を依頼しただけでは通謀とは言えない。
具体的な例としては、外国政府に働きかけて日本への武力行使を勧奨したり、外国からの武力行使を知った際に有益な情報をリークしたりする行為が当てはまると思われる。

武力の行使」とは、軍事力を用いて日本の安全を侵害することを指すと思われる。戦争を勃発させることまでは必要なく、外国軍を公然と日本の領土に侵入させたり、砲撃やミサイルを撃ち込ませたりした時点で成立するとされる。ただし、具体的に何をもって武力とし、どのような手段をもって行使とするかの明確な法解釈は不明である。
サイバーテロや経済戦争といった実体に基づかない攻撃や、個人や私的団体に向けられたテロ行為などは該当しない。

本罪の着手時期は武力行使の目的を持って外国政府と通謀行為を開始した時か、情報の漏洩などによって相手が武力行使の意思を生じた時に認められると思われる。
既遂は外国軍が実際に武力を行使した時であろうが、あくまで通謀と武力行使の間に因果関係が存在する必要がある。そのため、通謀はあったが武力行使には至らなかった場合、武力行使はあったが通謀との間に因果関係が認められない場合、通謀はあったが外国との意思の連絡に成功しなかった場合は未遂となる。

日本という国家の存亡に関わる重罪であるため、法定刑は死刑のみという現行刑法上で最も重い罪である。武力行使が失敗するなどして未遂に終わった場合でも罪に問われるため、死傷者や損害が出なくても死刑に処される*1(87条)。
ただし、法定減刑や情状酌量は可能なので、認められれば無期懲役・禁錮もしくは10年以上の懲役・禁錮が適用されて死刑を回避することも一応あり得る(68条)。現実的にはまず考えられないが、理論上は少年法上死刑を科せられない18歳未満の者が本罪を犯した場合、無期懲役を科すものと考えられている。

日本に数ある犯罪の中で、現行の法律の中で法定刑が死刑のみなのは本罪だけである(絶対的法定刑)。
大日本帝国憲法時代には天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇太子に危害を加える「大逆罪」が施行されており、こちらも法定刑は死刑のみで、未遂どころか予備・陰謀すらも同罪だった*2
こちらは大審院(現在の最高裁判所)のみの一審制で、 いわゆる幸徳事件・虎ノ門事件・朴烈事件・桜田門事件の4件で適用例がある*3

刑法とは別に破壊活動防止法にも明記されており、「暴力主義的破壊活動」として位置付けられる。
本罪はある程度の規模の集団で行われることが予想されるが、内乱罪とは違って集団犯ではないため、教唆に関しては本罪の教唆をなし、または実行させる目的をもって煽動をなした者は、7年以下の懲役・禁錮に処される(38条1項)。
この場合に教唆された者が教唆に係る犯罪を実行するに至った時は刑法総則に定める教唆の規定の適用は排除されず、双方の刑を比較して重い刑で処断される(41条)。
また、本罪を実行させる目的をもってその正当性や必要性を主張するために、文書や図画を印刷・頒布して公然と掲示したり(38条2項)、無線通信や有線放送で通信したりした者はそれぞれ5年以下の懲役・禁錮に処される(38条3項)。

法定刑が死刑のみとあまりにも強権的な上、外交問題にも直結するため、警察・検察・裁判所ともに適用には非常に消極的で、制定以来起訴された実例すらない。当然ながら判例もなく、上記の説明で「~とされる」「~と思われる」という抽象的な表現が多いのもそのためであり、明確な法解釈は現在でも不明。
そもそも、政府要人ならともかく一般人が外国政府と通謀する状況がまず考えられない話である。単なる一日本人から日本侵略を持ちかけられたところで相手にされないだろうし、万が一持ちかけに応じたとしても、その場合は外国側が元々侵略を考えていたと考えるのが妥当だろう。
また、日本は憲法9条で戦争を放棄していることから外国の侵略そのものが予見しにくい上、上記の通り武力行使が成功すれば裁判どころの状況ではなく、外交問題という政治的な話になってくるため、司法作用が消極的になる面もある。
唯一、1942年に起訴されたゾルゲ事件*4において適用が検討されたものの、ソ連・ドイツとの外交関係や公判維持の困難さを懸念して回避され、代わりに国防保安法や治安維持法などで起訴された。

なお、内乱罪は刑法唯一の二審制だが、こちらは通常通り三審制で裁かれることから一応は裁判員制度の対象犯罪ではある。
ただし、上記の通り外交問題という政治的な話になることからそもそも起訴される可能性すら机上の空論で、百歩譲って万が一本罪の公判が実現したとしても「裁判員や親族に対して危害が加えられるおそれがあり、裁判員の関与が困難な事件」(裁判員法3条)を根拠として対象外になる可能性が高いだろう。

制定当初は戦争状態の発生および軍隊の存在を前提とした条文だったが、憲法9条が制定された関係で1947年の「刑法の一部を改正する法律」(昭和22年法律第124号)により根本的に改正され、「戰端ヲ開カシメ」「敵國ニ與シテ」といった字句や利敵行為条項(第83条~第86条)・戦時同盟国に対する行為(第89条)など、日本政府が戦争の当事者であることを意味する規定が削除されている。
もっとも、戦争を放棄しても外国からの侵略は当然に考えられるため、不法な武力行使の誘致を処罰するために残されたと考えられる。

上記の通り日本では適用事例はないが、海外に目を向けると1988年にはモルディブ国民が外国人傭兵を引き入れてクーデター未遂を起こしたり、2013年にはマレーシア国内の旧スールー王国の王位継承権を主張する人物が外国人武装勢力を国内に送り込んだりした事件が発生している。


外患援助罪


刑法第82条「外患援助」

日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは二年以上の懲役に処する。


外国が日本に対して武力を行使した際、これに加担してその軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた場合は82条の「外患援助罪」が適用される。
つまりは侵攻してきた外国軍に加担した場合の罪であり、現に武力行使が発生している状況が前提である*5
自衛隊の敵前逃亡は自衛隊法違反として裁かれるため、本罪は適用されない。

軍務に服する」とは、戦闘への参加の有無や兵站・諜報・医療など行為を問わず、外国軍に参加することそのものとされる。
軍事上の利益を与える」とは、軍務に服さずに武力行使に協力することであり、その手段は有形・無形を問わない。具体的には兵站や諜報活動などの後方支援や占領地域における占領政策への協力などが当てはまると思われる。
例えば役所の公務員が敵国の指示に従って公有財産などを供出することである。

戦時中に敵軍の支配下にあった場合、現地住民が身の安全や生活を維持するためにやむを得ず敵軍に協力する行為がしばしば見られたが、本国によって救出された際に「祖国に対する裏切り者」と見なされて公的な処罰やリンチの対象になることがあった*6
解釈上は、人道的な医療行為などは緊急性における違法性阻却事由として、占領地で強制的に行われた加担などは期待可能性を欠くものとして、その責任が阻却ないし軽減される可能性があるとされており、あくまで行為者の積極的な意志に基づいて加担が行われる必要がある。

法定刑は死刑または無期・2年以上の懲役である。こちらも日本の安全保障に関わることから重い罪が規定されているが、外患誘致罪に比べて幅広い裁量が認められている。
前記した通り、身の安全を守るためにやむを得ず行われるケースも想定されることから、例え期待可能性を欠いて無罪と言えない場合であっても、行為者に同情の余地がある場合が多いと考えられるためである。
内乱罪とは違って破廉恥犯として扱われるため、禁錮ではなく懲役刑が定められている*7

破壊活動防止法における教唆や文書・図画の頒布、通信放送などに関しては外患誘致罪と同様である。



外患予備罪・外患陰謀罪


刑法第88条「外患予備・陰謀」

第八十一条又は第八十二条の罪の予備又は陰謀をした者は、一年以上十年以下の懲役に処する。


その重大性から、誘致・援助の予備や陰謀をしただけでも1年以上10年以下の懲役に処せられる(刑法88条)。「予備」とは犯罪の実現を目的とする準備行為、「陰謀」とは2人以上の集団で犯罪を計画して合意に達することを指す。
武力行使に至る準備・計画の段階からでも処罰を可能にすることで、日本への武力行使を未然に阻止するという趣旨に基づくものである。


余談

ごく稀にではあるが、一部の市民団体や有識者などが気に入らない政治家を売国奴として外患誘致罪で告発する動きが見られる。
当然ながら、批判されるべき政治活動を実施したと言うだけで本罪が適用されることはまずあり得ない。
検察庁の仕事の邪魔であるし、下手すればあまりにも根拠を欠いた刑事告発は虚偽告訴罪(刑法172条)として逆に告発者側が罪に問われる可能性もあるので、そうした運動に加わるようなマネはやめておこう。

今後もこれら「外患に関する罪」の適用が検討されるような有事が起きないことを願うばかりである。


サブカルでの扱い

THE 裁判員〜1つの真実、6つの答え〜」という裁判員制度を大元にしたゲームがある。
このゲームは、幽霊である主人公が裁判員たちを影ながら支えるという趣旨のゲームである。
そんな中で現れた3人目の被告は右翼系の過激派共産主義者の女性で、容疑は外患誘致。
つまり、有罪判決=死刑の責任を裁判員に背負わせるという、これまでの事件とは一味違った雰囲気になる。
裁判員もこれまた個性派揃いであり、
  • 選ばれたものの事態をさっぱり理解していない女子大生
  • 「美人だから無罪にしてしまおう」と言い出すホスト
  • 外患誘致のことについて2人に解説する元軍人のおじいちゃん
  • 裁判そのもののやり直しと死刑廃止を訴えるNGOの女性*8

そんな中で、被告の仲間(世の中のうまくいかないことを漠然と国のせいにしている、冴えない中年男性)が人質を取り、助けて欲しければ被告を無罪にしろと脅しかけるのであった




アニヲタWikiりどみ第81条「荒らし誘致」

荒らし厨と通謀してアニヲタWikiに対し荒らしを行使させた者は、死刑に処する。




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最終更新:2024年10月21日 19:42

*1 ただし、これは内乱罪にも当てはまることだが、万が一武力行使が「成功」して日本の国政が転覆した場合、もはや刑法による処罰を実施する国家権力が存在しないという状態になる。この点から、あちらほどではないものの「最も犯罪らしい犯罪」とも「最も犯罪らしくない犯罪」とも表現される。

*2 ただし、当時は恩赦や特赦による刑の減免が現代よりも頻繁に行われており、無期懲役になった例もあった。現在は被害者感情を考慮し、恩赦の対象は罰金以上の刑を受けた際に停止される資格や権利が復活する「復権」が大半であり、戦前のような刑の減刑は行われていない。

*3 ただし、未遂が2件、予備・陰謀がそれぞれ2件ずつで既遂はなく、予備・陰謀事件の中には冤罪だった者も含まれていたと今日では考えられている。

*4 ジャーナリストを装って来日したリヒャルト・ゾルゲ率いるソ連のスパイ組織が国内で諜報活動を行っており、満州事変後の対ソ政策やナチス・ドイツのソ連攻撃情報を収集・分析して本国に報告していた。構成員の中には近衛内閣のブレーンだった尾崎秀実や西園寺公一らもおり、日本人35名が検挙されて18名が起訴された。

*5 外患誘致罪は侵略などが開始されていない状態が想定されている。

*6 一例として、第二次世界大戦のパリ解放時に占領軍だったナチス・ドイツへの協力者と見なされたパリ市民が多数裁判にかけられたり、リンチで晒し者にされる事態が多発したりしたことがある。

*7 ただし、懲役刑と禁錮刑を拘禁刑に一本化する改正が実施されているため、遠からず懲役と禁錮の区別に意味はなくなるだろう。

*8 考えなしに死刑反対を主張しているわけではないことが判明し、その後のエピソードでも要所で活躍するが、それはまた別の話。