十和利山熊襲撃事件

登録日:2016/07/15 (金) 18:21:15
更新日:2025/04/16 Wed 22:16:48
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※この項目では実際に起こった凄惨な獣害事件を明記しています。閲覧には注意してください。

【概要】

2016年5月~6月にかけて、秋田県鹿角市十和田大湯近辺で発生したツキノワグマによる獣害事件。
4名死亡、2名軽傷、1名反撃無傷という、本州単独での被害規模としては1番目に位置する。
なお、被害人数としては国内史上3番目ではあるものの、後述の理由から国内史上4番目以降にカウントされている。
また、本件を超える被害の事件は全て北海道のヒグマが戦前に起こしたもの故に、本件は(北海道含め)戦後最大の獣害事件となる。

また、行政の警戒も及ばず、タケノコの旬というタイミングの悪さにより多くの被害者が出てしまったことから、近世日本の獣害事件における一つの教訓とされている。

《本件の犯人熊》

  • スーパーK……1,3,4人目の犠牲者を襲ったとされる。4~5歳の若いオスグマで体長150cm、体重84kg。大柄で赤毛の母熊を持つが、こちらはツキノワグマとしては平均的な容姿である。

  • 赤毛の母熊……2番目の犠牲者を襲った。老齢のメスクマ特有のうっすら赤い毛が特徴。体長150cm、体重120kg。スーパーKの母親であると推測される。

  • メスクマ……体長130cm、体重70kgの若いメスのクマ。事件現場近くで緊急駆除され、解剖の結果遺体を齧っていたことが判明。しかし被害者を直接殺害した可能性は低いとされる。
他にも複数の個体が同じように遺体を食べようとした可能性が高いという。

【背景・経緯】

十和田湖の南、青森秋田の県境に聳える十和利山(990メートル)の裾野に広がる、熊取平と田代平の牧場地帯で、
相次いで発生した4件のツキノワグマによる襲撃、及び死亡事件が発生した。
全てタケノコ採りがキーポイントである。

◇事の発端

2016年5月20日、鹿角市十和田大湯字熊取平の竹林にネマガリダケを採りに行っていた男性(79歳)が行方不明となり、
翌21日7時頃。捜索していた秋田県警鹿角署員によって亡くなっているところを発見された。
また、同じ日に60歳代の女性もタケノコ採りをしていたところをクマに襲われて重傷を負ったため、
警察は出没地点に注意を呼びかける看板を設置した。

◇またしてもクマが…

その2日後の22日、7時30分頃。最初に襲撃された男性が発見された場所から北西に800メートルの場所で、
男性(78歳)が妻(77歳)と共にタケノコ採りをしていたところをクマに襲われた。

その際に、妻の方は男性がとっさに逃がしてくれたことで難を逃れたが、その男性は助からなかった。
約6時間経った13時20分頃、500メートル南の場所で捜索中の鹿角署員や消防によって亡くなっている男性が発見された。
遺体の側頭部や腹部には、そのクマの仕業と思わしき爪傷や咬み傷が残されていたという。

相次ぐ死亡事故に鹿角市が周辺の道路を通行止めにしたほか、注意看板を周辺5か所に設置。
周辺で注意を呼びかけるチラシ配りをするなどの対応を行った。

◇増え続ける被害者

さらに1週間が経った5月29日、8時50分頃、2人の遺体発見現場から北東に約3キロメートルの十和田大湯字田代平の竹林で、
息子(50歳代)と共にタケノコ採りをしていた女性(78歳)が背後からクマに襲われて重傷を負った。

2日後の5月30日、11時05分頃。田代平でタケノコ採りをしており、25日から行方不明になっていた男性(65歳)の遺体が鹿角署員に発見される。
遺体はクマに貪られたと見られる損傷がひどく、死後数日が経っていたという。

6月10日、10時40分頃には、山菜採りに出かけた3日前の6月7日から行方不明になっていた女性(74歳)の遺体が発見された。
遺体にはやはりクマに齧られたらしい損傷があった。
この女性が、一連の事件における最後の被害者であった。

◇ついにクマ確保…しかし

同日14時頃、女性の遺体発見現場から10メートルほどの場所で鹿角連合猟友会が体長1.3メートルのメスのツキノワグマ1頭を射殺した。

6月13日にクマを司法解剖した結果、胃の中から人体の一部が検出された事で、そのツキノワグマが少なくとも遺体を齧っていた事が確定する。

翌14日には、秋田県知事の佐竹敬久が県議会予算特別委員会の総括審査で入山自粛を呼び掛けた。
しかし、現場は国有林や私有林、牧草地が入り混じっているため入山制限は困難との見方を示した。

真犯人ではない

一連の事件で襲ったクマについて、5月31日から6月1日まで現地で調査を行った「特定非営利活動法人 日本ツキノワグマ研究所 」の米田一彦氏曰く、
「5月頃のメスのツキノワグマは比較的気性が穏やかな為、ここまで人が襲われる可能性は低い」という。

また、胃の中の肉片が微量だったことから、このメスは「たまたま」遺体を見つけて食べようと思ったか、誰かを襲ったとしても単独犯ではなく、他にも襲ったクマがいると推測された。
つまり、特定の個体による仕業ではなく、その地域に生息している複数のクマが加わった可能性が高いという結論となった。


被害者は頭蓋骨が割れるほどの強い一撃で致命傷を受けていた*1ことから、直接襲った個体は体重80kg以上…加えて、この時期のクマの行動パターンも考慮して若いオスグマの可能性が高いと推測された。その犯人(熊)像が事件現場周辺で確認済みの個体の中で該当していたのがスーパーKである。

この3ヶ月後、このスーパーKは周辺地域のボスだったと思わしき144kgの巨大なオスグマと共に有害駆除されている。*2
もう1匹の主犯とされる、赤毛が特徴のメスクマは未だ駆除されずに何処かで生きているといわれ、他にも人を齧る感覚を覚えてしまった個体が何頭か出てしまっている可能性もあるとか…。

◇それでもタケノコを採りたくて…

その後も熊取平や田代平へタケノコ採りをする人が絶えないため、警察は18日から周辺の国道104号や県道7カ所に検問所を設置した。
その後6月30日に男性(54歳)がクマに襲われけがをする事件も発生しているが、田代平からは9キロメートルほど離れており、
一連の事件と関係があるかどうかは定かではない。

県道東側は5月下旬、十和田市の男性の遺体が見つかり、新郷村の女性が襲われた現場もある。
入山しようとしていた八戸市の家族連れは「深く入らないから大丈夫」と話した。

犠牲者が出た付近を避け、県境にまたがる十和利山の登山道脇でタケノコを採る人も数人いた。
五戸町の男性(69歳)は「クマに出くわす不安はあるが、タケノコを採るのが好きだし、売ったお金で孫におもちゃなどを買ってあげたいので来ている」と語った。

県境では、タケノコを業者に売る人も絶えない。
「リュックサックいっぱいに40キロくらい採れば1万6千円。1日でこんなに稼げる仕事はこの辺にはない」と、10日に八甲田山系で採ったタケノコを売りに来た三戸町の男性(46歳)。
「自分は鹿角には入らないが、クマの被害で人が来なければ採り放題だと思って入る人もいるのではないか」と推測していた。

……それでクマの縄張りに入り込んで襲われるようでは目も当てられない。クマが甘く見られたり、襲われても自業自得と言われる様な行為はどうか慎んでいただきたいものである。


【余談】


ツキノワグマの特性

海外でも猛獣による獣害は多く挙がっているが、大型のネコ科が生息しない日本国内では、猛獣と言えばクマの場合がほとんどである。
特にヒグマやハブが生息しない本土ではツキノワグマが唯一の猛獣と言える。
昔からクマの脅威は有名であり、鈴やラジオを鳴らして熊避けにする事はあったが、現代のクマは人々の新しい行動、活動に順応しやすくなってきているとされる。
このクマ達も、タケノコ採りに来た人が所持していた熊よけの鈴を逆に目印にして襲いに来た可能性もある事には注意するべきだろう。
また、クマは所有物を奪われると憤慨して取り返そうとする習性があり、それは山に生えているタケノコや山菜も例外ではない。
それも、荷物を持っていかれたので取り返しに行くとクマの方が「俺の食い物返せや!」と逆ギレしてわざわざ追いかけてくるという執着ぶりである。
タケノコの自生地がクマもお気に入りの餌場だった場合、タケノコを採った時点でクマの逆鱗に触れる可能性もあるので…。

クマの項目が詳しいが、本州唯一のクマであるツキノワグマは北海道に生息するヒグマよりは体が小さく、必然的に攻撃力も高くはない。本質は臆病な性格なので、強気に反撃すれば逃げてくれるケースもある。
ヒグマほど頻繁に人間が襲われる印象も少ないが、出会い頭でクマも動揺していたり、背中を見せて逃げてしまうと追いかけてくることがある為、いくら小さいクマといえど被害に繋がってしまう。
また、クマの1匹が獣害を犯した場合、別のクマがその遺体に出くわして食害に参加してしまうと、そのクマも人を齧る感覚を覚えてしまう可能性が極めて高い。
今回の様に、狭いエリアで生活しているクマ達ならば尚更である。

ツキノワグマの攻撃力

本件を調査した米田一彦氏曰く、人間が一撃で致命傷を受ける可能性が高いツキノワグマは80kg以上のオス、もしくは100kg以上のメスとされる。
本件の犯人熊であるスーパーKもギリギリながら80kgという程度だが、第1被害者はヘルメット越しに頭蓋骨を骨折させされて亡くなった。
ツキノワグマで100kg以上に育つメスはかなり珍しい個体と言えるが、オスの成熊であれば80kgは平均的なサイズであり、それだけ人に致命傷を負わせる危険性も高いことを意味している。
だが、過去の熊害事件では60kg程度に痩せた高齢のツキノワグマでありながら、それでも被害者は頭部に深い傷を受けて亡くなっていたというケースもあるようだ。とにかくどんなサイズであれ、野生のクマを侮ってはいけない。

ハイブリッド熊について

赤毛の雌熊とその息子である主犯スーパーKを八幡平クマ牧場から脱走したヒグマとのハイブリッドであるという説が存在する。
週刊誌の記事をもとにしたものだが、そもそも年齢的にありえない
まず、八幡平クマ牧場の脱走事件は2012年4月。
ツキノワグマの繁殖期は夏そこから着床遅延により、ハイブリッドがもしいれば、誕生は2013年年明けあたりつまり十和利山の事件時点で最年長3歳まだ半分子熊である。
スーパーKは事件当時4~5歳で、若いとはいえ成熊、その母熊に至っては8歳以上とされるため、年齢的に辻褄が合わない。
また、赤毛の雌熊は写真を通せばわからない程度の赤みである
そもそも、ツキノワグマとヒグマではハイブリッドができる確率は低いとされている。
また、はるか昔ツキノワグマとヒグマは本土で同居していたため、もし繁殖力のあるハイブリッドが生じるならクマ牧場から脱走せずともツキノワグマはもともとある程度ヒグマの血が混じっていることになる。

ツキノワグマとの共存に向けて

クマは確かに人の手に余る猛獣だが、人に理解できない怪異などではない。別に猟師でない人だって、クマを避ける為の努力なら難しくはないはずだ。
獣害が悲惨なものだからこそ、それが起きてしまう原因は客観的な目線で理解しておきたい。
いくら人の文明が発達しようとも、自然界と正しく共存・共生できなければ豊かに生きていく事は難しいのだ。

共存の難しさについて

行政などが発表するツキノワグマの大きさは小さすぎると思ったことはないだろうか。
また、ツキノワグマは日本全国に生息していて本稿事件のような大規模なものも起こっているのに大きく発表される事件は東北の超が付くほど田舎の超がつくほどお年寄りが軽症というものがほとんどで違和感を覚えたものもいるだろう。

参考までに、世界最小の熊であるマレーグマは平均体長が120〜150cm程度で最大級は100kgを超え大人の重症死亡事例もある。パンダでも羊を狩った事例がある。
ちなみに一般的なグリズリーは立った時の身長が2.4m以下だとか。

また、ツキノワグマの場合人食いや大型家畜の食害に加えて壮年の男性が重症を負ったり死亡したケースも大きく報じられない。それだけでなく報じられなかった人食い事件も存在する。

なぜそこまでツキノワグマの場合事件の矮小化が図られるのか?ここにある意味ヒグマ以上に共存が難しい実情が存在する。

まず、ツキノワグマの大きさに問題がある。よくニュースなどでは「小さい、小さい」と繰り返し言われるためわかりにくいが他の猛獣と比較すると十分大きい。
マッチョな欧米人の肉体労働者に恐れられているコヨーテ・オオヤマネコ・タスマニアデビルが体長70cm程度体重10kgほどと中型犬サイズである。
メジャー級の猛獣でもヒョウやオオカミが体長120cm体重30〜50kgが平均的。最大級が70〜90kgである。
いささか怪しい公称サイズを鵜呑みにしてもツキノワグマは体長1m体重60kgが平均。大型個体は体長130cm体重100kgと大型肉食獣として十分すぎる体格を持っている。

また、このような巨大な食肉目の猛獣が平和な島国とされる日本のしかも本土のそれも至る所生息しているのである。
実際東京で羊の食害や若い男性登山家の重症被害も出ている。
「道産子」という言葉があるように日本国内とはいえ自他ともに認める特殊地域である北海道ならともかく本土中にツキノワグマが生息している状況はいささかオーバーである。

一方で大規模駆除も難しい実情が存在する。自衛隊を動かして大規模駆除をせよという声もあるが自衛隊が猟銃で地域住民とトラブルを起こしたらどうなるだろうか。今まで築き上げてきた自衛隊の大幅イメージダウンである。
また、ツキノワグマを狩る場合経験が必要なため、自衛官が半矢にして顔を潰されるケースが想定される。これは防衛にとっても損失であるだけでなくツキノワグマの場合若い男性の重症死亡被害は隠蔽される傾向にあるため行政にとっても扱い辛い事態になる。
このようなリスクを考えれば大規模駆除の決断は難しいだろう。
平和な島国にツキノワグマがオーバーな猛獣なのも事実だがその大規模駆除もまたオーバーなのである。
上述した本土と北海道の違いが大規模駆除についても同様に言えることは言うまでもない。

他に、ヒグマとの違いとして人的被害の数と観光資源化が挙げられる。
北海道のヒグマはツキノワグマに比べると圧倒的に人的被害が少なく、人的被害及び死亡事例の80%以上をツキノワグマが占める。平成27年はヒグマの人的被害が全く無かった。
この被害者数の違いについては熊の生息頭数など様々な考察がされているが決定的なものは現在無い。ロシアにおいてもツキノワグマの方が人的被害が多いことで知られている他攻撃パターンも日本と共通している。
知床や三毛別ヒグマ事件跡地が観光名所になっているのは有名だが十和利山や乗鞍岳は熊観光として売り出されてはいない。このあたりも北海道が精神的に遠くの話であることが緊張緩和に役立っているのかもしれない。実際ニュースなどで聞こえてくるヒグマの話は恐ろしげなものがほとんどだがそれでも北海道は人気の観光地だ。
ただし、国外についてはツキノワグマも観光資源になるかもしれない。北海道のヒグマは欧米でポピュラーなブラウンベアだがツキノワグマは欧米ではロシア極東以外には生息していないアジアンブラックベアの日本固有亜種である。

なし崩し的ではあるがツキノワグマと人間は共存するしかないと言えるだろう。
ただし共存が難しいのもまた事実である。

その他のツキノワグマによる人食い事件

他に、ツキノワグマが人間を食害した大きな事件に以下の2つがある。

  • 山形県戸沢村で1988年に3人を食害した事件

  • 明治以前のためかランク外となっているが三毛別ヒグマ事件の7人を大きく超える11人(行方不明の1人を加えるとマイソール匹敵する12人)を食害した事件が江戸時代に八甲田山で発生している

戸沢村の方は体長140cm体重84kg(体長145cm100kgとする文献もある)の若いオスグマ、八甲田山の方は高齢の体長160cm程度のオスグマが犯行に及んだ。
戸沢村の犯人熊は頭蓋骨に損傷があり、また10月なのにも関わらずげっそりとしており精神疾患を始めとした疾病説がある。
八甲田山の方も高齢で熊餌の確保が難しくなり犯行に及んだと考えられる。
人食いではないものの大きな人的被害を出した乗鞍岳熊襲撃事件も超高齢で体長136cm体重67kgの(9月という季節もあるだろうが)げっそりしたオスグマである。
このような大規模事件から大きな人的被害を出すツキノワグマは未熟もしくは高齢のオスグマである傾向が見える。熊社会では勝ち抜けない弱い個体である点は子連れの母熊や亜成獣熊と同様だが力の強い雄成熊の破壊力の高さが原因と言えるだろう

  • 戸沢村・十和利山のような大規模なものではないが2000年代に山梨県や長野県で成人男性がツキノワグマに捕食される被害が発生している。これらの人食い事件は記事にならず一部の熊研究者の間でのみ共有された。

クマとタケノコを巡って争わないと誓える人、追記・修正よろしくお願いします。

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最終更新:2025年04月16日 22:16

*1 これがより強大なヒグマなら一撃で頚椎までへし折れるそうだ…。

*2 駆除後の解剖結果等は不明であるが、3ヶ月後ではまず人を齧った証拠は見つからないだろう。その後また誰かを襲っていない限りは……。