He177

登録日:2017/04/12 Wed 19:07:20
更新日:2021/11/06 Sat 16:15:26
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ハインケル He177「グライフ」とは、第二次世界大戦中にドイツ・ハインケル社が開発した戦略爆撃機である。グライフってのはグリフォンのことだってさ。
元々ウラル地方攻撃用の「ウラル爆撃機計画」を源流とする機体ではあるものの、計画が二転三転しアメリカ本土空襲を視野に入れた設計の機体となった。
但しそのために良く言えば先進的、悪く言えば複雑怪奇な機構を多数盛り込み不調続きとなってしまったのだが。

ことの発端-ウラル爆撃機計画

第一次世界大戦後、ドイツは将来的にはソビエト連邦と戦火を交えることを想定しており、
このとき当初はモスクワを攻め落とすことが「最終目標」となっていた。
そしてまた1920年代に入るとドゥーエの空中艦隊構想が注目を浴びる。
これは手短に纏めると「空軍は塹壕や山河を飛び越え、敵の都市を焼き払うべし。そうすれば生産力や国民の士気がボロボロになって敵を倒せる」というものである。
が、ドイツにおいては戦略爆撃機に関してはそれ程重要視されていなかった。
理由はいくつかある。
一つは「まず目の前のフランスとポーランドの大軍どうするよ、都市焼き払うよりも敵の軍隊を焼き払えよ」という切実な事情。
一つは「ポーランド倒してソ連と戦争しても、モスクワまでは平原だから陸軍が川を越えてパパッと攻めればええやん」という陸軍への偏重。
ところが、そんな矢先にヨシフおじさんが軍需工場をモスクワの東にあるウラル地方に引っ越させているのを確認。
ヨシフおじさんだってドイツとどつきあいになることは想定していたのか、工場をふっ飛ばされてたまるかとばかりに引っ越しを行っていたようで。
何しろウラル地方はウラル山脈という天然の城壁に守られており、陸軍で攻めようとしたら補給の問題も出る。
じゃあ飛行機で爆弾落としに行けばいいじゃん?ウラル地方はモスクワより(ドイツから見れば)遥かに遠く、その時点でのドイツ軍の爆撃機では空襲はぶっちゃけ無理ゲー。
このため「ソ連に勝つには奴らの工業力を削がなければならない。そのためにウラル地方に引っ越した軍需工場潰すための爆撃機求む!」となり、『ウラル爆撃機計画』が発動。
当時のドイツの名門航空機メーカー、ユンカースとドルニエに秘密裏に折衝をし文字通り「秘密兵器」として開発が開始された。
この計画で求められたのは以下の通り。

  • 往路に爆弾1t搭載して、
  • 航続距離6195km(4160マイル)以上で
  • 高高度で540km/h以上の巡航が可能

なんだかアメリカでも似たような要求スペックで生まれた爆撃機があったような気がするって?
これが収斂進化というものなのだよ。

しかし、1936年にこの計画を推し進めた空軍参謀長のヴェーファーが航空機事故で亡くなってから、ウラル爆撃機計画は放棄された。
何せヴェーファーの代理であるケッセルリンクが、「でっかい戦略爆撃機よりも小型の戦術爆撃機をいっぱい作ったほうがいいんじゃね」という思想だったので。おまけに総統閣下と同じで急降下爆撃厨。

He177始動 - A爆撃機計画

しかし同年6月にウラル爆撃機計画は形を変えて再開された。
いや、「ウラル」爆撃機というには語弊がある。今回のプロジェクト名は「A爆撃機計画」。
Aとはアメリカのことを表している、つまり今度の目標はアメリカ本土爆撃なのだ。
ヘルマン・ゲーリング曰く「ドイツには4.5tの爆弾を搭載してNYに乱入できる爆撃機がぬわぁーい!!海を渡ってあいつらに爆弾落として黙らせる事ができればこれ以上嬉しいことはない…ぐぎぎ」とのこと。
無論、陸続きのソ連ではなく大西洋を隔てたアメリカ大陸を空襲に行くという計画なので、
源流であるウラル爆撃機計画よりも遥かに厳しい要求スペックとなったのは言うまでもない。
というか今でも『大洋横断して爆撃に行く』なんてのは普通はやらない。
まあ大戦後、空中給油を繰り返して本当に実行しちゃったところもありますが、あれはあの国なら仕方がないということで…。
で、このA爆撃機計画に採用されたプランはドルニエ案?それともユンカース案?
いやいや、ハインケル案の「ハインケル P.1041」だった。これこそが後のHe177「グライフ」である。

まあ、ここまでなら「ちょっと航続距離が長いだけの普通の戦略爆撃機」で済みそうなのだが…。
どこぞの急降下爆撃大好き人間約二名の影響で、大型の戦略爆撃機なのに急降下爆撃能力まで求められるハメになった。
どこのアホウだって?先述のケッセルリンクと、そして我らが総統閣下ですよ?
勿論ハインケル社は「急降下爆撃は確かに狙って爆弾落とせるけど、急降下とそこからの引き起こしに耐えられる機体にしなけりゃならないからねえ…ぶっちゃけ大型爆撃機でやることじゃないっすよ」と難色を示したが、
総統閣下「ウーデット君の活躍を見たまえ!急降下爆撃で多大なる戦果を挙げているのだよ、爆撃機に急降下爆撃能力は必須でしょ!」
ケッセルリンク「鈍重な大型爆撃機よりも軽快な中-小型機で急降下して攻めるのが俺的ジャスティス!総統閣下はわかっている!」
…というわけで結局は急降下爆撃能力も追加されることとなった。
まあ流石に大型機で急降下爆撃は無茶だと気づいたのか、降下時の角度は後に60度に緩和されることとなったのだが。(それでも無茶には変わりないが)
おまけに大洋横断して約5tの爆弾を輸送せいと、どないすればいいんじゃ。
当然といえば当然ではあるが、これらの「全部入り」の要求は開発を非常に困難なものとし、完成品であるHe177を不調続きとした。
資源が限られているのはわかるが、それでも「取り敢えず無茶な仕様を自分のとこのメーカー共に突きつければなんとかしてくれるはず」って考えは良くないってことだね、うん。
無茶を言えばどこかでボロが出るものだし。


で、実際どんな飛行機なのよ。

アメリカ本土を空襲に行くためには広大な大西洋を横断しなければならない。
しかも往路には最大4.5tの爆弾を積んで。
この無茶苦茶な要求に応じるために、He177には様々なビックリドッキリ変態機構が盛り込まれている。
但しそれは本機を「欠陥機」とした原因でもあるのだが。

双子エンジン

He177の最大の特徴にして最大の泣き所。
パワーを確保し、尚且つ空気抵抗を最小限に抑えるために、Bf109でおなじみダイムラー・ベンツDB601を2つつなぎ合わせた「DB605」を採用している。
つまり本機は外見からは想像ができないだろうが、実質4発機である。

双子エンジンとはなんぞやと言うと、エンジンを2つ悪魔合体させて「エンジンAとエンジンBを合わせて2倍のパワーだ!」をやってしまうこと。
今でこそヘリのエンジンでは珍しくない上に、クルマでも競技用で時々あったりするが、
問題はこれを第二次世界大戦レベルの技術力で、しかも仮にも精密機器であるレシプロエンジンでやっちまったこと。
レシプロエンジンってのは今でこそ巷にあふれているので実感は湧きにくいだろうが、実際はかなり繊細な機械である。
しかも工業製品の宿命として、分子一つ一つのレベルでの同一の製品を作るというのは不可能に近い。
つまり、どんなに頑張っても個体差やばらつきと言うものが出てしまう。
そんな若干なりともスペックの違うものを無理やり2つつなぎ合わせたら、そりゃあお互いに負担がかかって最悪ぶっ壊れてしまうのだ。

一応フォローしておけば、この「双子エンジン」という発想、そしてその失敗自体はドイツだけのものではなく、
日本、アメリカ、そして当時最先端のエンジン大国であるイギリスでも生まれている。そして失敗している。


日本では、試作偵察機「景雲」にアツタ30を2つくっつけた双子エンジンが搭載されていたが、これまた不調だらけで火災まで起きるわ、
アメリカでは、B-29でライトR-3350の開発にトチった場合に備えての保険として、アリソンのド定番水冷エンジン・V-1710を2つくっつけた「V-3420」を搭載したモデルも試作されたが、あの燃えまくると悪名高いR-3350以下の信頼性で「やっぱ大人しくR-3350の完成待ったほうが早いわ」となり、
エンジン開発の技術力では頭一つ抜きんでているイギリスですら、アブロ・ランカスターの前身である「アブロ・マンチェスター」が、ロールス・ロイス『ペレグリン』エンジンを2つつなぎ合わせた『ヴァルチャー』を搭載しているが、不調だらけで一年半で退場するハメに、
と散々である。

え、ヘリのガスタービンエンジン?
ガスタービンなんてのはレシプロに比べりゃ死ぬほど構造がシンプルなので無茶には強いし、
しかもヘリで使っているようなガスタービン(ターボシャフトエンジン)なんてのは要するに「ジェットエンジンの排気で風車を回して何かを動かしている」ようなもの、
つまり出力系と動力系が機械的に分離しているので個体差があろうが問題には余りつながらないのである。

まあつまり要するに、双子エンジンは当時の技術水準では「人類には早すぎた」ってことである。

なに、普通に高性能なエンジンを作って搭載すればいいんじゃね、と?
そんな都合のいいものがあればそもそも双子エンジンなんて代物には手を出していない。
……つまるところ、ドイツの航空機エンジン開発は英米に後れを取っていたのだ。ナチスの技術はなんでもかんでも世界一ィィィ、とはいかないのだ。
正確には技術がないのではなく、技術を実現するだけの資源がどうしてもなかったという悲しい理由なのだが…。

表面一体型ラジエーター

空気抵抗を減らすためにHe177は機体表面にラジエーターを一体化するという機構を採用している。
だがちょっと待って欲しい、He177は仮にも軍用機、しかも前線を飛んで爆撃するのが目的の爆撃機である。
当然、高射砲や戦闘機の機銃はいくらでもこっちに飛んでくるのである。当たらなければどうということはないとはいかず、むしろ「当たる」という前提の兵器である。
機体表面のラジエーターに万が一弾喰らったらどうなるって?
…冷却できなくて最悪エンジン火災だよ、言わせんな恥ずかしい。

過熱

上記の問題だらけの構造に加え、空気抵抗を可能な限り減らすためにエンジンカウル(エンジンのカバー)を小さくしすぎたのも悪かった。
カウルが小さすぎたのが災いし、放熱がうまくいかずにしょっちゅう過熱。
さらに上記の表面一体型ラジエーターはちょっとでも被弾すればぶっ壊れて冷却できなくなる。
もひとつおまけにエンジン内でオイルとガソリンの配管が接近しており、熱々のオイルでガソリンが加熱されてこれまた火災の原因に。

リモコン機銃

防御用の砲塔ももちろん空気抵抗の元になる。
だからできればこれも小型化したい。
でも小型化すると良くて中の人の居住性悪化、最悪の場合はそもそも人が入れない状態になる。
だったら逆に考えればいい、砲塔なんてどうせ回して撃つだけなんだ、無人にして安全な機内からリモコン操作しちゃってもいいんだよ。
しかも砲塔に弾喰らっても中に人はいないんだ、生存性だって上がるじゃないか。
但しこれまた信頼性は高くなく、しょっちゅう故障をしていたそうで。

操縦性は良好

こんな散々な機体のHe177だが、本機を鹵獲しテストしたイギリス軍の評価は「なにこれすごーい、大型機なのに小型機みたいに操縦桿が軽い」だそうで。
曲がりなりにも双発機な分、動きに関してはだいぶ身軽だったらしい。


運用実績

そんなHe177ではあるのだが、当初は他の機種にエンジン供給が優先され、
機体は完成してるのにエンジンが無いというモノが続出。
初飛行は1939年だが実戦配備は1942年という始末。
しかも機体は大きいのに搭載量はHe111といい勝負、輸送機に転用してみれば負傷兵の輸送にすら使えねえ。そりゃそうだ、急降下爆撃までできるように頑丈にしてくれと言われた機体だ、その引き換えに搭載量は減っていてもおかしくない。*1
1944年からのイギリス爆撃に参加してみれば、13機が出動したものの1機はタイヤバーストでリタイア、8機はいつものエンジン過熱でリタイア、残りの4機のうち2機は叩き落されるという惨状。どうすんだよこの爆撃機。
え、損耗率は10%と歴代ドイツ爆撃機の中で最高の成績?…その実態は「そもそも目標まで到達できた機体そのものがすくなかったから」ってことですよ。

とは言え試行錯誤を続けるうちに上記の問題は改善され、ドイツ爆撃機の中では最も信頼性の高い機体となったのだが、
その頃には燃料が底をついていた。

対英戦においてのHe177のやり方は、イギリスの海岸を通過する前に一旦高度を上げ、その後浅い角度で降下しながら目標に爆弾を落とすというもの。
急降下爆撃とまではいかないが、降下しながらの爆撃というのは(曲がりなりにも)急降下爆撃機冥利に尽きただろう。
何しろ降下で速度が乗ってるので撃ち落とされにくいのだ、生存性も悪くはない。
え、命中精度?お察しください。

一方で高高度性能はさすがと言うか、対ソ連においては高高度性能を遺憾なく発揮し我に追いつくグラマン…もといイリューシンもミコヤンもベルも無し状態だったそうで。
飛行機に関しては低空での近接支援がメインで高高度性能は特に…の赤い皆様は「鬱陶しいハインケルめ…ぐぎぎ」というしかなかったようだ。

で、問題だらけの双子エンジンはやめたほうがいいんじゃね、ということで素直に4発化した「He277」という派生機も計画されていたが、戦局の悪化により計画中止。
どうして最初からそうしなかったと?何をいうか、そもそもこいつはイギリスではなく上記の通り「アメリカを爆撃するために」開発された爆撃機だ、こういう無茶苦茶な機構を「採用するしかなかった」のだ。
しかも資源も資金も無限にあるアメリカや、そのアメリカと組んでいるイギリスと違い、
科学力は世界一ィィィなれど肝心の資源が寂しいのがドイツ。そんな縛りプレイを課されれば、こうするしか無いということだ。

その後のHe177

無茶振りオブ無茶振りの要求スペックを求められた結果、兵器としては問題だらけの機体となってしまったHe177だが、
戦後に派生機のHe274がフランスにおいてフランス軍の標識を付けられた上でエンジンテストなどに供されている。
やっぱりというか、フランスからの評価も悪くはなかったようで。
そしてこのテスト結果が後のエアバス機などの機体につながっていったのは言うまでもないだろう。


追記・修正はニューヨークとロンドンとウラル地方に急降下爆撃をぶちかましながらお願いします。


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最終更新:2021年11月06日 16:15

*1 急降下爆撃機は急降下に耐えうる機体強度が要求され、それはすなわち機体重量の増加につながる。もっと言えばその分爆弾=積み荷の搭載量は減ってしまう