奇子(漫画)

登録日:2018/04/17 Tue 22:15:00
更新日:2024/04/03 Wed 00:46:42
所要時間:約 7 分で読めます





奇子(あやこ)』とは、手塚治虫によって執筆された漫画作品の一つ。
1972年~1973年までビッグコミックに連載されていた。
単行本全三巻、文庫版全二巻。
題材が題材なので普通の書店では滅多に見られないが、電子書籍は普通に存在するのでそちらを購入したほうがいい。
2018年には復刊ドットコムより、雑誌掲載版を可能な限り再現した「オリジナル版」が全二巻で出版された。


劇画ブームに押されるように鉄腕アトムが終了(68年)した後の作品の一つ。
終戦直後から高度経済成長期までの日本を主な舞台に地方の名家の血縁と愛憎、没落に絡めた、
『シュマリ』や後年の『アドルフに告ぐ』などのように手塚の得意な歴史モノ漫画である。
特に『アドルフに告ぐ』とは「近現代が舞台」「因縁と愛憎」という点で共通する。

しかしアトム以後ブラックジャック以前の手塚らしく同時期の『アポロの歌』などと同様、終始陰惨かつ救われない話が続く。
火の鳥』より重く感じる人も多いだろう。
青年誌に掲載というのもあってか共産主義やスパイなどの政治的話題、「東京裁判ごっこ」などのブラックネタ、
松本清張も触れたことで有名な下山総裁暗殺事件、村八分、私生児、近親相姦、暴力団、知的障がい(知恵おくれ)などの
色々とアブない要素がてんこ盛りであり、現代では考えられない差別的な単語も多く含まれている。
単行本巻末でも手塚プロダクションにそのことについて触れられている。

手塚作品でよく見られる唐突なコメディ描写とメタ発言は作中皆無であり、スターシステムの採用もかなり控えめ。



2019年からは九部玖凛によるリメイク漫画『亜夜子』も連載された。


◆あらすじ

昭和24年、戦争から復員した 天外仁朗 はGHQのスパイになっていた。ある時、命令で共産主義者の 江野正 の殺害に関与するが、シャツに江野の血を付けてしまう。

さらにそのシャツを洗っているところを、近所に住む知的障がい者の少女・お涼と、仁郎の腹違いの妹 奇子 がそれを見てしまう。
一旦はお涼を脅迫、証拠を隠滅して難を逃れるが、同志からの指示により仁郎は口封じのためお涼を殺害、海外へ高跳びする。
奇子は一族の体面のために村ぐるみの決断で肺炎で死亡したことにされ、
天外家の土蔵の真っ暗な地下室に幽閉されたまま育てられることに…


◆登場人物


天外仁郎(てんげじろう)

主人公。
青森の大地主「天外」家の次男。
戦争での負傷で右目を失っており、黒の眼帯をしている。
右目は空洞なので小物を仕込みやすく、中に極秘のメモや小型の 爆弾 を仕込んでいたりする。
終戦直後は敗残兵が疎まれていた時代なので、
村人からはまともに口を聞いてもらえず、父からは兄伝いで遺産を一切渡さないと告げられるなどの酷い扱いを受ける。
その実GHQのスパイとなっており、様々な事件で暗躍。
お涼殺害を切っ掛けに行方をくらました後、『祐天寺富夫』と名を偽って自身の暴力団組織『桜辰会』を成長させ、政界を裏で牛耳ることになる。
自分のせいで幼い奇子の人生をねじ曲げてしまったことを後々まで後悔しており、名を変えた後も彼女に仕送りを続け、その事がきっかけで後に奇子と再会している。
再会後は歪んでしまった奇子を治すため(表向きには自分の女と偽って)傍に置き、また過去の罪や故郷の家族との関係も清算しようとするが…。


・天外奇子(あやこ)

ヒロイン。
物語登場当時四歳。
作右衛門と'ゐば'との間の子とされているが実はゐばではなく'すえ'の子である。
仁郎が証拠隠滅をしていたところを見てしまったため口封じのため地下に幽閉されてしまい、
まともな教育も受けられないまま20年以上も地上に出ることすらなく生活していた。
幼い頃に作右衛門とすえの性行為を見ており、さらに伺朗から教育がてら支給されていたエロ本を見て感情が高ぶり、
初潮後起きた事件の後異母兄の伺朗と肉体関係を持ってしまう。手塚ェ…
27歳になって漸く外に出られたが、その頃には暗い箱の中でしか落ち着けず、気に入った男にすぐ性行為を求めてくるなど人格や価値観が大きく歪んでしまっていた。
スタイルのいい巨乳で美人。


・天外作右衛門(さくえもん)

天外家当主。
非常に傲慢かつ冷酷な性格をしている。
性に関してかなり奔放というか節操がまるでなく、あちこちの女に手を出していた最低野郎。
お涼や奇子はそれによって産まれた子である。
息子娘には基本薄情だが奇子のみ溺愛しており、奇子の幽閉もほとぼりが冷めるまでのせいぜい数年くらいで済まそうとしていた。
しかし奇子の幽閉を解く前に脳卒中を発症して植物状態に。意識を取り戻さないまま彼女の幽閉から十一年後に死亡した。
作右衛門の発病後は長男の市郎が天外家の権力を完全に握り、奇子を憎む市郎によって幽閉措置は作右衛門の死後も続いていくこととなる。


・天外ゐば

作右衛門の妻。
昭和初期では典型的な滅私奉公タイプの妻で、身内の度重なる暴挙にもほとんど口出ししない。
だがそれゆえに良くも悪くも大きい事件には巻き込まれずに済んでおり、最後まで無事で終わった。


・天外市郎(いちろう)

天外家長男。仁郎の兄。
父にそっくりな容姿で性格もよく似ている。
遺産相続目当てで作右衛門に嫌々すえを差し出したことから、奇子を憎み虐待していた。
奇子を地下に幽閉することを思い付いたのは市郎である。
後に父に遺産の約束を反故にされていたことを遺言で知り、腹いせにすえを殺害した。
妻すえや奇子の扱いの酷さは下衆としか言い様がないが、一方で当主としては気の小さい姿も見られ、ある意味では絶対権力者の父に振り回された被害者かもしれない。


・天外すえ

市郎の妻。奇子の実の母親。
舅である作右衛門に体を求められ、夫の市郎は遺産を得るためにそれを止めず、そうして産んだ奇子に母として振る舞えない三重苦に嫌気が差していた。
作右衛門の死後、遺産を貰って奇子と家を出るつもりでいることを市郎に告げ、遺産を得られなくなると焦った市郎に殺害された。


・天外志子(なおこ)

天外家長女。
気丈で家族思いのいい子。
恐らく天外家唯一の常識人。
家族に隠れて共産主義(アカ)の集会に参加していたことを仁郎に知られてしまい、作右衛門に半ば勘当に近い形で家を追い出された。
自分の恋人である江野を仁郎が殺したことを知り、憎悪する。


・天外伺朗(しろう)

天外家三男。
正義感が強く頭がきれ、奇子の幽閉に唯一強く反対していた。
しかしその正義感は時に暴走し、独善的かつ頑固と言える性分も持ち合わせており、正義でもどうにもならない世界を知ってから諦観していく。
奇子に迫られて一度きりとして関係を持ったが、その後も関係を続けやがて異母妹である奇子を愛するようになる。
そのことを市郎や後述の下田波奈夫に叱責されても「天外家自体みんなクズだから」「天外の汚物をひっかぶったごみ箱がおれだ」と開き直った。
結果的に共依存&独占的かつ危ないものにはなっても奇子と一番通じ合っていたことは確かだが(なので奇子が旅立っても慌てずに帰ってくるのを待っていた)、
ラストでは奇子への愛情と正義感の暴走が重なってとんでもない行動を起こし、天外家は滅亡への一途を辿ることとなった。


・お涼

天外家の小作人の子。天外家には女中として仕えている。
実は作右衛門の子なのだが、知的障がい者である故か全く愛されておらず邪険に扱われている。
あまり口が聞けないが明るい元気な性格をしており、奇子の遊び相手だった。
仁郎の犯行を目撃してしまったが為に、喋らないと約束したにもかかわらず口封じで殺されてしまった。

・山崎

村医者。
天外家とは親戚関係にあり、奇子の幽閉に協力した。
閉じ込められているのをいいことに奇子を襲おうとしたクズ。


・下田警部

江野殺害事件当時から仁郎をマークしていた刑事。
本作の主要登場人物では彼のみスターシステムが採用されている。


・下田波奈夫(はなお)

下田警部の息子。
ひょんなことから奇子と知り合い、いきなり性行為を強要されて関係を持ってしまった。
仁郎と父の計らいで奇子と同棲することになり、彼女に惹かれていく。


◆余談

手塚治虫先生は本作のイメージとして「日本の戦後史の中で『カラマーゾフの兄弟』のような家族の人間模様を描きたかった」と語っている。

本作はもっと長編にする予定であったが、手塚先生曰く「やむを得ぬ事情」により1年半で連載を終了することとなった。
一応完結はさせたものの手塚先生には続編製作の意欲があり、物語は奇子のその後の人生を追って発展する予定だったという。
しかし残念ながら続編が描かれることなく手塚先生はこの世を去ってしまった。手塚先生…
また初出版ではエンディングの顛末が異なり、現行版の惨事エンドではなく、まだ救いのあるものだったという。
連載の際に担当編集者がしつこくタイトルの変更を手塚先生に迫っており、手塚が訳を聞いたところ
あやこという名前が編集者の妻の名前と一緒だったから」という。
手塚先生ェ…

本作の登場人物である天外市郎はスターシステムとしてデザインを流用され、『ブラック・ジャック』31話「ある教師と生徒」では口汚い小学校教師として登場。
暴力を嫌い、生徒を言葉で打ち据えることで反省を促すという教育方針を貫いていたが…?



追記・修正は二十年間部屋に引きこもった人がお願いします。

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最終更新:2024年04月03日 00:46