ドルチ ~ダイ・ハード・ザ・キャット~

登録日:2018/06/23 Sat 16:15:56
更新日:2024/07/17 Wed 19:09:40
所要時間:約 6 分で読めます








A wrecked yacht in the midst of the ocean -
(だだっ広い海のど真ん中で浮かぶヨットの残骸―)

This odd and extreme situation has started to deprive a man and his cat of their sanity…
(この奇妙な極限状態は男と彼の猫を狂気へと誘っていった…)



『オールマン』1996年11号・12号に掲載された荒木飛呂彦原作の前後編の短編漫画


後に「短編集 死刑執行中脱獄進行中」に収録された。





暗礁に激突し、転覆した船の中には、ヨットの操縦者だった愛子雅吾と彼の飼いであるドルチ、そして溺れ死んだ雅吾の彼女がいた。
事故から6日、無線が水でぬれて壊れており一向に助けの来ない状況で彼らは飢えに苦しんでいた。
食料が尽きてからの5日間、彼らは何も食べていなかったのだ。


そんな極限状況は彼らを狂気と闘争の渦へと引き込んでいく…。



◆登場人物


  • ドルチ
本作の主人公。
ブリティッシュ バイカラー ショートヘアの雑種で3歳の雄猫。
作中での雅吾の発言から元は捨て猫だったと分かっている。
飢えを満たそうと、蓋のされた水のボトルを爪を器用に使って開けたり真砂の言葉を理解して行動するなど、かなり知能が高い。
始めは普通の姿だったが途中から雅吾が作った衣装を身にまとっている。



  • 愛子雅吾
ドルチの飼い主で32歳の一級建築士。
船の事故で助けが来ない状況から頼りない感じで泣いたり、ドルチを可愛がったりという行動をしていたが……。



  • 雅吾の彼女
登場時には既に死んでおり、雅吾が名前を思い出そうとする台詞があるだけで本名等は明かされない
雅吾にヨット航海をせがんだ張本人で、彼女が外で着替え始めた様子に雅吾が気を取られた結果今回の事故が起きたらしい。








以下ネタバレ注意。



ヨットの中のソファから飴玉を発見したドルチ。
雅吾はそれを奪い取って食べようとするも、ドルチも食べようと縋りついてくる。


そこで「サイコロ2個を振って、大きい出目を出した方が飴玉を食べられる」という勝負の条件を雅吾が提案。
さっそく雅吾はサイコロを振り、6と5、合計11を出した。勝ち誇った表情でドルチに降るよう促すが、ドルチもサイコロを振り2つとも6、合計12を叩き出した。


自分で提案した勝負で負けた雅吾(そもそもキャンディも自分で見つけたものですらない。)は見苦しくいちゃもんを付けて、キャンディを食べてしまおうとするが、ドルチは口に入りそうになったキャンディを奪ってボリボリと食べてしまった。


怒った雅吾は「ドブチ」と罵りながらドルチに襲いかかるが、その過程で割れたヨットの窓ガラスの破片で腕を負傷。流れ出る血を美味しそうになめ始めたのだった。


が、雅吾は異変に気が付く。
先ほどまであった彼女の死体がないのだ。


その理由は明快。サメが彼女の死体を持ち去っていったのだ。


が、僅かに残っていた彼女の足の一部を見て雅吾は泣き始めた。



「うっ… ううう~~う どうしよおぉぉぉぉぇ」


「無線がなおらなかったら彼女で『元気』つけようと思って……


溺れ死にさせておいたのにィィィィ


「足の破片しか残ってねェェェェェ―――ッ!!」



実は彼女を溺れ死なせたのは他でもない雅吾本人で、その理由も無線が直らなかった場合の非常食にする為だった。
その理屈ならドルチも非常食用に殺されていておかしくない筈だが……。


そんな彼の姿をドルチは何も言わずにマストの上から見ていたのだった。






以下更なるネタバレ注意。









雅吾は彼女がいなくなったのはドルチに構っていたからだという理由でドルチを逆恨みし、今度は彼を殺して食べようとする。



怒りと憎悪に満ちた表情からいきなり不気味な笑顔になって「仲直り用」と称して冒頭でドルチが飲んでいた水のボトルを片手にドルチにマストから下りてくるよう要求。

しかしドルチも彼の考えに既に気付いており、降りてこようとしない。


しばらく睨み合う両者。
痺れを切らして激昂したのは雅吾の方で、隠していたナイフを持ってマストを伝って自分から彼の方に行こうとするが、ドルチより遥かに体重のある雅吾がマストに寄る事で船はさらに傾く。もしに落ちればそこはサメの群れ。


結局ドルチに近づけないと悟った雅吾は「根比べ」を始めた…。




一方ドルチの側も雅吾が自分の側にやってくる心配はないとはいえ、マストの先にいつまでもいては餓死してしまうため、余裕があるとは言えない状況だった。
根比べの最中ドルチは一度マストで眠るのだが、ふと目が覚めると眠る前までマストの中央位置辺りにいた雅吾の姿がない。


よく見ると奥の方にナイフを持った雅吾の手が見え、近くには水が置いてあった。


怪訝に思いつつも直射日光を浴び続けて喉の渇きがかなり来ていたドルチは水を取ってすぐにマストに戻ろうとそっとマストから降りていく。
しかし…。



「計算してんのか?」


「素早い自分が『水』をとってマストに逃げられるかどうかを…!」





ここで手前のヨットの部屋の窓からいきなり雅吾が現れ、ドルチの首にロープをかけた。


雅吾の手は自分の左手の指を切り落としてナイフを持っているように見せかけるためのフェイクだった。


某吸血鬼の様な叫びをあげながら雅吾は勝利宣言。ドルチに噛み付くのだった。


上記の雄叫びをあげたり、ドルチを食おうとする彼の顔はもはや人のそれではない*1



万事休すかと思われたドルチだったがここで…。



「そんなに……まで……オレを食いたいのなら……」


もっと食わしてやるぜ………



突如ドルチは人の言葉を喋ったのだ
そして逆に自分から彼の口の中に飛び込み、喉の方へと入っていく。

突然のドルチの言葉に驚いた雅吾は「自分は正常」としながら彼の攻撃を「喰らった」。
*2


そして彼の喉に入ってきたドルチは爪で彼の喉を切り裂いて脱出
そんな攻撃を突然受けて平気でいられるわけもなく、雅吾は海中へと落ちていったのだった。
そしてそのヨットに海鳥の群れがやって来て……。




場面は変わり、空中。そこには雅吾があれほど待ち望んでいた救助隊のヘリコプターが飛んでいた。
しかし搭乗員は空中からヨットを発見できず、本日の捜索を終了して帰還する事を無線で伝えていた。
そんな所、搭乗員は下を飛んでいた海鳥の群れの中から衝撃的な光景を目撃する。


何とドルチが海鳥にまたがる事で海を渡っていたのだ。


しかし、搭乗員はそれを見間違いと判断し、報告を終えて帰還していったのだった…。




◆余談

あとがきにて荒木氏は本作品の執筆当時の猫好きの編集担当者が「猫は心の希望」と言ってきたことに対して、「でも、アンデスの山中で遭難したら、食べちゃうよ、きっと」という意地悪な返しをしたことで生まれたと振り返っている
実際作中の雅吾がとった行動はまさにこのやり取りそのものである。




い、いま……こい…つ なにか『追記・修正』したか…


い…いや 気…のせいだ …オレの頭は…はっきりしている………



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最終更新:2024年07月17日 19:09

*1 ついでに「おめーの血はオレのものだァァァァァァァァァアア―――――――ッ」と言っており、どうやら腕の血をなめた時の感覚に文字通り「味を占めた」と取れる描写もある。

*2 読者の目線から見れば明らかに正気とは思えないような状態なのである種滑稽にすら感じる。