ヒラニヤカシプ(インド神話)

登録日:2019/03/15 Fri 03:09:11
更新日:2025/06/22 Sun 20:17:36
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■ヒラニヤカシプ

『ヒラニヤカシプ(Hiranyakashipu)』とは、インド神話に登場してくる強大なアスラの一人。
『バーガヴァタ・プラーナ』にて言及される、インド神話に於ける代表的な魔王の一つである。

創造神ブラフマーの孫である聖仙カシュヤパと大女神ディティーの子であり、血族であるダイティヤ族の王となった。

名の意味は金の衣を着るものとされ、
双子兄弟に『ヒラニヤークシャ(Hiranyāksha)』=金の目を持つものが居る。


【神話】

嘗て、アスラの起こした洪水によって大地が水に沈みかけたことがあった。

これに対し、光明神ヴィシュヌは第3のアヴァターラ(権現)・巨大猪(ヴァラーハ)を遣わせて大地の引き揚げに向かい、その首謀者であった前述の魔王ヒラニヤークシャを討ち取った。

兄弟の死に際して、怒りに燃えるヒラニヤカシプは、ヴィシュヌ打倒の苦行を開始。
マンダラ山の洞窟に籠り、遂には骨以外の肉体を蟻に食われるまで蟻塚に立ち続けるという常識外れの苦行が曾祖父であるブラフマーという名のPARに届き、肉体を再生してもらうと共に、自らが望む祝福(改造コード)を受けることになった。
その祝福とは

『神にもアスラにも、人にも獣にも、昼にも夜にも、家の中でも外でも、地上でも天上でも、そしてどんな武器にも殺されない』

という、無茶な代物であったが苦行の対価としてヒラニヤカシプの願いは叶えられ、これによって、ただでさえ強大な魔王はインドラのヴァジュラ(雷霆)さえ受け付けない存在となったのである。

この力を使い魔王は三界の支配に乗り出し、インドラの宮殿を乗っ取ると、民には神々への礼拝を禁じて己を讃えさせた。(オーム・ヒラニヤーナ・ナマハ)

…しかし、よりにもよって魔王の息子プラフラーダは熱狂的なヴィシュヌ信者であり、更にはヴィシュヌを讃える説話を喧伝しまくった。



王子であるプラフラーダの言葉ということもあってか、ダイティヤ族の若者達にも熱狂的なヴィシュヌ信仰が広がっていく。
これを不味いと思った魔王は息子の暗殺を計画するが、何故だか不思議な運*1が働いて王子は生き残ってしまった。*2

遂に、我慢ならなくなった魔王は王子の直接の説得に乗り出すのだが、ヴィシュヌ信仰に侵されている王子は全く話を聞かない。

ヴィシュヌが全次元、全空間に偏在している全能の存在であるという、量子論とか噛ってる奴が反応しそうな屁理屈を捏ねる王子に対して、いい加減にイライラが募った魔王はこんなことを言う。

ヒラ「お前の言うことが本当ならこの柱の中にもヴィシュヌは居るのか!?」

プラ「もちろん居ます!」

この返答についにキレたヒラニヤカシプが、
お前のような嘘つきは首をはねてやる!!」と柱を叩くと、熱狂的信者の為に秘かにサプライズ出待ちをしていたヴィシュヌが、神でも人でもない第4のアヴァターラ人獅子となって飛び出した。

プラ「あ、あれは! ヴィシュヌさんの48の魔神殺しの一つ『ナラシンハ』だー!」

盛り上がる王子とは対照的に、居並ぶ魔王配下のダイティヤ族とダーナヴァ族*3金色に輝く眼、眩いたてがみ、恐ろしい歯、剃刀のような舌、山の洞窟の如き裂けた口と鼻の孔を持ち、顎は割れ、その身体は天まで届き、太く短い首と広い胸、細い腰を持ち、月光のように白い毛で全身が覆われ、四方に伸びる数多の腕には鋭い爪を持つ恐ろしい人獅子の姿に怯えて逃げ出した。

魔王は、自ら武器を取って人獅子に向かうものの……。

  • 『地上や空中では倒せないよ?』
じゃあ、そのどちらでもない相手の膝の上で殺ればいいじゃない!

  • 『武器が通じないよ!』
じゃあ、武器じゃなくて鋭い爪で殺ればいいじゃない!

  • 『昼や夜じゃだめなんだよ!?』
どっちか微妙な日没に殺ればいいじゃない!

  • 『家の中や外じゃ殺せないんだよ!』
玄関は人によって基準が変わるからどっちか分かんねぇよなぁ!?


…と、絶妙のタイミングと屁理屈を駆使して「いつ殺るの? 今でしょ!!」とばかりに腹を割いて始末したのだった。


プラ「ゴートゥ VSN!ゴートゥ VSN!」




膝の上というのが、解りにくいがシャイニング・ウィザード方式で殺られたのだとか考えられている。
また、これを顕した図像では反対にナラシンハが自らの膝の上にヒラニヤカシプを乗せて腹を割いている姿が描かれており、画家の苦労が窺える。


【余談】

  • 以上の神話から、単独でも非常に人気のあるナラシンハ(ヌリシンハ)だが、シヴァ派によってヒラニヤカシプを倒した後もエヴァの如く暴走状態となっていたのを、人獅子よりも更には恐ろしい怪物へと化身したシヴァに倒されたとする説話が付け足されたりもしている。…まあ、お互いにそんな後付けを重ねて地位を作ったのがヴィシュヌでありシヴァなのだが、それを許容されるほどに人気があったのである。ブラフマー涙目。

  • プラフラーダがヴィシュヌを信仰する理由について「ヒラニヤカシプが修行中に、神々はヒラニヤカシプの自宅を襲撃したが、プラフラーダを妊娠中だった母をヴィシュヌが見逃したから」とするエピソードがある。……あのこれマッチポンプでは?

  • 大叙事詩『ラーマーヤナ』の敵役である羅刹王ラーヴァナの前世であるとする説もある。この説によれば、元は神の一人でありながら罪を負った彼は『贖罪として、十の転生の内の三度はヴィシュヌの敵として生まれ変わり、その度に殺される』ことを選択して転生に入ったという。*4その一度目がヒラニヤカシプで、二度目がラーヴァナ三度目がシシュパーラであるといい、それぞれにヴィシュヌの化身であるナラシンハ、ラーマ王子、クリシュナに倒されている。
    • 『三度ヴィシュヌの敵として転生するか、七度ヴィシュヌの信仰者として転生するか』の二択で「ヴィシュヌの側を離れていたくないから」という理由で前者を選んだとする説もある。

  • 父が倒された後で王となり、反対に一族をヴィシュヌの加護で繁栄させたプラフラーダの子としてヴィローチャナが、孫にバリが生まれている。バリは曾祖父の失敗からか改造コード無しの純粋な修行により父の敵となった神々を打倒しており、ヴィシュヌも頓知を用いてしか支配を取り戻すことが出来なかった。三界の支配も善政であり人格者であった為にマハーバリ=偉大なるバリと讃えられる、アスラ族でも最良の王となっている。



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最終更新:2025年06月22日 20:17

*1 ヴィシュヌの加護が働いたお陰とのこと。信仰大事。

*2 これに腹を立てたヒラニヤカシプに追い出されてしまい、これ幸いにと後は師の下で修行に励んだとする説話もある。

*3 カシュヤパ仙と女神ダヌより生まれた血族。ダイティヤ族の従兄弟となるが記述には混同も見られる。

*4 だが、汚名返上の為に七度はヴィシュヌの味方となれるように願った。