激突!(映画)

登録日:2020/6/15 (月曜日) 22:25:10
更新日:2025/01/30 Thu 17:26:19
所要時間:約 10 分で読めます




誰だ?誰だ?…

概要


殺人鬼が駆る大型車に煽り運転で付きまとわれるセールスマンの恐怖を描いた名作。
原題は『DUEL(決闘)』。
アニヲタ的には「ジョジョの奇妙な冒険のあるエピソードの元ネタ」と言った方が分かりやすいだろう。

リチャード・マシスンの原作小説を映画化し1971年に公開された、アメリカ製のホラー・サスペンス映画。
現在では深刻な社会問題と化し、日本においては先日厳罰化された「煽り運転」をテーマにした映画。
ホラー特有のバケモノなどは一切出てこない上に使われるガジェットがどこにでもある自動車、キャラクター像も主人公以外はまったく掘り下げられない上にその主人公さえ「くたびれたサラリーマン」ということを知っておけばいいので、身近な恐怖感だけをふんだんに楽しめる傑作。

この映画のヒットによって、後に殺人鬼と車の映画、有名な物に『ロードキラー』や『ヒッチャー』などが乱発されることとなる。近年ではトランスフォーマー(実写版)の一部シーンもこの遺伝子を継いでいると言えるかもしれない。
また、作品全体から漂う露骨な低予算感もたまらない。ほとんどのシーンが不快そうな砂漠の中での爽快感のないカーアクション、しかもBGMもほとんどないのだが、それが逆にイヤなリアリティを伴う焦燥感や不安をかきたてるというすさまじい映画。
CGや特殊効果というものもまったくないことがむしろ「真に迫った恐怖感」「等身大の焦燥感」へとつながり、見ているだけで脂汗が出てくる。

監督は若手・無名時代のスティーブン・スピルバーグであり、この映画はたびたび「無名時代だがその天才の片鱗がすでに見えている」という文脈で紹介される。
当人が電話ボックスにカメオ出演していることや、途中で登場する害虫駆除業者の名前にアナグラムが使われているなどの小ネタでも知られている。
この映画の4年後にあの「ジョーズ」が封切りされ、さらにその後「未知との遭遇」「1941」などで名監督として名をはせていくようになる。

ニコニコなどでチェイスシーンが違法にアップされると「携帯電話で電話しろ」などのツッコミ待ちのコメントが流れるのがお約束。
+ 以前この記事には「マジレスすると普及していなかった」という注釈がついていたが、実はこの「普及していなかった」という方がツッコミ待ちである。
1970年代には、携帯電話は普及はおろか、現在我々が考えるような「携帯電話」自体が存在しなかった。それどころか家電の子機さえなかったはず。
一応「自動車電話」というものがあったが一般的な家庭においては高価で手が出ないというよりも「そもそも不要」なものであり、ほとんどの作品(特にミステリ)においてもその存在は黙殺されている。
今でこそ携帯電話が全人類必携の品物のようになっているが、それは2010年代以降のこと。普及自体は2000年代に急速に進んだが*1、その時期に書かれた作品では「携帯電話嫌いという設定で携帯電話を所持させず、キャラクター同士のすれ違いのシーンを増やす(冬目景の「イエスタデイをうたって」など)」という手法を取るものも決して珍しくなかった。

また、後述するあらすじから考えても、携帯電話があったところで連絡先が親身になってくれるか、なってくれたとしてもそれまで生き延びられるかはだいぶ怪しい

あらすじだけを書くと陳腐に見えるかもしれないが、まぎれもなく唯一無二の名作。機会があれば一度見てみよう。
自動車の運転経験がある人、特に現在免許講習中の人などは、二度と見たくなくなる名作という一見矛盾した評価を下すはずだ。


物語


くたびれた中年セールスマンのディヴィッド・マンは商談のために、くたびれた愛車でカリフォルニアに向かっていた。
非常に年季の入った車で、作中冒頭で立ち寄ったガソリンスタンドでもラジエーターホースの劣化を指摘されていたが、マンは「どうせセールス目当ての脅し文句だろう」という雰囲気でそれを聞き流してしまう。
マンはその途中、目の前でノロノロ運転をするトーレーラータンクローリーを何気なく追い越すが、突然、トレーラーがマンを追跡し始める。
追い抜いた後に手を出して「先に行け」という合図をしたら目の前に大型トレーラーが走ってきて激突しかけたり、踏切の通過待をしているところに追突して電車と衝突させようとしたり。
一度でも冗談では済まされないレベルの事故未遂を執拗に繰り返され、マンは次第に憔悴していく。

「何故こんなことをするんだ?
 ちょっと追い抜いたことくらいしか心当たりがないぞ?
 運転手は誰なんだ?」

しかも折あしくラジエーターホースのオーバーヒートによって自動車は速度が落ちてしまい、このサイコ殺人トレーラーからは逃げられない。
もちろんまともにやりあえば力負けは必至だし、この時代の電話はかけるのに時間がかかるのでその間にトレーラーが突っ込んでくる始末。
他人に助けを求めても、くたびれた中年男性が「心当たりがないのにトレーラーに追われて殺されかけている」なんて言っても信じてくれる人はいない。
平々凡々な人生を送ってきたマンは、孤立無援の砂漠地帯で、目的の分からない殺人トレーラーと対峙する羽目になる。
彼は生き延びることができるか…?


登場人物


デイウィッド・マン
演:デニス・ウィーバー
本作の主人公でどこにでもいる中年サラリーマン。
妻との関係は冷え切り、ダイナーの老人二人とガソリンスタンドのばあさん以外は誰も心配せず助けてもくれないほど人望もない、くたびれた寂しい男である。
本人も良心はあるが冷めた性格である。

くたびれたプリムス・ヴァリアントで商談に向かうが、恐怖体験をすることに。

「誰だ?誰だ?・・・」

トレーラーの運転手
演:キャリー・ロフティン
本作の悪役であり、正体不明の殺人鬼。自分を追い抜いたマンを錆びついたピータービルト281で執拗に追跡し、あの手この手を使って殺そうとする。
直接カメラに映るのは手脚くらいで、人となりについての描写も一切ないが、マンを追跡する姿からは尋常でない殺意を窺わせる。
いったい彼は何者なのだ?という答えは最後まで明かされない。

+ 作品を台無しにするレベルのネタバレ注意
劇中では追い抜かれたのに腹を立てているだけのようにも見えるため恐怖感が増すのだが、同時にそんなことのために執拗に殺そうとするという異常さが際立ちすぎていて、視聴後も釈然としない。
そのため当然正体を求めるのだが、その正体を知ると陳腐になってしまうという好例。「恐怖とは正体が分からないから恐怖である」という最たる例のひとつだろう。
それでもよければこの先をどうぞ。







裏設定によれば「自分を追い抜いた車をターゲットにして狩る」という殺人ゲームを行っているシリアルキラー。つまり自分が楽しいから殺人を行っており、マンが偶然ターゲットに選ばれたというだけ。
トレーラーにいくつも飾られているナンバープレートは、彼が狩った相手のトロフィーのようなものだった。
原作小説では「ケラー」という本名が発覚する*2他、マンが顔をはっきり見ている点が異なる。

最後はマンの決死の策に嵌り、崖下に転落して愛車ごと爆死。マンは一時の勝利感に酔うが、その後「何も得るものもなく、商談もふいになっただけだった上、これから夜になって寒くなる砂漠で足を失ってしまった」という現実を悟り、その喪失感でいじけてしまう。
狂人に絡まれても損失ばかりでいいことなんて何一つとしてない、というむなしさは、現実における煽り運転やマナーの悪い不良少年、インターネット上で誹謗中傷を繰り返している荒らしなどに対しても言えることである。


演:ジャクリーン・スコット
マンの嫁。
嫌味を言うだけの存在で、マンが孤立無援であるという演出に一役買っている。

クソガキども
スクールバスが路肩に止まって困っていた子供達。助けようとするマンに罵倒と罵声を浴びせる。
観客によってはトレーラーよりクソガキ共に怒りを覚えた方のが多いとか。
マンが悪い人間ではないが孤立無援であるという演出に一役買って(ry

ガソリンスタンドのばあさん
演:ルシル・ベンソン
マンがガソリン補給と通報の為に寄ったガソリンスタンドのばあさん。
マンに結構優しくしてくれたが、その優しさがかなり的外れなのでマンに頼れる味方がいないという演出に一役(ry
トレーラーにより電話ボックスを壊された上に商品のガラガラヘビは逃げ出し、とばっちりで大損害を被った。最後もガラガラヘビについて激怒している始末。
因みにばあさんの店では上述のガラガラヘビに加えて野生のジャッカルもペットにしているが、いいのだろうか?・・・。


余談

劇中の途中で飲食店でマンが「誰だ?誰だ?…」と客の風体から誰がトラック運転手なのか探るシーンは
黒澤明監督の1949年の映画『野良犬』で刑事が犯人を逮捕するクライマックスシーンが元ネタ。

今作は日本でも何度かオマージュが捧げられており、例を挙げると『ルパン三世 ルパンVS複製人間』にはルパン一味が巨大トレーラーに追い回されるシーンが存在し、ご丁寧にもルパンたちの乗ってる車の色やトレーラーの末路まで共通している。

1990年代初頭には漫画『ジョジョの奇妙な冒険 Part3 スターダストクルセイダース』の運命の輪戦にてパロディされている。
カーアクションはもちろん、客の中からスタンド使いの正体を探るシーン、戦っている最中は腕しか見せないなど元ネタを非常に多く拾っているが、こちらは主人公一味が最強クラスのスタンド使いの集まりということもありギャグに近い仕上がりになっている。



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最終更新:2025年01月30日 17:26

*1 名探偵コナンの例が分かりやすい。初期では「携帯電話を小学生が持っていると怪しまれてしまう」というカムフラージュも兼ねて登場していた「イヤリング型携帯電話」はいつの間にか普通の携帯電話に変化し、それが2台持ちやスマートホンへと変わっていく。漫画とは所詮娯楽なので、読者が理解できるレベルのことしか描けない。そのためそのシーンが少年サンデーに連載された日時と比較してみると、携帯電話という文化の普及を調べる際の参考になるというわけだ。

*2 運転席のドアに書いてあり、マンはこれを一瞬「キラー(殺人鬼)」と誤読して動揺している