ファーゴ(映画)

登録日:2022/03/10 (木曜日) 10:17:02
更新日:2025/01/09 Thu 15:21:00
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人生はおかしくて、哀しい



『ファーゴ(原:Fargo)』は、1996年3月8日(日本では同年11月9日)に公開されたジョエルとイーサンのコーエン兄弟による米国(米英合作)のサスペンス映画。

主演*1はフランシス・マクドーマンド。
後に米国の演劇三冠*2全てに輝く等、キャリアの中で数々の栄誉を受けることになる彼女にとっても初のアカデミー主演女優賞を獲得する記念となった作品であり、名実共にコーエン兄弟の代表作の一つである。

他の出演者はウィリアム・H・メイシー、スティーヴ・ブシェミ、ピーター・ストーメア、等。

コーエン兄弟の得意とする(狂言)誘拐をモチーフとした作品の一つで、雪に閉ざされた寒そうな地を舞台に全編に渡ってシニカルで乾いた笑いを交えながらも事件に関わる人物達の悲喜劇を多角的、且つ坦々と切り取るように描いている。
その内容からブラックコメディ(的)とも紹介されているが、映画のアイディアとなった“ヘラ・クラフツ事件”*3に倣った残酷な遺体処理方法や無慈悲に行われる不条理な殺人…等のショッキングなシーンも少なくないためかR15+指定がされている。

タイトルの“ファーゴ”とはノースダコタ州のミネソタ州境にある都市の名前である。
しかし、映画は基本的にミネソタ州の“ミネアポリス”と“ブレーナード”が物語の舞台となっており肝心の“ファーゴ”はオープニング部分にしか出てこない。
……にもかかわらず“ファーゴ”がタイトルとなったのは、コーエン兄弟曰く“ブレーナード”とするよりは面白そうだと思ったからとのこと。

元々“玄人好み”で批評家には高い支持を受けてこそいたものの一般層へのウケが悪く、
『赤ちゃん泥棒』以外には明確なヒットに恵まれていなかった当時のコーエン兄弟の作品としても例外的に大ヒットを記録し、北米だけでも2,400万ドルもの収益を挙げている。
これを受けて同年の第69回アカデミー賞では7部門にノミネートされており、前述の主演女優賞の他、脚本賞の栄誉も獲得している。

また、当の日本では殆ど知られていない事柄として、2001年に映画の題名となっている“ファーゴ”に程近い場所にて、東京からやって来ていた日本人女性の変死体が見つかった事件と本映画が伝聞で関連付けられたことにより“コニシタカコの自殺”と呼ばれる都市伝説が生まれている。


【あらすじ】

──1987年のミネソタ州ミネアポリス。
義父の経営する自動車販売店で営業を担当するジェリーは、個人的に重ねた借金に悩んだ末に妻ジーンの狂言誘拐を計画。
実行犯として、自社の整備工場で働く仮釈放中のメカニックのシェプから刑務所仲間のゲアというチンピラを紹介してもらう。

約束の時間に待ち合わせ場所のノースダコタ州ファーゴのバーに着いたジェリーだったが、そこには話に聞いていたゲアの他に相棒を名乗るカールという口数の多い珍妙な顔をした男が居り、一方的に遅刻だと告げられてしまった。

…嫌な予感を感じつつも“商談”を開始したジェリーは身代金として要求する予定である8万ドルの山分けと、約束通り前金として会社から非正規の方法で持ち出してきた新車(茶色のgmcシエラ)を渡して一先ずの約束を取り付ける。

……ジェリーが自宅に帰ると、そこに居たのは自分の雇い主であり件の狂言誘拐を仕掛ける相手でもある義父のウェイド。
ウェイドに対して以前から話していた駐車場経営のサイドビジネスへの資金提供をそれとなく窺ってみるも案の定で快い返事はもらえなかった。

更に忸怩たる思いを抱えることになったジェリーだったのだが、数日後にはまさかのウェイドからの資金提供の了承の電話が。
舞い上がったジェリーはカール達に狂言誘拐の中止の連絡を入れようとするが、中継ぎをしてくれたシェプには連絡は取れないとして断られてしまう。
約束の時間が迫っていたことから、誘拐の中止を告げられなかったことが気にはなりつつもウェイドのオフィスへと向かうジェリー。
……そして、駐車の投資の件でもウェイドはジェリーの思惑に反して資金提供ではなくジェリーのアイディアを“買い上げ”て自らが新事業として駐車場経営をするつもりであることを一方的に告げ「手数料を提示しろ」と言い放つ。
反論しようとするジェリーだったが、危惧していた通り会社の相談役で計理士のスタンからも「担保も無しに君に金など出せない」と断られてしまう。

……常日頃から感じていた“自分が義父から全く評価されていない”という事実を改めて突き付けられる形となり、大きなショックを受けると共にやり場のない怒りに身を焦がすジェリー。
何とか自分を落ち着かせてジーンに頼まれていた買い物を済ませて自宅へと帰るが、ジーンはジェリーがウェイドのオフィスに行っていた間に予定通りカールとゲアに誘拐されてしまった後だった。

……一方、歯車が狂い初めていたのは実行犯であるカールとゲアも同じだった。
すったもんだの末にジーンを自宅から連れ出すことには成功はした二人だったが、ジェリーが正規な方法で持ち出してこなかったシエラにはナンバープレートが付いておらず、カール達もそれを放置してディーラープレートを付けたままで走っていたのを巡回中のパトカーに見咎められて職質を受けるハメとなったのだ……誘拐をしている途中である今になって。
何とか穏便に切り抜けようとしたカールだったが、カール達の態度や車内の様子に不信なものを感じた警官が車から降りるように指示した所で誘拐の発覚を恐れたゲアが突発的に拳銃をダッシュボードから取り出し、警官を射殺してしまう。
更に、後ろからやって来た車に乗っていたカップルに警官殺害の事実を見られたことで追跡してこれも殺害してしまうゲア。

……こうして、管轄であるブレーナードの地元警察署長であるマージは殺人事件の報を聞いて現場へ。
優れた観察眼により事件の起きた状況を殆ど正確に把握したマージは、更に殺害された警官が職質の前に残していた記録から犯人が乗っていたシエラがディーラー店から持ち出された状態だったことにまでにも気付くのだった。

……一方、サイドビジネスを横やりで奪われたジェリーは腹いせだったのか、ウェイドに妻の誘拐の事実を知らせる際に予定の8万ドルならぬ、資金提供として求めていた75万ドルの損失も上乗せした100万ドルを身代金として伝えたが、その額の多さが更なる波乱を引き起こそうとしていた。


……果たして、簡単に済む筈だった狂言誘拐のもつれの行き着く先は……?


【主な登場人物】


  • ジェローム・“ジェリー”・ランディガード
演:ウィリアム・H・メイシー
ミネアポリスにある義父ウェイドの経営する自動車販売店で営業部長を任されている男。
狂言誘拐の黒幕で、一見すると人当たりが好い理知的なビジネスマン風だが個人的な借金返済のためだけに資産家の娘である自分の妻の狂言誘拐を計画したりと本性では思慮が浅くモラルも低い。
野心家ではあるが金儲けの才能は無いのか、本業ですらも顧客からの反応が芳しくなく、冷徹ながら自分とは大違いで有能なビジネスマンである義父からも基本的に眼中には入れられておらず、支援を受けられる所か大逆転のチャンスのあったサイドビジネスも奪われてしまった。(ジェリーに信用さえあれば義息としてもビジネスパートナーとしても重宝されているのだろうが、それに値しないと思われている模様。)
困ったことがあると口先だけで当たり障りのない後の事を考えていない返答をしてしまう癖があるようで、何気ない対応の不味さが後々の大問題のきっかけとなっていることが殆ど。

  • カール・ショウォルター
演:スティーヴ・ブシェミ
狂言誘拐の実行犯となったチンピラの片割れ。
元々のシェプの紹介には入っておらず、ゲアに頼まれて関わることになった模様。
小柄で華奢で小心者だが、無駄に口数が多いのは自らを大物に見せたいと思うがため。
本人は普段の口数の差もありゲアとの関係の主導権を握っているつもりでいたようだが、ゲアが暴走ともとれる行動を見せるようになってからは一方的に面倒事を押し付けられるようになってしまっており、最後にはカール自身もストレスと疲労が溜まった末に身代金の受け渡しの場面にて大きな過ちを犯すことになる。
尚、演じているのが特徴的な顔つきでお馴染みのスティーヴ・ブシェミであるためか、劇中でも人相の話題が出る度に“変な顔”と弄られている。

  • ゲア・グリムスラッド
演:ピーター・ストーメア
狂言誘拐の実行犯であるチンピラの片割れ。
大柄で無口で、何を考えているのか掴み難い性格。
元々、狂言誘拐の実行犯としてシェプに紹介されていたのはゲアのみだったのだが、色々と面倒臭かったのかカールも巻き込んだ模様で基本的に交渉やら運転も任せっきりで、よくよく見ると自分の意見を頑なに曲げようともしない協調性の欠片も無い性格。
実際、本質的には自分自身にしか興味がなく他人の都合も後先も考えていないサイコパスであり、突発的に警官を殺したのを皮切りに最終的に5人もの人間を殺している。
警官とカップルを殺害した後は面倒事の凡てをカールに押し付けており、自分が現在進行形で手を染めている犯罪にも関心があるのか不明という有り様で、最終的にはマージに逮捕されるも警察が動いているという事実にすら気付いていたかどうか(どころか可能性を考えていたか)さえ疑わしい。
余りにも理解出来ない事件と殺人の経緯から護送中のマージに「私には理解できない」と言われてしまう。

  • ジーン・ランディガード
演:クリステン・ルドルード
ジェリーの妻。
資産家であるウェイドの娘とは思えない程に朴訥な性格で、優しく良識的であるのは確かだが切れ者の父親とは大違いの、寧ろ愚鈍にすら見えてしまう程の女性。
この映画では大抵の人物が大なり小なりの“やらかし”をしては、それが後に他人をも巻き込んだ新たなトラブルに繋がっているのだが、その中でも数少ない完全なとばっちり、被害者ポジである。
実際、パニックに陥ると前後の見境が無くなってしまう傾向があり、誘拐の場面では階段から転げ落ちたり目隠しをされた状態で走り回って転んだりと自分で自分を殺しかねない場面が見受けられる。
本来ならば安全に返される筈だったのだが……。

  • スコッティ・ランディガード
演:トニー・デンマン
ジェリーとジーンの一人息子。
出来がいいとは言い難く反抗期も真っ只中だが、ジーンが誘拐されてからは心の底から母親を心配する様子を見せて誘拐を計画した張本人であるジェリーを苦しめる。
ウェイドからは孫として娘であるジーンと共に“絶対に見捨てることのない”対象(ジェリーは除く)となっている模様。

  • ウェイド・グフタフソン
演:ハーヴ・プレスネル
ジェリーの務める自動車販売店の経営者で、他にも手広く事業を手掛けているのか莫大な資産を持つ大金持ち。
……にもかかわらず、娘婿であるジェリーを自動車販売店のトップに据えるでもなく営業部長に留めているのは、単にジェリーの能力の低さを見抜いているからが故だと思われる。
辣腕だが冷徹で強権的で、計理士のスタンを側近として重宝し、2人の前にはジェリーは反論も許されない。
そうした事情もあってかジェリーにとっては正攻法で援助を頼める相手でもないことが狂言誘拐を計画する発端となっていたりと、逆恨みに近い形であるがウェイドもまた混迷する物語の元凶の一人ではある。
狂言誘拐が実行された後、前述のようにジェリーから当初の8万ドルを遥かに上回る100万ドルを身代金として要求されたと伝えられることになるが、その額の多さから自らが受け渡しに行くと言い出してしまい……。

  • シェプ・プラウトフッド
演:スティーブ・リービス
ジェリーの務める自動車販売店のメカニックの一人でネイティブアメリカン系。
ヤクで捕まった後の仮釈放中の身の上であり、ムショ仲間に顔が利くことから狂言誘拐を計画したジェリーから実行犯役を紹介するように頼まれてゲアを紹介した。
本人はゲアのみを紹介したつもりだったが知らぬ間にカールまで付いてきており、狂言誘拐がもつれていく中で自らもマージの訪問を受けて焦ることに。
尚、予定になかったカールの存在をジェリーから聞かされても面倒を嫌がったのか知らないと言っていたが大嘘だったようで、マージの追及を受けた後にカールを襲撃して腹いせにボコボコにした。

  • マイク・ヤナギタ
演:スティーヴ・パク
日系人。マージの学生時代の同級生。
今回の事件に際してTVに映っていたという理由だけで連絡を取ってきて、ミネアポリスに捜査の足を伸ばしていたマージと会うことに。
当初は平静を装っていたが、会話の中で情緒不安定な様子や突然の告白をする等してマージをドン引きさせ、更に後には別の同級生からノイローゼにより数年前からおかしくなっていることと、想い人と結ばれたが死別したなんて話も凡て嘘であるということをマージは知ることに。
……尚、この場面にてヤナギタが見せる“一見すると外向的で人当たりが好いように見せかけて実際には他者の同情を誘って自分を優位に持っていこうとする傾向”は俗的に“ミネソタナイス”と呼ばれる、その名の通りミネソタ州の人間の気質として語られることの多い受動的攻撃性のテンプレを描いたものであるとのこと。(日本で言えばステレオタイプの県民性あるあるといった所で反論や批判も多い。)
一見すると無駄なシーンにも見えてしまうが、上記の事情を知っている人間が見れば物語の中でマージの視点が変わったこと(疑わしいとしか見ていなかったジェリーが似たような傾向にあることを見抜いた。)を示すポイントとなっている。

  • マージ・ガンダーソン
演:フランシス・マクドーマンド
ブレーナード警察署の女署長で、出産まで残り2ヶ月という身重の妊婦でもある。
夫で釣りが趣味の画家のノーム(演:ジョン・キャロル・リンチ)とは学生時代からの付き合いだった模様で現在もラブラブ。
非常に優秀な警察官であり、署内でも彼女より遥かに年上の同僚が居る中でも署長をやっているのは伊達ではなく、自分の目による簡単な現場検証だけでも殆ど正確に事件の状況を把握してしまい、その後の脱線しかけていた捜査の方向性を正しい方向にキッチリと収めてしまった程。
中の人は演じるにあたりミネソタ出身の友人から完璧なミネソタ訛りを会得する等して徹底した役作りを行っており、全体での出番は控えめながら前述のようにアカデミー主演女優賞の栄誉を得ることになった。
また、リアリティーのあるキャラ付けながら、女性(母親)の強さや魅力を凝縮したようなキャラクターとして映画の大ヒットと共にマージ・ガンダーソンの名前は米国の映画史に刻まれることとなり、2003年に開催された“100年のヒーローと悪役ベスト100”ではヒーロー部門で33位と高得点を獲得している。


【余談】


  • 本作のヒットとマージ人気から翌1997年にはドラマシリーズが企画されたが頓挫している。
    尚、パイロット版でマージを演じていたのは『ザ・ソプラノズ』等で有名なイーディ・ファルコ。

  • 2014年からFXチャンネルにて本作に着想を得たリブート、ドラマシリーズである『FARGO/ファーゴ』が放送中。
    内容的にはシーズン毎に出演者もストーリーも変わるというオムニバス形式の犯罪ドラマであり、本作のリメイクではない。

  • 2001年にファーゴより60km程離れた地点で日本人女性“コニシタカコ”が凍死しているのを地元の猟師が発見した事件に際して、遺体が発見される6日前に彼女を保護していた警察官の証言から「彼女は映画『ファーゴ』を現実の事件と思い込み、雪面に隠された100万ドルのブリーフケースを探しに来て死んだ」と報道された。
    …勿論、真相は違っており、そのように言われるようになったのも英語が満足に話せなかった彼女と地元警察官の意志疎通が満足に出来なかったことによる誤解が先走りしたからであり、未だ不明瞭な点は残るものの彼女がわざわざノースダコタ州までやって来ていたことについての調査も行われて噂は間違いだったとされている。(ドキュメンタリーまで制作された。)
    一方で、都市伝説としてこの噂が残った結果、2014年に海外での活躍も多かった菊地凛子の主演により本件を題材とした映画『トレジャーハンタークミコ』が制作される等して好評を博している。

  • リアリティーのある内容をより強く印象付けている映画冒頭の“事実に基づく”という宣言は演出のためのである。




追記修正は100万ドル入りのブリーフケースを見つけた方がお願い致します。

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  • 1996年
最終更新:2025年01月09日 15:21

*1 ただし、本作は群像劇的な要素が強くクレジットでも最初に置かれていない。

*2 映画のアカデミー賞、TVドラマのエミー賞、舞台のトニー賞。…尚、アカデミー賞に至っては主演女優賞に限っても三度も獲得している。おまけに、本作の監督、脚本のジョエルのリアル嫁さんでもある。

*3 パイロットの夫が自らの再三に渡る浮気を咎めた客室添乗員の妻を殺害して冷凍した遺体を木材粉砕機(ウッドチッパー)で微塵にして遺棄したことで有名な事件。