無頼伝 涯

登録日:2022/07/04 Mon 13:24:22
更新日:2024/10/17 Thu 22:06:49
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孤立せよ……!

概要

2000年から2001年まで週刊少年マガジンで連載されていた福本伸行シリーズの漫画。
単行本は全5巻。

『熱いぜ天馬!』から10年ぶりに描かれた少年漫画で、福本作品名物のギャンブルではなく格闘アクションや脱走サバイバルをメインにした異色作。
しかし、『非行少年と矯正』というテーマが児童には重く、少年漫画なのに難解な心理描写を多く盛り込み、話の展開も冗長で遅いことから読者の支持が得られず、わずか一年未満で打ち切られてしまう。

福本自身も「読者の心情が読めなかった失敗作」とコメントをしており、その反省が次作の賭博覇王伝 零の連載で活かされるようになる。

とはいえ、中盤までは確かに冗長だが打ち切りが決まった後半における脱獄からの駆け引きやサバイバル、刑事の推理劇、
クライマックスの展開は銀と金に匹敵するテンポの良さや緊迫感が非常に読み応えのある面白さがあり、その結末も綺麗に締め括られている。

少年漫画としては確かに失敗作」ではあったが「一つの漫画作品としては名作」というのがファンからの認識で、
むしろ「打ち切りになったからこそ物語の起承転結に纏まりがつき、余韻が残る結末となった」と高評価を得る結果となった。
零シリーズは連載こそ長くなったが冗長になり、休載で中途半端に話が中断して評価を落とすのは皮肉と言うべきか……。

あらすじ

児童養護施設を飛び出し、空き家暮らしで孤立無援の生活を送る中学生・工藤涯はある日、陰謀によって資産家の平田隆鳳会長殺人の濡れ衣を着せられてしまう。
逃亡の末、警察に逮捕された涯が冤罪であることを察した刑事の安部守宏はこれをネタに平田家から大金を得ようと企む。
無実の罪を晴らしたい涯と利害が一致した両者はお互いの目的のために協力することになる。

涯は民間の少年院・『人間学園』へと収容され、隙を見て脱獄を図るがそこは絶海の孤島に建てられた脱出不可能の牢獄だった。
脱獄に失敗した涯は『犬の部屋』と呼ばれる拷問部屋で文字通りの四つん這いで犬の生活を強いられる迫害を受ける。

仲間と共に犬の部屋から脱出した涯は自らの無実を晴らす証拠品のビデオを取り戻すために奮闘し、やがて自らを陥れた平田と命を賭して決着をつけることになる……。

登場人物

【涯一派】

工藤 涯
本作の主人公で14歳の中学3年生。
少年時代のアカギ佐原が黒髪になったような人相で、右目にある稲妻状の火傷跡がトレードマーク。
アカギやカイジとは違い、未成年の中学生ならではの未熟さが所々にあり、老獪な大人の策略や組織力に苦戦する描写もあるが、相手のミスを見抜く鋭さと観察力がある。ソファの中から見えもしない相手の携帯電話が入っているポケットの位置を推測し、バレずにポケットを切り裂いて携帯電話を抜き取る恐るべき才覚を見せた。最大の武器は我流の格闘センスであり、素手で屈強な警官と渡り合える実力は、人間学園内でのサバイバルに重要な戦力となった。

天涯孤独の身で、事件が発生するまでは非行歴や補導歴は無かったが、施設を抜け出して自立することを目指した結果、一連の事件に遭遇することになる。
詳しくは項目を参照。

◆安部守宏
飯田橋警察署の警部で生活安全課に所属する中年の刑事。
アカギの安岡や銀と金の安田などでお馴染みの刑事キャラ。
逃亡中の涯を追い詰め、説得して投降させた。
バツイチで離婚した家族への慰謝料や養育費の仕送りを怠っている上、刑事にもかかわらず違法業者と癒着したり、ノミ屋の博打で借金を重ねるといった汚職にも手を染めるほどの不良刑事でありダメ人間でもある。
涯との対決の後、自分の虫ケラみたいな人生を振り返りながら、パックに入ったままの豆腐で晩酌するシーンは、侘しい食事シーンの描写に定評のある福本作品の中でも特に秀逸である。
素行は不良でひとりの大人としてはダメ人間だが刑事としての能力は実は高く、涯が冤罪であることを直感で察したり刑事として本気になった後半ではカイジ並みのキレの良さで平田を後一歩のところまで追いつめたほど。
実際、序盤での涯との対決では窮鼠となって破れかぶれの状態である涯を説得して投降させる度胸と話術があり、また終盤では涯の無実を証明できる証拠ビデオを失ったにもかかわらず、警官隊を率いて人間学園に乗り込む所まで持ち込んでいる。
しかも、上司から疎まれている立場でありながらである。
ぶっちゃけ、涯が平田と最終対決に持ち込まなくとも、真犯人の確定はできないながらも強制捜査で涯の身柄を非道な人間学園から救える寸前だったのである。

最終的に人間学園から脱出に成功した涯と再会し、人間学園に警官隊と共に乗り込むことで涯が確保した証拠ビデオと平田の自白が録音された携帯電話をもとに、平田一味を逮捕した功績で出世した可能性が高い。

◆池田貴行
不動産に巣食って居座り法外な立ち退き料を取る、ヤクザと五十歩百歩の不動産ゴロ。
池田の管理している老朽家屋にたまたま涯が忍び込んで寝ているのを発見して問い質すが、その時に涯をそのまま居座らせて利用することを思い付き、月3万円の約束で涯を占拠用員として雇う。この時に身元引受人として施設から涯は合法的に出ている。
池田は利用しているだけだが涯は恩義に思っているらしく、普通は他者を呼び捨てにする涯が「池田さん」と呼んでいた。
十ヶ月間続いた関係だが、涯が立ち退きを求めていたヤクザ者と乱闘になり蹴散らしたことが原因で、雇い主の池田が暴行を加えられて重傷を負わされた結果、涯に立ち退きを命ずることになった。その後は物語からフェードアウトする。

【平田一派】

◆平田
鳳臨グループ会長にして当主である平田隆鳳(家族には爺様と呼ばれる)の息子。人間学園の創立者にして所長でもある。
下の名前は不明(以下、平田父と呼ぶ)。妻と2人の息子がおり、次男の方は涯の同級生。
家族揃って外道であり、父である会長を殺害した罪を家族ぐるみで涯に擦り付けた。

涯を陥れるために偽装工作も念入りに行ったが、実はその工作であるビデオこそが涯の無実を立証する証拠でもあり、自らの罪が暴露される致命傷であった。

どのような動機で会長を殺したのかは不明だが、家族全員が誰も警察に訴えようともせずグルになったことから財産目当てであった可能性が高い。
また人間学園は殺人事件の前からこの男自身が創立していたことから、それに反対した会長を保身のために殺したことも考えられる。

どの道、最終的には自らの罪が暴かれたため、家族揃って逮捕されたことは確実だろう。

途方も無い財力で、水着姿の女性をはべらしてハーレムまがいの入浴シーンがあるが、貧しく孤独で質素な生活を行う涯とまさに対照的である。

◆澤井
人間学園の課長。所長の平田父は普段いないため、実質的な施設の責任者。
立場的にはカイジの利根川幸雄に近く、暴論かつ正論な弁舌で人間学園の生徒達に説教をする。
性格は非常に冷酷非情で「人間になるための教育」と称し、非行少年たちに常軌を逸した体罰も平然と行う。
おまけにサディストでもあり毒物にも詳しく、これらの毒物を生徒達に注射する悪趣味も持つ。

見当違いの教育で歪んだ非行少年を正す」「我々がやらねば誰がやる」という信念の元に職務を遂行しているが、
実際の所は自らの愉悦を得る行為を正当化するための詭弁にすぎない。

物語中盤まではカリスマのある人物だったが、後半以降は醜い本性が露呈した完全なる小物。
利根川とは違って自分には甘い性格で、上司の平田父には絶対服従に加えて涯を逃した自らの失態により処罰されることを恐れ、犯罪行為を厭わず保身を図ろうとしたほど。
犯罪を犯した収容者を糾弾する一方で、自らは犯罪を犯すことにはまったく躊躇せず上司の犯罪すら黙認するとんでもない人物である。

入所してすぐに脱走した涯を地の利を生かして捕らえたものの、再度涯に脱走され、石原、小川も続く。この時点では圧倒的に有利な情勢ではあったものの、涯一派の奇策の前に捜索に難航。涯と別行動で山に逃亡した石原を捕らえた所までは良かったが、平田父に涯が脱走したことを誤魔化そうとした結果、涯の舌を抜いたことを創作してしまい(逃げた涯が電話に出られない為)、平田父が人間学園に来訪するまでに涯を捕らえて本当に舌を抜かなければならなくなる等、逆に追い詰められて行く。この辺りの涯と人間学園側の攻防戦が本作の華である。終盤では保身の鬼となり、捜索をあきらめて暴走状態となり、自称教育者でありながら裏山への放火までしでかすが、結果的に平田父来訪が繰り上げられたことにより欺瞞は破綻し、自らは涯に人質にされるに至って、激怒した平田父の命令でヒラに降格された挙げ句、元部下に一斉射撃を受けて昏倒する。しかし一命は取り留めており、涯の策略を見抜き降格は取り消される。最後は安倍率いる警官隊に逮捕されたと思われる。

◆栗田
安部の同僚で捜査一課に所属する若い刑事。
平田隆鳳殺人事件の担当者であるが、実は平田父とグルになって涯の冤罪事件の工作に協力していた。安部とは違う意味での悪徳刑事である。
平田父の命令で冤罪工作の真相を嗅ぎつけてきた安部の捜査を妨害し、証拠品であるビデオを隠匿する。

……が、平田会長殺人事件の資料を管理しているのは彼であるため、当然ビデオの所在も安部から何かしら尋ねられたはずである。
たとえシラを切ったとしても責任者である以上、誤魔化し切るのは不可能であり勘付いた安部*1に問い詰められて平田父とグルになっているのがバレた可能性が高い。
その後のクライマックスまでに安部がビデオを確保できなかった描写からして恐らく、追い詰められた末の苦し紛れでビデオを廃棄して安部に取り押さえられたと思われる。

どの道、最後は彼も共謀罪や証拠隠滅罪として捕まったことは明白であろう。

◆外国人の青年
平田家の近所に住んでいるカタコトの日本語で話す黒人の青年。
涯に濡れ衣を着せる偽造ビデオの作成のため、平田父から300万円をもらって工作に協力する。
彼自身は冤罪事件のことは何も知らず悪意もなく、もらった金も妹の入院費に使ったという善良な人間。
…のように見えるが平田父の「(証拠を隠滅しておきたいから)引っ越せ」という要請を最初は事故に遭ったという弟を理由に渋っていたが金を出されるやあっさり承諾したり平田サンと呼んでいた平田父を呼び捨てにし始めたり等腹黒い面が見られる。

彼も平田父の偽装工作に加担した人間として警察に逮捕されてしまった可能性はあるが、野球中継のビデオを鑑賞する依頼が殺人のアリバイ工作の為のものだったと彼が知らされていたかどうかははっきりせず、事実をどこまで知っていたかによって罪の重さが変わってくるだろう。
金を妹の入院費に使ったことが嘘でなければ情状酌量の余地も出てくる。

【人間学園・涯の仲間】

◆小川
涯と同時期に人間学園へ入学させられた気弱そうな少年。
カイジに登場する三好のようなキャラだがあちらのようなクズではない心優しい人物。
何故、人間学園に入ることになったのか良く解らないが、涯の脱走に勇気付けられて脱走。
後に危機に陥った涯を救い、共に協力して人間学園からの脱出を目指す。小川との共闘は、涯に時として共闘も必要であることの大切さを認識させた。

◆石原
小川と同じく涯と同時期に人間学園へ入学させられたガタイの良い丸刈りの少年。
カイジに登場した前田に似ているがこちらもクズではなく、涯の身を案じて一緒に残るのを選んだりと正義感が強く漢らしい人物。こちらも、非行少年とは思えず、何故人間学園行きになったのかは謎である。
涯の脱走時に共に同行するが、所内に潜む涯とは別に石原は山へ逃亡する。教官の制服を確保した涯や小川と違い、衣服も無い裸のままで山中に潜伏し、しばらく持ちこたえたが執拗な山狩りに耐えきれず捕まってしまう。
澤井に凄惨な拷問を受けるが涯たちに救出され、最後まで行動を共にする。石原が山でしぶとく頑張ったことが、涯や小川も山中に逃げたと人間学園側に誤認させ、結果的に所内に潜伏している涯や小川を助ける結果となった。

他の収容者
人間学園に収容され、犬の立場から昇格後もロボットのように扱われる毎日を送り、最終盤に平田父来訪時の折に全員校庭に整列させられて居たが、澤井に放置されて雨の中にもかかわらず放置状態のまま待機させられていた。涯の命懸けの説得により、ついに全員が蜂起し、反乱を起こして人間学園側と乱闘状態になる。徒手空拳だが人数の多さで圧倒し、ついに人間学園のゲートを開放し、涯らを脱出させた。その後島に向かった安倍ら警察の介入により騒乱は終結したと思われる。

関連用語

◆鳳臨グループ
平田一家の当主である平田隆鳳が会長を勤める財閥。後に彼を殺した息子が後を継ぐ。
どのような事業を行っているかは不明だが、平田父の動向からして色々な権力者たちと癒着しているのは判明している。
平田隆鳳会長がどのような人物であったかは不明だが、息子の平田父に刺殺され、グループは乗っ取られてしまう。

◆人間学園
本作の主要舞台。平田父が大金を投じて創立した少年更生施設。
元は軍の施設であり、高い塀や監視塔などが建てられていることから戦時中の収容所だった可能性が高い。
東京から遠く離れた絶海の孤島に建てられており、自力での脱出はほぼ不可能の牢獄となっている。
島に行くには船舶かヘリコプターが必要。
裏山があり、石原が脱走時に潜伏して捜索が行われたり、澤井が隠蔽工作の一環として放火を行い、さすがの平田父も激怒する等、ストーリーに関わっている。

職員は矯正と称してゴム弾の銃器や電撃棒などの凶器を平然と使用して収容された少年たちを人間扱いせずに虐待を日常的に行っており、
時には事故を装って抹殺したり権力者や社会に従順な人間に洗脳する教育を行っている非人道施設である。

文字通りに収容者を人間扱いしない『犬の部屋』など数々の凶悪な拷問部屋が存在する上、絶海の孤島にあるのも鷲巣兵藤らと同様、実際は世間の目に触れずに平田父やその手下である職員たちが非人道行為や虐待によって愉悦を得るために過ぎない。

この施設が創られた真の目的は平田父のように犯罪を犯した権力者やその子息たちを救済するため、
そのスケープゴートとして濡れ衣を着せられた少年達を口封じに閉じ込め、あわよくば抹殺するという大変身勝手極まりないものである。一応、罪を着せられて収容されている者はごく少数ではあるらしいが、権力者に取って邪魔な存在でしか無い非行少年等の「クズ」を収容すると言う独善的な考え方について涯は激しく抗議している。

通常施設として視聴覚室、資料室、工作室や食糧自給なのか菜園などもあるが、重要なのは課長室であり、よりによって課長室のソファの中に潜む涯一味に対して、至近距離に居ながら涯の行方がつかめない澤井とのスリリングな知恵比べが秀逸である。

涯脱走時にほとんどの職員が集合するシーンがあるが、武装した職員の数が更生施設とは思えないほど多く、施設職員で数隊の捜索隊を編成できる規模である。
教官側の数は多いが指示系統は澤井の独裁体制に近く、澤井が指揮する下での行動は優れているものの、澤井が不在の状況では油断して涯に撃破されて衣服を奪われる者や石原の脱走時に門の警備に当たりながら隙を突かれて強行突破される者、せっかく捕獲した石原の警備を怠り涯に襲われて石原を奪還される者が居る等、末端では管理が甘くなっている描写が見られた。

人間学園の最大の弊害として、澤井の独裁体制によってナンバー2が存在しないことである。澤井本人は有能だが、何事も澤井自身が動いて指揮する体制が徐々に悪い方向に作用して、体力を消耗する山狩りに澤井自ら指揮を取り、雨天の中でも出向くので澤井本人も疲弊して判断力を低下させて行った。
疲弊し、暴走状態となった澤井は支離滅裂な行動を取るようになり、せっかく捕らえた石原を涯に奪還され、証拠ビデオを奪われても気が付かない等、かつての鉄壁の管理体制も崩壊していた。
部下はイエスマンばかりで、さすがに終盤の犯罪行為すら厭わない澤井に忠告する者は居ても、結局澤井の命令には逆らえなかった。上記の警備体制の甘さも同様で、澤井が不在だと油断して涯に撃破される一方であり、物語の終盤の澤井の判断力低下と暴走も相まって、組織力は相当に低下していた。最終盤では平田父の私兵同様にまで堕ちてしまい、平田父が真犯人であることが判明してもなお平田父の側に立ち、涯一派に呼応した収容者に銃撃を加える等の非道を行っている。


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最終更新:2024年10月17日 22:06

*1 この時は刑事として覚醒中でもあるため