客の消えるブティック(都市伝説)

登録日:2023/6/29 (木) 14:11:00
更新日:2025/04/22 Tue 18:15:29
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「客の消えるブティック」とは、主に日本が海外旅行ブームに沸いた1980年代ごろに流行した都市伝説である。
その後も、都市伝説の代表例として語り継がれており、現在でもフィクションのモチーフになるなど、その知名度は高い。
若年層にとっては、都市伝説というよりも「定番怪談」の一つとして認識されているかもしれない。

登場人物が悲惨な目に遭うと言う、多くの都市伝説同様、恐ろしくゾッとする話である。
が、その背景を調べてみると、それとは全く別の、都市伝説の真の恐ろしさに気付かされる話である。

ちなみに本項におけるブティックとは、個人でファッション・ブランド品の販売を営む小売店の名称を指し、現在では専ら「ショップ」「セレクトショップ」と呼ばれることが多い。


都市伝説の内容


結婚したばかりのある夫婦が、新婚旅行で東南アジアの某国に来ていた。
とあるブティックで買い物をしていた時、妻のほうが試着のために試着室に入った。
これが、夫が元気な妻を見た最後となった。
夫がいくら待っても、妻は出てこない。
実は試着室の中には抜け穴があり、妻はそこを利用して店の者に連れ去られていたのだ
夫は店員に「妻がいなくなった」と訴えるが、店員はそんな客は知らないと突っぱねる。
その後、夫は方々手を尽くすが、妻は最後まで見つからなかった。

数年後、まだ諦めきれない夫は、何度目かの捜索のためにその国を訪れていた。
しかし相変わらず収穫はない。
疲れ切って絶望しかけていた時、知り合った現地の人間に、
「気晴らしに面白いところに連れて行ってやろう」
と言われる。

行ってみると、そこは大きな見世物小屋だった。
色々と面白い出し物があり、夫も少しは気分が晴れた。
ふと、あるテントの前を通ると、「日本のダルマ」という看板が掛けられている。
行列ができていて、すごい人気のようだ。
興味を持った夫は、中に入って絶句する。

そこにいたのは、手足を切断され、喉を潰されて声を出せなくされた妻であった


解説

……といったところが、まあ一般的なパターンである。
夫が妻を見つけ出す展開には色々パターンがあり、また、後半の展開が無く妻が消えたところで話が終わる場合もある。
また、旅行者は夫婦では無く卒業旅行に来た女子大生のグループで、その中の一人が連れ去られるというパターンもあるほか、舞台が東南アジアではなく香港やローマになっていることも。
行く先も見世物小屋ではなく娼館に売られるとか、臓器を売られるといったパターンもある。

一時期は、(多くの都市伝説と同じく)まことしやかに「本当に起きた話」として語られていた話である。
しかし、よく考えてみればやはりおかしいところが多い。
海外で日本人が誘拐されるという事件は多く起きているが、そのほとんどは身代金の要求を目的としたものである。
人身売買目的の誘拐を行う犯罪組織もいるが、その場合もどこで足がつくかわからない外国人旅行者など基本狙わない(絶対に狙われないは言い切れないが、行政のサポートが行き届いていないスラム街などに住む現地住民の方が狙われやすい)。

さらに、試着室にその様な仕掛けを作るには店側も協力者である必要がある上、客が来ないと意味がないため、ブティックとしても真っ当に経営していないと意味がない。
加えて行方不明者が何人も出るなら店に何かあると疑われる可能性も高い。
普通に外で一人になった時を狙って攫うほうが、遥かに費用対効果が高いだろう。

そもそも、この話には、明らかにモデルになったと思われる海外の都市伝説が存在する。
話は、1965年のフランスにまで遡る。

「オルレアンのうわさ」


1965年5月、フランスのオルレアンで、ある奇妙な噂が広まった。


「ユダヤ人が経営するブティックで、多くの若い女性が行方不明になっている。彼女たちは更衣室で薬をかがされて、地下通路を通じて連れ去られ、海外に売春婦として売られている」

噂はどんどん尾ひれがついて広まっていき、人々はパニックに近い状態になり、服屋を経営していたユダヤ人たちは身の危険を感じ始める。


……実際には、その時期、若い女性の行方不明事件などは、一件も起きてはいなかったというのに。
(この事件については、みすず書房から出ている「オルレアンのうわさ」という本に詳しい)


このオルレアンのうわさと、日本の「客が消えるブティック」伝説を比較すると、手足を切断されるといった要素こそないものの、「若い女性がブティックの試着室で誘拐される」という設定が共通しているのは明らかだろう。
この事件が、「客が消えるブティック」伝説の元ネタになったことはまず間違いないだろう。

また、台湾などには「日本に旅行に行った若い女性が行方不明になり、実はヤクザに誘拐されて歌舞伎町風俗嬢として働かされていた」という都市伝説があるという。
どこの国にも、同じような話があるものらしい。
(さらに、我々日本人にとってはごく安全だと思われている日本も、海外の人には「何が起こるかわからない場所」と思われているということであろう)

「客の消えるブティック」には肉体改造要素が加わるのが特色と言え、
古くは平安末期から鎌倉時代の説話にも遣唐使が唐で陥れられ鬼の姿となって発見される話が確認され、
中国の清代の小説『子不語(新斉諧)』の一篇「狗熊(くゆう)」では詩を書く特技を持つ狗熊(ツキノワグマ)がある日、
自分は喉を潰され毛皮を貼り付けられた人間だと飼い主の目を盗んで告白する話が収められている。


「オルレアンのうわさ」は、結局は根も葉もないデマであったことが分かっている。
しかし、この噂がなぜ発生したかを考えると、うすら寒いものを感じざるを得ないだろう。
この話には、明らかにユダヤ人に対する差別意識が根底にある。
中世、地震などがある度にユダヤ人が「井戸に毒を入れた」などと根も間もないデマを言われて殺されていたというのはよく知られているが、戦後の1960年代になっても、まだフランスではこんなデマが広まりえたのである。

事実無根であることが新聞によって報道され、さらにその出所は「反ユダヤ主義者(もっと言えば商売敵であるドイツ系列のブティック)の流したデマ」という対抗神話が生まれたことによって噂は鎮静化に向かった。
なお、社会学者エドガール・モランによる後世の詳細な調査によれば、実際には「特定の反ユダヤ主義者」によるものではなく、
女性誘拐と異国への旅に連れ出される点をテーマとする古来からの「女性誘拐の神話」の現代版に過ぎないと結論付けている。
現代版の舞台設定がこのような形となったのは、ブティックに通う客層への僻みと、
伝統的な(「反ユダヤ主義者の流す悪質なデマへの加担」と言われれば口をつぐむ程度の)差別感情でしかなく、
対抗神話も含め、極論「我々と彼ら」と区別されるような立場にあるものであれば誰にでも犯人役を押し付けられる危険性があったと言える。


この都市伝説を扱っている作品

更衣室に落とし穴を仕込んで女性を誘拐する人身売買組織が出てきている。
記念すべき冴羽リョウ槇村香のファーストコンタクト回でもある。
話の方は香を囮にし直ぐに解決するが。

香港九龍財宝殺人事件』にて、試着室に入った七瀬美雪が、試着室の隠し扉によって誘拐されてしまう。
なお、身代金などの提示はなかったが、この誘拐は犯人の殺人計画の1部だった。

いわゆる最初の怪人、ディスパイダーの被害描写が「ブティック内の試着スペースで襲われ、(捕食目的でミラーワールドに引きずり込まれたことで)消えてしまう」というもの。
非常に類似性が高く、おそらく怪談としてのこの都市伝説がモチーフとなっていると思われる。

  • 妖魔夜行
人間が感じる「本当に存在するかもしれない」という思いから生まれる超常存在である「妖怪」たちが主役のシェアードワールド・ライトノベル
第2巻『悪夢ふたたび……』は自分達とは違うコミュニティに対する偏見がテーマになっており、
そこから作られた都市伝説の一例として、何故そういったものが生まれるのかという考察と共に取り上げられている。
ちなみに、日本人に対するものとして「日本企業が食用にネズミを買い集めている」というものが挙げられている。

  • 猟奇の檻
95年にPC98向けに作られたエロゲ。
日本全国に多数の支店を持つ「零式百貨店」の本店で、来客が店内で突然行方不明になるという事件が15年前から多発しているという、まんまこの都市伝説を元にした話。
犠牲者は子供から大人まで多岐に渡るが、犯行声明や身代金要求が一切無いことから、誘拐ではなく謎の失踪とされており、警察も捜査に乗り出しているものの長年未解決のまま。
事態を重く見た若き総帥の命を受けて主人公が事件解決に乗り出す。
事件に関与する者、事件を追う者、薄々何かが起こっている事には気づきつつも確証を持てないまま悩む者、何も知らずに事件のすぐそばで過ごす者等、日常のそばにある恐怖や、人間の狂気が描かれたシナリオは評価が高く、2004年には新たな真相を追加したリメイク作『真説 猟奇の檻』も出ている。

  • ただ栄光のためでなく(落合信彦)
主人公の婚約者がパリで誘拐され、中東に売られてしまう。

  • TOKYO TRIBE2(井上三太)
劇中における架空のトーキョー(現実における東京都)の街のひとつ、ブクロ(現実における池袋)の某所に存在するブティックの試着室には落とし穴があり、その先にはブクロの地下街に存在し、ニホン(現実における日本)を影から仕切る大物ヤクザ“ビッグ・仏波(ブッバ)”の邸宅に繋がっているというもの。なお、その落とし穴に落ちた人は…


追記・修正は忍者屋敷ばりの隠し通路があるブティックを実際に建てた人がお願いいたします。
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最終更新:2025年04月22日 18:15