登録日:2024/01/24 (水) 00:35:26
更新日:2025/02/10 Mon 22:41:05
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概要
『イングロリアス・バスターズ』(原題:Inglourious Basterds)は、2009年8月21日にアメリカで公開された戦争映画。
日本では2009年11月20日に公開。
タイトルは、エンツォ・G・カステラーリ監督のイタリア製戦争映画『地獄のバスターズ』の原題から。
監督は
クエンティン・タランティーノ。
元々は、『地獄のバスターズ』をタランティーノなりのスタイルでリメイクしようとしていた企画だったが、脚本の改稿を重ねていく内に、まったくの別物に仕上がっている。
アイデアを盛りすぎて映画の容量に収まらない可能性があったために、この企画をテレビのミニシリーズか小説にしようとまで考えていたという。
結局、『
レオン』の監督リュック・ベッソンに説得されて思い直し、映画のサイズに何とか収めようと試行錯誤することに。
そこで彼が思いついたのが、
「アメリカに移住したユダヤ人がナチスに報復する」というアイデアだった。
歴史的に見れば、そもそもハリウッド自体ユダヤ人が創設したものであり、ハリウッドメジャーの創業者はどこもユダヤ系だった。
一方ナチスはハリウッド映画をユダヤ的退廃と断罪して禁じたが、その方法論を真似てプロパガンダ映画を作り、ハリウッドに亡命した映画作家たちは、反ナチ映画で抵抗した。
第二次世界大戦は、まさに映画の戦争でもあったのだ。
映画を悪用し民族も国家も差別し弾圧するナチスを、ユダヤ人が映画の力でもって倒すというアイデアは、誰よりも映画を、そして分け隔てなく愛するタランティーノらしいものと言えるだろう。
しかし脚本を書き始めた時、タランティーノはユダヤ人について通り一遍のことしか知らなかった。
彼らの内面が分からなければ脚本を書けないと思ったタランティーノが頼ったのが、舎弟にしてユダヤ人でもあるイーライ・ロス。
イーライや彼の家族、多くのユダヤ人に教わったのは歴史や文化だけではない。
親戚の一人は大抵ナチに殺されたということ、生き残った者たちは死んでいった者たちに罪の意識を抱えながら生き続けたこと、ドイツ人の子孫もまた罪悪感を抱えているということなど……
こうして作られた本作は、古今東西の戦争映画はもちろん、ハリウッド黄金期のラブコメ、ブラックスプロイテーションなどのごった煮となっている。
何より、「二つの復讐作戦が絶妙に重なりナチスを倒す」という痛快無比なテーマが受けて、全世界の興行収入3億2100万ドルというタランティーノ作品史上最大のヒットを飛ばすことになった。
本作で描かれるユダヤ人はステレオタイプ通り、いかにも気弱そうでひょろい姿だが、それを覆す勢いで大暴れするわけだからなおさらだろう。
また、ナチスの悪行のせいで子や孫の代になっても罪の意識を背負わされ続けていたドイツ人からも拍手喝采だったという。
本作以降、タランティーノは暴力被害者や歴史的差別被害者によるリベンジシリーズを一貫して撮り続けることとなる。タランティーノ監督の作風の変化という点でも記念すべき一作である。
あらすじ
第1章 その昔…ナチ占領下のフランスで
1941年、フランスの田舎町ナンシー。
農場主ラパディット家の元に、「ユダヤ・ハンター」ことハンス・ランダ大佐が部下を引き連れてやって来た。
「この近辺には4軒のユダヤ人一家が住んでいた。そのうちドレフュス一家だけ行方が分からない。もし彼らの居場所を知っていたら教えてくれ。そうすれば君と家族の安全は保障しよう」
巧みな話術とプレッシャーによって追い込まれた家長ペリエは、ついにユダヤ人を床下に匿っていることを白状。
一斉に銃撃される床下。しかしそこから、一人の少女が脱出していた……
第2章 名誉なき野郎ども
1944年春、アルド・レイン中尉率いるアメリカの極秘部隊は、ドイツ軍から恐れられていた。
彼らはユダヤ系で構成されており、殺した敵の頭の皮を剥いで回るという残虐な手口から、「バスターズ」と呼ばれていた。
特に恐れられているのが、敵を野球バットで撲殺する「ユダヤの熊」ことドニー・ドノウィッツと、ドイツ人でありながらナチ将校13人を殺害しスカウトされたヒューゴ・スティグリッツだ。
そして今日もまた、ある部隊がバスターズの脅威に晒されていた。
第3章 パリにおけるドイツの宵
1944年6月。3年前の事件から生き延びた少女ショシャナ・ドレフュスは、エマニュエル・ミミューという名前で映画館を経営していた。
そこに言い寄るのが、250人もの連合軍兵士を殺したドイツの英雄フレデリック・ツォラー。
その武勇伝は、ナチの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの指揮の下、『国家の誇り』というタイトルで映画化されていた。
この映画のプレミア上映を、ぜひともショシャナの映画館で行いたいというツォラーは、ショシャナを無理やり引き合わせてゲッベルスを説得する。
さらにその会食の場に、因縁のランダ大佐が現れた……
第4章 映画館作戦
『国家の誇り』のプレミア上映の報を受けたイギリス軍は、ナチもろとも映画館を爆破するという極秘作戦を実行するため、アーチー・ヒコックス中尉を現地に派遣した。
ヒコックスはドイツ語のできるバスターズのメンバーと共に、現地の近隣の村にある酒場をドイツ軍将校に扮して訪れる。
作戦を手引きするのは、ドイツの人気女優にしてイギリスのスパイでもあるブリジット・フォン・ハマーシュマルク。
ところが彼女と落ち合う予定の居酒屋「ラ・ルイジアーヌ」では運悪く、子供が生まれたドイツ兵と仲間たちがパーティーをしていた……
第5章 ジャイアント・フェイスの逆襲
いよいよ迎えた『国家の誇り』のプレミア上映会。
ナチの高官が集うそこには、ドイツ語のできるメンバーが全滅したため代わりにイタリア人に扮し潜入するレイン中尉たちの姿も。
警備を担当するランダ大佐は、ブリジットの裏切りを疑い目を光らせている。
そしてショシャナが目論む復讐計画も動き出していた……
様々な思惑が映画館に渦巻く中、運命の上映会がついに幕を開く。
登場人物
演:メラニー・ロラン
吹替:松谷彼哉
農場主ラパディット家の床下に匿われていたユダヤ人少女。
18歳の時ランダ大佐に家族を皆殺しにされ、逃げ延びた後は「エマニュエル・ミミュー」と名前を変えて映画館を経営していた。
ツォラーから一方的に言い寄られており、無理やり連れて行かれた会食の場で因縁のランダ大佐と再会。
何とか追及を逃れた後、国策映画『国家の誇り』が自身の映画館でプレミア上映されることが決定されると、あることを思いつく。
それは、当時のフィルムが極めて燃えやすいことを利用し、劇場もろともヒトラーやナチの面々を焼き尽くすことだった。
プレミア上映の最中思わぬ悲劇に見舞われるも、復讐計画は止まることなく───
「ユダヤ・ハンター」と恐れられるナチ親衛隊大佐。
その言動は物腰柔らかで紳士的だが、多言語を操る知性に鋭い洞察力を併せ持ち、巧みな話術でジワジワと相手を追い詰める。
冒頭の尋問シーンといい、ショシャナとの会食シーンといい、この人が出てくるだけで作品の空気が一気に凄まじい緊張感に包まれる。
酒場での銃撃戦後にはブリジットのハイヒールと彼女のサイン入りハンカチを発見し、バスターズたちの動きを掴んでいた。
プレミア上映にイタリア人として潜入したバスターズも、その稚拙なイタリア語の発音から正体はバレバレだった。
なお、本人は「ユダヤ・ハンター」と呼ばれるのは不服であり、極めて優秀な探偵を自称している。
要するに人を見つけて捕まえることが得意で、相手がユダヤ人かどうかは彼には重要なことではないのだ。
しかもナチスへの忠誠心はなく、敗戦濃厚になったと知るやあっさり見限り、OSS(戦略情報局)の将軍に自身を連合国側の二重スパイとして記録するよう要求。
さらにあらゆる社会保障や勲章を求めるという図太さを見せつけた。
しかし、レイン中尉は命令違反を恐れるタマでなかったのが運の尽きだった……
ユダヤ系アメリカ人で構成された秘密部隊バスターズの隊長。首に謎の傷跡がある。
テネシー州出身で南部訛りがきつい。
イタリア系だが、ネイティブアメリカンの血も引いており、巨大なアパッチナイフを愛用。
アパッチの伝統に則って、殺したナチ兵士の頭の皮を100枚剥いで来いと部下たちに命じる。
さらに投降し、ナチの軍服を脱ぐと決めた相手には、目印としてそのナイフで額に鉤十字マークを刻みつけてくる。
「プレミア作戦」では、スタントマンのエンツォ・ゴルローミとして潜入した。
「ゴーラーミ!」
その後ランダ大佐に正体がバレ、部下のユティヴィッチ上等兵と共に捕まるも……
名前の由来は、50年代から60年代にかけて戦争映画やアクション映画で活躍した俳優アルド・レイから。
演:イーライ・ロス
吹替:後藤敦
ナチから「ユダヤの熊」と呼ばれ、「
ゴーレム」と恐れられる勇猛果敢な兵士。
その暴れぶりに、総統閣下もカッカしていた。
武器は野球バットで、これで相手の脳味噌を叩きつぶす。
なお、実際の風貌は野比のび太みたいな体格である
元はボストンの下町で父と床屋を経営していたが、徴兵されてバスターズ入り。
このバットには近所のユダヤ人たちの寄せ書きが書かれており、これで自分たちの仇を討ってくれとの思いが込められているのである。
「プレミア作戦」ではカメラマンのアントニオ・マルゲリーティとして潜入した。
「アントニオ・マルガレェ~テ!」
そしてクライマックスでは、
最大の歴史改変をやってのけることになる。
演:ティル・シュヴァイガー
吹替:横島亘
ドイツ軍兵士でありながら、ゲシュタポの将校13名を殺害した裏切り者。
見せしめのため処刑されそうになっていた所をバスターズにスカウトされた。
ドイツ語が話せるということで、居酒屋「ラ・ルイジアーヌ」でヒコックス中尉やブリジットと落ち合うが……
名前の由来は、同名のメキシコ人俳優から。
演:オマー・ドゥーム
吹替:後藤哲夫
「プレミア作戦」で、カメラマンのアシスタントのドミニク・デコッコとして潜入した兵士。
「ドミニク・デコッコ!」
イタリア語は喋れないため黙っているよう命じられていたが、その発音の良さはランダ大佐からも褒められていた。
演:ダニエル・ブリュール
250人もの連合国軍兵士を殺して英雄になったナチの兵士。イケメン。
その活躍ぶりはゲッベルスが『国家の誇り』として映画化し、彼自身が主演を務めている。
ショシャナの正体を知らずにつきまとい、彼女の映画館でプレミア上映するようゲッベルスを説得する。
そしてプレミア上映会が始まった後も、映写室に押しかけてきて……
カットされたエピソードによると、実家は映画館を経営してるらしい。
演:ジャッキー・イド
吹替:宮内敦士
ショシャナの映画館の映写技師を務める黒人。ミミュー夫妻が映画館を始めた時から働いていたらしい。
恋人でもあり、彼女の復讐計画に協力。
そして最後に、決定的な役割を果たすことになる。
演:マイケル・ファスベンダー
吹替:てらそままさき
元映画評論家のイギリス軍人。
ナチの製作した映画についても詳しく、当時のドイツ映画の知識を披露し、いかにナチスが映画に力を入れているかチャーチル首相やフェネク将軍に説明する。
その後指定された居酒屋「ラ・ルイジアーヌ」で、バスターズのメンバーとブリジットと落ち合う予定だった。
しかし、そこでは運悪くドイツ兵たちが子供が生まれたことを祝うパーティーの真っ最中。
不自然なドイツ訛りから疑われ、さらに酒を注文する仕草が決め手となって正体を見破られるも開き直り、銃撃戦の口火を切る。
ドイツの人気女優にしてイギリスのスパイ。
「プレミア作戦」の計画者であり、手引きのためバスターズに協力する。
が、様々な不幸が重なって足を撃たれたり、裏切り者と思われて拷問されたり、挙句にランダ大佐に正体がバレて絞殺と悲惨な目に遭う。
演:マルティン・ヴトケ
みんな大好きドイツ国の首相にして総統。言うまでもなく実在の人物であり、「プレミア作戦」における最重要ターゲット。
本作においてはバスターズがドイツ兵に行う残虐極まりない手口に対して怒り狂い、側近に金切り声で怒鳴り散らすなど、
世間一般がヒトラーと聞いてイメージするようなヒステリックかつ神経質な小男として描かれている。
ショシャナの劇場で行われた『国家の誇り』プレミア上映では映画の出来に満足し、宣伝大臣のゲッベルスを満面の笑みで褒め称えるなど上機嫌だったが……
余談
〇本作ではアメリカの戦争映画にありがちな、どこの陣営だろうと構わず英語だけを話すということはなく、きちんと母国語も喋らせている。
そのためマルチリンガルの俳優が集められたが、ランダ大佐のキャスティングは最後まで難航していた。
ドイツ中の俳優をオーディションしてもぴったりなのが見つからず、タランティーノは映画自体を諦めかけていたほどだった。
そこに現れたのが、オーストリア人俳優
クリストフ・ヴァルツ。
英語もフランス語もドイツ語も流暢なマルチリンガルで、なおかつ紳士的で能弁な策謀家のイメージにぴったりと当てはまった彼は本作で大ブレイク。
カンヌ国際映画祭男優賞・アカデミー賞助演男優賞を受賞し、名実ともに大躍進を遂げたのだった。
後にタランティーノは、
「クリストフと同等の俳優がいなければ本作は作れなかったよ」と語っている。
この2人は後に『
ジャンゴ 繋がれざる者』で再びコンビを組み、ヴァルツは再びアカデミー賞助演男優賞を受賞している。
なお、日本語吹き替え版では英語の台詞のみが吹き替えの対象となり、その他の言語で話す部分は原語版のままとなっている。
〇元の劇場主のマダム・ミミューはマギー・チャンが演じていた。
そのシークエンスでは、ショシャナがナチ占領下のパリで3年間をどう過ごし、劇場を手に入れたかが描かれていたという。
が、作品が長くなりすぎたため出番は全てカットされてしまった。
〇ショシャナとランダ大佐の会食シーンでシュトゥルーデルが出されるが、当時はバター不足のためパイ生地はラードで作られており、ユダヤ人は戒律により食することができなかった。
クリームもまた、「乳製品と肉が同時に胃の中にあってはならない」という決まりがあるので食べられない。
さらにここではショシャナにのみミルクを注文しており、緊張感は否が応でも高まることになる。
しかしその考察には高級レストランならバターを用意できただろうし、クリームもコーシャ認定を受けたものを出せたはずという異議もある。
また、ユダヤの食事法は「自分の命のかかった状況なら、それらの規則は停止される」ともあるので、本当に正体に気づいていたかは懐疑的な声も。
ちなみにシュトゥルーデルは1920年代から30年代に、中欧からの移民によりイスラエルに伝えられ、ポピュラーなスイーツとして定着している。
どのくらい親しまれているのかというと、ヘブライ語で「アットマーク」は、層になった断面に見立てて「シュトゥルーデル」と呼ばれるほど。
〇劇中作『国家の誇り』を監督したのはイーライ・ロス。
DVDの特典映像で全編を拝むことができる。
〇本作のナレーションはサミュエル・L・ジャクソンが担当。
また、ランダ大佐と無線で交渉する将軍の声はハーヴェイ・カイテルが演じている。
〇クライマックスの劇場炎上シーンは全て本物で、あと10~15秒長かったらセットが崩落していたほど危険な状況だったという。
〇本作を配給した東宝東和は70年代からハッタリ宣伝を得意としており、例えば『サンゲリア』では、鑑賞中にショック死したらハワイの一等地に墓地を用意すると宣伝していた。
本作では、2009年11月20日から11月23日の4日間、上映開始1時間以内に退席した観客に料金を返却する「面白さタランかったら全額返金しバスターズ」キャンペーンを約300館の劇場で開催。
往年の東宝東和ファンはニヤリとしただろう。
〇本作のプロモツアーがきっかけでタランティーノはイスラエル人歌手のダニエラ・ピックと出会い、2018年に結婚。
現在は2人の子供がおり、ロサンゼルスとテルアビブを拠点にしていると伝えられている。
そして2023年10月、イスラエルとハマスとの紛争の中、タランティーノはイスラエル軍を鼓舞するために基地を訪問したことが明かされた。
追記・修正は、映画館をナチごと焼き払いながらお願いします。
- そのタランティーノがイスラエルを支援して炎上するという… -- 名無しさん (2024-01-24 06:51:49)
- 吹替版の日本語訳が凄くいいのに英語部分しか吹き替えてないので半分以上が原語&字幕という… -- 名無しさん (2024-01-24 08:06:10)
- ↑2タランティーノ自身イスラエル人女性と結婚しててテルアビブを拠点にしているくらいだから、ゴリッゴリの親イスラエルなんだよな…今この作品をどう見たらいいか困ってる人多いと思う -- 名無しさん (2024-01-24 08:17:23)
- 史実をなぞる展開かと思ってたからラストの映画館のシーンは本気でビックリした -- 名無しさん (2024-01-24 10:42:26)
- イヤな史実なんかぶっ壊せばいいじゃん、という姿勢は後の「ワンスアポンアタイム〜」にも通じるものがあるような -- 名無しさん (2024-01-24 15:48:56)
- 美味しそうに映したシュトゥルーデルを葉巻で台無しにするランダ大佐の品性の下劣さの演出が最高だった。 -- 名無しさん (2024-01-25 06:09:19)
- 複数の国が参戦している戦争で多言語を操れることの恐ろしさを理解できる作品。日本語吹き替えも悪くないけどランダ大佐の凄さが伝わりにくいから原語がおススメかな -- 名無しさん (2024-01-26 19:46:30)
- ↑7 タランティーノにはイスラエルはホロコースト被害者をむしろ冷遇していたという告発を知ってほしい。 -- 名無しさん (2024-02-01 19:42:26)
- 名作「アドルフに告ぐ」でもヒトラー殺す歴史改変やってたけど、カタルシスもないし三谷大河みたいな辻褄合わせの面白みに欠けてあそこだけガッカリした覚えがある。 流石の手塚神も歴史リベンジやるには20年早すぎたか。 -- 名無しさん (2024-02-19 07:02:25)
最終更新:2025年02月10日 22:41