登録日:2024/01/31 Wed 21:07:29
更新日:2024/09/22 Sun 10:44:51
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LIFE,LIBERTY AND THE PURSUIT OF VENGEANCE
概要
『ジャンゴ 繋がれざる者』(原題:Django Unchained)は、2012年12月25日にアメリカで公開された西部劇。
日本では2013年3月1日に公開。
監督は
クエンティン・タランティーノ。
タランティーノが本作の物語を思いついたきっかけは、『
イングロリアス・バスターズ』のプロモのため日本を訪れた時のこと。
そこでアメリカで売ってないマカロニ・ウエスタン(イタリア製西部劇)のサントラを買い漁り、音楽をホテルの部屋で楽しんでいるとアイデアが湧き、その場で備え付けの便箋に書き記した。
───テキサスのどこか、凍てつくほど寒い夜の森の中で、鎖をつけられた奴隷たちが列をなして歩いている。そこに、「ジャンゴ」という奴隷を探しているドイツ人賞金稼ぎが現れた……
かねてよりマカロニ・ウエスタンを撮りたいと思っており、その13年前から「奴隷が賞金稼ぎとなって白人を追う」というアイデアを温め続けていたタランティーノ。
このように本作のテーマは、アメリカ史において最大の闇である
奴隷制度。
タランティーノ曰く、
正直に言うと、当時の現実以上に悪夢的にすることはできない。
あの頃は狂っていた。ひどかった。現実とは思えない、まさにシュールだった。
この国にあった痛みや苦しみは、想像を絶する。
あの時代の現実は、この物語のキャンバスとして、考えられる限り最も壮絶なものだ。
それでシュールなほどに残酷で理不尽な、情け容赦ない世界をぎりぎりのユーモアで支えて作るなら、マカロニ・ウエスタンのスタイルがふさわしいと思った。
そのスタイルを借りて僕は奴隷の物語、南北戦争以前の南部や、あの残酷な時代を生き抜いていく黒人の男を描きたかったんだ。
(中略)
僕はウエスタンが大好きだけど、その枠で作られた物語はすべて見たという気がする……
だから、お決まりのウエスタンを南部を舞台にして展開させたら面白いと思ったんだ。
今までそういうのは見たことがなかったからね。
ウエスタンはこれまで、必死になって奴隷制に触れまいとしてきた。
でも僕は奴隷制を取り上げたかったんだ。
実際、奴隷制度はハリウッドでも最大級のタブーとして扱われほとんど描かれてこなかった。
ドラマ『ルーツ』は社会現象を起こすほどの大ヒットとなったが、本作の元ネタの一つである『マンディンゴ』はそれより2年前にこれを真正面から描いた作品だった。
が、
あまりにもリアルかつグロテスクな内容のため酷評され、長らく
封印作品となっていた。
しかし、西部劇の時代は南北戦争の後であり、近年の研究では解放された黒人奴隷の多くが西部に流れてガンマンやカウボーイになっていたことが明らかになっている。
もっとも、本作の舞台は南北戦争以前の南部なので、タランティーノの言う通り「南部劇」になっているのだが。
また、主人公の名前「ジャンゴ」は『続・荒野の用心棒』(原題:Django)から取られているが、この映画の影響でジャンゴの名前はマカロニ・ウエスタンの代名詞的存在になっている。
『皆殺しのジャンゴ』、『情無用のジャンゴ』、日本製の作品にも『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』に『
続・殺戮のジャンゴ~地獄の賞金首』、『
続・ボクらの太陽 太陽少年ジャンゴ』……
さらにOPにはこの『続・荒野の用心棒』のテーマソングが使われている上、主演のフランコ・ネロもカメオ出演している。
「名前は何だ?」
「ジャンゴ」
「スペルは分かるか?」
「D・J・A・N・G・O。Dは発音しない」
「知ってる」
他にも、ガンマンの師弟関係はジュリアーノ・ジェンマとリー・ヴァン・クリーフの『怒りの荒野』、雪山のくだりは衝撃のラストで知られる『殺しが静かにやって来る』のオマージュ。
このように、本作は問題提起とエンタメ性の絶妙なバランスにより高い評価を受け、アカデミー賞では5部門ノミネート、内、
脚本賞と助演男優賞を受賞。
脚本賞は『
パルプ・フィクション』以来2度目、助演男優賞を受賞したクリストフ・ヴァルツは前作『イングロリアス・バスターズ』に引き続いての快挙である。
興行収入も、前作を凌ぐ4.2億ドルを叩き出し、
タランティーノ作品の最高記録を更新している。
あらすじ
1858年(南北戦争の2年前)のテキサス州北部。
ドイツ人の賞金稼ぎシュルツは、鎖で脚を繋がれた黒人奴隷の一団に出会う。
彼の目的は「ジャンゴ」。ジャンゴは賞金首のブリトル3兄弟の顔を知っているのだ。
シュルツは奴隷たちを連れていた商人スペック兄弟を倒すと、彼を伴いブリトル3兄弟のいるガトリンバーグの農園へ。
無事彼らを倒した二人。シュルツはジャンゴに冬の間だけコンビを組んで賞金稼ぎになろうと提案する。
修行の末、みるみる上達していくジャンゴ。彼もまた、生き別れた妻ブルームヒルダを探していたのだ。
やがて二人は、ブルームヒルダが売られた先がミシシッピ州にある大農園、キャンディ・ランドであることを突き止めた。
そして奴隷の買い付けを装って、農園主カルヴィンに近づくのだった……
登場人物
演:ジェイミー・フォックス
吹替:楠大典
テネシー州のカルーカン農場で重労働を強いられていた黒人奴隷。
妻のブルームヒルダと脱走しようとするも失敗し、体罰の末に二人は別々の場所に売り払われていた。
そのため、頬に逃亡者(runaway)を意味する「r」の焼き印がある。
奴隷だったため、馬に乗っているだけで蔑まれる立場だったが、シュルツとの出会いで射撃の腕を見込まれてその腕前を上達させていく。
一方で復讐心に囚われ冷酷な人間を演じるあまり、かつての自分と同じ境遇の奴隷たちに対しそうした言動をとるようになり窘められる一幕もあった。
ブルームヒルダの居場所がキャンディ・ランドであることが判明した後、マンディンゴの目利きとして潜入。
その後カルヴィンの本性を目の当たりにしたシュルツが銃撃戦の口火を切ったことで応戦するも、ブルームヒルダを人質に取られたことで捕らえられてしまう。
あわや去勢されたり鉱山会社に売り飛ばされそうになるが、幸運と機転でそこから脱し、リベンジのためキャンディ・ランドに舞い戻る。
ドイツからやって来た賞金稼ぎ。
元々は歯科医だが、実入りのいい賞金稼ぎに転身しており、すでに5年は診療したことがない。
飄々とした物腰ながらも、その実力と頭脳は確かでジャンゴとコンビを組む。
また、ジャンゴが探している妻の名前がブルームヒルダと知り、ドイツに伝わるジークフリートとブルームヒルダ(
ブリュンヒルデ)の伝説を教えた。
二人の境遇はこの伝説と重なるものがあり、ドイツ人としても感情移入するものがあったようだ。
ちなみに「シュルツ」という名前は「小男」を意味している。これは、ゲルマン神話ではジークフリートが倒した竜から奪った財宝を託した相手が小人だったことに由来する。
キャンディ・ランドには奴隷デスマッチが目当てのビジネスマンとして潜入するが、そのあまりにも酷い実態を目の当たりにし……
「……申し訳ない。我慢が出来なかった」
このように、
アウトローが多いタランティーノ作品のキャラでは非常に珍しい、まともな倫理観を持つ善玉となっており、ヴァルツが前作で演じたランダ大佐とは正反対となっている。
ジャンゴの妻。
最初に買われた家がドイツ系だったためドイツ風の名前をつけられ、ドイツ語も堪能となった。
また、シャフトの名は『黒いジャガー』の主人公の名前が由来となっており、タランティーノによると、ジャンゴとブルームヒルダの子孫がジョン・シャフトとのこと。
夫と共に農場を脱走しようとした結果「r」の焼き印を押され、キャンディ・ランドに売られていた。
しかも焼き印のある奴隷はメイドとして働くことが出来ないので、慰み者として扱われていたらしい。
そこでも脱走を試みて灼熱部屋に裸で閉じこめられるという拷問を受けていたが、ジャンゴと再会した時は衝撃のあまり気絶してしまった。
ちなみにこの時代において奴隷同士の結婚はタブーとして扱われていた。そのことを考えると、二人が愛を貫く様にさらに重みを感じるようになるはず。
演:ドン・ジョンソン
吹替:辻親八
テネシー州ガトリンバーグの農園主で実業家。
シュルツのターゲットであるブリトル3兄弟を雇っていた。
バリバリの差別主義者だが金には甘く、奴隷買いを装ったシュルツの提示した5000ドルにあっさり乗せられた。
その間にジャンゴはブリトル3兄弟がシェイファー3兄弟と名前を変えていることを突き止め、二人で仕留める。
手配書があったために二人に手出しできなかったが、その晩KKK(クー・クラックス・クラン)風のマスクの一団“レギュレイターズ”を率いて襲おうとする。
が、マスクの出来が悪くて前が見えずグダグダしており、その間に撃退されたのだった。
演:レオナルド・ディカプリオ
吹替:加瀬康之
ミシシッピ州の巨大綿花農園キャンディ・ランドの若き主。
フランスかぶれで、「ミスター」より「ムッシュ」と呼ばれる方が好きだが、フランス語で話しかけられることは嫌い。
マンディンゴによる奴隷デスマッチが大好きで強者を揃えているが、戦えなくなった奴隷は犬に食わせてしまうという残忍非道な性格。
二人はブルームヒルダをそのまま買おうとしても歯牙にもかけないと判断し、一番強い奴隷に1万2000ドルの大金を出してから追加で彼女を買い戻そうとしていた。
しかし二人の計画を見抜いたスティーブンからそのことを知らされると、骨相学を引き合いに出し、黒人がいかに劣っているかを滔々と述べ激昂。
あわやという所でブルームヒルダに1万2000ドルを出すことを提示したため何とかその場は収まったが、数々の非道な仕打ちをしながら他国の文化に乗る姿にシュルツの怒りは頂点に達し……
演:サミュエル・L・ジャクソン
吹替:屋良有作
キャンディ家に仕えている執事。
カルヴィンの祖父の代から仕えており、カルヴィンの育ての親でもある。黒人でありながら事実上キャンディ家の実権を握る存在。
つまり、見た目は黒人でも、中身は特権階級を謳歌する白人そのもの。
カルヴィンの言葉を鸚鵡返しするなど一見道化のように見えるが疑り深く老獪で、ジャンゴとシュルツの目的やブルームヒルダとの関係にいち早く気づいていた。
彼は、黒人でありながらガンマンとして生き、言いたいことは何でもはっきり言うジャンゴを見て危機感を感じていたのである。
余談
〇序盤シュルツは幌馬車に乗っているが、これはヴァルツが乗馬の練習中に馬から投げ落とされ、骨盤を骨折という大怪我をしていたため。
その後フォックスは、乗馬を楽しめるよう彼にシートベルト付きの鞍をプレゼントしたという。
〇ガトリンバーグの農場に賞金首を狙いに行く場面で、ジャンゴはド派手な青い絹の服に身を包んでいる。
元の脚本ではシュルツが選んだことになっていたが、本編では自主性を奪われていた彼が初めて自分で選択したという、自由を手にする第一歩のような形になっている。
〇賞金首を狙うジャンゴが読んでいた手配書の中に「クレイジー・クレイグ・クーンツ」という名前が出てくる。
実は『パルプ・フィクション』のクーンツ大尉の先祖らしい。
また、『
キル・ビル』でブライドが生き埋めにされた墓の墓碑には「ポーラ・シュルツ 1823-1898」とあり、シュルツの妻の墓ではと推測されている。
〇劇中、二人の目的を知ったカルヴィンが激昂するあまりテーブルと一緒にグラスを叩き割り手が血まみれになる描写があるが、ディカプリオはこのシーンで本当に怪我している。
にもかかわらず、その後も長台詞を言い続け、ブルームヒルダの顔に自身の血を塗りつけるシーンを演じきったディカプリオ。
色々な意味で恐ろしいシーンである。
〇既存曲の使い方の圧倒的な上手さで知られるタランティーノだが、本作では彼が尊敬してやまない映画音楽の巨匠、
エンニオ・モリコーネの新曲『ANCORA QUI』が使われている。
しかしモリコーネは、十分な時間が与えられないことに加え、
「一貫性を欠いた方法で、映画の中で楽曲を使う。作曲家にとって、あるまじき扱いだ」とおかんむり。
本作の評価についても、流血ばかりで好きでないとコメントしている。
このように、もう一緒に仕事をしたくないとまで言われていたほどだったのだが、二人は次回作『
ヘイトフル・エイト』で再び組むことになる。
しかもタランティーノ作品で初めて、全編オリジナルスコアで構成された作品となっている。
追記・修正は、自由を手にしてからお願いします。
- いかにもな悪役のカルヴィンではなく、寄生虫のようなスティーヴンがラスボスなのが意味深。「名誉白人」に何か思う所があるのだろうか。 -- 名無しさん (2024-02-01 08:23:27)
- 最後のジェイミー・フォックスの笑顔が最高なのよ -- 名無しさん (2024-02-01 09:20:32)
- タランティーノの会話劇に慣れ親しんだ身からすれば終盤でジャンゴがシュルツから話術を継承する場面は胸熱。 -- 名無しさん (2024-02-01 21:23:20)
- 『荒野の七人』とか南部どころかメキシコだし、年代はもっと幅広いジャンルだし平気平気 -- 名無しさん (2024-02-02 17:37:39)
最終更新:2024年09月22日 10:44