チャバネゴキブリ

登録日:2024/06/15 Sat 18:35:52
更新日:2025/04/10 Thu 14:02:40
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言わずと知れた、wiki籠りの皆様を始めとした人類の嫌われ者・ゴキブリ

ほとんどの種類は森や砂漠、朽ち木の中でひっそりと暮らし、生態系を支える重要な役割を担っているのだが、
一部のゴキブリの種類は「人間世界」という新たな環境に順応してしまい、
不気味な外見や病原体の蔓延、アレルギーの拡大など様々な形で人類の生活に多大な悪影響を与えている。
その中でも、特に日本において被害が大きい種類として挙げられるのは、古来から生息するヤマトゴキブリ、黒光りするゴキブリの代表種・クロゴキブリ、巨体で這い回るワモンゴキブリ
そして、この項目で紹介する、くすんだ茶色の小さな体を持ち、今も各地で勢力を拡大するチャバネゴキブリ(Blattella germanica)である。

一体チャバネゴキブリとはどんなゴキブリなのか?どこから来て、どうやって増えるのか?

皆様も、是非この項目でチャバネゴキブリの秘密を把握し、万全の態勢で『戦い』に挑んで頂きたい。 

【概要】

<分類>

いちいち言わなくても分かるかもしれないが、チャバネゴキブリは昆虫の中でも「ゴキブリ目」に属する昆虫である。
しかし、同じゴキブリでも、冒頭で述べた日本の害虫ゴキブリの代表格であるヤマトゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリが「ゴキブリ科」と呼ばれるグループに属しているのに対し、
チャバネゴキブリはこれらと別の進化を遂げたグループ「チャバネゴキブリ科(Blattellidae)」に属している。

学名の「Blattella germanica」や英名の「German cockroach」は「ドイツのゴキブリ」という意味だが、
後述のようにドイツが原産という訳ではなく、ドイツで見つかったサンプルを基に「分類学の父」と称される生物学者のカール・フォン・リンネが命名したのが由来である。*1

<体形など>

外見は想像しただけでぞっとしてしまいそうなあの典型的なゴキブリの形をしており、体の色はくすんだ金色淡い茶褐色

胸部の背中側(前胸背板)には太字で「」の字を書いたような黒い模様があるのが特徴。
後述の通り、この黒い模様はチャバネゴキブリの仲間によって形が異なっており、種類を見分ける大きな手掛かりになる。
大きさは成虫でも10~15mmと、日本の代表的な害虫ゴキブリの中でもかなり小さい方である。

食べ物は基本的に口に入るものなら何でも食べる事が出来る雑食性で、人の髪の毛すら餌にしてしまう他、条件が揃えば共食いまでしてしまう。
ただし他の害虫ゴキブリと同様にハーブは苦手なようである。

そんなチャバネゴキブリの大きな特徴として、成虫は雌雄ともに大きな翅を持っているにもかかわらず、空を飛ぶ事が出来ない事が挙げられる。
普通なら移動距離が限られ、広範囲に分布が拡大する事は無いはずなのだが、チャバネゴキブリはゴキブリらしい平べったい体つきを活かして様々な場所に潜入する事が出来る。
これを活かし、人間が他所へ運ぶ荷物に紛れ込む形で次々と勢力を拡大していったのである。
皆様も、荷物が入っている段ボールの中にチャバネゴキブリやその卵が紛れ込んでいないか、よく確認して欲しい。

<生態>

チャバネゴキブリは多くのゴキブリと同様、沢山の卵が入った革財布のような物体「卵鞘(らんしょう)」の中から生まれる。
その際、母親のチャバネゴキブリは、我が子が生まれる直前まで腹に卵鞘を固定し続ける事が知られており、子供を守るための行動、人間でいう「母性愛」のようなものと考えられている。傍迷惑極まりないが
生まれた子供は1~2ヶ月かけて脱皮を繰り返して成虫となり、その後1週間以内に交尾を済ませる。
そして、それ以降メスは何度も卵鞘を作り続け、次々に子孫を増やしていくのである。

卵から生まれて以降の寿命は長くても半年程とゴキブリにしては短いが、その分どんどん卵を産んで増殖する事が知られており、
僅かなチャバネゴキブリがいただけでもあっという間に膨大な数に増殖してしまう。
更に、ウンコに含まれる集合フェロモンを駆使して寄り集まる性質があり、特に幼虫は集団で暮らす方が成長速度が速い事が知られている。
よく「ゴキブリは1匹見たら数十匹はいると思え」と言われているが、それを地で行くのがこのチャバネゴキブリなのである。

また、この寿命の短さやそれ故の生活サイクルの速さは、厄介な状況を生み出している。
殺虫剤を食べたり浴びたりしても平気な「薬剤抵抗性(やくざいていこうせい)」を身につけたチャバネゴキブリが、あっという間に増えてしまうのである。
しかも、実験では1つの殺虫剤に対して耐性を身につけたチャバネゴキブリの子孫が、複数の殺虫剤を無効化する体質を身につけてしまう恐ろしい事態も確認されている。
このように、無暗な殺虫剤の乱用は、最悪の場合チャバネゴキブリを無限に強化する事に繋がってしまうので、皆様もご注意を。

一方、そんなチャバネゴキブリの弱点寒さ
暖かな環境を好むチャバネゴキブリは少しの寒さでも耐えられず、20℃以下では成長速度が遅くなり産卵もできなくなってしまう。
更に、氷点下の状態に置かれると命を落としてしまうのである。
日本に暮らすチャバネゴキブリが、空調が整っており温度が一定に保たれる建物の中を特に好むのは、これが大きな理由である。

【進化と原産地の謎】

リンネによって18世紀に正式な種類として認定されて以降、チャバネゴキブリの原産地はアフリカ大陸であり、そこからギリシャ人やフェニキア人の船に紛れ込みヨーロッパへ進出し、更に世界中へ拡散していった……と考えられていた。
だが、DNAなど様々な研究が進む中で、それを覆すような研究結果が報告されるようになった。
アジア地域に分布するチャバネゴキブリの近縁種・オキナワチャバネゴキブリが、チャバネゴキブリと非常に近い遺伝子配列を有する事が明らかになったのだ。
つまり、チャバネゴキブリの原産地はアフリカではなく、アジアなのではないか、という訳である。

そして2024年、それを裏付けるような研究結果が報告された。
オキナワチャバネゴキブリから分化し「チャバネゴキブリ」という種類が現れたのは2100年前であり、
場所は現在のインドやミャンマー辺りの地域の可能性が高い事が、DNAの研究で見いだされたのである。
ゴキブリと言えば古生代から何億年も続くグループで、現在のゴキブリに繋がる仲間も恐竜時代の白亜紀には誕生していたという非常に息の長い「生きた化石」という印象が強いが、
チャバネゴキブリが現れたのは意外にも紀元前1世紀
つまり、ゴキブリながら人間の文明よりも歴史が浅い、地球上における新参者の生物種なのである。

それ以降、長らく南アジアや中東地域に分布していたチャバネゴキブリは、人間活動に紛れ込む形で急速に勢力を広げ始めた。
イスラム教を信仰する国々とヨーロッパ諸国の貿易、東インド会社を擁した列強によるインドの統治など、人類が辿った歴史に便乗する形で、チャバネゴキブリも世界各地に現れたのである。
そして、巡り巡ってチャバネゴキブリは日本にも現れた。
アメリカなど諸外国の圧力に押される形で江戸幕府(徳川幕府)が鎖国政策を解いた「開国」により、日本には多数の交易船が入るようになった。
それに紛れ込むように、チャバネゴキブリたちも江戸時代末期に日本を勢力圏に組み込んだ、という訳である……。


……ところが、この研究結果が報告される前年の2023年、そんな仮説を覆しかねない発見が日本で報告されている。
今から約1700年前=3世紀の古墳時代の遺跡の中に紛れ込んでいたゴキブリの破片。そこに残されていた模様の形が、チャバネゴキブリと一致したのである

一体このチャバネゴキブリはどのような経路を辿って、インドやミャンマーから日本にやって来たのだろうか?
いや、むしろチャバネゴキブリの原産地自体が日本で、そこから世界中に広まったのではないだろうか

身近な害虫ながら、いや身近過ぎる存在になったが故に、チャバネゴキブリは今もなお大きな謎を残しているのである。

【利害】

これまたいちいち言うまでもないだろうが、チャバネゴキブリは立派な世界規模の大害虫
カサカサ這い回る不気味な姿で人々に不快感を与えるのは勿論、ゴミや汚物の上を歩いたり平気で食べたりするので、体の外も中も病原体がびっしりこびりついている。
加えて、脱皮後の殻やウンコがアレルギーを誘発させる事も知られており、そちらの面でも厄介な害虫と見做されている。
更に、偶然コードを齧ってショートさせてしまう事態も各地で起きており、電気やインターネットが欠かせなくなった世の中だからこその深刻な被害も存在するのだ。

どちらかと言えば家屋よりも倉庫、飲食店、オフィスビル、食堂といった様々な施設の建物に現れやすく、特に冷暖房が効いている快適な場所では1年中繁殖を繰り返してしまう。
そういった場所で仕事をしている皆様においては、特に注意して頂きたい。

ただ、一方で過去にはこのチャバネゴキブリの粉末が民間療法で心臓病や癌、毒に効果があるとされていた時代もあったという。

【近縁種】

前述通り、チャバネゴキブリが属する「チャバネゴキブリ科・チャバネゴキブリ属」のゴキブリの仲間には体の胸部の背中側に1対の黒筋があり、その形の違いが種類を見分ける大きなポイントとなっている。 

◇モリチャバネゴキブリ(Blattella nipponica)

関東地方より南の森林や草地に生息するゴキブリ。学名に「nipponica」とついているが、朝鮮半島でも確認されている。
チャバネゴキブリにそっくりだが家の中に入り込む事はなく、枯れ木・枯草を食べて慎ましく暮らしている。
ただし夜になると照明に引き寄せられて家の近くにやってきてしまう事もあるのが玉に瑕。
チャバネゴキブリとは黒筋の形が違う他、成虫が空を飛べるのが大きなポイントである。
過去はチャバネゴキブリと同じ種類と考えられ害虫扱いされた時期もあったが、1960年代以降はヒメチャバネゴキブリと共に別種として扱われている。

◇ヒメチャバネゴキブリ(Blattella lituricollis)

伊豆諸島や小笠原諸島、南西諸島、四国や九州の南部など暖かい地域に生息する、野生のチャバネゴキブリの仲間。
北アメリカ大陸原産と考えられており、日本には外来種として侵入した可能性が高い。
姿が似ているモリチャバネゴキブリと比べて胸部背面にある1対の黒筋が細いのが主な違い。

◇モリゴキブリモドキ(Blattella biligata)

南西諸島のジャングルの中に生息する在来種のゴキブリ
外見はお馴染みのゴキブリだが、どちらかといえば「モリゴキブリ」というゴキブリのグループに姿が似ているのが名前の由来である。
長らく西表島で発見された1匹のみが知られていたが、2010年代にゴキブリの研究者たちの調査により波照間島で多数の個体が確認された。

◇オキナワチャバネゴキブリ(Blattella asahinai)

沖縄本島で発見された個体を基に、1981年に新種として登録されたチャバネゴキブリの仲間。
ただし日本が原産地という訳ではなく、南アジア地域が原産でそこから日本にいつの間にか入り込んだ外来種であると考えられている他、
この日本で増殖している個体群の一部が更にアメリカ合衆国に勢力を広げている事が確認されている。
ヒメチャバネゴキブリに非常によく似た姿だが、胸部背面にある黒筋の形が若干異なる。

前述の通り、DNAによる系統解析や交配実験などの研究の結果、チャバネゴキブリの先祖である可能性が高くなっており、
チャバネゴキブリ誕生の謎を握る存在として注目されている。

【余談】

  • 茨城県の詩人・野口雨情が作詞を手掛けた童謡『コガネムシ』の歌詞に登場する「こがねむし」は、甲虫のコガネムシではなく、別の昆虫ではないかという説が古くからから提唱されているが、その中でチャバネゴキブリがその正体ではないか、という意見が存在する。
    野口雨情の出身地が含まれる北関東地域でかつてゴキブリを「こがねむし」と呼んでいたからという理由なのだが、一方で同じく茨城県で「こがねむし」と呼ばれていた、古来から美しい甲虫として愛されているタマムシが正体なのではないか、という説も存在する。

    片や国民的な嫌われ者の害虫、片や国宝にも使用されている高貴な虫。「金持ち」と称される虫は、一体何者なのだろうか……?


 追記・修正をする前に、くすんだ黄金色のゴキブリが家の中で豪遊していないか、よく確認してください。

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最終更新:2025年04月10日 14:02

*1 このため「ロシアゴキブリ」や「フランスゴキブリ」など、各々の国で嫌いな国の名前で呼ぶ風習が根付いてしまった所もある