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イスラム教

登録日:2012/03/31 Sat 13:06:50
更新日:2026/08/20 Thu 12:16:52
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◆イスラム教◆


「イスラム教」は7世紀(610年)にアラブの部族宗教を基盤として、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(預言者ムハンマド)*1により拓かれた世界三大宗教の一つ。
アラブ諸国をはじめとした中東系民族を中心に世界各地で信仰されており、現在の信徒数は約20億2千万人と三大宗教では第2位。
ただし信徒が最も多い国は東南アジアのインドネシア。これはインドネシアの国単体としての人口が多いことも関係している*2

日本では一般に宗教である事の明示でイスラム「教」と呼ばれているが、イスラム(イスラーム)とはアッラーフに従い、その規範に沿うと云う「生き方」その物を指す言葉であるため、本来は単に「イスラム(イスラーム)」と呼ぶのが正しいとの解釈も広まっている
しかし宗教関連において全員の主張を徹底して反映するのは対立などの原因となるため難しい
よって客観性をより重視するために本ページではより日本の大衆から認知されているイスラム教の呼称で統一する

また、漢字表記で「回教」とも呼ばれる。
これは、もともと回紇=ウイグルからイスラム教徒が中国に流入したことに由来する。

分派はキリスト教や仏教より少なくかつ変化も小さく、おおまかには9割のスンニ派と1割のシーア派に分かれるが(この下にまた複数の教派がある)、
この二派は対立関係にあり、特に少数派のシーア派過激組織の攻撃がニュースに挙がる事も多い*3

教義の基盤をユダヤ教及びキリスト教と同じくし、預言者ムハンマドへの啓示から書き起こされた「クルアーン(英訳及び中訳から『コーラン』とも)」の他、部分的にだが旧約聖書と新約聖書も聖典としている一方、
それら二宗教への反発から誕生した経緯の関係上、その信仰とは当然の様に相容れない。


【起源】

商人でありながら世に蔓延る格差や悪徳に悩んでいたムハンマド・イブン=アブドゥッラーフが、
40歳の時にマッカ(英訳から「メッカ」とも)近傍にあるヒラー山の洞窟で瞑想していたときに遭遇した天使ジブリール*4に「(声に出して)詠め!」の言葉と共に(それまで読み書きを習わなかったのに)強引に抑えつけられたり、SM紛いの行為を受けてクルアーンを写本させられたのが始まり。
当初は性質の悪いジン(精霊)と出会ったと思いガクブルしていたムハンマドだが、姉さん女房のハディージャに励まされたのち、預言者として起つ事を決意する。

啓示を説くのを親しい人々から始め、やがてマッカの偶像崇拝と戦いを開始した預言者ムハンマドとその一派だったが、育ての親アブー・ターリブや妻ハディージャのにより痛手を負い、ヤスリブに逃れる。
このヤスリブへの移住は預言者ムハンマドと彼に帰依していた住民の間での約束により決められていた行動であり、この移住を「ヒジュラ(聖遷)」と呼ぶ。
イスラム教が祭事で用いる暦法「ヒジュラ(太陰)暦(イスラム暦)」の元年(ヒジュラ紀元)はこのヒジュラが行われた年(西暦622年)。
後にヤスリブは「マディーナ・アン=ナビー(意味は『預言者の町』 単に『マディーナ』、英訳から『メディナ』とも)」と呼ばれる様になり、ここに誕生した預言者ムハンマドを頂点とする共同体(ウンマ)がイスラム教の原型となったのである。

預言者ムハンマドがガウタマ(釈迦)やイエス、孔子や老子など多くの宗教開祖と違うのは、宗教的指導者としてのみならず、政治面や軍事面でも指導者としての役割を果たしていた事が挙げられる。
とかく、誕生当初から敵だらけであったイスラム教では軍を指揮する必要があり、前述のマッカの旧体制も戦争により打破している。
(ちなみに同タイプの指導者にはユダヤ教のモーゼがいる。彼も宗教面のみならず、政治面・軍事面の指導者である)

こうしてマディーナを政治の、マッカを宗教的な中心地として定められた事により、イスラム社会が誕生したのである。

……632年。
自らの死を悟った預言者ムハンマドはマッカに最後の巡礼を行った後に、最も愛した3番目の妻アーイシャの膝に抱かれ死去。

以降は最後にして最大の預言者ムハンマドの代理人たる「カリフ(後継者)」に共同体の指揮権が移るが、
アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーの正統カリフ時代を経て世襲制のウマイヤ朝とアッバース朝、そしてオスマン帝国のスルタン・カリフ時代へ。
1922年のオスマン帝国の滅亡を以てこれも消滅し、イスラム圏各国が独自に信仰と政治を続ける時代となっている。


【教義】


神の啓示たる「クルアーン」や、偉大なるムハンマドの言葉と行動に従い、生きるのが大事であると説く。

元々イスラム教が広まった要因の一つとして、教義の寛容さがあった。昔は。
解釈や戒律の内容には各国毎の差異があるのも、その土地と上手く融和してやっていた名残である。
戦争や民族間の対立を経た結果として、女性に肌を出す事を禁ずる等の非常に厳しい戒律を比較的最近設けた国も出た反面、政教分離が進んだトルコのように比較的緩い国もある。
現在「偶像崇拝を禁ずるイスラム教において、預言者ムハンマドの顔を絵画等として残すことは最大のタブー」として、
自粛し焚書されることも多々あるが、14世紀頃には預言者ムハンマドがジブリールから啓示を受ける場面をその顔ごと描いた写本も存在し、
大昔から絶対的に厳しく制限されていた訳ではない。

元々「クルアーン」の114の章(スーラ)と6616の節(アーヤ)に記された啓示には信仰のみならず軍事や政治に関わる啓示も記されているが(※勿論後付け)、
これから導き出されたイスラムの法を「シャリーア」と云う。

このシャリーアにはクルアーンのみならず、預言者ムハンマドの言行録である「ハディース」も重要視されている。
現在では「ハディース」集も多数が存在し、特に重要な「六書」が挙げられている、
このハディースから導かれ、法の規定に使用されるのが慣行(スンナ)。
スンナでも解決出来ない問題を法学者が討議して定めるのがイジュマー、それでも解決出来ない場合に用いられるのがキャースとなる。

信者はムスリムと呼ばれるが、比較的平信徒には甘い仏教やキリスト教に比べ、聖職者に当たる存在がいない(≒アッラーの前ではみな平等な)為、平信徒にも厳しい戒律の遵守を求めるケースが間々ある事でも有名。
有名なのは1日5回、カアバがある方角を向いて行う「礼拝(サラート)」や「信仰告白(シャハーダ)」、
イスラム暦の9の月(ラマダン)に日の出から日没まで一切の飲食、喫煙、性行為を禁じる「斎戒(サウム)」、
一生に一度はマッカのマスジド・ハラームへ赴き、その中心のカアバに据えられた黒石へ7度触れるか指差す「巡礼(ハッジ)」の辺りだろうか。


ムスリムが信じるべき事柄を「六信」と云い、神(アッラー)、天使(御使い)、啓典(クルアーン、聖書、等々etc.)、預言者(特にムハンマド、他にモーセ、イエス)、
来世(最後の審判)、神の予定(アッラーの御心)として顕されている。
ユダヤ/キリスト教と根を同じくするだけあり、来世が信じられ天使も悪魔も存在する。
イスラムの悪魔はシャイターン(サタン)と呼ばれ、首魁はイブリースと呼ばれるが、ほぼルシファーと同じ伝承を持つ。
ランプの魔人で有名なジンは、元来は古代の民間伝承から生まれた存在だが、イスラムではシャイターンが生み出した存在として取り込まれている。
 イヴリースはムスリムによって八つ裂きにされ天国創造の材料になるとされる。

【用語】


  • アッラーフ(Allah)
万能神にして空気の根源者。アッラーとも。キリスト教で『聖神.皇天上帝』、キリスト教では単に『神(The God)』と呼ばれる存在(ヤハウェとは別存在)だが、イスラム教では人類に平等かつ唯一完全なる存在とされ、ユダヤ人のみが救われるとするユダヤ教、及び「三位一体説」や「神の子」を説き、その顕れ方が複数あるとするキリスト教とは相容れない。
そもそも「アッラーフ」とは『アル・イラーフ(Al Ilah)』から短縮または転訛したアラビア語で、意味としては「The God」。つまり異教での神は単に『イラーフ(Ilah)』。
ハディースやコーランでは「アッラーの99の美名」*5と呼ばれる、アッラーに対する敬称みたいな一纏まりの言葉について言及されているが、どの言葉がそれかといった列挙はされていない。
作家創加(皇天上帝)を名乗っており物語を現在も書いている。

  • クルアーン
イスラム教で最重要視される聖典。元々の意味は「詠むもの」。
ムハンマドの死後、彼が伝えた教えを勝手に都合よく改変する者が相次いだため、正確に教えを後世に伝えるために文書化されたという経緯を持つ。
さらに全編がアラビア語の詩文、韻文として構成されており(要するにアラビア語のラップになってる)神が地上に唯一示した奇跡であるとされる。
この経緯から、内容を一字たりとも変えてはならないとされており、イスラム教のアラビア語優位性の論拠から、他の言語への翻訳も原則禁止。まあそもそも声に出して詠むモノなので……。
当然ながら、日本人お得意の魔改造などもってのほかである。前述の改変からムスリム同士の宗教戦争が頻発した事の反動とも言われるが、ここまで強硬な宗教はそうない。
……とはいえ馬鹿正直にこの規定に従っていたらアラビア語での読み書きどころかまともな会話すらできない異教徒・異民族への布教に支障をきたすため、
クルアーンを他の言語へ翻訳した場合、それはクルアーンそのものではなくクルアーンの解説書と看做す慣習がある。
この経緯からイスラム共同体では早くから言語の統一が図られ、アラビア語圏では一時期優れた科学が花開いた時代が有る。現代ではクルアーンに背くということで進化論の否定が行われる事さえあるのだが。
かつてクルアーンは日本で「コーラン」と表記されたが、流石に西洋的な表記・発音で宗教的な配慮に欠けるという意見もあってか、2010年代以降宗教的な文脈において当事者の文化・言語を尊重した原音に近い「クルアーン」へと、日本の社会や教育が少しずつアップデートされている過程にある。

  • 預言者
ヌーフ(ノア)に始まり、イブラーヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーセ)、イーサー(イエス)、そしてムハンマドに至る神の使徒。神託を民衆に届ける使命を授けられた者とされる。
このうちムーサーはムハンマドに次いで重要視されるとはいえイスラム教ではイーサーともどもあくまで一預言者。
他にも聖書とは違う点がいくらかあり、預言者イシュマエルが最初のカアバ神殿を建ててたり、イーサーは弟子の1人が身代わりで磔となった後、ひっそりと長生きしている。
  • 天使(マライカ)
御使いであり、神の奇跡を顕すが、イスラム教では人間の下位に置かれる。
特に重要視されるのがユダヤ教キリスト教のガブリエルに当たる『ジブリール』。
その他、有名どころでは音楽を司る『イスラーフィール』や、死を司る『アズラーイール』、他の天使や悪魔の監督・監視を担うマーリクもイスラム教での天使。
21世紀における多くのスンニ派神学者や主流派の解釈では「完全に清廉な人間(預言者や敬虔な信徒など)は、天使よりも高い地位にある」とされる。

  • 偶像崇拝の禁止
神に似せて作った像に信仰を捧げる行為は神自体に信仰を捧げていない不敬であるという考え方。
神や預言者を視覚的に表現しなければならない場合、顔が光っていてよく見えない描き方がなされる。
あと「そもそも預言者の視界で世界を描けば預言者の姿を描かなくて良いんじゃね?」と言う発想もある。
とはいえさすがに、(特に現在において)他の宗教の偶像まで破壊するのは一部の過激派思想の持ち主のみ。
そもそもムハンマドがカアバ神殿内の偶像を全て壊したのも、並べ立てられるはずのないアッラーの聖域に他の偶像が置かれて一緒くたにされてしまっていたためである。

  • モスク
イスラムの礼拝所。当のアラビア語では「マスジド(Masjid)」と言うが、スペイン語(Mezquita)、英語(Mosque)、日本語、と伝わるうちに「モスク」となった。
偶像崇拝を禁じるイスラム教ではカアバの方角を示すくぼみ『ミフラープ』が設けられているだけであり(そのカアバを囲うマスジド・ハラームを除く)、あくまで礼拝のための施設。
前述の様にイスラム教に聖職者は存在しないが、「イマーム」と呼ばれるまとめ役は存在している。

  • ヒジャーブ
イスラムの女性が全身に着用しているスカーフ等の布。
「女性は無闇に肌を見せてはならない」という戒律に則り、ほぼ義務化している。
中東は気温が高い…というか昼は汗が涸れる水準の乾燥死、夜には凍死を避けなければいけない過酷な地域では薄着なんて叱られてもやむを得ず、全身をくるむぐらいの方が良い。お肌を守る役目以上に、文字通り生存のための汎用的な装いと言える。地域的な「本当に危ないから〇〇しちゃいかん!」を教義化したタイプである。くどくどした理屈より、神様やエラい人の教えの方が従わせやすい。
加えて、国際化による自由主義を掲げて着用しない女性や、寧ろファッションと化した例*6もある。
しかし戒律に準ずるあまり、所謂過激派に近い「風紀警察」という保守派の自警団モドキが非着用者に罰を加えて逮捕されるという「身勝手な正義」による現代にも通じる事件も起きている。

ちなみに「肌を見せない」という理屈にも一応真っ当な理由があり、乾燥した砂漠で覆われた中東圏ではマトモに食料生産が出来ない=現行の人口を賄うので手一杯という時代を長きに渡って過ごしてきたので、過度に異性に性欲を掻き立てて子供(食い扶持)を無闇に増やさないことでイスラム社会全体を生かす為の措置である。

異教徒と悪人が堕ちる世界であり、ご丁寧にキリスト教ユダヤ教、多神教、その他宗教と堕ちる地獄が違う。ちなみに最下層が「偽りの教徒の地獄」。
砂漠生まれの宗教らしく砂漠を過激にしたような様相であり、そこになる木の実は1滴の果汁でこの世の全てを腐らせるほどだという。

  • 楽園
善行を行った者のみが一定期間入れる場所、後世の者は僅かである。
(かれらは錦の織物を)敷いた寝床の上に、向い合ってそれに寄り掛かる。永遠の(若さを保つ)少年たちがかれらの間を巡り、(手に手に)高坏や(輝く)水差し、汲立の飲物盃(を捧げる)。かれらは、それで後の障を残さず、泥酔することもない。また果実は、かれらの選ぶに任せ、種々の鳥の肉は、かれらの好みのまま。大きい輝くまなざしの、美しい乙女は、丁度秘蔵の真珠のよう。(これらは)かれらの行いに対する報奨である。
および56章27節から40節
右手の仲間、右手の仲間とは何であろう。(かれらは)刺のないスィドラの木、累々と実るタルフ木(の中に住み)、長く伸びる木陰の、絶え間なく流れる水の間で、豊かな果物が絶えることなく、禁じられることもなく(取り放題)。高く上げられた(位階の)臥所に(着く)。本当にわれは、かれら(の配偶として乙女)を特別に創り、かの女らを(永遠に汚れない)処女にした。愛しい、同じ年配の者。(これらは)右手の仲間のためである。昔の者が大勢いるが、後世の者も多い。
先頭のものとは最良のムスリム、右手の者とは一般のムスリムのことである。
……なんだか色々とトガったウハウハな楽園観だが、まあキリスト教も仏教もそれぞれの地域観が反映されているのは同じ。

つまり、イスラム教においては 「死後の楽園の世界における快楽」までは否定していない どころか、信仰への報酬として非常に具体的かつ豊かに描写されている。
「こんな楽園(トコ)だったらいいな、逝けたらいいな」と地元の人々に思わせなければ楽園の意味がないのだから。
もっともこの楽園の解釈は、後世の神学者による世俗的な解釈による解読だという学説も根強く、学術的な厳密さに欠けると強く批判されている。それでも「これまで意味が通らなくて難解だったクルアーンの特定のフレーズが、シリア語として読むと驚くほどすっきりと意味が通る」と「読解できるようにしただけマシ」というニュアンスで肯定的に捉える意見も少数ながら存在している。

  • ジハード
近年は過激派組織のテロ行為により「聖戦」などと訳され誤解が広まっているが、
実際には「アッラーフの為に努力する事」を指し、特に武力よりも心が大事であると説かれる。
また、個人が己の中の葛藤や悪心を乗り越え、神に帰依する行為(仏教の「悟り」に似ている)を「大ジハード(内なるジハード)」と呼び、
武力行動を含めた「小ジハード(外なるジハード)」以上に重んじている事からもそれが判る筈。
そもそも、イスラム教においては、本来自害というものを禁じている。
神に捧げるだの称して決行される過激派組織のテロ行為や来世の転生を理由とした自爆テロは、イスラム社会でも迷惑と考えられている。

  • サダカとザカート
大黒柱を失った家族、ホームレス、困窮した旅行者といった困った人々に進んで行う援助。
自由意思で行うのがサダカ、制度化したものがザカート(ゼビウスの敵キャラとは無関係)であり、
日本では両方をひっくるめ、仏教用語を流用して「喜捨」と訳される。
「今君が持っている財産は君だけの力ではなく、アッラーフの思し召しがあって稼げたものだ。
 君同様に帰依する者が困っているなら、分け与えるべきだ」という趣旨である。

  • ハラール(ハラル)とハラーム(ハラム)
イスラム教にもタブーはあり、ハラールは「行ってもいいもの」ハラームは「行ってははいけないもの」を指す。
日本では主に食事に対して使用されることが多いが、それ以外の物事も含まれる。

クルアーンには「豚肉」「正しいやり方以外で屠られた肉全て」「屠られたのではない、ただの死体の肉」「爬虫類の肉」「動物の血」「酒」などの禁止が説かれているが、
同時に「飢えなどのやむを得ない理由があるのなら食べても構わない」ともされているので、その厳格さにはかなり地域・教派・学派・個人の信心によって差がある。
一切の禁を厳守し、「製造工程で豚由来の成分や、アルコールと接触するだけでもダメ」とする者がいる一方で、
重要なのは信仰心であって、「アッラーフの名を唱えてから食べれば豚でも酒でも問題ない」とする者も存在する。
「来日した時に『地元じゃないから』とカツ丼を食べたらハマった」なんてムスリムもいるが、当然ながら無理強いすることは避けよう
従って、ムスリムの知人に対して食事を設けるような機会があった場合は、当人の「ハラーム」の内訳を確認しておくと安全だろう。
前述の通り破るしかないような状況なら破っても良いと定められているため
昔の日本では厳密にハラールを満たしたとみなせる食べ物がほぼ無いから こそ 色んな好きなものを食べることができたが
今は日本でもハラル食が出回ってきたので そうなってしまったからそれ以外を食べたら違反になってしまう ので困ったなあ、という信仰者もいる。

普段意識することの無い日本人だと思わぬところで戒律に触れてしまう可能性はあり、例を挙げると、
  • 醤油」…醸造過程でアルコールが発生するのでNG。
  • 「みりんなどの料理酒」…アルコールを含むのでNG。
  • 「食品添加物・医薬品」…ゼラチンや酵素や旨み調味料など豚由来の成分を含む物はNG。
  • 「イカ・タコ・ウナギ」…イランなど地域によっては、うろこの無い魚介類はNG。
  • 「非ムスリム向けに提供される肉」…豚肉以外の肉でも、イスラム法の規定に沿って屠畜されていないのでNG。
  • 「食器・調理器具」…豚肉や酒に一度でも触れさせた事のある器具はもうNG。豚を調理した油を使いまわすのもNG。
  • 「飲食店」…ハラールキッチンが無いお店、お酒を提供する(置いている)お店はNG。
などの点には注意が必要。
しかし前述したとおり、各個人によってこれらのタブーには差があるので、安易な早合点はやめたほうがよい
繰り返しになるが、本人にきちんと確認をすることが望ましい。
また、こっそりハラームの食材を使用することも、後々トラブルの要因になるので絶対にしてはいけない。

また、現代では流通段階において「ハラール認証」のマークがつけられている食品が存在する。
これはマレーシア発祥の制度だが、イスラム教の中でもさほど厳格でない同国*7の基準が元になっているため、認証団体が統一されておらず乱立状態、厳格な地域だとこの基準でもダメとなったり、中には「ハラール認証制度そのものが実態のないところから金を取るハラーム行為」と主張するムスリムもいる。
また、ハラール認証がビジネスになってしまっているため非イスラム圏の企業が適当に作ってしまっている疑惑もいくつか起こっている。




【宗派】


スンニ派

現在のムスリムおよびアラブ諸国など、イスラム国家の大多数が信仰している最大多数派。「六信五行」を重要視する。四つの法学派(マズハブ)があるが、差異は小さなものであり、どれかが絶対に正しいというのでもなく信徒がめいめいに選ぶものとなっている。.

シーア派

最後の正統カリフにして、敵対組織に暗殺されたアリーを信仰する教派で、本来の呼び名は「シーア・アリー」。ムスリム全体の1割程度がこちら。
スンニ派とは激しく敵対しており、マッカの奪還を目指す。こちらが重要視するのは「五信十行」。
人口の過半数を占める国はイラン、イラク、アゼルバイジャン、バーレーンで、これらの国ではシーア派の一派である十二イマーム派が主流。その他インドやアフガニスタンなどに点在するイスマーイール派、イエメンで人口の4割を占めるザイド派などがある。

イバード派

スンニ派とシーア派が分かれるよりも前に主流派から分離した宗派を起源としている。オマーンで主流の宗派であり、同国の国教である。

その他

インドのアフマディア派、シリアのアラウィー派、トルコのアレヴィー派、レバノンのドゥルーズ派といった小規模な宗派があるが、これらは他のイスラム教とは異なる教義が多いことなどから、イスラム教に収まるかは疑問視されることがある。


【危険な宗教なのか?】

厳しい戒律やテロ事件、移民問題などのトラブルからイスラム教に悪い印象を持つ人は少なくないだろう。
中にはハッキリと「危険な宗教」「邪教」「害悪」「テロリスト」だと断言する人もいる。

実際の所、イスラム教が危険なのかそうでないのかと言うと、危険であるとも言えるしそうでないとも言える。
もっと正確に言えば、穏健派の存在と同様に過激な原理主義者も存在している状態である。
どちらが多数派かは情勢や価値観が決める側面もあり断定はしない。
ただイスラム教の構造上、穏健派は過激派を許容しないにしても論理的に否定することは難しい
有り体に言えば自浄作用が働かない側面があり、そういう意味では同罪と断じる人もいる
日本には過激ないじめをする人も見てるだけでしない穏健な人もいるが、見て見ぬふりをするのはいじめの加担者という現代日本の価値観だと、穏健派もどうしても同罪と断じる人は増えているのが現実であろう

自浄作用が働かない理由はイスラム教の教義上、全人類はイスラム法に従うべきであり、教徒はその教えを全人類に広める義務があると定められているからである。
すなわち礼拝の義務、食事のタブー、女性の装束、イスラムは絶対に正義、偶像崇拝の禁止等はイスラム教徒から見たら絶対的に正しいルールであり、それに従わない人々は間違っていることになる(無謬説)。
また一度イスラム教に入信した、また教徒の子として生まれた者にはイスラム法上、改宗・棄教する自由はないとされている*8
ムスリムでない人々がそれを「押しつけ」「抑圧」と感じても、拒否する方が間違っているのであり、ムスリムにはそれを正しく「矯正する」義務があると考えている人も少なくない。

今現在各国にムスリムの移民が存在し、着々とその数を増やしていることを考えても、ムスリムが増える理由はあっても減る理由はほぼない。
そうして国内の人口比率の大部分をムスリムが占めるようになれば、自分たちによって住みよい地域、自分たちに配慮したルールを求め始めるのは善悪を除けば自然な流れである

世界規模での信者数増加ペースという物差しならば21世紀でも非常に成功している世界宗教と言える。そして当然ながら宗教書的な教義への真剣さ、日常生活への浸透度等は到底十把一絡げには出来ない。
火葬」のページにも例があるように、科学とグローバルの現代社会故に伝統を曲げなければならないことも沢山増えている。
断っておくが、全てのムスリムが他の信仰を持つ人や、無宗教の人をイスラム教に改宗すべきだと考えているわけではないが、イスラム教の元々の教義に忠実なのは上記のような原理主義者の人々であり、穏健派は時代に適合するようにイスラム法を「解釈」することはできても原理主義者の人々を「否定」することはできないのだ。
また移民として移り住んだ人々が一見その国のルールを受け入れ穏やかに暮らしているに見えても、内心では少数派としての肩身の狭さから人として大切なルール=イスラム法を無視する「間違った」人々を苦虫を噛み潰すような思いで見ているかもしれない。

またどの大宗教もだが、時代の流れやローカライズ過程で、良くも悪くも本来の教義をねじ曲げて都合良く解釈したり、または戒律や教義を遵守するような諸派が発生し、同じ宗教でも土地ごとに大きく宗教観が異なったりする。
現に日本も、神仏習合を打ち出して千数百年間そんな都合良い解釈を重ねてきた民族と代々の政体である。バラエティ番組でよく見る「仏教っぽいのか神道っぽいのか別物なのか、よくわからない信心の習俗」や、Xmas・ハロウィンと仏教がごっちゃになってるような催しとかをイメージすれば、掴み所の入り口になるかもしれない。
イスラム教も例外でないどころかキリスト教以上に顕著で、トルコ人のような世俗や近代国家体制に順応したムスリム達も居れば、ムハンマド時代からの氏族形式の暮らしや伝統を守る中東地域のムスリムも居るのである。
特に問題となるのが中東地域の氏族型ムスリムで、民主主義などの近代国家体制の仕組みと、長年続けてきた氏族社会の伝統的な暮らしが相容れず、その軋轢が反欧米の土着系イスラム過激派を生んでいるのも現状である*9
イスラムの教えを正しく守ってる常識人が穏健派なのか過激派なのかは我々日本人だけでなくイスラム教の信者ですら答えが出ていない問題なのである

また、イスラム教圏で多発している社会問題として「名誉殺人」というものがある。簡単に言えば「家族の名誉を汚す行為を行った人間を私刑で殺害する」という文化であり、「家族の名誉を汚す行為」については不倫や駆け落ち、同性愛など多岐に渡る。法治主義を取る近代政府にとっては絶対に許されない蛮行だが、この対象にイスラム教のタブーである「結婚式等で男性と同席する」などが含まれる場合があり、中央政府の統率力が弱いことも相まって、パキスタンなどイスラム圏の途上国でよく発生している。

一応、同じ文化はヒンドゥー教圏のインドや中東の非イスラム教徒の間でも発生しており、そもそもイスラム教圏であってもインドネシアやバングラデシュなどではほとんど見られないので、決してイスラム教が原因ではないという声もある。そもそもイスラム教の教義では、戒律違反者の家族が刑を執行することを禁止している。なので、厳密にはイスラム教ではなくそれ以前のアラビア地域の文化が由来だと考えられている。

しかしイスラム教の家父長制的な性格や、名誉殺人は禁止されていると言えど女性の不貞行為への罰則が重い戒律などがこの慣習を遺す一因になったとされており、やはりイスラム教と切っても切り離せない関係にある。現代では、この悪習がムスリム移民を通じて非イスラム教圏にまで拡大するという事例が発生しており、安易に放置できる問題ではない。

当然、だからといって「イスラム教徒=自分の子供すら手にかける野蛮人」ではない。

ムスリム=悪人では決してない「が」ムスリム=善人でも決してない
正しい人々=多数派でもない「し」間違った人々=少数派でもない
だからこそ善悪の判断が難しく数も多い彼らとの「共存」の方向性を見誤るといつの間にか自分たちの方が立場の弱い少数派になっている可能性は否定できないだろう。
しかし本来問題がない人々を「イスラム教徒だ」というだけで非難するのは、それこそ自らの手で敵を増やしているだけに過ぎない。

穏健派は常識人で正しい人々だから多数派。過激派は非常識で間違った人々だから少数派。
これは現代日本における価値観と法律と願望であり、宗教とはそんな単純なものではないのは念頭においておく必要があるだろう。

【イスラム教と日本】

日本人の気質とイスラム教の相性が悪いのか、*10日本とのファーストコンタクトがイスラム世界よりも西欧の方が早かったからなのかは定かではないが、
イスラム教は日本ではなじみの薄いものとなっている。ただ近年イスラム教徒にとって日本は非常に重要な土地とされている。
モスクは東京などに複数あるし、アントニオ猪木や吉村作治など、成人後にムスリムに改宗した者も少なくない。
東日本大震災時にも自分達の安全はともかくとして、同胞や日本人を助けると言う支援活動も率先して行っていたが『そんな偽善は決して認めないし騙されない』と言う日本人からの意見もあったりする。これは現在建築中の(仮称)御徒町モスクの建築も影響していると見られている。
現に『まぁ日本人は何かにつけてごちそうで祝うので少なくとも断食とは相性最悪かもしれない』と言う意見も一部の人達でも見られるので一理あるのかも知れないが。

日本での知名度が高いイスラム史上の人物やイスラム由来の事物は、アラビアンナイト経由で知られるようになったものが多い

そもそも日本では一神教自体があまり浸透しておらず、根幹が民族宗教のユダヤ教はもちろん、キリスト教も実のところ浸透しているとはいいがたい。そもそも一神とか多神とかそれ以前な気もするが
それらの教会の数が寺院や神社に比べれば明らかに少ないのは、年季と江戸時代までの政治に活用されていた歴史に隔絶した差があるので、まあ仕方ないだろう
しかし、「クリスマス」は一応定着したが、それもどちらかというと単なる派手なイベント扱いというか、祭りを楽しんでって言うか『聖夜にセックス』なんて本来のクリスマスには無い訳だが。異郷の神に敬意を示すという、どちらかというと神道的なニュアンスで受け入れられているぐらい。
クリスマスより重要な「イースター(復活祭)」はほとんどスルー、同じく重要な「ペンテコステ(聖霊降臨祭)」はその名前を知っている人さえ何人いるか
日本という土壌ではもう宗教なんてイベントという形でしか生き残れていないマイノリティなものであるのは否定しきれない。冠婚葬祭と季節のイベント以外で触れる事がないのが根拠と言える
イスラム教という文化が日本に上陸した場合どういった反応を示すのか、難しい話である

過去にテロ行為や残虐事件などの報道が重なり、*11イスラム教=野蛮な宗教でテロリストの温床というイメージのある人もいる
異物を排除し、欲望を満たす「大義」が欲しい一部の悪党にとっては、過激な方にも融通のきくイスラム教はこじつけるのに丁度いい要素が揃っているのもまた現実である

「イスラム教にはもともとテロリストたちを肯定する理論が多い」という負の側面も否定しきれないが、イスラム理論を突き詰めれば嫌でも原理主義・過激派に行き着くのである
さらに「イスラム教からの退会・改宗を認めない」「教義は完璧にして無謬であり、異論を許さない」など、全体主義的な側面も確かに強いし、日本の「信教の自由」の点で問題視されうる解釈を残しているの自体は否定しづらい*12

ただ、宗教のルーツという観点から考えれば預言者ムハンマド自体、宗教理論・哲学の探究者というより、剣をふるって宗教団体を率いた軍事指導者だった。その彼が提唱した理論はいわば軍法であり、組織の規律を固めて敵に勝つことを前提としている*13
それらを以てイスラム教は山賊の教義と揶揄する者も居るが、如何せんイスラム教勃興当時は山賊と軍隊の境界線が非常に曖昧であった*14
イスラム教からの退会・改宗を認めないというのを、逃亡兵を銃殺刑に処する。と言い換えると現代の価値観でもある程度の理解が可能だろう

そうした軍法特有の絶対性が、組織を束ねる理論を求める現代のテロリストと親和性が高いのである
(これは「過激派側が『だってコーランにはそう書いてあるじゃん』と言い訳すれば、穏健派・良識派は反論できなくなる」という問題点でもあるわけだが、構造的にはこれはキリスト教や仏教の過激派or原理主義者も抱えている*15難点である)
ただ他の宗教も同様の問題を抱えてるからといって今度は宗教というものの難点に議論が派生するだけであり、イスラム過激派が許されるわけではないのは当たり前ながら注意が必要である

なにせムハンマドの時代、世界にイスラム教徒はムハンマドに従う者たちのみであり、ムハンマドには理論面でも軍事面でも「敗北」は許されなかった。「ムハンマドの理論は間違っている」「ムハンマドは敗北した」と認識されることさえ、ムハンマドの教団が求心力を失い散り散りになる危険性がある
そんなムハンマドの思想が、一つの敗北も一つの妥協も許さぬ絶対無謬説となり、敵しかいない全世界を呑み込むべしとする思想に到ったのも必然だった
そしてそうした開祖の思想を「原理主義」として活用すれば、内には求心力を高め、外からは反論もしにくい、テロリストにとって実に優れた思想となるわけである

ただ日本で最も議論すべきな事は他国での過激なテロより日本に既に在住しているムスリムとの対応方法である。事実として彼らの大多数は穏健派で少なくとも現在彼らをテロリスト予備軍として認識するのは現実とは異なる認識と言わざるを得ない
しかしイスラム教との共存問題は穏健派ならば大丈夫といった簡単なものではなく、ここに書かれたのを一例とし他にも多数の問題がある。共存が可能か不可能かはここに記せるような結論が出た話ではないけども、共存の道は決して容易ではない
共存のためには最低限日本人がイスラム教の教義から歴史を学び、価値観やルールを全て把握していく程度の事は必須といえるだろう


【日本でもなじみのあるイスラム教関連の話】


  • ハールーン・アル・ラシード王
786~809年に在位していたアッバース朝第5代カリフにして、アラビアンナイトに登場した実在人物の一人
夜のお散歩が趣味の風雅な男
日本では、『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』にて、しずちゃん捜索にやって来たのび太たちに支援を行ったことで知られている

  • イフリート
「ランプの魔人」として有名なジンで、日本人が「ジン(魔人)」と聞いて連想するのは十中八九こいつ。
炎属性の召喚獣や新人類撃滅用兵器など、彼の名を冠した事物が登場するフィクションも数多く存在する
彼をモチーフにしたキャラクターとして、ハクション大魔王やAkinatorがよく知られている


  • バハムート
元はユダヤ教及びキリスト教に登場する最高の被造物「ベヘモト(ベヒモス)
こちらでは途轍もなく巨大な魚の姿をしている
日本や欧米では『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に『FINAL FANTASY』など、どうしたわけかドラゴンの姿で描かれることが多く、ベヘモトと別の存在扱いされていたり「巨大な宇宙船を管理する8ビットコンピュータ」などが名前を借りることも


【余談】


  • 一夫多妻を認めている宗教と思われているが、元来は戦争で未亡人となった女性の生活保護や、奴隷扱いから救うべく「4人までしか妻を持てない」と規定した法である。
    ……尚、現在では複数の妻を持つ人は殆ど居ないらしい(※金持ちしか無理だし、金持ちも最近は持たない)。これは一般的な教義解釈である「妻が複数いるんなら、全員を平等に扱わないといけない」が現代では医者にかかるだけで一苦労(特定の妻だけ体質的にアウトな治療方法や薬があった場合、他の妻にも「平等性の観点で選べない」として影響が出る可能性がある)…など、実利的な側面もある。
    もちろん悪意ある身元偽造と疑われかねないのもあるんだろうが…*16

  • 前述したハラール認証食品に関しては、単に「イスラム教の教えに則っている」食品というだけではなく、「則っているか厳重に管理されている」食品でもある。
    清潔さも教義上義務付けられているため、「食の安全」という観点からは評価が高く、異教徒であっても「安全な食材」としてハラール食材を愛用する人もいる。
    近年では日本のメーカーもこの流れに乗ろうとしており、「ハラール認定醤油」「ハラール認定ラーメン」などの開発に手を出しつつあるそうな。
    一方で屠畜産業と密に関わる教義であるのも事実であるため、イスラム教自体には融和的な日本人でも「部落差別の歴史やそれによる政治的対立を現在でもなお抱えていたり*17、過剰なアニマルライツ*18が社会問題になったりしている現代日本でハラールのもとに食肉を用意するのは現実的には難しいのではないか」という、やや否定的な意見(別の言い方をすれば「土葬に対して『葬儀のみ本国』という意見が出ている*19のと同様、本国から取り寄せるしかないのではないか」という意見)を持っている者もいるようだ。

  • 女性にヴェールで顔を覆う等、特に厳しい戒律を強いているイメージがあるが実は明確な規定は無く、後世の勝手な解釈により広まった習慣である。
    「男がイヤらしいことしちゃうのは女がイヤらしいカッコしてるからだ!!」という考えらしいが、ある意味真理かも……?
    日本でも全身タイツか下着姿の女性(男もだが)が外を出歩いてたら最悪捕まるだろうし、服装がはしたないかどうかは地域ごとに違うというのもそう考えれば納得である。
    このため、スポーツウェアの露出度の問題でムスリムの女性はなかなかスポーツの試合に出られなかったのだが、
    近年では機能性をそのままに露出度を低水準に抑えたスポーツウェアも開発され、陸上競技を中心に、イスラム世界諸国から続々と女性アスリートが進出するようになった。
    手足どころか顔面まで覆い、トラックを走る彼女らの姿は、さながらカラフルな忍者。
    素肌よりも水の抵抗が数ない布地も出てきている以上、近い将来「ムスリム用女子競泳水着」を着用し、水泳にも進出するかもしれない。
    ……と思いきや、2009年のFINAの規定で競泳水着の丈に上限が設定され、可能性は絶たれててしまった。これは水着の性能差による有利・不利を抑えるためで、決して彼女らを締め出そうという意図ではない。
    かがくのちからってすげー!」という言葉があるが、それが裏目に出てしまったと言える。

  • 戒律にも例外規定はちゃんとある。重病人や妊産婦、幼児に断食を強いることはないし、を運転中に礼拝が出来ないのはやむを得ない。
    ちなみに、礼拝は後の礼拝の時間になってから、まとめて神に祈りを捧げても構わないらしい。
    また現在イスラム世界の国として正当性が認められている国では女性でも運転免許取得やマイカー入手は認められているケースが結構あり(例えばインドネシア)、この意味でも「を運転中に礼拝が出来ないのはやむを得ない」は妥当な裁定だろう。

  • ムハンマドが好きだったこともあり、猫派が多い。というより神聖視すらされており、マスジド・ハラームの自由な出入りが唯一許されている。
    その一方では豚同様に卑しく邪悪な動物とされ、「犬のよだれが体に付いたら七度洗え」という文言もある*20
    そのため長らく、身体障害者のムスリムは犬ではなく(ポニー)など別の動物の補助を受けていた。
    だが最近はポニー一辺倒では色々と不便なのもあり、身体障害者補助犬を認める動きもある。
    また、古くからの品種であるサルーキも例外的に狩猟犬として重宝され、テントで人間と一緒に寝ることも多い。
    そもそも、イスラム圏の人でも「モスクに連れてきてはいけない」という程度で普通に犬を飼う人も多く、犬だからと言って飼うのを全面的に禁止されたり、虐殺したりするなんて事は決してない。
    「ムハンマドが飼い猫を撫でていたら、猫のおでこに頭文字のMが浮き出てきた」という逸話が残っているところを見ると、ムハンマドが飼っていた猫はトラネコだったようである。

  • 戒律では、利子を取って金銭を貸し借りすることが不労所得に該当するものとして禁じられているため、イスラム圏の銀行では、取引の仲介手数料・リース契約・銀行と出資者の共同ファンドといった戒律の範囲内で認められる形で事業を行っている。

  • 一口に「原理主義」と言っても、元来は預言者ムハンマドの掲げた差別と格差の無い社会を目指そうという政治・信仰運動の事であり、一括りに過激派の活動組織と一緒くたにするのは間違いである。
    (悪いイメージが広まったのは1979年にホメイニ師がイランで帝政を打倒・イスラム国家を樹立したイラン革命かららしい)
    ※そもそもが西欧社会の命名である。
    また、原理主義系の過激派組織の中には、イスラム教とほとんど関係ない土着信仰や土着風習なども取り入れて、教義の「不正改造」を行っている者がいることも指摘されている。
    このような一部の悪人たちのために急降下しつつあるイスラム教のイメージを回復させるべく、善良なムスリムによる「イスラム教を正しく理解してもらおう」という活動もおこなわれている。


  • さまざまな教義があるが、イスラム国家でも国によってその厳しさはまちまちである。
    キリスト教等を中心とした諸外国との交流のため妥協している面もあれば、ムスリムだって本音では苦労して守りたくない教義もある、と言う面もある。
    レイプ被害者が逆に処罰されるなど、人権思想からすればぶっ飛んだ話もしばしば話題に上るが、これにどう向き合うかは、非常に難しい問題である(このへんは宗教への配慮の話も含めて「失敗国家」の項目でも少し触れている)。
    一方で教義解釈上は賭け事は厳禁ながらも、「国内開催では賭けるシステムがない、そのシステムがある国への海外遠征やそういう国からドバイワールドカップカーニバルに参戦してくる(例:イクイノックス、ウシュバテソーロなど)のはセーフ」という対応を行うことで競馬強豪国であり続けているUAEなんてケースもある。
    一方で「近年のイスラム過激派問題でエアジハードはウマ娘に出られなかった」*21なんて都市伝説もあったりはするが
    少なくとも、現地に行ったらその国のルールを守り、自己責任で対処する姿勢はしっかり持とう。




追記・修正は礼拝の後で。

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最終更新:2026年08月20日 12:16

*1 アラビア語圏でムハンマドはありふれた名前であり、違う読み方だがモハメド・アヴドゥルも現地ではありふれた名前である。

*2 2026年時点で約2億8000万人。

*3 ただしスンニ派の方が圧倒的に多い為、過激派の組織数も構成員の数も必然的にスンニ派の方が多い。

*4 ユダヤ教、キリスト教では「ガブリエル」。3宗教全てにおいて四大天使の長とされ、天使の中でも最重要視されている。

*5 実際には「99以上」とされており、さらに多くの名前が存在するようだ。

*6 東南アジアのマレーシア等が具体例にできるだろうか。

*7 カラフルなヒジャブでおしゃれを楽しんだり、社会進出する女性も多い。厳格な地域だと女性は父親や夫の付き添いなしで行動しないとビッチ扱いとなる。

*8 一応クルアーンには信仰の自由が明言されているが、ハディースでは「預言者ムハンマドは棄教者を殺すよう言った。」とされており、後世のイスラム国家でも棄教者へのペナルティを死刑と定めた例が多い。流石に現在では無罪となる事が多いが、イランやサウジアラビアなど保守的なイスラム国家では未だに弾圧が行われているとされる。

*9 勿論、革命前のイランやサウジアラビアなど、伝統的なイスラム教による政祭一致体制を取りながら近代化に成功した中東諸国も存在する。そうした国から移民が出ることは少なく、少なくとも他国に迷惑をかけるようなことはしていない。

*10 日本の高温多湿気候でヒジャブの着用や断食による断水は熱中症の危険が高く、自然環境的にも相性は良くない。

*11 近年では日本に移住するムスリムも増加したが、先にムスリム移民を受け入れた欧州各国の状況を見て「イスラム移民受け入れは日本の伝統を壊す」などの危機感を覚える人も多く、これもイスラム教への悪印象に繋がっている。

*12 ただしどちらかと言えば、差別的な思想によるものを除けば、「これを認めると現在の法律上はカルト宗教二世問題を制止できなくなる」という観点が強い

*13 同じことは教祖のタイプが似ているユダヤ教にも言える。逆に、キリスト教のイエス、仏教のガウタマ、道教の老子、儒教の孔子、といった面々は将軍的な経歴・活動はない

*14 美化されがちな日本の武士も、鎌倉武士は相当野蛮である

*15 実例としても進化論の全面否定派や、創価学会など一部の新興教派におけるカルト化問題が該当しうる

*16 念のため言っておくが、これは「イスラム教徒でなくてもテロリストであることを疑われうる身分証記載である」ことには留意。

*17 特に関西圏では「ただの利権化となっている」という批判含めてこのあたりの対立が顕著

*18 ネットミームで言うところの『動物愛誤』。

*19 イスラモフォビアによらないものでも「北海道で土葬するとヒグマに人肉を餌として与えることにつながりかねず危険」として日本国内一律でのokは不可能とする意見などがある。

*20 涎を垂らして歩く事や、狂犬病の媒介になった事が一因と言われている。

*21 グルーヴ、シャカールがプロジェクト第一報時点から参戦しているため、かつての佐々木主浩やDr.コパ(両名ともアプリ版サービスインから時間がたって所有馬が参戦)のような「オーナー権所持者の意向によるプロジェクト非許諾」ではないのは確定。