登録日:2025/02/21 Fri 19:55:00
更新日:2025/04/20 Sun 11:47:29
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概要
作詞作曲は日本陸軍の軍楽隊員、永井建子。
永井が日清戦争の「威海衛の戦い」に参加した時の経験を元に、1895年(明治28年)に書いた曲。
威海衛の戦いは1895年1~2月、まさに厳寒期の戦いであり、日本軍は不慣れ故に不十分な装備のまま挑んだ雪中戦を前に凍傷を起こした兵士を続出させ、ついでに補給も滞り飢えにも苦しめられたという。
『雪の進軍』はそんな「寒さ」と「飢え」にあえぎながら野営する様子を皮肉をたっぷりに描いた曲である。
身も蓋も無いことを言えば「雪が深く寒い中で碌な飯も無い中で戦わされる兵士の恨み節」なのだが、曲調そのものはそれを全く感じさせず、むしろ
軽快で能天気さすら感じさせる程に明るい。
ハローキティのポップコーンの曲っぽいという声すらある。
ある意味では「恨み節を軽快なメロディに乗せること」そのものが盛大な皮肉であり風刺とも受け取れる。
当wikiの
軍歌の項目にもあるが、「死ぬ気で戦う」とか「勇猛さを称える」といったものが多い軍歌で上層部批判とも反戦歌とも受け取れる内容というのは中々珍しい。
特に最後の一行は生還を絶望視するような心情を描いているため、太平洋戦争中は「勇壮ではない」と見做され死ぬ気で戦う決意を歌い上げるかのような歌詞に変更された上、公には歌う事自体が禁止されていたといわれる。
兵士の間での人気は高く、日清戦争・日露戦争の司令官、大山巌もこの曲を愛好しており、病気で今際の際にはこの曲のレコードを流しながら亡くなったという逸話がある。
歌詞
作詞作曲者の永井建子の没後から70年以上が経過しているため著作権は失効済み。JASRAC信託状況も消滅している。
明治・大正時代の歌というだけあって現代では分かりにくい部分を解説するため、意訳を含んだ現代語訳も併記する。
(※)部分は替え歌の歌詞。
一、
雪の進軍 氷を踏んで
何處が河やら 道さへ知れず
馬は斃れる 捨てゝもおけず
此處は何處ぞ 皆敵の國
儘よ大膽 一服やれば
頼み少なや 煙草が二本
(現代語訳)
大雪の中、氷を踏み締めながらの行軍は、
雪が深すぎてどこからが川でどこまでが道なのかさえも分かりやしない
軍馬は寒さに耐えかねて次々に凍死していくが、馬とはいえ死んだからと捨て置いて行くのも気が引ける
ここはどこなんだ? ここは敵国のド真ん中だ
「もうどうにでもなれ」とヤケクソで一服するが、
あぁ、この頼りなさはまるで今の
我が国の様だ、煙草はもうあと
二本しか残っていない
二、
燒かぬ乾魚に 半煮え飯に
なまじ生命の ある其の内は
堪へ切れない 寒さの焚火
煙い筈だよ 生木が燻る
澁い顏して 功名談
「すい」と云ふのは 梅干し一つ
(現代語訳)
夕飯は生焼けの干物に生煮えの飯
いっそ死んでしまえば楽になれたものを、なまじ生きているばかりに、
火力が低いせいでまるで暖を取れない弱い焚火が今は堪える
しかも道理で煙たい訳だ、薪に生木を燃やしているのか。
しかめっ面をしながら、何か気分転換になりそうな景気の良い話は無いものかと周りに振るが、
戦場の粋みたいな話など誰も出せず、出て来たのは酸い梅干し一個が精一杯だった
三、
着のみ着のまゝ 氣樂な臥所
背嚢枕に 外套かぶりや
背の温みで雪融けかゝる
夜具の黍殻 シッポリ濡れて
結びかねたる 露營の夢を
月は冷たく顏覗きこむ
(現代語訳)
着の身着のままで即就寝とは素晴らしい、なんて気安い寝床だろう。
リュックを枕替わりに、コートを掛布団替わりにして寝ようとするが、
体温で背中の下の雪が解けて寝具の黍殻がびしょ濡れになってしまった
夢さえ見られない野営の様子を、
いつの間にか上っていた月が覗き込んでいた
四、
命捧げて 出てきた身ゆゑ
死ぬる覺悟で 突喊すれど
武運拙く 討ち死にせねば
義理に絡めた 恤兵眞緜
そろりそろりと 首締めかゝる
どうせ生かして 還さぬ積もり
(※どうせ生きては 還らぬ積もり)
(現代語訳)
命をお国に捧げるつもりで戦場に来た以上、
死を覚悟で突撃したが、武功は挙げられず、不運にも生き残ってしまった。
「ならばせめて名誉の戦死でもしなければ」という義務感が、切迫感が、
まるで慰問品の真綿のマフラーがゆっくりと首を絞めて来るかの様に迫って来る
この戦場という奴は、どう転んでも俺を生かして帰すつもりは無いらしい
(※まぁ早いか遅いかの違いだ、どの道生きて帰るつもりは元より無いのだし)
創作での扱い
日本軍の軍歌というだけあり、それらが関連する場面や雪山のシーンでは度々使用される。
有名なのは八甲田雪中行軍遭難事件を描いた映画『八甲田山』で行進中に合唱するシーン。
雪中行軍の訓練中なのでシチュエーションは合っているといえば合っているが、果たして雪深い敵地で寒さと心許ない物資を前にヤケクソになっている歌で雪中訓練の士気が上がるものだろうか。
この後世界的に見ても登山史上最悪レベルの遭難事故が待ち受けている事を思えば極めて不吉な伏線である。
『
究極超人あ~る』でも雪山であ~るが歌いながら行進する場面がある。
パロディネタの多い作品なのでおそらくこれもその一つと思われる。
同じく『
スーパーロボット大戦UX』でもオリジナル主人公の一人
サヤ・クルーガーが仲間たちと共に阿戸呂村(岩手県の奥地)に向かう道中、歌いながら雪山を歩くシーンがある。
遠見真矢から何の歌かと聞かれて、サヤ曰く
「雪山行軍で遭難した時にこれを歌えば元気になると少佐が……」との事で、これまた『八甲田山』ネタ。今回はあくまで移動中であって
遭難はしていないのだが(実際にツッコミが入っている)。
そして
これが本当に元気が出そうな歌かどうかは先述した通りである。
近年の例では、例によって例の如く『
ガールズ&パンツァー』も良く知られる。
第9話、大会準決勝のプラウダ高校との試合中に雪の中で偵察に出た優花里とエルヴィンが2人で替え歌版を歌いながら相手チームの配置を確認しに行く場面がある。
こちらはあくまで戦争ではなく
戦車を用いた武術競技大会なのとこの二人が共にミリオタであること、歌っているのが「勇壮」な替え歌版であることから、「ヤケクソな歌」という面は度外視しているのだろう。或いは後述するパロディの一環なのかもしれない。
TV版では一番と最後の一節しか歌われていなかったが、第9話の裏側を描くOVAのエピソードではフルで歌われた。
なおいずれもアカペラであり、挿入歌ではなく台詞という扱いなのかサントラには収録されていない。
しかし後に「あんこうチームバージョン」が音源化し
カラオケでも配信されている。
因みにメンバー全員歴史オタクにしてミリタリーオタクな側面も大なり小なり持ち合わせるカバさんチームの面々が呟いていた
「天は我々を見放した」「隊長、あの木に見覚えがあります!」は『八甲田山』の名台詞。
皆の士気を上げる為に突然踊り始めたみほを指して直球で「八甲田山か?」という台詞も飛び出ている。
上述のスパロボUXでも上のやりとりの直後
道明寺誠が
薄着のまま雪山に入ったせいで凍え始め、他の一同も本当に進路が合っているのか不安になり始めたことでサヤも
「天は…我々を見放したあッ!」などと言い出している。
『劇場版』では日本軍モチーフの知波単学園のテーマ曲に採用されており、知波単の登場シーンで度々BGMになっている。
尤も『劇場版』は8月末の出来事なので後半の舞台こそ北海道だったものの雪は1ミリも降っていないのだが。
『最終章』は12月という雪シーズン真っ只中だったが、知波単の試合の舞台は荒野だったりジャングルだったりと、やはり雪の似合うシチュエーションではないためか今回は使用されなかった。
追記修正はどれが川か道かも分からないような雪の中ではなく暖かい屋内の方がよろしいかと思います。
- まったくの余談ではあるけど、例のガルパンのやつは当然のように英語吹き替え版でもしっかり吹き替えられていた。もちろんOVAのフル版も込みで -- 名無しさん (2025-02-21 22:00:08)
- スパロボUXでサヤが歌ってたのこれの事か -- 名無しさん (2025-02-21 22:11:58)
- 戦争の悲壮感とか勇敢さの鼓舞とかでなく、やけっぱちの気持ちを歌ってこれだけ人気が出たってのもまた珍しいのぅ -- 名無しさん (2025-02-21 22:37:04)
- 八甲田山の遭難は、失敗した隊は悲惨だったわけだが成功した方も「案内人を酷使して重度の凍傷を負わせる(1名は入院しても回復しなかった、しかもろくな補填無し)」というので。映画『八甲田山』を見た案内人の家族はブチ切れたという逸話がある -- 名無しさん (2025-02-21 23:29:38)
- 八甲田山は日本どころか世界レベルの豪雪地帯で、明治の頃は現代のような登山用装備やノウハウもないので本当に危険だったことが窺える -- 名無しさん (2025-02-22 03:26:13)
- けど、八甲田山の教訓は1918年〜25年まで行われたシベリア出兵には反映されなかった。尼港事件時もソ連側のパルチザンは陸路から進軍して街を包囲したが、日本軍は冬対策が出来てないから進軍出来ませんと師団長が諦めていた。結果、街は焼け野原、日本軍や在住していた日本国民の9割が戦死、捕虜となり降伏した人もいたが、後日、全て殺された。 -- 名無しさん (2025-02-22 17:45:53)
- ↑4 もともと明治期の軍歌、というかそのそもそもの基底にある江戸時代からの仕事歌というのは、基本スタイルとしてやけっぱちというか「こんなことアホらしいぜ!もうやめたいよ!」みたいな感情を割と深刻でない感じで歌うものが多く、いわば日本の伝統に正しく従った軍歌ともいえる。 -- 名無しさん (2025-02-22 21:05:16)
- なんか日本の軍歌って歌詞が勇ましくなるほどメロディの悲しさが反比例しがちな気がする -- 名無しさん (2025-02-28 08:54:55)
最終更新:2025年04月20日 11:47