登録日:2025/10/05 Sun 12:38:45
更新日:2025/10/05 Sun 14:59:21NEW!
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さて、いきなり問題だが「世界で一番長い小説」としてギネスブックに登録されている作品をご存じだろうか。
答えはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』。
「プルースト効果」の語源になったことでも有名で、著者であるプルーストが14年かけて書き上げ、総ページ数は3000ページにも及ぶ畢竟の大作である。
しかし、それは完結し公に出版した作品という前置きがつき、その条件を外せば『失われた時を求めて』を超える長さの小説がいくつか存在する。
……その小説の総ページ数は15000ページ、著者が19歳の頃からその死の直前まで約60年間も書き続けられた。
しかし、その作品が著者に金銭的な利益を与えることは一切なく、作品が陽の目を浴びたのもその死後のことである。
その作品の名前は『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』。
タイトルも自体も長いため
『非現実の王国で(In The Realms of the Unreal)』
と略される小説を執筆した男の名が……
ヘンリー・ダーガー(Henry Joseph Darger, Jr.)
である。
孤独に満ちた幼少期
ヘンリー・ダーガーは1892年アメリカのシカゴに生まれる。
一応日本ではヘンリー・ダーガーとして通っているが彼の名前の発音は人によって異なっており、生前の知人には「ダージャー」や「ダァジャア」と発音するものもいる。
母は4歳の時に妹が生まれた時の感染症で死亡、8歳の頃には父も体調を崩し、ヘンリーを育てられないとの理由で孤児院に預けられた。
彼自身は妹の顔も名前も知らないと言っているが、この妹との別れは彼の心に暗い影を落としている。
しかし、その孤児院も口や鼻から奇妙な音を立てる彼自身の奇矯な振る舞いによって周囲から「クレイジー」とあだ名され、検査の結果精神障害を理由に障害者施設へと送られる。
……当時のアメリカ20世紀初頭。現在のように精神疾患への理解は進んでおらず、鞭で叩くなどの虐待が横行しており、身体的にも精神的にも多大な苦痛を受けたと日記に記されている。
生まれた町シカゴへ
さらに悪いことは続き、11歳の頃には父の死の知らせが届く。
なんだかんだ、施設での規則正しい生活は性にあっていたのだが、毎年夏になると牧場に移されるのが恒例だった。
しかし環境の変化を嫌がるヘンリーにはそれが苦痛であり、父の死が重なったヘンリーは限界を迎え、農場から脱走。
イリノイ州から100キロもの道のりを歩き、シカゴへと帰還する。
しかし子供の頃は父と暮らしいい思い出ばかりだったシカゴという町も、親もいなければ保護者もいない、障害者施設から脱走した少年を暖かく迎えることはなかった。
知人の紹介でなんとか掃除夫の仕事は見つけるも、ほとんど最低賃金な上、上司には施設へ連れ戻すという脅迫を受けながらそれでも生活のために働き続けた。
日記には「施設での暮らしは天国だった。天国から逃げ出すなんて馬鹿なことをしたものだ」と書き残されている。
ヘンリー・ダーガーと『非現実の王国』
こうして悲惨な生活を送るヘンリーだが、その苦しみから逃れるためだろうか、19歳の時から執筆活動を始める。
その小説のタイトルが『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』。
その内容は正義のキリスト教国「アビエニア」と子供奴隷制を持つ軍事国家「グランデリニア」の戦争で、アビエニアの英雄で「ヴィヴィアン・ガールズ」と呼ばれる少女部隊の活躍を描く架空戦記。
あらすじだけみれば、中学生の時にする妄想のようであるが、ヘンリーの『オズの魔法使い』や『不思議の国のアリス』をはじめとした児童文学への造詣や、障害者施設へ入る前ですら教師と論争を行っていたほどの南北戦争への深い知識、彼のキリスト教を下敷きとした独特の価値観や感性と、ロリ・ペド・リョナ趣味が相まって唯一無二の作品となっている。
さらにヘンリーは300点を超える挿絵も自分で制作しており、雑誌や新聞の切り抜きを集め、それをトレースやコラージュして独特の作品世界を彩っている。
なおこの作品自体がヘンリーの精神世界の日記のような役割を担っているのか、現実世界で起きたことがしばしば反映される。
例えば、物語には「ヘンリー・ダーガー」の名を持つキャラが、従軍記者・アビエニア軍の子供を守る英雄・グランデリニアの悪名高い軍人と様々に登場し、その時々によってヴィヴィアン・ガールズ達を助けたり、苦難を与えるなど役割が変化する。
さらにヘンリーの所持していた写真の一つにシカゴで殺害されたエルシー・パローベクという少女の写真があり、この少女をモチーフとしたアニー・アーロンバーグという少女は子供奴隷制への反乱軍の作品内に登場し、ヴィヴィアン・ガールズを導いている。
以上のことからもわかる通り、その写真は彼の大のお気に入りであった。
しかし、ある時ヘンリーは不注意からその写真をなくしてしまう。
いくら探しても、神への祈りを捧げても見つからず、深い絶望に包まれた彼は物語内でアニー・アーロンバーグを惨殺。
以降もこのことは物語に強い影響を与えアビエニアに災禍をもたらし、ヴィヴィアン・ガールズも苦難に晒されている。
『非現実の王国』の発見
『非現実の王国で』をどうしてヘンリーが世に出さなかったのかはわかっていない。
作品自体決して低レベルなものではなく、当時まだ
小説家になろうやカクヨムどころか、インターネットすらないとは言え、出版社への持ち込みなどの方法もあった筈である。
そんな陽の目を見ることなく朽ちていくだけだったその作品群は、ヘンリーが住んでいた部屋の大家、ネイサン・ラーナー氏によってその運命を大きく変えることになる。
成人しても奇矯な振る舞いを続けるヘンリーとも交流のあった彼は、ヘンリーが高齢によって入院するときに部屋の整理を頼まれる。
その中にあった数々の文章や絵をヘンリーは捨ててくれと頼んでいたが、写真家としても活動するラーナー氏はその芸術的価値の高さを認識、それらの著作や絵を四半世紀に渡って保存し、世界に向けてその素晴らしさを発信し続けた。
以降、ヘンリーの手で60年にわたって制作され続けたその作品は、「アウトサイダー・アート」の代表として一躍脚光を浴びることになる。
なお、隣人が入院中のヘンリーを訪ね、その作品を褒めた時に、彼は「もう遅い」と呟いたと言われている。
彼は一体何を思ってそう呟いたのだろうか。
ヘンリー・ダーガーという人物
では、ヘンリー・ダーガーとはどんな人物だったのだろうか。
周囲の人々からは彼はいつも小汚い格好をした奇妙な人物として映っており、あまり人付き合いは得意なほうではなかったようで、引きこもっていたとの証言もある。
しかし、キリスト教と子供への愛情は本物だったようで、毎週末の教会でのミサは熱心に通っており、近所の子供からは愛想はあまりいい印象はなかったのだが、養子を持つことを望んで、役所に申請まで行っていたという。もちろん却下されたが。
なお、前述した『非現実の王国で』の挿絵には
陰茎を持った少女がしばしば描かれており、これは彼が生涯女性と縁がなく、女性の身体を知らないからと言われることもある。
しかし、彼が集めた写真にはポルノ雑誌のものもあるためそんなことは考えづらく、少女の勇猛さを表すためのものとも言われている。
……シカゴの片隅で、誰にも顧みられることなく作品を制作し続けた孤独な掃除夫。
彼は一体何を思い、何を考えていたのだろうか。
それは、誰にもわからない。
ただ、彼の墓にはこう刻まれているという
と。
追記・修正は60年間誰にも見せない作品を制作してからお願いします。
- 大家が作品を読んだことを伝えたらひどく動揺したというから単に誰にも見せるつもりがなかったんじゃないかな。 -- 名無しさん (2025-10-05 14:02:35)
- 「大国の戦争の間で無視できない活躍をする特殊作戦チーム」という題材もかなり先進的だったり -- 名無しさん (2025-10-05 14:45:46)
- 究極の趣味に生きた人間として尊敬してる -- 名無しさん (2025-10-05 14:59:21)
最終更新:2025年10月05日 14:59