林崎甚助(剣豪)

登録日:2009/11/29 (日) 09:06:08
更新日:2018/03/27 Tue 11:08:23
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1542生~没年不詳

戦国時代~江戸時代初期の剣豪。
本名は浅野甚助。


【その人生】

出羽国(現・山形県)生まれ。
5才の時に、坂上主膳という男に父が暗殺され、その復讐を遂げるべく剣術を学び始める。

15才の頃、夢で神様に抜刀術の極意を教えて貰ったといい、その神様が林崎熊野明神に奉られていた事から名前を林崎甚助とし、本格的に仇を探す為に旅に出る。

20才の時、京都にて仇を発見、見事仇討ちに成功。一度帰郷した後、再び修業の為に諸国を巡り、多数の門下生を育てた。
また、このころ塚原卜伝を訪れ新当流を学んだらしい。

そして70を過ぎた頃、誰にも告げず旅へ出て、そのまま行方知れずになったという。


【林崎夢想流抜刀術】

居合とも言う。

立って抜刀術を行うものは『立合』と言い、居合とは別物。(居合とは座った状態から抜刀術を行うもの)
また一撃必殺の剣術と誤解されがちだが、一撃目は片手で刀を扱う為に深手を負わす事が難しく、本当は二の太刀(二撃目)で止めを刺す剣術。

林崎流の理念は『鞘の中の勝』
つまり刀を抜かせる前に居合独特の威圧感で戦意を喪失させてしまう、という物。

仕合に於いては、急に襲われた場合や、接近戦に対する技や構えが多い。
また、戦に於いては甲冑の間隙を縫う技が多く、いずれも居合の弱点を補うものである。
加藤清正の家臣団は居合を学ばせていたので、重厚な鎧を付けた敵兵に対してや、朝鮮出兵の際にも活躍出来たそうな。

ちなみに、無手でも刀に対抗出来るように林崎が開発した独自の柔術が居合道であり、
沖縄唐手と柔術、居合道が融合して後の『空手』となる。



【ゲームでの甚助】

太閤立志伝5では剣豪キャラとして登場。
攻撃力は低いのだが、全方位攻撃の林崎流奥義《卍抜け》が鬼門。
背後を取って安心しているプレイヤーの心をへし折ってくれる。

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