戦国時代(日本)

登録日:2009/10/25 Sun 11:18:10
更新日:2020/03/31 Tue 11:08:33
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戦国時代。それは、平和と戦乱、日常と非日常が同居した時代。

一般に群雄が日本の統一を目指していた時代…と認識される事が多いが、そもそも日本史の年表区分には「戦国時代」は存在しない。
(cf.1333~1573:室町時代、1573~1615:安土桃山時代、1615~1867:江戸時代)
一般には1467年(応仁の乱)~1615年(大坂の陣)までとされるが、1441年の嘉吉の変などを起点とする説や、1590年の小田原征伐または1591年の九戸政実の乱の鎮圧を終点とする説もある。
名前は中国の春秋戦国時代から。


戦国時代の大名の中で抜群の知名度を誇る織田信長が天下(日本)統一を目指したために、彼以外の大名も同じように天下統一や京都上洛を目指していたと勘違いされがちだが、
実際のところはそんなことを目標としていたのは(著名な大名では)信長くらいのもので、多くの大名は領地を守ること、そして領地を増やすことに注力していた。
そもそも天下という言葉自体、この時はまだ天皇のお膝元=京都を中心とした近畿一帯ぐらいの意味であった。とどのつまり天下人とは畿内を統一したということでしかないのである。
毛利氏、後北条氏のように一つの地方の制圧を到達目標としたり、三好氏や細川氏のように足利将軍の補佐という立場で権力を握ったりと広い視点で行動していた大名もいた。
信長もそうであり上洛して畿内を統一し補佐という立場で権力を握ったのだが、そこから将軍である足利義昭を追放しても代わりを立てることなく不在のまま政権を維持できるほど地盤を固められており、結果的には型破りな人物であったと言える。

残念ながら信長は志半ばで「本能寺の変」によってこの世を去ったが、彼の遺志を継いだ豊臣秀吉は天下の領域を日本全域に広げる。即ち日本統一を達成したことにより、戦国時代は終焉を迎える。
そして、秀吉の死後に権力を握った徳川家康が江戸幕府を興し、全国支配の基盤を整えたことによって、時代は江戸時代へと突入していくこととなる…。


よく誤解されているが、『武士>百姓(農民)』という構図もこの時代には存在しない。
大名や直臣などの上級武士はともかく、足軽などの下級武士は鎌倉時代から変わらず『半農半士』であり、戦争がない時は手に鍬や鋤を持って農業に勤しんでいた。
領主もそのことを理解しているため、春や秋といった農繁期には出兵を控え、農業に専念させようとしていた。
彼らにそっぽを向かれれば領国経営は立ちいかなくなるため、必然的に政治も百姓たちに配慮したものにならざるを得なかったという一面もある。
武士道も義理人情というより、遥かに現実的な「弱肉強食」思想だった。

また、この時代は農民に限らず武士以外の身分の人たちも相当逞しく生きており、合戦が起きると弁当持参で見物に赴き、
決着が付くとその辺の野原に晒されたままの死体から金目のものは釘一本残らないと評されたほど遠慮なく回収していたという。
敗残兵を狙った落ち武者狩りも頻発しており、身包み剥いだ上で首を取って兜を被せ、いかにも名がある武将の首といった風情に仕立てて勝者側に褒賞をもらいに行った例もあるとか。
このため首級の数を数えると共に首の身元を明らかにする首実検というものも行われている。


ちなみにこの時代、場合によっては大名よりも権力を持つ存在がいた。西山本願寺などの寺社勢力である。
今日は平和でも明日にはどこかの国の大名が攻めてくるかもしれない、そんな政情不安が続く民衆が宗教に縋るのはよくある光景と言えばよくある光景だが、
一部の寺社勢力はそんな民衆を煽り、大名たちへの武力蜂起…つまりは「一揆」を度々行わせていたのである。
寺社からすれば、成功すれば大名の支配力を低下させられ、失敗してもそのことに不安を覚えた民衆が自分たちの宗派に入るといいことづくめであり、
特に一向宗の宗徒が行った「一向一揆」は国を問わず頻発し、信長や家康といった有名な大名たちもかなり悩まされていた。

信長の場合、とある一向一揆で自分の血族である領主が彼らに自刃させられるという最悪の事態に見舞われたこともあり、
比叡山焼き討ちのように、一揆や寺社勢力には容赦しなかったという(といっても、比叡山焼き討ちの時には一応事前に通告し、関係ない者は逃げるように促すなどの配慮はしていた)。


そして何より、戦国時代最大の要素と言えば『下剋上』である。

実のところ、名のある大名たちも室町幕府から役目を与えられた正式な「大名(守護大名)」は上杉謙信などのごく一部だけで、
たいていの大名は元々の守護大名を実力で排除するなどして自ら権力を握った「戦国大名」であり、『下剋上』が当たり前に行われるのはある意味当然と言えば当然であった。

元々は別に武士の家の生まれというわけでもない、素性不明の身から戦国大名にのし上がった斎藤道三*1や天下統一を果たした豊臣秀吉、
地方の小豪族から中国地方の覇者となった毛利氏やかつて家臣として仕えた主家を乗っ取った鍋島氏など、人生そのものが下手な小説よりよっぽど面白い『大逆転』を果たした人物や一族は多い。
守護大名という身分さえも、血縁のある同族で奪い合ったり身の保証と引き換えに譲ったりすることさえあった。上杉謙信も上杉の名跡を譲られて守護大名となっている。
そういう意味では、『下剋上』こそが戦国時代が後世の人々を引き付けてやまない要因の一つと言えるかもしれない。


その独特の時代背景から革命の幕末動乱期と同様、様々なメディアで取り上げられる事が多いが、少年誌ではコケやすいというジンクスがある。
歴史の予備知識がある程度ないと楽しめないからというのが主な原因かもしれない。

なお、戦国時代を舞台にした作品は数あれども、1467年の応仁の乱勃発から16世紀中ごろまでの戦国時代前半を舞台にした作品は極めて少なく、ほとんどが16世紀後半以降を扱っている。
まあ、有名な人物も伊勢宗瑞=北条早雲、足利義政と日野富子、太田道灌、大内義隆、細川勝元・政元あたりに限られるし、有名な事件も応仁の乱・寧波の乱・山城国一揆・関東の合戦くらいではあるが、
有力大名同士が中国大陸で激突するわ、農民一揆が大名を自刃に追い込むわで、カオスさでは後半期以上だったりする。


◆戦国時代を舞台とした小説の作家
池宮彰一郎
加藤廣
司馬遼太郎
城山三郎
高橋和島
童門冬二
永井路子
火坂雅志
隆慶一郎

◆漫画
犬夜叉
桶狭間戦記
仮面の忍者赤影
黒田・三十六計
センゴク
センゴク天正記
天正やおよろず
殿といっしょ
信長のシェフ
信長の忍び
花の慶次~雲のかなたに~
へうげもの
夢幻の如く
MISTERジパング


◆ゲーム
桜花センゴク
鬼武者
戦国大戦
戦極姫
戦国無双
戦国BASARA
戦国ランス
戦国✟恋姫
太閤立志伝
天下統一
信長の野望


◆ソーシャルゲーム
戦国コレクション


その自由度の高さから厨二的なキャラが活躍したり、史実と異なるif設定の架空戦記が書かれたり、
自衛隊や長嶋巨人軍や宇宙刑事シャリバンがタイムスリップして来たり更にはモビルスーツが出撃したりする事も有る。

なお、武士の間では衆道…つまりはアッー! が流行った時代でもあり、その手の人々の人気も高い。




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