※残酷な描写並びに人を選ぶ描写が存在します。
苦手な方はご注意ください
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「さて、全員揃ったかな? 四天王諸君」
地中深くに位置するテネブル=イルニアス軍団国の都市、そして中心部である王の間にて、ダークエルフを統べる魔王テルミドールは四天王を招集していた。傍にはミゼシリオン――――――ダークエルフの中から志願者を募ったことで結成された、テルミドールに狂気に近い忠誠心を誓う民兵隊――――――所属のルネが控えている。先日、エルヴン帝国の『宮殿』にて敬愛すべきテルミドールの前で人族の、それも冒険者ごときに後れを取る等という無様を晒しておきながらなおも傍に控えることを許された、その事実にルネの内心は感激と盲信で溢れていた。
そんなルネを差し置き、テルミドールは四天王――――――火の武闘派アリュマージュ、水の極右ドゥロー、風の魔法剣士ヴァン、地の大槌テールの四人で構成される上位指揮官達――――――を王の間に集め口を開く。
そんなルネを差し置き、テルミドールは四天王――――――火の武闘派アリュマージュ、水の極右ドゥロー、風の魔法剣士ヴァン、地の大槌テールの四人で構成される上位指揮官達――――――を王の間に集め口を開く。
「共和国同盟なる下等種族共の集団を攻める前にエルヴン帝国に何か嫌がらせをしたい。策を奏上せよ」
その言葉に真っ先に反応したのはドゥローであった。
「何故ですか陛下。あの弱小国にわざわざそのような手間を……」
そんなドゥローの疑問に他の三人も同意するように頷く。嫌がらせ等、普段からテルミドールや配下のダークエルフが行っていることだ。わざわざ自分たちに策を用意させるようなものではない。そう思っていると。
「何、シルフィーヌが最近調子づいておるようだからな。一度躾けるのも一興かと思ってな。してドゥローよ、何か思いつくか?」
テルミドールの言葉に数秒考えた後でドゥローは口を開く。
「策……というには拙い思い付きですがこのような物は如何でしょうか?」
短く前置きをしてドゥローは思い付きを口にする。するとその場にいた三人もテルミドールも、彼の傍に控えていたルネも悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「いやーさすがドゥローさんっす。嫌がらせが本当に得意っすね」
「相も変わらず陰険だねドゥローは。キミは本当に嫌がらせが好きだね」
「……ドゥローは陰険、嫌がらせが大好き……」
「さすがはドゥロー様……。このルネ、感服いたしました」
「褒めているのですか? 貶しているのですか? 怒らないので正直に申し上げなさい」
「相も変わらず陰険だねドゥローは。キミは本当に嫌がらせが好きだね」
「……ドゥローは陰険、嫌がらせが大好き……」
「さすがはドゥロー様……。このルネ、感服いたしました」
「褒めているのですか? 貶しているのですか? 怒らないので正直に申し上げなさい」
一方テルミドールはというと……。
「よいのか? アレは貴様とて重宝していたであろう?」
純粋な疑問を口にする。ドゥローが使い倒していたであろうダークエルフの兵士を思い浮かべながら。
「ええ、シルフィーヌ女帝の傍にいる冒険者の実力を測るにはちょうどいい駒であるかと。それにそろそろ処分する頃合いかと思っていましてね……」
「処分? それは何とも不穏な響きであるな」
「どうやら私はおろか、テルミドール様に対しても反抗の意思が見え隠れしているようでしてね……言って聞くような輩でもありませぬし、そろそろアレの不敬さには私も怒りを抑えきれぬのですよ……」
「ククク……貴様の人望の無さが招いたことであろう」
「申し開きもございませぬ。ですがあの小娘にとってはちょうどいい嫌がらせであるかと存じ上げます」
「許可しよう。その者には思う存分やってこいと伝えておけ」
「処分? それは何とも不穏な響きであるな」
「どうやら私はおろか、テルミドール様に対しても反抗の意思が見え隠れしているようでしてね……言って聞くような輩でもありませぬし、そろそろアレの不敬さには私も怒りを抑えきれぬのですよ……」
「ククク……貴様の人望の無さが招いたことであろう」
「申し開きもございませぬ。ですがあの小娘にとってはちょうどいい嫌がらせであるかと存じ上げます」
「許可しよう。その者には思う存分やってこいと伝えておけ」
テルミドールが思い付きに許可を出すとドゥローは口元を歪めつつ「御意」と短く了承した。反対する者はこの場にはいなかった。
「あ、ところで自分も参加していいっすか? 久々に暴れたい気分なんすよ」
「アリュが行くならボクも行きたいかな? いいでしょ? ね」
「貴方たちは黙ってなさい」
「アリュが行くならボクも行きたいかな? いいでしょ? ね」
「貴方たちは黙ってなさい」
便乗して参加しようとするアリュマージュとヴァン、それを制止しようとするドゥロー、そして興味なさげにあくびを零すテール。テネブル=イルニアス軍団国の四天王はどこかまとまりがなく、おろおろするルネを余所にテルミドールはただ面白そうに見ているだけであった。
魔王テルミドールの『宮殿』への乱入から一週間が経過しようとするエルヴン帝国。シルフィーヌ二世は一人部屋に引きこもっていた。テルミドールに対する恐怖、そしてトルーヴ姉弟に守られているだけで何もできなかった悔しさから、そしてその感情に対してどう対処すればよいのか、自分がどのように行動すればいいのか分からなかったからだ。
そんなシルフィーヌに対し、『皇族派』のエルフ達は嘆いていた。こんなのが自分たちが担ぎ上げた『エルニア帝国』の皇帝なのかと。アルボス=シルヴァは一人ため息をついていた。シルフィーヌの弱さに対して。一方シグル=トルーヴとエイダ=トルーヴはというと。
そんなシルフィーヌに対し、『皇族派』のエルフ達は嘆いていた。こんなのが自分たちが担ぎ上げた『エルニア帝国』の皇帝なのかと。アルボス=シルヴァは一人ため息をついていた。シルフィーヌの弱さに対して。一方シグル=トルーヴとエイダ=トルーヴはというと。
「シルフィーヌちゃーん、エイダお姉ちゃんが来ましたよー。ほら、部屋に入れて? そしてご飯を一緒に食べよう?」
シルフィーヌを純粋に心配して毎日部屋の前に来ては彼女に声をかけていた。特にエイダは過保護気味な対応を取るほどであった。しかし、そんな二人の呼びかけにシルフィーヌは応えることはなく、ただ時間が過ぎていくばかりであった。
「うーん、今日もダメかー。せっかく書類仕事を終わらせたから褒めてほしかったのになー」
「また明日にしよう。あまり干渉しても逆効果だ」
「うーむ、シグルの言う通りなのが悔しい……バカに常識を説かれた気分だ……」
「それは適切な表現なのか?」
「また明日にしよう。あまり干渉しても逆効果だ」
「うーむ、シグルの言う通りなのが悔しい……バカに常識を説かれた気分だ……」
「それは適切な表現なのか?」
シグルの言葉に渋々従いエイダは部屋の前から離れていく。シグルはそれを見送りながら扉の前でシルフィーヌに声をかける。
「毎朝の鍛錬は続けているから、じっとしてるのに飽きたら来てくれ。いつもみたいになんでも聞くからさ」
そう言ってシグルもシルフィーヌの自室から離れていく。
一方引きこもりを継続しているシルフィーヌはみじめな気分に陥っていた。エイダとシグルに気遣わせているくせに一人いじけている自分に。しかし、どうしても部屋の外に出る気にはなれなかった。どうすればいいのか分からない、人前に立つのが煩わしいし気が滅入る。何より怖いのだ。周囲からの失望に満ちた視線が、そして魔王テルミドールから自分に向けられる悪意が。そしてエイダとシグルが本当は自分の事をどう思っているのかが分からない。二人ともいつも自分に優しくしてくれていることをシルフィーヌは分かっていた。だがそれがどういった理由からそうしてくれるのか分からないのだ。ただ哀れに思われているだけなのか、それとも雇い主だからリップサービスでしてくれているだけなのか。シルフィーヌには判断が付かなかった。
そんな時であった。
「何をしておいでですかな? シルフィーヌ様」
気持ちの悪いねっとりとした声がシルフィーヌの耳に入ってきた。思わず顔を上げ声がした方を向くとそこにはダークエルフが一人いた。いやらしい視線に加え情欲の念を向けられていることに背筋に怖気が走るのを感じる。その人物についてシルフィーヌに思い当たる節がなくて思わず疑問をぶつけた。ぶつけてしまった
「貴方は誰なのですか?」
その疑問にダークエルフはねばつくような笑みを浮かべ。
「某の名はフルス。この世でただ一人の、貴女の伴侶でございます、シルフィーヌ様」
直後、シルフィーヌに彼の魔の手が伸ばされる。
「はっ!? シルフィーヌちゃんに危機?!」
「唐突に何を言ってるんだバカ」
「バカにバカとは言われたくありませーん!」
「唐突に何を言ってるんだバカ」
「バカにバカとは言われたくありませーん!」
夕飯を食べようと食事処まで歩いていた所、謎の直感を働かせたエイダはシルフィーヌの自室まで駆けだす。シグルもそれに着いて行く。こういう時、エイダの勘が外れたことはなかったと思いながら。そうしてシルフィーヌの自室の前に辿り着いた時、二人とも部屋の中に気配を感じないことに気づく。そして緊急事態だと判断しシルフィーヌの自室の扉を蹴破り中に入ると、室内は何かがあったと言わんばかりにぐちゃぐちゃに荒らされていた。そしてその中にシルフィーヌ二世は居なかった。
「……シルフィーヌちゃんはいない……。そして明らかに荒らされたような痕跡……」
「誰かが侵入してきた。そしてシルフィーヌ様を攫った。そう考える以外に無いよな」
「冴えてるわねシグル。それじゃあこの後私が何を言いたいか分かるわよね?」
「誰かが侵入してきた。そしてシルフィーヌ様を攫った。そう考える以外に無いよな」
「冴えてるわねシグル。それじゃあこの後私が何を言いたいか分かるわよね?」
険しい表情を浮かべ杖を取り出すエイダ。シグルは二振りの剣を抜きながらエイダの言葉に頷く。
「今すぐ追ってこいだろ? 言われなくてもそうするさ」
「よしさっそく行ってこい。相手はご丁寧に痕跡を消してないようだし」
「そりゃ迂闊な奴だな」
「よしさっそく行ってこい。相手はご丁寧に痕跡を消してないようだし」
「そりゃ迂闊な奴だな」
シグルは軽口を叩きながら侵入者が出て行ったと思われる方向に向かって走り出し、そのまま外へ出ていく。そしてエイダはシグルを見送る間もなく、ある人物の捜索に向かうために部屋の外に出る。すると探そうとしていた人物とすぐさま遭遇した。
「おや、エイダ殿? 貴女もシルフィーヌ様を説教しに来られたのか?」
アルボス=シルヴァがシルフィーヌの部屋の手前に立っていた。都合がいいとエイダは思った。
「シルフィーヌ様が攫われた。シグルが今探しに行ってる。使えそうな人を選出して」
「シルフィーヌ様が? お主なんと言った?」
「だからシルフィーヌ様が攫われたって言ったの! おじいちゃんまだ耳は健在でしょ。すぐさま使える奴集めてシルフィーヌちゃん捜索するの! 早く!!!」
「シルフィーヌ様が? お主なんと言った?」
「だからシルフィーヌ様が攫われたって言ったの! おじいちゃんまだ耳は健在でしょ。すぐさま使える奴集めてシルフィーヌちゃん捜索するの! 早く!!!」
エイダの言葉に事の重大さを理解し、シルヴァは親衛隊の者たちを急ぎ招集し、シルフィーヌ捜索に入った。エイダも彼らに加わりシルフィーヌを探そうとしたがそれは叶わなかった。
ダークエルフの襲撃にあったからだ。
シルフィーヌを探し出そうとリンデルの森の中を駆け巡っている時に、突然ダークエルフが飛び出てきて、思わずエイダは飛び退く。彼女と共にシルフィーヌを捜索していた親衛隊の兵士はダークエルフの存在に驚愕する。
ダークエルフの襲撃にあったからだ。
シルフィーヌを探し出そうとリンデルの森の中を駆け巡っている時に、突然ダークエルフが飛び出てきて、思わずエイダは飛び退く。彼女と共にシルフィーヌを捜索していた親衛隊の兵士はダークエルフの存在に驚愕する。
「バカな……! 何故お前たちがこの森に!」
「あ? 簡単に入れたに決まってる! それより俺たちと遊ぼうぜ!」
「あ? 簡単に入れたに決まってる! それより俺たちと遊ぼうぜ!」
暗がりの中からダークエルフ達が続々と湧き出てくる。囲まれたと親衛隊の兵士達は判断する。親衛隊のエルフ達は冷や汗をかきながら各々武器を抜く。こちらはエイダを含めてもわずか十名程度。対して相手は数十人もいる。
―――――――数で負けている。こちらが不利だ。こんなことをしている場合ではないのに――――――。焦る親衛隊を余所にエイダは一人涼しい顔を浮かべている。
―――――――数で負けている。こちらが不利だ。こんなことをしている場合ではないのに――――――。焦る親衛隊を余所にエイダは一人涼しい顔を浮かべている。
「あん? 嬢ちゃんやけに冷静じゃねーか。 今囲まれてるって言うのに余裕だな!」
武器を突きつけながら煽りを入れてくるダークエルフの兵士に対しエイダは動じることなく――――――。
「うん、この程度の連中なら余裕だね」
そう言ってエイダは杖を構えダークエルフの兵士に突き付け返す。
「余裕だァ? それはこっちのセリフだろう?」
冷静な様子を崩さないエイダを煽り散らすも彼女は動じなかった。そればかりか目の前の敵を鼻で笑う余裕さえあった。
「数の差? アンタら程度じゃ私に傷一つ付けられないよ」
その言葉にダークエルフ達の怒りに火をつけた。
「上等だよこのアマ! たっぷりヒイヒイ言わせてやるよ!」
エイダと親衛隊に向かってダークエルフ達が一斉に突撃してくるも、エイダの調子は変わらず。それどころか真っ先に突撃を仕掛けてきたダークエルフの兵士に向かって至近距離から火属性の魔法をぶつけた。ダークエルフの兵士は絶叫しながら倒れ、瞬く間に灰以外残らず燃え尽きた。その様子にダークエルフ達の動きが一斉に止まった。
「り、リーダーが死んだ……。たった一撃で……?」
その事実に戦慄が走る。ダークエルフ達も、エルヴンの親衛隊の兵士たちも。エイダただ一人を除いて。
「うーん……加減するの忘れたけど……火事にならなければいいよね」
エイダはあっけらかんと笑いながら、慄き立ち尽くすダークエルフ達に向かって突撃した。そして、彼らの悲鳴がリンデルの森の中に響き渡った。
「ここまでくればもう二人きりですね。シルフィーヌ様」
リンデルの森の外にフルスはシルフィーヌを誘拐してきたのだ。しかし、テネブル=イルニアス軍団国へ続く道ではない。また別の場所へ向かうための道であった。
「……私をどうするつもりなのですか」
シルフィーヌは恐怖で身を震わせながらフルスに問いかけた。彼はそんなシルフィーヌの反応に邪悪な笑みを浮かべる。その笑みにシルフィーヌの背筋に怖気が走る。先ほどから目の前の男への嫌悪感が拭えない、気持ち悪いとさえ思う。その理由がシルフィーヌには分からなかった。しかしそんなシルフィーヌの様子を気にも留めずフルスは口を開く。
「これから貴女を某好みに調教する予定ですね」
目の前の男の言葉が全く理解できなかった。調教とは何なのか? 目の前のダークエルフは何を言っているのか? 理解ができない。分かりたくもない。シルフィーヌにとって初めての感情だった。
「某が離れている間に貴女の周りに知らない男と女がくっついているではありませんか。あれはいけません。貴方の価値を損なわせる有害な存在です」
「……シグル様とエイダ様のことを言ってるのなら今すぐ撤回してください。あの方たちの事を悪く言うことを私は許すつもりはありません」
「……シグル様とエイダ様のことを言ってるのなら今すぐ撤回してください。あの方たちの事を悪く言うことを私は許すつもりはありません」
相手の言葉に怒りを覚えるのも初めての事だった。許せないとすら思った。シグルとエイダを、いつも自分に優しくしてくれる二人を罵倒されることが。しかし、そんなシルフィーヌの反応が想定外だと言わんばかりの表情をフルスは浮かべる。
「よもやここまであのムシケラ共に染められているとは……。先にあの二人を排除するべきであったか……セレーネ様のように」
信じがたい言葉を聞いた気がした。目の前のダークエルフは、シルフィーヌの姉セレーネを殺害したと宣った。目の前に姉の仇がいる。その事実にシルフィーヌは大きく動揺する。
「貴方が…………お姉ちゃんを…………?」
「ん? ああ、殺しましたよ。不要でしたから」
「不要……?」
「ん? ああ、殺しましたよ。不要でしたから」
「不要……?」
この男は何と言ったのか? 姉が不要だと? 自分にとって大切な存在をこの男は不要だと断じた。
「貴方の傍に居られたら某がいる意味がなくなるではありませんか。ですから不要です。貴方の傍には某ただ一人がいればいい」
「ふざけないで!」
「ふざけて等おりませぬ。せっかくセレーネを排除したのに貴方の傍にはムシケラが二人もいる。その上貴方に悪しき影響を与えている始末……。これはいただけない。実にいただけない」
「ふざけないで!」
「ふざけて等おりませぬ。せっかくセレーネを排除したのに貴方の傍にはムシケラが二人もいる。その上貴方に悪しき影響を与えている始末……。これはいただけない。実にいただけない」
そう言いながらフルスはシルフィーヌを地面に押し倒し、彼女が来ている衣類を素手で破く。するとその下に隠れていた彼女の美しい肌と豊かな一部分が露わになる。シルフィーヌは顔を赤らめ悲鳴を上げながら手で隠そうとするがそれはフルスによって阻止される。
「これから貴女を調教し私色に染めて差し上げよう。何、痛くなどありませぬ。むしろ極上の快楽をお約束いたしましょう」
「気持ち悪いことを言わないで! やめて! 誰か!!」
「気持ち悪いことを言わないで! やめて! 誰か!!」
シルフィーヌは涙を浮かべながら抵抗するもか弱い彼女では戦士でもあるフルスに抵抗できない。フルスは嫌がるシルフィーヌを見てさらに笑みを歪める。
「はははははは、嫌がる貴女も素敵だシルフィーヌ様。いや、シルフィーヌ。わが愛すべき妻よ」
「誰が貴方なんかの……!」
「もうお前は某の物だ! じっくり可愛がってあげよう……!」
「誰が貴方なんかの……!」
「もうお前は某の物だ! じっくり可愛がってあげよう……!」
そう言ってフルスはシルフィーヌの首筋に舌を這わせる。気持ち悪い、怖気が止まらない、早くこの男から離れたいのに何もできない。自分はこのままこのダークエルフのいいようにされてしまうのだ――――――。シルフィーヌは絶望した。目の前に姉の仇がいるのに何もできないどころかいいようにされている自分に。このままこのダークエルフのおもちゃにされるであろう自分の未来図に。フルスはシルフィーヌの身体に手を伸ばす。自らの存在を、彼女の体に刻みつけるために。フルスには勝てないシルフィーヌにできること等、ただ目を閉じて顔をそらすことくらいであった。
(…………誰か……助けて……!)
心の中で助けを求めるもその思いは届くことはなく、彼女は悪意ある笑みで顔をゆがめるダークエルフに蹂躙される。少なくともフルスの中ではそうなるはずだった。
何者かに蹴り飛ばされ、シルフィーヌから強制的に引きはがされることにならなければの話だったが。
(…………何が起きた?! 誰が某の邪魔を……!)
蹴れられたわき腹をさすりながらフルスは自信を邪魔した存在に目を向ける。するとそこには一人の人族がシルフィーヌを抱き起しながら自らが着ていた上着を彼女に羽織らせている姿が見えた。その事実にフルスは激怒する。
「貴様ァ……! 我が妻シルフィーヌから離れろ!!! 何の権利が合ってシルフィーヌに触れているのだ……! その女は私の物だ!!!」
フルスの叫びを人族の男――――――シグル=トルーヴは無視する。今はシルフィーヌの方が優先だと言わんばかりに。
「……遅くなった。大丈夫か?」
シグルは気遣うようにシルフィーヌに声をかける。しかしシルフィーヌはそれに答えず、泣きながらシグルに縋りつく。そうするしかないとでも言うように。
「…………して…………殺してください! あのダークエルフを! 今すぐに!!!」
シルフィーヌの悲鳴に似た懇願にシグルは驚く。しかしそんな彼の事などお構いなしに彼女はさらに言葉を重ねる。
「早くお姉ちゃんの仇を討ってください! お願い……!」
「それは……命令と受け取っていいのか?」
「それは……命令と受け取っていいのか?」
シグルの言葉にシルフィーヌは首を縦に振った。懇願するように。救いを求めるように。そして、それを無碍にすること等、シグルには出来なかった。
縋りついてくる手を優しくほどき、剣を二振り抜きながら庇うようにシルフィーヌの前に立つ。そしてその目はフルスをまっすぐ見据えている。
縋りついてくる手を優しくほどき、剣を二振り抜きながら庇うようにシルフィーヌの前に立つ。そしてその目はフルスをまっすぐ見据えている。
「……シルフィーヌ様の命令だ。お前を焼き殺す」
剣を構えながらフルスに宣言する。一方、下等な人族がシルフィーヌに触れ、あまつさえ自身に剣を向けているという事実にフルスは怒りを覚え勢いよく剣を抜く。
「それはこちらのセリフだ! 某の道を阻み、シルフィーヌを汚した罪を貴様の命で償え! 下等種族がァ!!!」
そうして月明かりの下で、一人の冒険者とダークエルフが激突する。シグルは炎の意匠が施された剣で斬りかかり、フルスはそれを受け止め鍔競り合いとなる。
「下等な種族ごときが! 価値無き命が! いかなる所以を持って某の邪魔をするのだ!」
「そんなもん知るか! 俺はシルフィーヌ様にお前を殺せと命令された! だから……!」
「そんなもん知るか! 俺はシルフィーヌ様にお前を殺せと命令された! だから……!」
鍔競り合いを制し、フルスを突き飛ばしシグルは横薙ぎに剣を振るう。
「シルフィーヌを泣かせたお前を殺す! それだけだ!」
フルスはそれを弾き、しかしシグルはもう一撃上段から振り下ろす。上段からの一撃を交わすもすぐさま二撃目、三撃目と、管轄入れず剣戟を入れてくる。無論フルスは応戦するも、シグルの勢いに徐々に押されていく。それがフルスにとって信じがたい事であった。
かつてエルヴン帝国の騎士であり、今はテネブル=イルニアス軍団国の戦士として各地で戦果を上げてきた自分がたかだか人族の冒険者に押されている。それは彼にとって受け入れがたい現実であった。フルスはシグルの剣を弾きながら距離を取る。当然シグルは逃すまいと距離を詰めてくるも、動きが単調であった。
かつてエルヴン帝国の騎士であり、今はテネブル=イルニアス軍団国の戦士として各地で戦果を上げてきた自分がたかだか人族の冒険者に押されている。それは彼にとって受け入れがたい現実であった。フルスはシグルの剣を弾きながら距離を取る。当然シグルは逃すまいと距離を詰めてくるも、動きが単調であった。
「水よ! 我が手より湧き出て眼前の敵にしなるといい! ウォーターウィップ!」
水の鞭を左手から発生させてシグルに叩きつけようと振るう。シグルはそれを回避するそぶりすら見せず――――――剣から炎が勢いよく吹き出す――――――水の鞭に剣を叩きつける。直後、水の鞭が勢いよく蒸発し、衝撃と共に水蒸気が周囲に撒き散らされる。一気に視界が奪われるがフルスは風の魔法トルネードで竜巻を起こし水蒸気を晴らす。いつの間にかシグルが目の前からいなくなっていたため周囲を警戒するも一手遅かった。背中から鋭い痛みと燃えるような熱さを感じ絶叫する。斬られたと判断し背後を振り向くがそこにはもう誰もいない。再び周囲に視線を巡らせる前に、今度は左腕から熱さと痛みが発せられるのを感じる。肘より先が斬り落とされたのだ。剣を落とし斬り落とされた個所を右手で庇う。ただ斬り落とされた痛みだけではない。炎で焼かれたような痛みと感触も加わっている。思わず膝をつき――――――偶然、横薙ぎの一撃を避けることができた。
フルスはシグルを、より正確に言えば彼が左右それぞれに握られた剣に目をやる。剣身が燃えている、否、剣から炎が発せられているのだ。
フルスはシグルを、より正確に言えば彼が左右それぞれに握られた剣に目をやる。剣身が燃えている、否、剣から炎が発せられているのだ。
「魔導剣か……!」
「ご名答」
「ご名答」
シグルは燃える剣をフルスに突きつける。自分の方が優位だと示しつけるように。フルスは歯噛みする。自身が人族の冒険者ごときに後れを取っている現実に。しかも、目の前の人族は身体強化すら行っていないというのに後れを取っているという事実がさらにフルスをみじめにさせる。そう、シグルは一切身体強化を行わず素の身体能力のみでフルスを追いつめたのだ。
「この……下等種族ごときが! 某を見下すなァあああああああああああああああ!!!」
フルスは叫びながら残った右腕で水で形成した高圧の刃をシグルに振るい、それをたった一振りでいともたやすく相殺されてしまった。渾身の一撃をいなされ愕然とするフルスを余所にシグルは残った彼の右腕を斬り落とした。辺り一帯に響くほどの悲鳴が、フルスの口から発せられる。痛みと熱に耐えきれず顔を歪めながらフルスは、シグルが上段に剣を構えている姿を見た。
「ま、待て! 某はまだ死ぬわけにはいかぬのだ! シルフィーヌを我が手に収め、彼女を某の色に染め上げるという崇高な目的が……!」
「何も残さずくたばれ!」
「何も残さずくたばれ!」
有無を言わさず、シグルはとどめの一撃をフルスに刻み付ける。そして、傷口から瞬く間に炎が噴き出しフルスの身体を焼き尽くした。悲鳴を上げる暇もなく、フルスはあっけなく、シグルの言葉通りこの世に何も残さずくたばった。
フルスが名にも残さず燃え尽きたことを確認し、シグルは剣を収めながらシルフィーヌに駆け寄った。シルフィーヌは嗚咽を零しながら泣いていた。まるで迷子になった子供のようだとシグルは思った。
「終わったよ。シルフィーヌ様」
シグルはシルフィーヌを抱き寄せそっとささやく。そして彼女は助けを求めるように彼の身体に縋りついた。
「なんで……お姉ちゃんが……なんで……私なんかいなければ……お姉ちゃんは……」
「それは違う」
「それは違う」
シルフィーヌの言葉をシグルは否定した。自分がいなければ姉は死ななかった。そんな根拠はどこにもないから。それに何よりシルフィーヌに一切の非があるとは思えなかった。彼女は純粋な被害者である、それがシグルの判断だった。
「シルフィーヌ様のせいなんかじゃない。それは絶対に違う。悪いのはあいつだ。あのダークエルフだ。そして……あいつに命令を下した連中だ」
シルフィーヌの頭を撫でながら言葉を掛ける。彼女の悲しみを慰めるために。今自分にできることはシルフィーヌに言葉をかけることだけだと、シグルはそう判断した。どう言葉を掛ければいいのかは分からなかったが、それでも何か言わなければ、彼女を慰めなければならないと、そう思ったから。
「俺がシルフィーヌを守る。お前の敵は全部俺が焼き殺してやる。何があっても俺はお前から……シルフィーヌから離れないから。絶対に、命を懸けるから」
シグルはシルフィーヌに誓いを立てる。何があっても守り続けると、命を懸け続けるという誓いを。シルフィーヌはシグルに縋りつき、声を上げながら泣き続けた。自分の心に巣食う悲しみと苦しみから逃れるために。そうしなければ耐えられなかったから。そんなシルフィーヌをシグルは抱き締め続けた。
シグルの後を追ってきたエイダとエルフの親衛隊が到着するまで、二人はそうやって寄り添い合っていた。