ここで訳出したのは、ネットに流れる作者不詳の催眠スクリプトです。
作者不詳のスクリプトは、それぞれに使用感にあふれていますが、このwikiを見ている方には、「そのまま使える」と考えるほどナイーブな人はいらっしゃらないと思います。
訳文のまずさをとりあえず棚上げしたとしても、同じ言葉が同じ効果を生む訳ではないのはむしろ常なること、催眠に関する暗示については、なおさら言えることです。逆に言えば、言葉の後ろにある「どういう効果・影響をもたらしたいか」という意図を汲み、被催眠者に合わせて改変していければ、これらの暗示文も使えるものになるでしょうし、いくらでもバリエーションを、そして新しい催眠誘導を、いくらでも生み出すことができるでしょう。
言うまでもないことですが、催眠は、決められた言葉を決められたとおりに読めば、誰にでも同じ効果が現れる(同じだけ時間をかけて、同じ順序で同じ反応を示しながら、同じだけの深さの催眠に入ってくれる)といった「呪文」では、まったくありません。
催眠は、文脈を作り出すセッティング、そして相手に合わせるための観察・受容(そして利用)が重要です(すべてと言ってもいいくらいです)。
被催眠者が示すノン・バーバル(非言語的な)反応・サインに気づき、それに合わせて働きかける(たとえば暗示の言葉を与える)ことができれば、働きがけ(暗示)がノン・バーバルな反応を引き起こしたと錯覚させることができます。古典催眠は、にぶい催眠者にもわかりやすい被催眠者の反応(たとえば疲労によって目が閉じる)を生じさせて、それに暗示(働きがけ)を合わせるタイプの催眠誘導を数多く開発してきました。ボールが来たのに合わせて、ちょうどよいタイミングでバットを振れば打球は前に飛びますが、被催眠者の反応にちょうどよいタイミングで働きがけ(暗示)ができる人は、「勘がよい人」として、たとえば本を読んで同じようにやってみるだけで、「催眠ができる」ようになります。
現代催眠では、被催眠者が示すノン・バーバル(非言語的な)反応・サインは、かすかなものでも、できるかぎり拾い上げます。極端に言えば、それを言語化してやれば(例:「呼吸が変わってきました」「脈拍も変化して出してます」)、それだけでも催眠誘導になります。
現代催眠の一つの特徴は、許容的であることだと言われます。たとえば現代催眠では「外れにくい」言葉を使います。先の例だと「呼吸が変わった」というだけで、早くなった遅くなったのか強くなったのか弱くなったのか等には触れていません。「呼吸が変わった」という言い方は、そのどれにも当てはまります。被催眠者の経験や感じ方がどのようなものであっても、できるかぎり果てはまる(受け入れる)形での、働きがけ(暗示)であることから「許容的」と言われます。
さらに「呼吸が変わってきました」というのは、単なる「実況中継」ではなく、被催眠者の注意を、被催眠者(の身体)自身に向ける「暗示」でもあります。さらに呼吸に意識を向けると、呼吸が変化する可能性があります。つまり「呼吸が変わる」という暗示は、自己成就的予言(予言すること自体が、予言の実現に働く予言)でもあります。意識的に呼吸するのと、意識せずに呼吸するのとは言葉の上で異なることでもありますが、意識して呼吸した経験、呼吸を意識してそれまでと同じようには呼吸できなくなった経験を、少なくない人が持っています。「呼吸が変わる」という暗示は、そうした被催眠者が持っている体験(被催眠者が持っているリソースの一部)を呼び起こすことで、被催眠者に働きかけています。被催眠者の持つリソースの利用・活用も、現代催眠の特徴のひとつです。
よくできた催眠暗示は、一つの言葉にも、多くの機能が埋め込まれ、複数の効果(もちろん強め合う効果)を発揮するように、練り上げられています。ある被催眠者がどの効果に反応するかわからないからです。多くの効果が発揮されるよう催眠暗示をつくることができれば、さまざまな被催眠者に効く可能性が高くなります。しかし、今、被催眠者を前にしている催眠者は、働きかけ(暗示)に対する反応を通じて、目の前の人が、どのような暗示に反応し、どのような暗示には無反応か(そしてマイナスの反応を示したり、抵抗しようとしたりするか)を知ることができます。相手の反応にただタイミングを合わせるだけでなく、暗示内容の傾向や種類を変えていくことも可能です。
相手に応じて臨機応変に働きかけ(暗示)を変えていける催眠者は、多くの催眠導入を使う必要はないでしょう。おなじみの暗示を、どのように変えていけばいいかは、目の前の被催眠者がノン・バーバルに教えてくれます。
この作者不詳のスクリプトたちは、お仕着せの呪文ではなく、リバース・エンジニアリングよろしく、「この言葉(働きかけ)で何をしようとしているのか」をバラバラに分解して理解する、そして組み立てなおして暗示をつくる/作り変えるトレーニングの素材として提供されるものです。これらスクリプト自体が、伝統的な催眠誘導からの改変を通じて生まれてきたバリエーションです。どんな必要からどんな改変がなされたか、その背景を考えてみることも、臨機応変に暗示を変える能力を高めることにつながるでしょう。
最終更新:2009年07月20日 22:46