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珠月 #1

 
篠崎 黒乃は控えめに言って変態だった。
その網膜に映るほぼ全てのホモ・サピエンスは彼女の性欲の対象になり得たし、初めて逢う人間に対して最初に脳裏に浮かぶことは「その人間を味見してみたいか否か」だった。
しかもそれを隠す気もなかった。幸いなことに最低限の常識とTPOをわきまえられるだけの思考ロジックを持ち合わせていたので、初対面の人間に対して「これから一発どぉ?」などと些か類を見ないナイストゥーミーチュー(--挨拶を--)することはなかったが、
相手から「私の第一印象は?」と問われたら「どんな声で鳴いてくれるのか気になるなーって思った」と真顔で答えるだけの飛びっぷりは残念なことに持ち合わせてしまっていた。


篠崎 黒乃は共感覚の持ち主だった。
その網膜に映る全ての生物の背後には、その生物の抱える感情や衝動が色とりどりの球体となって見えていた。
食・性・眠の三原色は元より、喜怒哀楽のマーブルカラー、破壊衝動や自殺願望、殺意に至るモノクロのノイズまで、彼女は視覚から理解することができた。
例えば現国教師の早川女史とクラスメイトの武村君が肉体関係を持ったことは一目で察したし、過剰な性欲を持て余しつつある眼鏡の真面目な委員長 白鷺さんは毎朝のチェック対象になっている。
その球体が見えるのは自分だけだと気付いたのは幼い頃だったが、その過剰すぎる視覚からの情報は、彼女に「そのことを公言しない方が上手く生きていける」ことを解らせるのに充分だった。


時の流れによりゆっくりと、一挙手一投足によりときに急峻な変化を見せるその色とりどりの球体は、彼女に「言うべきことと言うべきでないこと」「やるべきこととやるべきでないこと」を理解させてはくれたが、同時に「言いたいこと」や「やりたいこと」を縛る枷でもあることは事実だった。

  またそれは、他人の感情が読めることに限りなく近かったが、
  それで読めるような感情など、細部の欠けた荒いポリゴンでしかないことを、
  篠崎 黒乃はどこまでも理解していた。

しかし篠崎 黒乃は、自分の視界だけに映る世界が、なるべく美しい彩りであることを至上の願いとし、そのために自らがないがしろになろうと構いはしなかった。
 
 
 
 
 

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最終更新:2019年01月30日 20:23
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