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珠月 #6

 
秋枝と昇降口で別れ、黒乃は一人、保健室へ向かう。
結局、全てを打ち明けても何も変わらなかった。全ては杞憂だった、と、思うことにしている。
実際二人の心境に変化があったのかなかったのか、それは自分に視える範囲ではわからなかった。
最初は少しだけ同情が見えたが、それも時間とともに薄れていった。
変わったと言えば、その日の夜くらいだ。小春と結局泊まっていった秋枝を交えて三ツ葉になり、涙腺が緩んでいた私に嗜虐心が刺激されたのか、普段は受け担当の小春まで秋枝と手を組んで私を攻め続けるという珍しい展開になった。なんていうか、想像を絶するぐらい激しかった。控えめに言っておかしくなりそうだった。
礼節正しい天使が変な方向に目覚めてしまわないかがむしろ心配だ。通学中に一旦家に帰るからと別れた小春の顔は、いつもよりツヤテカしていたように見えたが錯覚だろうか。
思えば、朝になってから地震は収まっているような気がする。歩いていたので気付いていないだけかもしれないが。
と思考を巡らせている間に保健室に着いた。ゆるキャラマスコットのキーホルダーから鍵を片方選ぶと、扉を解錠して保健室に入る。同時に後ろ手で鍵を閉めた。
ちらりと保健室を見回す。ベッドに乱れなく、地震で機材が散らばるようなこともなかったらしい、いつも通りの保健室だった。防音による静寂のためか、8時前を指す時計の針音が微かに聞こえる。
黒乃はもう一つの鍵で南京錠を外すと、お悩み相談ポストの中身を取り出す。
「あら、珍しい。」
思わず声に出た。
そこに投函されていたのは、2通の便箋と、1封の黒い封筒だった。


このお悩み相談ポストに投函される全ての便箋は養護教諭に宛てられたものだが、黒い封筒、さらに限って言えば、宛名も裏書きもない黒い封筒は、黒乃に宛てられたものだった。
実際は、これを投函する人間は受取手が黒乃であることは知らない。この手法は「噂」を媒介に広がるものであり、七不思議のようなものという扱いである。認知度は当然最低ラインだ。
全ての習わしが正しく伝わっていれば、この封筒の中には黒い便箋が入っており、そこに悩みを抱えた差出人のクラスと名前だけが書かれているはずである。
(さて、どのクラスの子かなっと⋯⋯)
黒乃は封書を開け、葉書のような固い紙質の黒い便箋を8割ほど引き出す。

『 放課後、屋上にて 』

そう、黒い便箋に金色の文字で綴られていた。
(んー困るなぁ、ちゃんと名前書いてもらわないと。知らないふりして行くだけ行くか⋯⋯)
屋上は立ち入り禁止でもないので、放課後でもまばらだが人がいる。行ったからといって黒い封筒と自分が結びつくこともない。幸い差出人は私の「目」で判別できると思うので、訊き回る必要もない。本当に悩める人間がその場に来ても、そこで声を掛ける事はないだろうが、後でこちらからコンタクトを取ればいいだけの話だ。
そう納得すると、黒乃はカバンに黒い封筒を入れた。
そのまま、残った2通の便箋に目を通す。こちらは養護教諭宛てのお悩み相談だ。
(んー⋯⋯?、新手のイタズラ⋯⋯かな⋯⋯?)
黒乃は溜息交じりに便箋をたたむと、2通の便箋を1通ずつ別々の書類棚に文鎮を添えて留め置き、南京錠をし、保健室の窓を開け、自身は再び扉から廊下に出て、鍵を掛けた。


「おはよー」
「ぁ、おはよークロー。」
自分のクラス教室に着くと、今日も何名かの生徒が会話に花を咲かせていた。
「ねぇクロ! 運命ってあると思う!?」
⋯⋯デジャヴだろうか。これはあれか、昨日の会話をロールバックするタイプのフリか。
「ぇ、えっと、ヒナ、また何かの漫画かドラマに感化されたのね?」
視界の隅で別のクラスメイトがうんうんと頷いた。
「だって素敵じゃない? 出逢うべくして出逢ったから結ばれるべく結ばれて!!」
「最後は死に別れるよねこの話」
「そこは編集でカットして!?」
「クライマックス台無しなんだよなぁ⋯⋯」
と、ヒナ、タマ、ケイの3人組はいつも通りのテンションだった。
ーーー流石に違和感が拭いきれなかった。思わず数瞬凍り付いた。
昨日の会話のリフレインにしても、3人とも完全再現が過ぎやしないか。
というか、地震やら爆発がホットな話題の昨今じゃないだろうか。特に今日は。この時間帯は何よりも増して。
一つ、あり得ない可能性が脳裏をよぎり、教室を見回す。いつも通りの、朝の教室。黒板の日付や日直当番が昨日のまま更新されていない。日直がまだ来ていないからだろうか。
立ち尽くしたまま、腕時計に目をやる。機械式の自動巻きだが日付の表示もあるスグレモノだ。時間は8時ちょい。ズレはないように思えるが、違和感の証左が一つの増えてしまった。
続いてスマホに目をやる。
「⋯⋯ねぇヒナ。今日って何日?」
スマホのロック画面を見つめたまま問うた。
「ほよ? 11日水曜日でしょ? クロのスマホ壊れちゃった?」
無邪気な返答が返ってくる。
スマホの画面には、言われた通り「11(Wed)」の文字が映されていた。

  それは昨日の日付のはずだった。

戸惑いが隠せない。おかしい。何かがおかしい。
夢でも見ているのだろうか。やはり激しい攻めで私はおかしくなってしまったとか。
はたまた昨日の全てが夢だったのか。地震やら爆発やら、現実離れしたことが多かったのはそういうことだろうか。
驚愕を顔に貼り付けたまま、タマとケイの方に視線を向け、改めて問う。
「⋯⋯昨日の地震、大丈夫だった?」
敢えて、爆発事件には触れなかった。
タマとケイはお互いの顔を見やると、
「地震なんてあったっけ?」
「私も、気が付かなかったわ。」
と返した。
3人とも、嘘を吐いていないことは視えていた。
「クー!!」
突然廊下から呼びつけられた。
秋枝だった。少し離れたクラス間の廊下をを全力で駆けて来たのか、少し息が上がっていた。
「あーちゃん⋯⋯」
秋枝の背後には困惑と驚愕に彩られた球体が視える。
「何かがおかしい!!日付が変わってなくて、今日も私が日直で⋯⋯!!」
秋枝が言い終わる前に、黒乃は秋枝の手を掴んで廊下へ駆け出していた。


始業前の屋上は、完全な無人地帯だ。ここへ駆け込んで来て、階段に繋がる扉を閉めると、二人は肩で息をする。
「ほんとうに⋯⋯」
秋枝が整わない息のまま漏らす。
「⋯ファンタジーだゎ⋯⋯。」
黒乃の言ってることは正しかったのだと、12時間以上経ってから秋枝は実感する。ぃゃ、11時間程度未来に聞かされる話だったか。
黒乃と秋枝の認識は一致していた。
『自分だけが今日は12日のはずだと思っている』
『昨日がなかったことになっていて、やり直しをさせられているような錯覚』
小春は、今どちら側だろうか。私たちと同じように、違和感に苛まれているだろうか。
黒乃は小春に、『地震収まったみたいだね』とだけメッセージを送った。これの返事で判断できるだろう。
「よかった。私一人だったらどうかしてたな⋯⋯。夢だって諦められるレベルじゃない⋯⋯」
秋枝は少し弱気になっているようだ。
それも無理もない。私だってファンタジーな世界を受け入れられるだけで慣れているわけではないし、こんなのは初めてだ。
自分達以外が、昨日と同じ。
「自分達以外が、昨日と同じ⋯⋯⋯?」
⋯⋯自分で思ったことがなんか引っかかったので、声に出してみた。
秋枝は「何かわかったのか?」という瞳で私を見てくる。
「昨日と⋯⋯同じ⋯⋯」
反芻しながら、カバンを開ける。
「⋯⋯⋯同じじゃ⋯⋯ない。」
黒の封筒が、そこにはあった。


黒乃は改めて封筒を手に取ると、封を開けた。
先ほど見たように、葉書のような固い紙質の黒い便箋には『 放課後、屋上にて 』とだけ書かれている。
「⋯⋯昨日は来てなかったのか? それ⋯⋯」
秋枝も顔を並べて便箋を覗き込みながら訊ねてくる。もちろんこの「昨日」とは、自分達視点の昨日であり、10日火曜日のことではない。
「うん⋯⋯」
黒乃は思考を巡らせながら答える。
思えば、これと一緒に入っていた普通のお悩み相談の便箋2通は、昨日と同じ内容が書かれていたのだ。新手のイタズラかと思ってそのまま養護教諭に託してしまったが、あの時点でもっと思考を飛躍させるべきだったのかもしれない。
「今日しかない⋯⋯もの⋯⋯。」
この封筒は、今日になって現れたものだ。
金色の文字を改めて見ながら、不意に便箋を裏返す。

   想起せよ 。
   落丁にこそ  真実あり 。

背筋が凍るような感覚だった。それくらい、その字面は異質だった。
表と同じく、金色の文字で綴られた短文は、脳に直接訴えかけてくるようだ。
秋枝も何かを感じ取ったらしく、眉間に皺を寄せている。
何度も、何度も読み返す。
異常事態の中、今、紛れ込んだこの黒い便箋だけが何かの手掛かりになるかもしれない。
想起せよ⋯⋯思い出せ⋯⋯⋯落丁にこそ⋯⋯ページが⋯⋯抜け落ちて⋯⋯。
ハッと、黒乃は顔を上げた。
「今日しかないもの⋯⋯じゃないんだ⋯⋯。」
何かが噛み合ったような気がした。
「何かわかったのか⋯⋯?」
秋枝が疑問の晴れない顔で尋ねてくる。
「解決できるような糸口じゃないかもしれないけど⋯⋯でも⋯⋯」
一つのだけ、思い当たる節がある。
落丁にこそ、真実あり。
昨日にはなくて、今日にはあるものを探すんじゃない。
昨日はあったのに、今日は無いものを探すのだと。
「あたしは、今日⋯⋯」
不確定でしかないのに、ある種の確信に満ちていた。

  「⋯⋯水鳥ちゃんに、逢ってない。」

それはきっと、小さな運命の一欠片だ。






 

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最終更新:2019年01月30日 21:16
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