水鳥は屋上に来ていた。
もう、空は夕日に染まっており、この平行世界に来てから丸一日といったところだろうか。
ここに来た理由は、今から魔術を行使する上で、元の世界に戻ってきたときに目立たない場所だろうと考えたからだ。
そして、この魔術は壁に魔法陣を描いて行使する。
その場合、最適なのは階段の入り口とは真反対の、裏側に当たる壁だ。
ここに来る途中で適当な教室から拝借してきた白いチョークを使い、その壁に曲線がいくつも絡まった複雑な魔法陣を描いていく。
魔導書の「知識」が正しければ、チョークで描いても効果を発揮するらしい。
そして、魔法陣を書き終えた瞬間、魔法陣が青白く光り輝き、光が収まると魔法陣は黒く変色していた。
魔導書の通りであれば、これで魔法陣の登録は完了だ。
そして、最後の仕上げとして水鳥は詠唱を始める。
ーーザールヴァロータ・ディメント・コーロス・クリル・オプカ・フザ・ラ・フォルツェル・ヴェスーー
………詠唱を終えたにもかかわらず、何も変化は起きなかった。
なんとなく、予想できたことであった。
この魔導書の「知識」がガセである可能性もあったが、それ以上に思い当たることがある。
最初にこの魔導書を手にしたときの、何かを吸われていく感覚。
おそらく、この魔導書は「知識」を与える代償として、その魔術を行使する力を奪っているのだと。
魔術の知識を封印する上で、実に効果的な方法だ。
知識があっても使い物にならないのであれば、その知識は無意味となる。
そして、結果としてガセだと思われて、その知識は広まることはない。
今一番悔やまれるのは、ここには自分独りしかいないことだ。
誰にも迷惑をかけない状況が、今はあだとなっている。
もし、自分以外に誰かいたなら…
誰かいたなら?
友人がいない自分には、助けに来てくれるような人間などいない。
このまま自分は野垂れ死んでしまうのだろうか。
でも、自分が死んでも悲しんでくれる人なんて…
絶望感からか、そんなネガティブな考えが膨らんでいた。
そして、空腹も相まって立つ気力もなくなり、水鳥はその場にへたり込んでしまった。
最終更新:2019年01月30日 21:23