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珠月 #7

 
冷静に考えたところ、事態は困難を極めた。
『昨日(11日)はあったのに、今日(11日)にはないものを探す』
となると、闇雲に探し回ったって見つからない。というのも、昨日あっただのなかっただのは自分の認識範囲でしか判断できないからだ。比較対象が記憶である限り、記憶にないものは比較できない。
必然的に、探すのであれば昨日と全く同じ景色を眺めている必要がある。
果たしてそれを、見落とすことなく拾いきれるだろうか。
不可能じゃないかと、黒乃は思う。何より今この瞬間ですら、自分たちは昨日と同じ景色なんて見ていない。『落丁』が今この瞬間にこそ存在するのであれば、そこは読み飛ばしてしまったことになるのだ。
つかみ所のない危機感に襲われているさなか、スマホがメッセージの着信に震えた。
顔認証でロックを解除すると、小春からのメッセージを見る。
ーーーどうやら、彼女も二度目の11日水曜日を強いられているようだ。
そろそろ学校に着くとのことなので、小春の教室で落ち合おうとメッセージを打っていると、横からお気楽な話題が飛び出て来た。
「思えば、スマホ変えたんだねクー。iPhoneX?」
秋枝はこういうところミーハーである。不測の事態でもそういうところは変わらない。
「うん、おとーさんがもうそろそろ変えとけーって本体送ってくれて。カメラ2レンズでいい感じ。防水でバイブ強めであーちゃん好きになっちゃうかもだよ?」
スマホでがっつりアクションゲームなどはあまりやらない黒乃的に、重要なのはブラウジングとカメラだったりする。ハードボタンが減ったのには驚いたが、別段不満はなにも無かった。
「ぁでも顔認証は設定したくないなぁ、写真とかで解除できそうでちょっとアレじゃんね。」
「写真はなんか大丈夫みたい。カメラが距離とかも測れるみたいで、平面か立体かは判別できるみたいよ?」
と言うと同時にファンタジーに片足突っ込んだが故の懸念も浮かんだ。
「ぁー⋯⋯他人に変身できるファンタジーさんがいたら危ないかもだねぇ。そういう点では指紋の方が安全かなぁ。」
もちろんそんな能力者は見たことがない。というか、これは秋枝がどれくらいファンタジーを恐れているのか測るための冗談みたいなものだった。
試された秋枝はというと、
⋯⋯ぁ、知ってるこれ。青線とか縦線とか言うんだよね。顔にかかるやつ。リアルで初めてみたなぁ。複眼カメラで撮っとこうかな。これなら私の「目」なんかなくても感情丸分かりじゃない?


それから数分後、小春が学校に着いたとのことなので、彼女の教室前で待つこと更に数分、
一年生にとって上級生が教室の前にいるのはかなり異質に映るようで、皆どこか視線を逸らしていたり、最低限の礼儀として軽く挨拶をしたりしながら教室に出入りしていた。
そういう態度を取らせてしまうのは少々心苦しく、居心地の良いものでは無かったが、ここでこうしているのには理由があった。
小春とのLINEで知ったことだが、水鳥小夜は小春のクラスメイトらしいのだ。
小夜が現れるか否かは今の自分たちにとって大事なファクターの一つだった。現れたら現れたで脳内は混乱する一方だが、それはそれで本人に話を伺う路線に変更する算段だ。だが本音はやっぱり現れないで欲しい。お願い来ないで小夜ちゃん。
と方向性の迷子な思考を続けていたところ、階段側から歩いて来る小春が見えた。
「お待たせしました。水鳥さんとはお会いできましたか?」
小春はあまり混乱も動揺もしていないらしく、平常通りの色彩だった。
いや、と黒乃は首を振る。会えなくてむしろ良かったと思っていることは無駄な情報なので伏せておく。
「そうですか。教室には⋯⋯うん、いないみたいですね。水鳥さんは毎朝早くに来られるんですけど⋯⋯。」
「ちなみに、いつも朝早くに来る子とかいないの? 実は私たちよりも早くにその水鳥って子と会ってる可能性のある子とか。」
と秋枝が問うた。確かに水鳥小夜と黒乃は会えていないが、会えないからといって人間が消えていると短絡的に結論付けるのは危うい。生活リズムが『昨日』と『今日』で違う人間がいるのかもしれないし、さらに深く考えると、『ファンタジーに巻き込まれた当事者である自分たちと、巻き込まれた様子のないその他大勢では、認識のズレが生じている可能性』も捨てきれない。これは本の読み過ぎかもしれないが。
「いつも朝早いのは⋯⋯あそこのお二人ですね。8時前には教室にいらっしゃるみたいです。」
小春が指した二人を確認すると同時に、黒乃は決心を決めて動き出した。
なるべく自然な足取りで、その二人に話しかけるために、他人の教室の中へ。
迅速な決断を可能とした理由は単純だった。
その二人の背後にも、普通の人間の背後にはない『異能』が視えたからだ。


「キミたち、ちょっといいかな?」
思えば逆ナンとかめっきりしてないなぁ、と余計な思考がよぎる。
話しかけられた少年A・Bはというと、
「え、なんスか?」
若干驚いたようだった。まぁいきなり見知らぬ上級生が教室の中にまで入ってきて話しかけてきたらそりゃそうなるだろう。
「水鳥さんが今日、学校に“来てるはず”なんだけど、何か知らないかなぁ?」
黒乃が問う。
「水鳥?水鳥って⋯⋯誰だっけ?」
「おま酷いな⋯⋯そっちの席の女子でしょうよ⋯⋯」
「あーぁーぁー? はいはい。うん、見てない見てない。」
少年Aが答える。
「僕も見てないんで、休みじゃないっすかね?」
少年Bもそれに同調した。
「そっか、ありがとう。ごめんね、驚かせて。」
ではではと、黒乃は手を振りながらそそくさと退散した。
やはり、水鳥小夜は『落丁』の一つと見て間違いなさそうだ。どのタイミングで抜け落ちているかはイマイチわからないが。
廊下まで戻ってきて、黒乃は一息ついた。
「ん、小春ちゃんありがとう。あとは昨日と同じように生活して、何か気になることがあったらLINEして。あーちゃんも、お願いね。」
二人の了解を確認し、各々はそれぞれのクラスへ戻ることにした。

黒乃に向けられた、ある男性教師の視線には、
誰も気付かなかった。







 

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最終更新:2019年01月30日 21:19
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