珠月 #9

 
「ほい。使い終わったらそのまま返してくれればいいから。それか今夜ウチに来るときに持っててくれれば。」
「ぃぇそんな、ちゃんと洗ってお返ししますから。」
時はお昼休み。渡されるは体操服。事の発端はこうだ。
家を出る前に今日が12日(木)ではなく11日(水)だと気が付いたが、理解が追い付かず、体操服はきっと持って来れる状態に戻っていたと思うのだが、それを持ってくるという発想になんて至るわけがなかった藤ヶ谷小春がいました。おわり。
教材はなんとかなっても体操服はなんともならないのが、まぁ当然と言えば当然で。
結果、誰かから借りてでも授業には殉じようという真面目な志のもと、今日一番密にコミニュケーションを取っていたのが黒乃だったのでダメ元で訊いてみたところ、
たまたま前回の体育が雨天で座学に変わったため、珍しく体操服が学校に待機していた黒乃は進んで自らに白羽の矢を建造したというわけである。
「まぁ小春ちゃんはそういうとこ譲らなそうだから気が済むようにしてくれたらいいけど⋯⋯ま置いとくとして、訊きたいことがあるんだけどー。」
「?、なんでしょう?」
「水鳥ちゃん、連絡ついた?」
「先生はそもそも『水鳥さんがいない』ことに不自然なまでに気付かれないことが多くて、先程確認を兼ねて焚き付けたんですけど、親御さんとも連絡がとれないようです。」
「あらー⋯⋯。あと、朝に話しかけた2人の少年なんだけどさ、あの2人って昨日は?」
「同じ流れで帰宅されてましたよ? ただ『体調不良』とだけ仰って、4時間目にはもう早退されていたと思います。」
「そっか⋯⋯じゃぁ違うのか。ふーむ⋯⋯」
屋上で人が倒れており、それが人知れず校外まで運ばれる。
あんなショッキングな出来事が日常には転がっているということなのか、
ちょっと視線を向ければ非日常はどこにでも顔を出すということなのか。
いったいこの『今日』にはいくつの『落丁』が転がっている、もとい、転がっていないのだろうか。
現時点で2つしか見付けられていない。
1つは朝、廊下の角で出逢うはずだったヒロイン。
悩める後輩、運命の一欠片。水鳥小夜。
1つは遍く世界を照らす光。あるいは世界を焦がす炎。
成功と祝福、裁きと滅びの象徴。
昨日にあったかなんて確かめる必要もない。

この『今日』には、太陽がなかった。



ーーーー放課後。
「はぁ⋯⋯、ホントにないね太陽。」
黒乃と共に屋上に上がってきた秋枝が、それでも事態を飲み込めない様子で言う。
小春は放課後は部活なので別行動だ。今日は本職の演劇部で稽古だそうで、『昨日』の反復練習ができるのは得した気分だと言っていた。実際小春に反復練習は不要かもしれないが、配役が1人いないと他の部員の練習に支障が出るのを気にしているというのが本心のようだった。
屋上をぐるりと見渡すと、あたりはフェンスと階段の出口にあたる扉だけ。その出口の上には貯水タンクがあり、基本的にこの学校の水は一旦このタンクに汲み上げられたものが位置エネルギーによって全校舎に流れ落ちたものだ。フェンスの外には一部余裕の設けてあるところがあり、空調の室外機が設置されている。
屋上床はコンクリートベースに落ち着いた色の小さなタイルが敷き詰められており、滑りにくさと見栄えを兼ね備えている。やや年季が入っているが、雨晒しのわりには手入れがなされている方だという印象を受ける。
昼時は生徒たちがこぞってフェンス際の段差をベンチ代わりに確保し、ランチタイムの井戸端会議に花を咲かせるものだが、今は誰の姿もなかった。放課後にたむろするにはうってつけの場所なので、季節に寄るかもしれないが、ちらほらと人がいるイメージだったのだが。
視線を上に、空を仰ぐ。
本来であればそこに、過剰なまでな存在感を醸し出しながら容赦無くUV砲でお肌を攻撃してくる灼熱の無差別兵器が存在するべきなのだが、今はその光球は見当たらない。
不思議なもので、しかし日差しは差しているのだ。影も屋上は反射物が少ないのでけっこうくっきり見えている。
ただその光源である太陽だけ、姿が見えない。
雲がないわけではない。そのまばらなどれかに隠れているんだと言われたら納得しそうになる。
ただ太陽を探すつもりで空を仰げば、今どこに太陽があるべきなのかわかってしまうのだ。そしてそこは確かに明るさとしては強いのだが、肝心の、長く直視することの憚られる天体が存在しない。
「盲点だった。こんなスケールの大きな話になるとは。」
「ねー。あたしも気付いたときびっくりしたよぉ。」
思えば普段から、太陽を見る機会なんて殆どない。どころか無意識に視線を逸らしている気さえする。その姿を捉えずとも、その存在は捉えられていたのだ。
「⋯⋯しょ⋯っと。」
秋枝はフェンス際の段差に腰を下ろし、購買で入手してきたポッキーの封を切る。
黒乃はその横に腰掛けると、同様にじゃがりこを開封した。
このまま黒い封筒の差出人と思しき人物が現れるのを待たねばならないのだ。長い戦いになるかもしれない。
「ぁ、クー、スマホ貸してよ。iPhoneX。」
「ん?いいけど、ゲームとかあんまないよ?」
「ぁーいいのいいの。今から私が、クーの顔真似でフェイスロック解除して見せる!」
「暇なんだねあーちゃん。申し訳ないなぁ付き合わせちゃって。」
呆れ半分だが、一応スマホを秋枝に渡す。
「気にしない気にしない。『昨日』は私が買い物に付き合わせようとしてたんだから、おあいこだゎね。」
もしこのまま『昨日』と同じ流れが続くのであれば、18時前には爆発事件が起きるはずである。
もしかしたら、今日とは違う足取りの自分たちが存在することで、全く同じ結末にはならないかもしれない。バタフライエフェクトという幻想的な名称で呼ばれるそれは、些細な要因が大きな変化を生み出すことを意味する。
逆にそれは、悪い変化に繋がる可能性も捨てきれない。
何をすれば正しいかわからないからこそ、黒乃はここで待つことを選んだのだ。
願わくば、この視界に映る色彩が、『昨日』より鮮やかであれるよう。


結果的に、フェイスロックは顔真似では解除できなかった。
その検証に3分も粘っていたのだから、秋枝は意外と本気で解除しにかかっていたのかもしれない。というか後半は最早顔真似ではなく変顔のオンパレードだったが。私はそんな変顔をロック解除のたびにしてるように見えるのだろうか。んなわけあるかい。
そのままのらりくらりと時間は過ぎた。相変わらず屋上に他の人はおらず、校庭から運動部の声がよく響いた。
いいかげんお菓子が尽きようかという頃、
不意に、一陣の風が吹いた。
それは、どこか不思議な風だった。
視線や意識を誘うような、無意識のうちに目で追いかけてしまうような、そんな風だった。
そして風の吹き溜まりとなった貯水タンクの上に、明らかに異質な存在が、見間違えでなければ虚空より、風に運ばれたように現れた。
それは、いわゆる修験者のような風貌の男だった。年季を感じる鈴懸に、いずれも白布の手甲と脚絆。足に草鞋。頭には網代笠。
どう考えても学校にいてはいけない風貌である。
反射的に黒乃は立ち上がった。
この屋上は『今日人間が1人原因不明の昏睡状態で見つかっている』のだ。それが何かしらの悪意によってもたらされた結果であったなら、怪しさ10割増の存在相手に腰を下ろしてなんかいられない。
秋枝もつられて立ち上がる。
「篠崎⋯⋯黒乃だな。」
男が口を開く。低い、老齢を感じさせる声色だった。
黒乃は相手に『害意』や『敵意』がないこと確認しつつ問い返した。
「⋯⋯あなたは⋯⋯?」
問われた男は若干飄々とした口調で、
「そう警戒せずとも良い。拙者はそうだな、仙人⋯⋯みたいなものだ。名は“残夢”という。声なきものの代弁者として馳せ参じた次第だ。」
と応えた。
「声なきもの⋯⋯?」
残夢と名乗る男はニヤリと笑みを浮かべた気がした。
「ときに篠崎黒乃、二度目の『今日』は楽しめておるか?」
どうやら、男はこの『非日常』について、幾分詳しいようだ。
「⋯⋯訊きたいことが、山ほどあります。」
黒乃は、なるべく毅然とした態度で応えた。
「ほぅ、話が早いの。述べてみよ。」
黒乃は一瞬の逡巡の後、口を開く。
「⋯⋯この後、桃李道で爆発事件が起きます。もし今からでもそれを止めることができるなら」
「止められんし、止めても意味はないだろうよ。」
自称仙人は食い気味に応えた。
「“運命の輪-ホイール オブ フォーチュン-”に釘刺されただろう。あれに見えてたなら、諦めるしかないのう。」
修験者の風貌に似つかわしくない横文字が飛び出たが、それが脳内で反射的に千夏と結びついてしまった黒乃には、そんな違和感は気にも留まらなかった。
「未来と運命は似て非なるものだ。細部は違えど結果は変わらん。変えられたとしても、今度はその歪みを修正する何かが働く。そういう世界なのだ。もし運命を変えられたとしたら、それ相応の対価を払った結果であり、採算が取れているかと問われたら、それは否だろう。目の前の事象を覆すだけで、その先のどこまで影響を及ぼすことになるのか、人の身ではその責まで負えまい。加えて言えば、」
男は顎の無精髭を摩りながら、やや改まって言う。
「一度目の今日と二度目の今日は、明日には『どちらもあったこと』になる。」
「⋯⋯どちらも?」
思わず反復した。
「そうだ。今日をやり直していると思っとるかもしれんが、過去に戻りやり直すなどという大それたことは、申請が通るわけもないのでな。ぬしだけ過去の上塗りをしてもらうところで落ち着いたというわけよ。」
理解が追いつかない。いったい結局どうなっているのか、具体的な事例を並べて説明が欲しくなる。
「まぁ結局は、余分な輩が2人ほど巻き込まれることになったが⋯⋯これはぬしのせいでもあるからの、苦情は聞かんぞ。」
秋枝は『自分のこと?』とばかりに自らを指差している。
恐らく、もう1人は小春のことだろう。
私のせいで2人はこの二度目の『今日』を送ることになったと仙人は言うが、自覚はさっぱりない。なにせ、自分の認識では自分は『普通じゃない』人間ではあるにしろ、『何もできない』存在でもあるのだ。幽霊も見えない、魔術や魔法なんてあるのかもしれないけど使えはしないと思っている。ただ『視える』だけなら『傍観者』と変わらないのだ。
同時に疑問が浮上する。仮に私のせいで“2人”を巻き込んでいたとして、あと1人はどういった経緯で、今どうなっているのだろう。
黒乃はポケットから黒い封筒を取り出し、問う。
「⋯⋯この封筒は」
「拙者がぬしに宛てたものだ。」
「今日、登校しているはずの女生徒が1人、登校していません。彼女は今⋯⋯どこに⋯⋯?」
男の顔に、笑みが浮かぶ。それは先程より、どこか歪んだ笑みに思えた。
「水鳥小夜は今、」
残夢は笠のへりで目元を隠しながら、はっきりと、告げた。
「⋯⋯本に、喰われておる。」


一瞬の静寂が流れた。
「⋯⋯はい?」
先程から理解できないことばかりだが、今回は輪を掛けて意味がわからなかった。
本のモンスターということだろうか。プレデターブックとでも言うのか。
「この世界には魔術やら、それに類するものを扱える人間がおる。そういった者達が技術の結晶として生み出すもののうち、書籍のなりをしたものを『魔導書」と呼ぶ。」
このあたりは理解できる。以前読んだ本に出てきたファンタジー小説の設定とさほど乖離がないからだ。タイトルは確か“Capacity”といったか。
「用途は様々だ。知識の伝承や、道具としての機能を持つもの、更には単なる罠として生み出されるものもある。水鳥小夜を喰らおうとしておるのはこのうち、道具としての生み出された類いのものだ。」
人を喰らうなどと、それは道具ではなく罠か怪物に類するべきではないだろうかと思ってしまうが、そこは設計者の意図に準ずるということだろうか。
「これがなかなかユニークな代物でな、その場の『概念』の『格』を『上げる』機能を持っておる。簡易的な 祭壇 を 神殿 と同格まで引き上げる、神の祝福を受けたなどという逸話があればエリュシオンと呼べる領域まで、その一帯を『より強く意味付けされた力場』に一時的に引き上げることで、儀式に必要な条件を仮初の力場で満たしてしまえるわけだ。よほど大掛かりな魔術を行う目的があったのか、出不精な魔術師だったのかはさておき、著者は相当な腕の持ち主だろうよ。」
おっともうここらへんで理解が追い付かないぞ。ユニークとかエリュシオンとか横文字に若干気を取られはじめてきたし、なんかすごいことができるみたいだけどイマイチ飲み込めないレベルでしか情報が処理しきれない。
「しかし欠点がある。だがそれは同時に利点を得るためであり、著者には欠点でもなかったのだろうが、『単独で機能を発現できるようにする』ために、『魔導書自身がある程度の魔力源を保持する必要』があったわけだ。力場の大源(マナ)を喰らうわけにもいかんとなれば、内部に炉を備えるしかあるまい?」
当然だろう?みたいに言われてもそこに帰結するまでの道筋はさっぱりわからないが、話の流れから、なんとなく状況が飲み込めてきた。
「水鳥小夜は魔導書の魔力炉として取り込まれた。だがそれは死に直結はせん。死んでしまっては炉として使えんからの。魔導書の管理する領域に生け捕りにされておるわけだ。なに、通常であれば脱出は容易だ。人間の管理する領域であれば難もあろうが、本の管理する領域、しかもおまけのような機能ともなれば、『繋がり』の強いこちら側に勝手に引っ張られよう。意図して放り込まれたなら意味も変わろうが、今回はそうでもないようだしのう。」
なんかよくわからないが、通常であればなにもせずとも戻って来れるレベルらしい。通常であれば、という枕詞がやはりネックなのだろうが。
「問題はその魔導書の起動した場所が“ここ”だったことだのう。」
「ここ、って、⋯⋯屋上?」
訊ねたのは秋枝だった。残夢は首を横に振る。
「“学校”という領域内だったことだ。魔導書はあくまでその場の概念の格を上げるのが主機能であり、それを自身の管理下の“虚数領域“に展開し、炉となる存在を格納しているわけだが⋯⋯『学校』だ。生徒である水鳥小夜にとって『学び舎』であり『檻』でもある領域だった。なればそれは『知識を得るにはうってつけ』の『強固な檻』と格上げされることになる。」
ーーー檻、確かに学校は檻かもしれない。一見出入りは自由に見えるが、授業中は教室外に出ることすら制限され、校外に出るなどもってのほかだ。サボったり勝手に帰ったりなどは、本来は咎められるべき行為であるのだ。本来は。自分がどうとかは別にして。
「さて篠崎黒乃、ここいらで本題に入らせてもらおう。」
そう切り出すや否や、残夢は虚空から錫杖を取り出した。金輪がシャンと音を立てる。
「この二度目の今日は、ぬしに”資格“があるかを確かめるための試験として用意したものだ。当初の予定では妖魔の類いと一騎打ちでも演じさせる算段だったが、気が変わった。」
残夢が錫杖が虚空を突く。同時に金輪が再びシャンと鳴る。
「ぬしには水鳥小夜が虚数領域から脱出できるよう策を弄してもらう。」


「虚数領域⋯⋯?」
と言われてもさっぱりわからないが。
「期限は今日中とする。と言うより、明日には手段が乏しくなるからの、今日を逃すと手出しがほぼ出来ん。」
「ま、待ってください。その『手段』って言われても、あたしにはなにをすればいいのかさっぱり」
「『落丁』は見付けたかの?」
残夢が言葉を遮り切り出す。
「落丁⋯⋯? 太陽がない⋯⋯くらいしか⋯⋯。」
黒乃はそんなことより手段について訊ね直したい気持ちでいっぱいだった。
「それは過去の上塗りをする際に余分として省かれた領域だ。もっと手元の、物の有無やら出来事の有無を問うておる。」
どうやら、太陽はどうでもいいらしい。しかし困った。それ以外の落丁らしきものなど見付けられていない。
「⋯⋯『昨日』は買わなかったお菓子買ってお金は無くなったけど、それくらいだゎね。」
秋枝が言う。
「体操服貸しちゃって手元にないとかねぇ⋯⋯?」
黒乃も思考を巡らせる。
「“学校”という領域内で考えるのだ。敷地内に持ち込まれていたものが持ち込まれていない、起きていたことが起きていない、そういう次元の話をしておる。」
残夢が導くように諭す。
黒乃は一瞬考えた後、じゃあ、と口を開く。
「小春ちゃんの体操服が持ち込まれてない⋯⋯とか⋯⋯。」
残夢はふむ、と一瞬思考する。
「その持ち込まれなかったものは落丁たり得るかもしれん。であれば、持ち込まれるべき時点で『虚数領域に落ちた』ことになる。」
「⋯⋯⋯⋯はい?」
意味不明を通り越して声が出た。
「虚数領域は学校に展開されておる。つまり今この場は同じ空間の表と裏とも真と偽とも呼べる関係だ。」
「はぁ⋯⋯。」
「さて、今日存在の立証された水鳥小夜は、同じく今日には存在が確認されず、虚数領域に囚われておる。虚数領域とはその名の通り『存在するはずの存在しない』世界だ。辿らぬまま過ぎた過去然り、重なることのない未来然り。これを立証するのは難しいぞ? 悪魔の証明とはよく言ったものよ。⋯⋯が、既に立証されたものを否定するのみであれば話は別だ。今日学校内で存在の立証されたものが、同時に存在を反証されたとあれば、それは“虚数領域に落ちる”以外あるまい?」
また『当然だろう?』みたいに言われるが、こちとらもちろんさっぱりである。
「故に、期日は今日中だ。今日と違い、明日に二度目はない。存在を立証した瞬間、存在の反証が不可能になる。虚数領域に何かを落とすことしか、こちらからできる干渉手段はほぼない。」
よくわからないが、一度目の今日で有った物事に対し、二度目の今日で無いことを確認する というプロセスが大事らしい。
「ぬしはこちらから虚数領域になにかを落とすことで、水鳥小夜をこちらの世界へと導くのだ。その成功を以て資格を有する者と判断する。」
錫杖が、シャンと鳴った。


「その⋯⋯資格ってなんですか? その資格があるとどういうことに⋯⋯?」
黒乃が当然の疑問を問う。
「なに、資格を得ればわかることだ。資格無き場合は知らなくてよいことでもある。」
教える気はないらしい。
「さて、もう一つ、課題を与えるとしよう。」
残夢は改めて切り出した。
「この二度目の今日の幕引きをせねばならん。日が変われば一度目の明日となるが、元の時間軸と同期を取らねばズレが生じる。些細なズレだが管理側としては見過ごせんのでな、一つ、同期を取るための指標となる“瞬間”を定義してもらう。」
「はぁ⋯⋯具体的には、何を⋯⋯?」
「なに、非日常の終わりは謎解きと相場が決まっておる。良いか、一度しか言わぬぞ?」
シャン、と、残夢は再び錫杖で虚空を突き、高らかに告げた。

  「不死鳥がその両の眼に月を捉えし時、瞬く間に『今日』は終わりを告げん。」

数瞬の沈黙が流れた。
「⋯⋯さて、拙者はこれで引き上げることとする。次に会うことはないかもしれんが、達者でな。」
不意に、風が吹き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ訊きたいことが⋯⋯!!」
「焦らずとも良い。知るべきことは、その時になれば自ずと知れるものよ。」
残夢を風が包む。目で追えるような、不思議な風だった。
「ではな。期待しておるぞ、篠崎黒乃。⋯⋯ぃゃ、」
風が吹き抜ける。
「No.6 “恋人-ラヴァーズ-” よ⋯⋯」
残夢の最期の声は、確かにそう聞こえた気がした。
残夢の姿は虚空へ消え、
刹那、この日最初の地震が私たちを襲った。









 

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最終更新:2019年02月01日 02:16
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