あれから数分後、水鳥は壁に寄り掛かっていた。
一度は絶望し諦めかけていたが、シナリオフリークとしての矜持があった。
まだ、万策尽きたわけではない、取れる手段はいくつもあるのだ。
とはいえ、実質兵糧攻めされているような状況で、動き回れるほどの気力は今のところ残ってない。
仕方なく、最低限楽な姿勢が取れる状態で、体力の温存に努めるしかないのだ。
といっても、すぐ近くの魔法陣を描いた壁へ辿り着くのすら精一杯だったのだが。
そして水鳥は眼を閉じる、次なる行動を思案するために。
さて、改めて考えなければならない。
ほぼ振り出しに戻っているような状況で、再度手掛かりを探さなければならない。
もしくは、今まで避けてきた不可逆的行為も視野に入れる必要があるかもしれないが…
まず考えるべきはこの平行世界へ辿り着いたタイミングだろうか。
ややうろ覚えだが、おおよそ図書室を出た後の地震の直後くらいだろうか。
であれば、トリガーが現実世界で手に取った本、平行世界への門が図書室の出入口ということか?
いや、もしそうであれば、平行世界側の図書室に入ったら現実世界に戻れている可能性がある。
既に、何度も図書室を出入りしているから、その線はないか。
それに、おそらく平行世界に辿り着いたのは図書室を出た直後ではない、その後の地震のタイミングではないか?
だとすると、図書室の出入口が門になっている説は無いと考えた方が良さそうだ。
で、入口から出口を探す方針は自分自身で否定したとして、他の案があるとすれば、不可逆的行為に手を出すか。
今までなるべく避けてきたことだったが、万策尽きたときにやろうと思っていたことだった。
それは、魔導書の破壊、すなわち焚書である。
正直、個人的には忌避したい手段だった。
一度やってしまったら元に戻すことができない、更にはどんなリスクが伴っているかわからないのだ。
だからといって、このまま手を拱いているわけにもいかない、何よりどこかの聖人も言っていた、生きてこそ、と。
では、どうするべきかと、具体的には2冊ある魔導書のどちらを犠牲にするのかを考えなくてはいけない。
まずは一つ目、現実世界で手に入れた魔導書、この平行世界へ辿り着いたきっかけとなった本。
この魔導書を焚書した場合、そもそもの原因である元を断つことで、現実世界に戻れる可能性がある。
しかし、逆にその手段を失う可能性もあるし、あるいは平行世界の消滅と同時に自分自身も消滅してしまう可能性だってある。
はっきり言って、かなりリスクの高い選択肢ではないだろうか?
そして二つ目、平行世界で手に入れた魔導書、知識を得る代わりにそれを行使する手段を奪った本。
この魔導書を焚書した場合、奪われたものを取り返して、魔術を行使できるようになる可能性がある。
しかし、それが戻る保障なんてないし、あるいは手に入れた知識を失ってしまう可能性だってある。
とはいえ、一つ目に比べればリスクは低いのではないだろうか?
ここまで考えたが実際のところ、この2択はどちらが正解とも限らないのだ。
実はどちらの方も正解なのかもしれないし、どちらも不正解なのかもしれない。
それ故に、なかなか実行に踏み切れないのだ。
だが、自分の状況を鑑みてもあと取れそうなのはワンアクションくらいだろう。
だから、実行するならどちらかを焚書するくらいしか選択肢がない。
それならばどちらを選ぶか…水鳥は更に思案する。
とはいえ、水鳥の中ではある程度は決め打ちをしていた。
選ぶべきは一つ目の魔導書、現実世界で手に入れた本である。
実際、リスクは高いが、もうほぼ後がない今の自分にとってはあまり意味を成さない。
それに、もし自分がこのシナリオを作ったとしたら、この2択のうち正解にするなら一つ目の魔導書の方にしている。
今まである程度理詰めで行動してきたのに、最後は根拠のないただの勘である。
全く以って、クトゥルフ神話TRPGのシナリオにしては、かなりの駄作だろう。
情報もヒントも黒幕すらもわからないのだ。
そして、これが偶然の産物なのか、あるいは仕組まれたものなのか…
分かりっこないことを考えても仕方がない。
少なくとも、次の方針は決まった。
だが、行動の前に疲れたから、少し休むことにしよう。
そして、水鳥の意識は深く沈んでいった。
最終更新:2019年01月30日 21:29