階段を下りていく足音。
家に帰るため、歩みを進める水鳥は、その足音に違和感を抱いた。
いや、正確には足音がハッキリと聞こえてしまう、周りの環境に違和感があった。
普段なら、部活動などでまだ帰っていない生徒がおり、足音が鮮明に聞こえる環境にはならない筈だった。
しかし、今は不気味なほどに静かだった。
嫌な予感がした。
階段を下り、廊下の窓から外を確認する。
誰もいない…まだ部活動とかで人がいる筈なのだが、今は誰一人としていなかった。
本当に誰もいないのか?
それを確認するべく、職員室へと駆け出す。
職員室なら、誰か教師がいる筈だ。
職員室に着き、スライド式のドアをノックもせずに荒っぽく開ける。
果たして、ある程度は予想していたが、そこにも誰もいなかった。
とにかく誰かに連絡を…携帯を取り出そうとするが…見当たらない。
自分以外誰もいない、完全に孤立してしまった。
この異常事態に対し、水鳥は思考を巡らす。
これがクトゥルフTRPGならば、確実にSANチェックモノだろう。
ともすれば、この異常事態に発狂する可能性があったかもしれない。
しかし、今まで空想ありきでシナリオ制作をしてきた水鳥にとっては、この程度では錯乱などしてはいられない。
そんな無意味なプライドが、水鳥の正常な判断力を支えていた。
思考を巡らし、思い当たるのは図書室を出た時の地震。
これが作られたシナリオだとしたらかなりベタな展開だが、キッカケとして考えられるものはそれしかなかった。
そうなると、トリガーとなった物は…
だが、ここで重大な2択を迫られることになる。
今回借りてきた本を読むか読まないか…
大抵の場合、魔導書の類は読んでしまったら元に戻れなくなってしまう。
それが日常なのか、精神なのか、はたまた世界あるいは命そのものなのか…
少なくとも、情報は得られるかもしれないが、その分失うものも多くかなりリスクが高い選択肢だ。
ともかく、今は情報が欲しいところだが…
幸か不幸か、今は自分一人、協力者はいないが、他人を巻き込むこともない。
少し考えた後、水鳥は意を決し、再び図書室へと向かった。
図書室に戻ったが、やはりそこも無人だった。
予想が正しければ、図書室を出た辺りで異常事態に突入していることになる。
その時に異変に気付いていればと悔やまれる。
しかし、今は悔やんでいる場合ではない。
読書スペースの一角を確保し、鞄から借りてきた3冊の本を取り出す。
まず手にとったのは「Capacity 」。
表紙にはタイトル以外に書かれているものは無かったが、少なくとも違和感は見受けられない。
少しの間の後、水鳥は表紙をめくった。
そこに書かれていたのは前書き、それ以降もページをめくって流し読みしたが、いたって普通の本のようだ。
内容はどうやら学園もののようで、こんな異常事態でなければゆっくり読んでみたいものだが、今はそうもいかない。
本を閉じ、次の本を手にとる。
次の本は「夜天月下譚」、まずは表紙を確認する。
先程の本とは違い、タイトル以外にイラストも載っていたが、やはり違和感は見受けられない。
イラストがあったことで、少し安心しつつ表紙をめくる。
軽く流し読みしてみたが、こちらも学園もののようで、予想通り普通の本だった。
さて残るは…
先程まで見ていた本を鞄にしまい、最後の本を手にとるのだが…
確か、借りた時には背表紙にタイトルーー「誰かの為の物語」だったかーーがあった筈なのだが、今この本には表紙どころか背表紙にすら、一切何も書かれていなかった。
どうやらこれが当たり、いやある意味では大外れか…
図書室内が静寂に包まれる。
水鳥は一呼吸置き、覚悟を決めて本を開いた。
しばしの時間の後、水鳥は本を閉じる。
書かれていた内容は、普通の人間が読めば発狂ものだろう。
この世の深淵を垣間見た、正真正銘の魔導書だ。
まさか、本当に魔導書が実在するとは思わなかった。
だが、今まで散々シナリオ制作してきたからか、無駄に耐性がついていたらしく、全く取り乱すことはなかった。
とりあえず、今自分が置かれている状況は概ね理解した。
今自分がいるのは、見た目は今までいた学校と表面上は同じだが、全く似て異なる空間。
便宜上、平行世界とでも名付けておけばいいだろうか。
ここに来てしまった原因は、予想通りあの魔導書だ。
溜め息をつき、水鳥は再び思考を巡らす。
情報を得たことで次に為すべきこと、思考をその一点に集中する。
しばらくして一通り考えが纏まり、水鳥は立ち上がる。
気付けば、もう日が落ちかけていた。
最終更新:2019年01月30日 20:42