詩百篇第8巻29番


原文

Au quart pillier1 lon2 sacre à Saturne.
Par tremblant3 terre & deluge4 fendu
Soubs l'edifice Saturnin5 trouuee6 vrne7,
D'or Capion rauy & puis8 rendu.

異文

(1) pillier : piller 1665Ba 1697Vi 1720To
(2) lon : l'on 1603Mo 1605sn 1611 1627Ma 1627Di 1628dR 1644Hu 1649Ca 1649Xa 1650Mo 1650Ri 1650Le 1981EB 1667Wi 1668 1697Vi 1716PRb 1720To 1772Ri 1840, ou l'on 1672Ga
(3) tremblant : temblant 1591BR 1597Br 1665Ba, tremblement 1697Vi 1720To
(4) terre & deluge : Terre & Deluge 1672Ga
(5) Saturnin : Suturnin 1568C, Saturin 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668, saturnin 1650Mo
(6) trouuee : trouue 1603Mo 1650Mo, treuué 1627Ma 1627Di, trouué 1644Hu 1650Ri 1650Le 1668 1720To
(7) vrne : Urne 1672Ga
(8) & puis : & plus 1650Mo, puis tost 1672Ga

校訂

 1行目の lon sacre をジョルジュ・デュメジルは consacre 、ロジェ・プレヴォは consacré とそれぞれ校訂している。

日本語訳

サトゥルヌスに捧げられた第四の柱にて、
地震と洪水によって割られた
サチュルナンの建物の下から発見されるのだ、
カエピオに奪われ、そして戻された黄金の壺が。

訳について

 上の訳文の「壺」は本来3行目にあるべきだが、修飾している4行目との繋がりを分かりやすくするために、そちらに回した。

 この詩については、大乗訳も山根訳も同じような問題を抱えている。
 まず1行目、大乗訳「かれらが土星にいけにえをささげる四つの柱で」*1および山根訳「土星に捧げた四つの柱」*2は、ともに誤訳。「四つの柱」なら quatre pilliers になっているはずである。
 3行目は山根訳の「土星の建物の下で墓が発見され」は微妙。urne は「骨壷」の意味があるので、「墓」はそこからの連想だろうが、若干訳しすぎの気がしないでもない。
 最後に4行目。大乗訳「充分な金が盗まれてまたもどる」、山根訳「たくさんの黄金が持ち去られるが やがてまた旧に復する」は、Capion がなぜ「十分な」となるのか不明。ヘンリー・C・ロバーツの英訳では full of gold と訳されてしまっているので、大乗訳がそれを踏襲したのはまだ分からないこともないが、エリカ・チータムの原書では Caepio と訳されているので日本語訳の根拠は全く不明である。
 ちなみに、ロバーツの英訳の元になったテオフィル・ド・ガランシエールの英訳は full of Capion gold となっている。

信奉者側の見解

 バルタザール・ギノーのような例外を除けば、信奉者側では全訳・全解釈本の類でしか取り上げられてこなかった詩である。

 そのギノーは、古代にサトゥルヌスに捧げられていた神殿にあった巨大なサトゥルヌスの立像の下から、あらゆる病気を治せる液体の黄金(or en liqueur)の詰まった壺が発見されると解釈した*3

 セルジュ・ユタンは失われたと思われていた宝が発見される詩と、簡潔に注記していた。ボードワン・ボンセルジャンは、場所や期日の限定が無いことを補足した*4

 エリカ・チータムは、後述するカエピオの黄金の話と結び付けていたのだが、日本語版の『ノストラダムス全予言』では、原秀人による、20世紀末にエジプトのピラミッドが崩壊し、未知の宝が発見されるとする解釈に差し替えられている。

同時代的な視点

 エドガー・レオニピエール・ブランダムールロジェ・プレヴォピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールらは、いずれもカエピオの黄金の話が投影されていると見た*5
 カエピオの黄金はデルポイから奪われたともされるもので、テクトサギ族が呪いを避ける為にトゥールーズの湖に棄てていたものだともされる。これらの財宝は紀元前106年に執政官カエピオが発見した後、行方不明になり、カエピオの着服が疑われた*6

 3行目の「サチュルナンの建物」は、トゥールーズのサン=サチュルナン聖堂(l'Eglise Saint-Saturnin, 現在は縮約されてサン=セルナン聖堂)であろうという点で、一致している。
 要するに、ノストラダムスは地震などでサン=セルナン聖堂が損壊し、その下から伝説的な宝が見つかると見ていたということである。このようなことは今のところ実現していない。


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  • チェルノブイリ原発事故とサハロフ博士の名誉の回復などを予言。 -- とある信奉者 (2010-03-20 09:41:40)
最終更新:2020年05月27日 23:31

*1 大乗 [1975] p.237

*2 山根 [1988] p.261

*3 Guynaud [1712] pp.391-393

*4 Hutin [1978/2002]

*5 Leoni [1961/1982], Brind'Amour [1996] p.87, Prévost [1999] p.164, Lemesurier [2003b], Clébert [2003]

*6 高田・伊藤 [1999] pp.39-40