宇宙は静かだった。
だが、その静けさは「何も起きていない」という意味ではない。
黒く、深く、星の光が引き伸ばされたような空間の中を、複数の艦影が編隊を組んで進んでいた。
中心にいるのは、異形の混成船団だ。
文明レベルも設計思想も異なる船が、無理やり同じ航路に押し込められたような、歪な集合体。
その外周を、鋭く、しかし一定の距離を保って取り囲んでいる小型艦がある。
全長約150メートル。
戦艦ほどの威圧感はないが、無駄のない艦体と、即応性を重視した配置が、明確に「守るために存在する艦」であることを語っていた。
艦橋内は、張りつめていた。
レーダー画面には、通常なら同一艦隊には存在しえない反応が重なっている。
魔導推進の残滓、物理推進の排熱、未知の位相歪曲、そして――理論上は観測されないはずの反応。
予測はしていた。
だが、これは予測の範囲を超えている。
オペレーター「……反応、再更新。分類不能シグネチャ、さらに追加。数、増えてます」
その声には、プロとしての冷静さと、抑えきれない違和感が混じっていた。
艦長は前方スクリーンから目を離さない。
映し出されているのは、混沌そのものだ。
鋼鉄の船体の横を、明らかに生体的な外殻を持つ艦が並走し、さらにその向こうでは、概念的存在としか言えない何かが「艦の形」を取っている。
艦長「……想定していた“混在”より、一段階ひどいな」
副長は、短く息を吐いた。
副長「ええ。技術体系だけじゃない。存在階層が違うものまで混ざってます」
ピースギアは、こうした状況を想定しない組織ではない。
異世界、異文明、異なる物理法則。
それらが交差する可能性は、理論上も、実務上も、織り込み済みだ。
だが今回のそれは、まるで「分類という概念そのもの」を嘲笑うかのようだった。
艦内に低い振動が走る。
アヴァロンガードが、わずかに姿勢を変えたのだ。
操舵士「護衛位置、再調整。後衛遮蔽ライン、展開完了」
アヴァロンガードは船団の後方、やや上方に位置を取る。
最も攻撃を受けやすく、そして最も混乱が生じやすい場所。
そこに身を置くことに、艦内の誰も異を唱えない。
それが、この艦の役割だからだ。
センサー担当が眉をひそめる。
センサー担当「一部反応、こちらの観測を“観測している”ように見えます」
艦橋の空気が、一段階、重くなった。
艦長「敵意は?」
センサー担当「……断定できません。ただ、無関心とも言えない」
副長は、無意識に拳を握りしめていた。
この手の反応は、経験上、最も厄介だ。
敵対でも、友好でもない。
理解の外側から、こちらを眺めている存在。
副長「カオス、ですね……」
その言葉は、誰の心情も代弁していた。
アヴァロンガードの電子戦システムが静かに起動する。
妨害ではない。
「こちらが、意図せず刺激しないため」の制御だ。
艦長「全武装、即応状態。ただし、発砲許可は私の命令まで待て」
オペレーター「了解」
艦内には、緊張が満ちている。
だが恐怖ではない。
それぞれが、自分の役割を理解しているからだ。
この混沌の中で、守るべきものがある。
そして、守ると決めた以上、逃げない。
前方スクリーンに、一瞬だけ、異質な光が走った。
船団の中の何かが、何かに反応したのだ。
副長「動き、あり」
艦長は、静かに言った。
艦長「来るな……」
アヴァロンガードの反応型防衛システムが、待機状態から半展開に移行する。
まだ防壁は張られていない。
だが、いつでも張れる。
混沌の中心で、何かが目を覚まそうとしていた。
ピースギアは予測していた。
だが、予測よりも遥かに多くの“いろいろなもの”が、ここには混じっている。
そして――
このカオスは、まだ、始まりにすぎなかった。
最終更新:2026年01月25日 17:08