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徹子の部屋

登録日:2010/05/03 Mon 00:58:45
更新日:2026/07/23 Thu 18:57:56
所要時間:約 5 分で読めるんですって?




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徹子の部屋』とは、テレビ朝日系で1976年2月2日から毎週月曜日から金曜日の13:00 - 13:30に放送されている、黒柳徹子が司会を務めるトーク番組である。
1972年から1975年度に放送されていた『13時ショー』の後番組として開始した。


概要

毎回ゲストを迎えてトークを行う。
登場するのは俳優・タレントは勿論のこと、音楽家や文化人、スポーツ選手に政治家や海外アーティストなどありとあらゆるジャンルに亘る錚々たる面々が招かれてきた。
また3次元の人々だけでなく、2次元からもドラえもん(3代目・4代目)やウルトラマングレートも出演した事がある。
志村けんのように、寧ろ出演経験が無かったことがニュースになるぐらい。
ゲストによってはこの番組が生涯最後のテレビ出演という人も少なくなかったりする。

ゲストのジャンルが幅広い上に長寿番組でもあるため、現在では映像アーカイブとしての役割も果たすようになっており、事実テレ朝のお宝映像系バラエティや著名人の死去ニュースでは必ずと言っていいほど本番組出演時の映像が使用される。
また、番組内でも予定回を飛ばして追悼企画(=当該ゲスト出演回の再放送)が組まれ、死去発表の翌日に放送されることも珍しくない。
毎年7月と12月にはその年に亡くなった著名人が出演した際の映像を用いた追悼総集編が放送されるほか、不定期に故人と縁のあるゲストを招いてトークする企画も組まれる。

基本的にカット無しの放送故、ゲストについては事前に入念な下調べを行なっており、
黒柳氏は6枚の資料を机に広げて段取りよくゲストとトークを行なっている。
番組は近年では珍しくなった撮って出し方式の収録であり、どんなに滑っても編集は行われない。
これは裏を返せば、「恣意的な編集が絶対に行われない」ということでもあり、偏向報道を嫌う一部の出演者は「基本的に出演NGだが徹子の部屋だけは例外」とすることもある。
それゆえ、ゲストがそれまで公表していなかった出来事(難病など)を番組内で明かすことも珍しくなく、放送後にニュースなどで取り上げられることもしばしば。
ただし、大槻ケンヂ曰く「基本は台本やアンケートに沿って進んでいくのだが突発的に黒柳サイドから台本外の仕掛けが飛んでくることがあるので、油断は出来ない」とのこと。

放送第1回目のゲストは森繁久彌(当時62歳)で、黒柳氏が着ていたタキシードのように見えるプリントのTシャツに興味を持った森繁がどさくさにパイタッチするという、何とも誰得な(今なら炎上しかねない)始まり方をした*1
また、小沢昭一がゲストに出る場合は必ず両名がコスプレ姿でトークを行い、2012年に小沢が亡くなるまで続いた。
特に1996年「クレヨンしんちゃんセーラームーン」、2000年「茶髪少年とガングロ」の印象は大きい。

1978年から2013年までは年内最終放送のゲストは必ずタモリであった。
これは、彼の事実上の師匠格である赤塚不二夫の番組に出演していたタモリを徹子が気に入り、赤塚のバーターとして出演したのが始まり。
当初は収録中にゲテモノ料理の制作、1990年代以降は駆け出し時代からの密室芸を披露するのが恒例となっていた。
2014年から2020年までは出演しなかったが、2021年以降出演が復活している。

2006年からは年末特別企画として「徹子の部屋コンサート」が開催されており、こちらは翌年1月に放送される。
また、2010年代後半以降はゴールデンタイムに特別版を放送する例が増え、後述する死屍累々の記録芸人企画もこちらで放送される。

番組開始当初は「地味なトークだけでは、視聴率が取れない」との懸念故か、「フラッシュクイズ」というクイズコーナーを設けていたがトーク本編とのテンションの乖離が激しくわずか1年で終了している。このクイズコーナーのみ、黒柳に加えて当時まだ若手タレントだった『ラビット関根』こと関根勤が進行に加わっていた。

芸人にとっての『徹子の部屋』

そんな本番組だが、お笑い芸人たちの鬼門でもある。
このことが一般にも知れ渡ったのは、『アメトーーク』にて村上ショージが出演した際のVTRが放送された時だった。
もともとすべり芸がウリのショージだったが、この時流されたVTRでは黒柳氏の芸人クラッシャーぶりと相俟ってとんでもないことになっており、スタジオは爆笑の渦となった。
これを受けてアメトーークは「徹子の部屋芸人」を放送。
彼らの勇ましく散っていった姿を流すとともに、オードリー小島よしおらにこの部屋の攻略法を授けた。その割にオードリー自身は現在まで一度も同番組に出演経験が無いどころか、一時期は裏番組の『ヒルナンデス!』に出演していた時期がある。
なお、この時にガレッジセール・ゴリは同番組を「徹子の監獄」と評した。

徹子の恐ろしさ

  • 同じネタやエピソードトークを延々やらせる(ツボにハマった場合のみ)
  • ギャグの意味を説明させる
  • 今日は何か面白い話をして下さるんですって?」といきなりハードルを上げる
  • コンビの場合に片方の持ちネタを相方にもやらせ、スベると「あんまり面白くないわね」とバッサリ斬り捨てる
  • オチを先に言ってから話を振る
  • ネタ振りに普通に割り込む
  • ネタが面白くなかったり、理解出来なかったりすると、芸人の心をえぐる様な冷たい言葉を浴びせる
  • マイペースを決して崩さない
  • そのペースが崩される(資料の上に飲み物などを置く等)と、ニコニコしながらマジギレする
  • トークやネタの肝心の部分をいとも簡単に流す
  • 観客は徹子以上に重い

一般的にこうした言動が発動するのは芸人に対してのみと考えられているが、徹子が全く興味を持たないスポーツ選手や、番宣などでやってきた普通の俳優に対しても発動するケースが見られる*2

特に渡瀬恒彦は、『徹子の部屋』に出る度に必ず徹子の餌食にされるため、

「ドM」
夜明さんまた餌食にされてる」
「おみやさん公開処刑中」

など言われもする。
とにかく、『徹子の部屋』は芸人以外にとっても危険な空間であることは間違いないようだ。

だが、ごく稀に徹子のペースに飲まれない人もいる。
例えば元プロテニスプレイヤー・松岡修造
彼は過去三回出演しているが、全ての回で終始黒柳氏を圧倒し、終いには司会が言うはずの番組の締めまでやってのけた。
徹子はあまりスポーツに興味がないため、多くのスポーツ選手はそのペースに呑まれてしまうが、その傾向からも修造の特異性が目立つ。
また、同じく単独で噺を生業とする落語家もペースに飲まれることもまずない。
芸人(?)で初めて飲まれなかったのはピコ太郎と言われている。水谷千重子として出た友近は忘れろ。

余談

  • 最終回に予定されているゲストは、松任谷由実、または近藤真彦と決まっているとのこと。これは、両者が出演して徹子に引退勧告を行うという役割を同時に担っているため。ちなみに、松任谷由実の夫である松任谷正隆は出演済み。
  • 飾られる花は、第1回目の放送から現在に至るまで華道家の石橋恵三子が生けており、呼ばれるゲストをイメージしている。徹子によるとこの花はゲストの次に重要らしく、これまでの放送でこの花が落ちたことは一度も無いという。
  • 2059年でも、25番目の宇宙移民船団マクロスフロンティア内で放送されている。インプラント技術でも使って長生きしているのだろうか……。




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最終更新:2026年07月23日 18:57

*1 森繫久彌は、砕けた場ではスケベおやじ的なキャラクターで人気を博していたが、徹子に対しては割と本気で口説いていたとかいないとか。

*2 特に俳優の場合は1つ目の項目に当てはまるものがいくつかあり、野際陽子の「泥棒に入られた話」や鈴木京香の「砲丸投げフォーム披露」、大沢たかおの「パリコレの話」などはいずれも4回以上披露されている。大沢たかおに至っては、3回目からはNGを出したのに擦られた。スポーツ選手の場合は何もわからないが故にド天然ボケをかますことが多く、サヨナラホームランを打った選手がなぜ引退しないのか(=引退記念ホームランと勘違いしている)と聞いたり、サッカーのユニフォームに名前が入っていることに感心したりする。