ドナルド・クロウハースト

登録日:2015/03/02 (月) 01:47:31
更新日:2020/01/13 Mon 19:30:58
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1969年に行方不明となった、イギリスのヨットレーサー・・・とは名ばかりの、アマチュアヨット乗り。


1968年にイギリスにて開催されたゴールデン・グローブ・レース。
これはただでさえ過酷なヨットによる世界一周をあろう事かレースの形式で行うというものだった。しかも、その間陸に上がることも、ほかの船から物資を受け取ることもできないのである。
ヨーイドン方式ではなく、決められた期間の間にスタート地点を出発し、最も早く到着した者に優勝トロフィー、最速で到着した者には今の日本円で4000万円にもなる賞金が与えられるレースであった。



既に世界一周経験のあるクラスのヨット乗りばかりが名乗りを上げる中で、一人の無名選手が名乗りを上げた。
それがドナルド・クロウハーストだった。
失敗続きのビジネスマンだった彼は、一念発起してこのレースで優勝し、借金を返してやろうと考えたのだろう。 
彼の本来のビジネスはナビゲーションの開発。航海にも関連するものであり、その宣伝という意味もあった。

有名ジャーナリストが彼を取材し、更に屈強な経験者に挑むアマチュア・・・という構図は、人々を熱狂させた。
後援会が作られ、ニュースも連日彼の情報を流す。
ヨットの出資者も見つかった。(つまり彼は借金まみれになっていた)
この熱狂がやがて彼を破滅させるとは、おそらく誰も予想していなかったに違いない。


期限最終日の1968年10月31日にクロウハーストはトリマラン(三胴船)型ヨット「ティンマス・エレクトロン」に乗って出航。
そして、無線からクロウハーストが申告する(今と違って人工衛星で場所を把握するなんてことはできない)の航海の情報は順調で、速度はほかのヨット乗りを上回る世界記録ペースだった
支援者たちは、歴戦のヨット乗りを抑えて彼が最速記録を出すのではないかと沸き立ち始めた。
ほかのヨット乗りたちは続々とリタイアしていたのだ。
(余談だが、それまで優位に立っていたのに突如レースを離脱し、レースと全く関係の無いルートで世界一周半を達成するというカオスな選手もいた。)

翌年1月、連絡は途絶えてしまうが、4月に連絡が復活。
4月22日にロビン・ノックス・ジョンストンがゴールしたが、賞金争いはまだまだ可能である。クロウハーストのペースは十分それを上回っていた。
しかも、無線からはゴールが近いという話も登場。彼の支援者は沸き立ち、歓迎会まで準備していた。 
(一部の関係者はこの時点で異変を察知していたが・・・)



ところが、7月10日に事態は急変する。
郵便船が海上に漂うクロウハーストのヨットを見つけたのだ。
そして、船内にはクロウハーストの姿はなく、機器も、食料も、救命ボートも残されていた。

クロウハーストは今なお生死不明であるが、船の状況から彼は海に身を投げたということで見解はほぼ一致している。




船の中に残された日誌には、航海が実は失敗の連続だったことが明確に記されていた。

元々、クロウハーストの準備はかなり杜撰だった。
そもそも彼は世界一周に耐えられるヨットを持っておらず、参加を決めてから急ぎ仕事で作っていた有様で、まともな準備期間が取れていなかった。
また、彼が採用したトリマランは単胴船よりも高速の巡航が可能だが扱いが難しく、熟練者でなければ使えないものであった。
他の選手より劣るセーリング技術を扱いの難しい船の性能でカバーするという思惑自体矛盾しているが、
彼はレース当日までトリマランを使った練習すらしていなかった。
こんな行き当たりばったりな計画では出発刻限までに満足なヨットが出来上がるわけもない。
レース後のセールスを目論んでいた独自開発装置の取り付けも全て間に合わないまま、期限ギリギリで出航。
未完成部分は航海しながら直す羽目になった上、出航間際の混乱でスペア部品を置き忘れるというどうしようもない状態だった。

案の定、ヨットは当初の予定の半分も進まない。
開始2週間で浸水し、排水ポンプがうまく動かない。即沈没というわけではなくとも、これでは速度が出るわけがなかった。
彼が無線で伝えていたヨットの速度は、真っ赤な嘘だった。後日、彼は勝手に寄港していた(本来は反則である)ことも明らかとなっている。

日誌の後半になるにつれ、日記にはわけのわからない思索が記されるようになっていった。
彼は航海の中で自分は世界一周できると何の解決にもならない自己暗示を続けながら、精神を病んでいったと考えられている。
その日誌も7月1日で途絶え、彼はこのあたりで海に身を投げたとされている。




本来なら、早くレースが無謀であることに気づき、棄権をすべきだったのだろう。
日誌には、かなり早くに彼がレースが無謀であることに気づいたことが記されている。
しかし、そうすれば彼に待っているのは、支持者たちの厳しい目だっただろう。もはや彼は後戻り出来なくなってしまったのである。
海上に隠れ、頃合を見計らってなに食わぬ顔でゴール地点に現れようとしたとも言われているが、そんなことをしようとしても航海日誌の偽造は非常に難しく、見る人がみればすぐにバレるのだ。
それでも最下位で現れれば日誌のチェックもおざなりになってごまかせるはずだったが
よりにもよって唯一残っていたライバルが沈没でリタイアしてしまい、クロウハーストの最速到着がほぼ確定してしまう。
最早仮にゴールしても確実に日誌をチェックされ、不正がバレて失格になるのは明らか。手詰まりである。

棄権もできない。
正式なゴールもできそうにない。
インチキ航海日誌で騙そうとしても無理だっただろう。


そんな彼に残された方法は、逃げる=身を投げることだけだったのだ。



確かに、クロウハーストが身の程わきまえず、分不相応な挑戦をした結果招いた悲劇ではあるだろう。

だが、彼は棄権という選択肢をなくし、死という方法を選んでしまったのは、周囲が盛り上がって煽ってしまったことも、また一つの原因であっただろう。
彼が分不相応な挑戦をしたことは、命まで失わなければならない程の罪だったのだろうか?

支援者たちには後ろめたさもあったのかもしれない。
クロウハーストの遺族に対する募金運動が始まり、優勝者のロビン・ノックス・ジョンストンが高額な優勝賞金を遺族に寄付したことが、この話の慰めとなった。


彼のヨットは現在、カリブ海のとある浜辺にポツンと放棄されているという。


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