ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

登録日:2016/09/08 Thu 19:56:11
更新日:2024/11/02 Sat 17:52:54
所要時間:約 6 分で読めます








『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた(Song of the Sea)』とは、2014年に公開(日本公開は2016年)されたアイルランドのアニメ映画である。
アイルランドの神話や民話、特に「セルキー伝説」に題材を取った作品であり、トム・ムーア監督は故郷の伝説が失われつつあることを憂い、この作品を作った。
また、監督は日本文化からも多大な影響を受けており、ジブリ作品はもちろん、黒澤明や葛飾北斎の作品などからも画面構成や編集、手法を学んだのだという。
良質な絵本を思わせる幻想的かつ美しい映像と音楽、そしてとっつきやすく愛らしいキャラデザは素晴らしいの一言に尽きる。
作品の評価も極めて高く、世界各国のアニメーション映画祭でグランプリを獲得、アカデミー賞やアニー賞にもノミネートされた。

日本では上映館が少なく「隠れた名作」扱いの本作だが、ぜひとも多くの人に観てもらいたい珠玉の逸品である。
現在はブルーレイが販売されているので、気軽に観やすくなったと言えるだろう。
また、監督自身もツイッターで感想やファンアートをリプライすると気さくに応じてくれるので、英語に自信のある方はぜひ。
パンフレットにもしっかり「ツイッターで感想を聞かせてください」と書いてある。

セルキーとは


スコットランド、アイルランド、およびフェロー諸島の伝説に登場する妖精で、ではアザラシ、陸上では美しい人間の姿を取る。
男のセルキーは人間の女性を誘惑することに長けており、父親もなしに身ごもるのはセルキーの仕業とされたという。
一方女のセルキーは貞淑な良妻賢母だが、以下のような伝説が伝わっており、本作ではこちらをベースにしている。


①人間の男が海辺の岩でセルキーのまとうアザラシの毛皮を見つけ、家に持ち帰る。
②持ち主のセルキーは海に戻れなくなってしまい、男とやむなく結婚し、やがて子供を授かる。
③平穏な暮らしを送っていた一家だが、ある日セルキーは毛皮を見つけ、夫と子供を残して海に帰っていく。


こうして見ると日本の「羽衣伝説」のプロットと同じであり、その普遍性がうかがえるだろう。

あらすじ


灯台のある島で、ベンは父コナーと身重の母ブロナー、愛犬クーと一緒に暮らしていました。
ベンは大好きなお母さんから、古くから伝わるお話や歌を教わりながら育ちました。
ある晩、お母さんはベンに海の歌が聞こえるという巻貝の笛を与えました。
「あなたは世界一のお兄ちゃんになるわ」と。
しかし、ベンが目を覚ますとお母さんの姿がありません。何と、そのまま嵐の海の中へ姿を消してしまったのです!
お父さんは海に探しに行きますが、残されたのは生まれたばかりの妹・シアーシャだけでした。

それから6年。
お父さんは妻が姿を消してからというもの、ずっと落ちこんだまま。
ベンは妹のせいでお母さんはいなくなったのだと思いこみ、ついつい口のきけないシアーシャに意地悪をしてしまうのでした。
誕生日の夜、シアーシャはお母さんの残した白いコートを見つけ、海へと入って行きました。
これを知ったお父さんは、妻が海に消えた日のことを思い出してコートを海に投げ捨ててしまいました。
そして、おばあちゃんは嫌がる兄妹を街へと連れて行くのでした。
ハロウィンの日、居心地の悪いおばあちゃんの家から抜け出した兄妹は、愛犬クーとお父さんが待つ家に向かいます。
するとシアーシャの奏でる笛の音を聞きつけた妖精たちが、後を追って来たのです……


登場人物


ベン
演:デヴィッド・ロウル/日本語吹き替え:本上まなみ
主人公。
母を失ったトラウマから妹のシアーシャに意地悪ばかりしていたが、本当は寂しがり屋。
人間と妖精の世界を股にかける冒険、そして母と妹の秘密を知ってゆくことで、兄としての自覚に目覚めていく。
モデルは監督の息子で、幼少期の声は甥が担当している。
妹をのひもで繋いで引っぱるシーンは監督自身の実体験だという。

シアーシャ
演:ルーシー・オコンネル/日本語吹き替え:深田愛衣
もう一人の主人公で、ベンの妹。
セルキーである母の血を色濃く受け継いでおり、白いコートをまとい、海に入ることでアザラシに変身する。
また、その歌声は石にされた妖精たちを救う力を秘めているが、6歳の誕生日を迎えても喋ることができないでいる。
終盤で、ある決断を迫られる事になるのだが……?
その名前はゲール語で「自由」を意味する。
人間と妖精の世界を自在に行き来し、妖精たちを解放する役目を担っている彼女にふさわしい名前である。

コナー
演:ブレンダン・グリーソン/日本語吹き替え:リリー・フランキー
ベンとシアーシャの父親で、小島の灯台守をしている。
妻を失ってからひどく落ちこんでおり、悲劇の再来を恐れるあまり白いコートを海に投げ捨ててしまう。
が、そのことが皮肉にも愛する娘を弱らせていくことに……

ブロナー
演:リサ・ハニガン/日本語吹き替え:中納良恵
ベンとシアーシャの母親で、古くから伝わる物語や歌を息子に語り聞かせていた。
その正体はアザラシの妖精・セルキー。
シアーシャが生まれたその日に、妖精の世界に導く力を持った巻貝の笛と白いコートを託し、海に去って行く。
この出来事は家族を深く傷つけてしまうが、彼女の教えた歌こそが妖精の世界を救う鍵となる。

おばあちゃん
演:フィオヌラ・フラナガン/日本語吹き替え:磯辺万沙子
ベンとシアーシャの祖母。
父と対照的にかなり主張の強い性格だが心配性で、6歳になっても喋れないシアーシャの将来を案じていた。
シアーシャが夜な夜な海に入っていった事件により、嫌がる兄妹を街に連れて行くが……

クー
ベンの愛犬のオールド・イングリッシュ・シープドッグ。
どんなに離れ離れになっても追いかけ、兄妹の冒険に同行してくれる忠犬。
名前は監督が子供の頃飼っていた犬の名前から取られている。
ちなみにその意味はゲール語で「犬」。まんまである

ディーナシー
日本語吹き替え:水内清光、高宮武郎、花輪英司
シアーシャの正体にいち早く気づき、マカによって石にされた妖精たちを助けてほしいと追ってきた3人の妖精たち。
しかしマカの配下であるフクロウたちの襲撃を受け、石にされてしまう。

シャナキー
演:ジョン・ケニーン/日本語吹き替え:喜多川拓郎
フクロウにさらわれたシアーシャを助けに行く途中で出会った、語り部の妖精。
白い髪の一本一本にすべての物語が詰まっており、住処である洞窟一帯を覆い尽くしている。
彼曰く、「髪の毛は命だ。髪の毛が切れていないうちは生きている」。
モデルは監督が幼い頃夢中になった昔話の語り部、エディー・レニハン氏*1
シャナキーという名前も、「語り部」を意味する。

マカ
演:フィオヌラ・フラナガン/日本語吹き替え:磯辺万沙子
人や妖精の感情を奪い石に変えてしまう力を持つ、フクロウの魔女
この力により、妖精の世界は危機に瀕していた。
シャナキーによると、最初に悲嘆に暮れる息子を憐れんで石に変えたのだという。
さらに皆を悲しみや辛い気持ちから解放したいという願いから感情を封印し続けていた。
つまり本人が語るように、単なる悪役ではなく、善意でそのような行いをしていただけだったのだ
しかし行きすぎた行動の結果、自らにもその影響が及んでおり……
元ネタはケルト神話の豊穣と戦いの女神「マッハ」。
その名前は「強い女性(母親)」を意味する。

マクリル
演:ブレンダン・グリーソン
古い物語に登場する伝説の巨人。
大事な人を失い、涙で海ができるほど悲しみに暮れていたが、それを憐れんだ母マカの魔法で石になっていた。
元ネタはケルト神話の海の神「マナナン・マクリル」。

補足


冒頭で語られる詩はアイルランドの詩人、ウィリアム・B・イェイツの「さらわれた子ども(The Stolen Child)」からの引用。
どちらかというと冒険の後押しをするニュアンスの強かった映画とは違い、元の内容は妖精が子供を誘惑し、水の中へさらってしまうという内容。
それを踏まえると、ラストのシアーシャの選択がより重みを増して迫ってくることだろう。


兄妹の冒険が始まった日はハロウィンだが、この祭りのルーツはケルトのサウィン祭である。
サウィンにおいては死者の領域、異界との境界が開くとされ、これ以上ないほどピッタリな舞台設定となっている。


制作会社のカートゥーン・サルーンはピクサー、スタジオジブリと並んで世界的に有名なアニメーションスタジオ。
トム・ムーア監督はダブリンでアニメを学んだのちに、仲間とともにこの会社を設立した。
監督の初の長編映画『ブレンダンとケルズの秘密』もケルトの世界をテーマとしており、第82回アカデミー賞長編アニメーション映画賞にノミネートされた。
日本ではいくつかの映画祭で上映されたのみで、長らく視聴機会に恵まれてなかった作品だが、2017年夏から全国で順次公開されることが決定した。
また、この会社はクーリーの牛争いをテーマにしたコミック『トーィン―クアルンゲの牛捕りとクーフリンの物語』も手掛けている。













忘れないで



母さんはあなたのことが大好き



ずっと







追記修正は、セルキーのコートを見つけ出し、封印された感情を解放してからお願いします。

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最終更新:2024年11月02日 17:52
添付ファイル

*1 日本でも彼の著書が『異界のものたちと出遭って―埋もれたアイルランドの妖精話』として出版されている