ネクロの夏

登録日:2011/03/09(水) 01:54:41
更新日:2024/10/10 Thu 22:56:18
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カードゲームでは時として台風が生まれる。

隔絶した強さを持つコンボや多くの仮想敵と目されるデッキに対して効果を発揮するカードを使用したデッキは台風のように、

独創的なアイデアもそれまで優れていたはずの構築も無情に薙ぎ払い、プレイヤー達の心に爪痕を残す――

一気にトーナメント環境を支配してしまうのだ。こうして名前が付けられる。

MOMaの冬……。
閃光会……。
フェアリーの冬、ガンダム00ウォー、ボルバルマスターズ、忠義大戦……。


そしてそれらの起源、ネクロの夏。




これはカードゲーム史で初めて世界を席巻した、最古の台風の記憶である。



ネクロの夏とは、1996年のMagic the Gathering世界選手権を指す言葉。「黒い夏」とも。
黒単色デッキ【ネクロディスク】が上位の大半を占めたことに由来する。

概要

時は1995年。魔法戦争によって訪れた氷河期における文明をテーマとしたカードセット『アイスエイジ』に、
とあるカードがひっそりと収録されていた。

名をネクロポーテンス/Necropotenceという。

Necropotence / ネクロポーテンス (黒)(黒)(黒)
エンチャント

あなたのドロー・ステップを飛ばす。
あなたがカードを捨てるたび、あなたの墓地にあるそのカードを追放する。
1点のライフを支払う:あなたのライブラリーの一番上のカードを裏向きのまま追放する。あなたの次の終了ステップの開始時に、そのカードをあなたの手札に加える。

通常のドローの代わりに、ライフを対価にカードを引くが、実際に手札に加わるのは自分のターンの終了時。大方のカードは次の自分のターンになるまで使用できない。

大量のカードを引くことが出来るものの、引けば引くほど死に近づく力。

払ったライフが即座に手札に変わらないというデメリットは思いの外大きい。
また「裏向きのまま」というのがポイントで、手札に加わるまで内容を見ることが出来ないため、引く枚数の調整も難しい。

つまり《ネクロポーテンス》は、単体では劣勢を挽回出来ないにもかかわらずライフで劣勢になるカードだったのだ。

そこで相棒として白羽の矢が立ったのが、ネビニラルの円盤/Nevinyrral's Disk――通称『ディスク』である。


ネビニラルの円盤/Nevinyrral's Disk (4)
アーティファクト

ネビニラルの円盤はタップ状態で戦場に出る。
(1),(T):すべてのアーティファクトとすべてのクリーチャーとすべてのエンチャントを破壊する。

黒のお家芸たる手札破壊、その中でも現代でも強力と言われる《精神錯乱/Mind Twist》や《トーラックへの賛歌/Hymn to Tourach》などで相手の手札を空にする。
さらに当時は4枚積めた「最強の土地破壊カード」こと《露天鉱床/Strip Mine》*1で相手の展開を徹底的に阻害する。
当然こっちの手札も減ってしまうがそこはネクロで補充。アドバンテージ差をつけていく。
相手がなんとか体勢を立て直そうとすれば円盤で戦場を一掃。当然こちらのパーマネントも失ってしまうが追加のネクロのドロー力で補填する。ライフが厳しくなっていれば再設置しなければいい。《生命吸収/Drain Life》を引けばライフ補充と相手への削りが同時にできる。
最終的に《惑乱の死霊/Hypnotic Specter》が殴りだせば相手は抵抗するための手札すら奪われていき、決着は目の前だろう。
手札補充が簡単なこと、ミラーマッチで腐りやすいことなどから、本来《恐怖/Terror》が入る除去スロットは、ピッチスペルの《Contagion》と起動型アーティファクトである《鋸刃の矢/Serrated Arrows》に置き換えられた。

そしてこの動きを黒のお家芸《暗黒の儀式/Dark Ritual》や沼1つを生け贄に4マナも出る土地《Lake of the Dead》などのマナ加速を用いて高速で展開してくるので、速攻デッキさえもかなりの速度で制圧されてしまう。


【ネクロディスク】の誕生である。

【ネクロディスク】は強かった。
しかし、だからと言ってすぐに蔓延した訳ではない。

土俵が悪かったからだ。


黒の万力/Black Vise (1)
アーティファクト

黒の万力が戦場に出るに際し、対戦相手を1人選ぶ。
選ばれたプレイヤーのアップキープの開始時に、黒の万力はそのプレイヤーにX点のダメージを与える。Xは、そのプレイヤーの手札のカードの枚数引く4である。

手軽なダメージ源としてデッキの色を問わず多用されていたこの《黒の万力》が、これ以上無い程ネクロに効果覿面だったのだ。

相手の手札が多ければ多い程バーン値が大きくなる。そしてネクロは大量のライフと引き換えに大量の手札を得る。
いくら大量の手札を得ても勝利する前にライフを失い敗北しては意味がない。事実、ネクロは流行しなかった。

96年2月、《黒の万力》が制限カード化するまでは。

天敵がデッキに1枚までとなった【ネクロディスク】は蠢動。
直後のプロツアーで3位入賞したことから価値を見出した一部のみならず多くのトッププレイヤー達は【ネクロディスク】に注目、密かに研究を始める。



――そして世に名高い1996年8月、世界選手権。
2月以来となる、世界規模の大会であった。

最初のプロツアーを制した青白コントロール、兄貴こと《アーナム・ジン/Erhnam Djinn》をフィニッシャーとした【アーニーゲドン】と並びネクロはメタの中心と予想されていた。
実際に大会が始まると短い間に調整されたネクロ、その中でも【ネクロディスク】は凶悪さを存分に発揮。
他のデッキを圧倒し始め、そのままの勢いで上位に犇めいた。もはや優勝は疑いない。

当然のように勝ち進むネクロ勢に多くのプレイヤーはゲームの荒廃を感じ、口々に言った。「ネクロの夏だ」「マジックはつまらなくなった」と。


こうして【ネクロディスク】は悪名高いデッキとして歴史に爪痕を刻み、
マジックの関わった全ての人々に教訓を残したのだった――
















――【ネクロディスク】は、まさに夏の台風であった。
そしてそれは、台風の後には輝く陽光と爽やかな白雲が広がっていることをも意味していた。

そう、黒き暴風に耐え、台風の“目”を、ネクロの間隙を衝かんとする、聖なる騎士達を従えし勇者の姿があったのだ。


白騎士/White Knight (白)(白)
クリーチャー 人間・騎士

先制攻撃(先制攻撃を持たないクリーチャーより先に戦闘ダメージを与える。)
プロテクション(黒)(黒のカードに対して、ブロックされず、対象にならず、ダメージを受けず、エンチャントされない。)

2/2

白き盾の騎士団/Order of the White Shield (白)(白)
クリーチャー 人間・騎士

プロテクション(黒)
(白):白き盾の騎士団はターン終了時まで先制攻撃を得る。
(白)(白):白き盾の騎士団はターン終了時まで+1/+0の修整を受ける。

2/1

Order of Leitbur(ライトバー騎士団) (白)(白)
クリーチャー 人間・クレリック・騎士

プロテクション(黒)
(白):Order of Leitburはターン終了時まで先制攻撃を得る。
(白)(白):Order of Leitburはターン終了時まで+1/+0の修整を受ける。

2/1

解呪/Disenchant (1)(白)
インスタント

アーティファクト1つかエンチャント1つを対象とし、それを破壊する。

かの勇者の名は、トム・チャンフェン。オーストラリア出身のプレイヤーであり、トムにとっては初めてのプロツアー参戦だった。
ネクロの流行を確信していた彼はプロテクション(黒)を持つ3種の聖なる騎士達と、ネクロと円盤を確実に割れる《解呪》を4枚ずつ無理なく搭載可能な白ウィニーを自らのデッキとして選択。円盤や制限カードの《象牙の塔/Ivory Tower》を破壊できる《神への捧げ物/Divine Offering》までもサイドボードに4枚投入する念の入れ様。
蔓延るであろう【ネクロディスク】に対抗すべくオリジナルチューンを施されたそのデッキはこう銘打たれた。




――【12knights】と。




円卓の騎士にもたとうべき十二の騎士を従えたトムは、予想通りに溢れ返ったネクロデッキに敢然と立ち向かった。
時に正面から斬り払い、時にネクロや円盤を砕いては黒の魔術師達を降し続け、ついには決勝まで登り詰めたのだ。

1996年8月の世界選手権、決勝の相手が駆るは当然【ネクロディスク】。
ところが、後にマジック史上屈指と言われる名勝負の幕が開いた途端に追い詰められたのは、トムと【12knights】の方だった。

何故なら対戦相手が採用したクリーチャー11体のうち、7体がプロテクション(白)を持ち、残りの4体は飛行を持つ《惑乱の死霊/Hypnotic Specter》だったからだ。


黒騎士/Black Knight (黒)(黒)
クリーチャー 人間・騎士

先制攻撃
プロテクション(白)
2/2

惑乱の死霊/Hypnotic Specter (1)(黒)(黒)
クリーチャー スペクター

飛行(飛行を持たないクリーチャーにはブロックされない。)
惑乱の死霊が対戦相手にダメージを与えるたび、そのプレイヤーはカードを1枚無作為に選んで捨てる。
2/2

勇者トムと【12knights】の前に立ち塞がった相手、その名はマーク・ジャスティス。
昨年のアメリカ国内選手権を勝ち抜いた全米王者であり、同年の世界選手権では個人成績3位入賞、国別代表チーム戦ではアメリカ代表の一員として参戦し見事優勝。
名実ともに当時最強プレイヤーとの呼び声高き男もまた、当然ネクロの台頭を予期して【ネクロディスク】を手に取った。
しかしその上でマークは「多くのプレイヤーがネクロを選択するのならば、その対抗手段を用意するプレイヤーもいるはずだ」と先の先まで見通していたのだ。

白の対策デッキ戦すら想定済みとは、流石最強の呼び名は伊達ではない。
相反する力を持つ黒騎士達が白騎士達の進軍を阻み、《惑乱の死霊》によって手札と戦場が荒らされ、とうとう【12knights】の動きが止まった。
トムはライフ補充のため自らの土地を《Zuran Orb》に捧げるまでに追い詰められ、もはや決着がついたも同然。

【ネクロディスク】が【12knights】を下し、全米王者マーク・ジャスティスが世界王者となる未来を、誰もが信じて疑わなかった。


そして、万事休したトムがドローしたのは――《天秤/Balance》。


天秤/Balance (1)(白)
ソーサリー

各プレイヤーは、コントロールする土地の数が最も少ないプレイヤーの土地の数に等しい数だけ、自分がコントロールする土地を選ぶ。
その後、残りを生け贄に捧げる。同じ方法で、各プレイヤーは手札を捨て、クリーチャーを生け贄に捧げる。

恐らくこの瞬間を、マークは一生涯忘れないだろう。
まさか、最強のデッキを選択し、決勝で、計画通りに試合を進め、勝利を目前にして、
制限カードで60枚デッキに1枚のみの《天秤》を撃たれるとは――!!


これぞディスティニードロー。戦場、壊滅。
これまでライフを対価に得てきた優位性が、【ネクロディスク】の根幹たる戦術が、その全てを無に帰された瞬間だった。
動揺したか最終ゲームでマークは1ゲームで2度も《Demonic Consultation》を唱え、デモコンデスで自滅。トム・チャンフェン、逆転優勝。
死と破壊を操る魔術師が自らの力に溺れ、騎士達の前に敗れ去った――
その様子はまるで、剣と英雄の叙事詩が現実世界に現れたようでさえある。

ネクロの夏はハッピーエンドで終わりを告げたのだ。





ネクロの夏を戦術的に見れば、TCG史上に残る理想とすべき事例であると言える。
本来優勝するほどの力を持たなかった白ウィニーが世界を征したのは間違いなくネクロが流行ったからであり、
「強いデッキや流行のデッキを選択することが最善とは限らない」というゲーム性の高さの表れに他ならない。
オリジナルデッキで流行デッキに勝つ――これこそがカードゲーマーの理想像なのだ。






いつか、何処かでまた、あるデッキが環境を支配するとき、どうか【12knights】を思い出して欲しい。
その閉塞感を打破出来るのは貴方だけかもしれないのだから。




ちなみにこの話にはもう一つのヲチがある。それは



トムがデッキ登録をミスっていた。



というちょっとしたうっかり事件である。


本来トムは【12knights】対策である「プロテクション(黒)」の対策として、この黒を別の色に書き換え可能な《臨機応変》をデッキに入れていた。

臨機応変/Sleight of Mind (青)
インスタント

呪文1つかパーマネント1つを対象とする。
それに書かれた、色を表す単語1種類をすべて別の色の単語1種類に置き換える。
(例えば、あなたは「黒の呪文1つを対象とし」を「青の呪文1つを対象とし」に変えられる。この効果は永続する。)

……のだが、この時トムは青マナを出すのに必要な《アダーカー荒原》を書きミスしてしまっていた。
初めてのプロツアー参加に際して緊張や高揚感もあったのだろうが、彼はそれに気付かないままデッキ登録を済ませてしまった。
その結果として、大会当日は完全に使い所を失った《臨機応変》を抱えたまま白単ウィニーで戦うことになっていたのである。
それでも決勝に行くほどなので、どれだけネクロまみれの大会だったのかがよく分かる。
ただ《臨機応変》が使えていた場合、今度はペインランドによるライフロスで最後の《Zuran Orb》の延命が足りなかった可能性もあるので複雑な所ではある。

他の余談としては
このデッキは【12knights】と呼ばれるが、当時のオラクルでは《Order of Leitbur》は騎士ではなかったりする(クレリック)。
それでも《白き盾の騎士団》と同性能なので騎士扱いされている。
白と黒に対称のクリーチャーが多いことから【黒単12knights】も存在する。こちらは《ネクロポーテンス》を採用するタイプが多かった。

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最終更新:2024年10月10日 22:56

*1 生贄に捧げることで好きな土地を1枚破壊できる無色の土地