黒の万力/Black Vise(MtG)

登録日:2016/04/17(日) 08:46:29
更新日:2024/04/22 Mon 16:15:41
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"Free Three Bolt."
(「無料の稲妻三発分」)
――Chris Pikura*1


《黒の万力/Black Vise》とは、Magic the Gatheringの黎明期の凶悪カードである。 最初の基本セット、アルファ版にすでに収録されていた。

Black Vise / 黒の万力 (1)
アーティファクト
黒の万力が戦場に出るに際し、対戦相手を1人選ぶ。
選ばれたプレイヤーのアップキープの開始時に、黒の万力はそのプレイヤーにX点のダメージを与える。Xは、そのプレイヤーの手札のカードの枚数引く4である。

概要

同じ1マナアーティファクトの《拷問台/The Rack》*2とは対になる効果を持っているが、凶悪さのほうは段違いである。
そもそもMtGの初期手札は7枚であるため、このカードを先攻1ターン目にセットできれば次のターンから即ダメージを与えていくことができるのだ。
それがどういう効果をもたらすか、ここでは青のパーミッションデッキを相手にわかり易い例を挙げて説明してみよう。

自分:先手1T 《黒の万力/Black Vise》プレイ
相手:1T目 《島/Island》セット・ターンエンド → 3点ダメージ
  :2T目 《島/Island》セット・ターンエンド → 3点ダメージ
  :3T目 《島(ry

あれ、3T目でLP半分近くになってる!?

これは極端な例だが、重めのコントロールデッキでは序盤の手札消費は少なめであり、かなりのダメージを食らう。というか、1ターン目に出されたら序盤から手札を使い切る速攻タイプのデッキでも普通に5・6点ぐらい持っていかれる。
そこまでLPが減ったなら、後はそれこそ本物の《稲妻/Lightning Bolt》辺りで焼き殺す射程圏内に入ってくるわけで…

1マナと軽いためカウンターするのも難しい。無色のアーティファクトであるため、色によっては手を出すことさえできない。
自分の手札を無理やり減らす位しかまともな対策はないが、《冬の宝珠/Winter Orb》や《露天鉱床/Strip Mine》(当時は普通に四枚積めました)でそれすら妨害されてしまう。なんだこれ。

こうした凶悪さから、先に挙げた《拷問台/The Rack》とともに黎明期の環境を文字通り二分することになる。
この当時において、まともに「勝てる」デッキは二種類しかなかったのだ。
一つは、《精神錯乱/Mind Twist》《Hymn to Tourach》《惑乱の死霊/Specter》といった凶悪ハンデスカードを《暗黒の儀式/Dark Ritual》の加速を受けて猿の如く叩きつけ、《拷問台/The Rack》で〆てゆく黒のハンデスデッキ。
もう一つはこの《黒の万力/Black Vise》を主たるダメージ源として《吠えたける鉱山/Howlling Mine》で加速し、《稲妻/Lightning Bolt》《火葬/Incinerate》《火の玉/Fireball》というこれまた強力な黎明期の火力を連打していく赤のバーンデッキである。

こうした状況に一石を投じたのが黎明期の伝説のプレイヤー、Mark Justice(マーク・ジャスティス)である。彼はこの赤バーンデッキに緑を足して《疾風のデルヴィッシュ》を投入、プロテクション(黒)を持つこのクリーチャーが相手の黒デッキの撃破に貢献した。こうして彼はこの黎明期に開催されたアメリカ選手権で見事優勝の座を射止めている。
この事例はMtGの歴史における"メタゲーム"の最初のサンプルとされており、またこの【ヴァイスエイジ】は緑のクリーチャーを赤の火力でバックアップするアーキタイプ、即ち【ステロイド】の最も古い物の一つだともいわれている。

だが、驕れる者も久しからずや。
数多くのプレイヤーの頭を悩ませたこのカードも無事制限カードになり(この当時はまだ禁止カードと制限カードが混在していた。禁止カード(MtG)の項目も参照のこと)、みんな胸を撫で下ろす…ことにはならなかった。

考えても見てほしい。先に挙げた黒のハンデスデッキは、現在でもなおレガシーでも一線級の(一部は禁止カードにさえ指定されている)パワーカードの塊である。
それに対してバーンなどは、いわば《黒の万力/Black Vise》一枚のカードパワーで強引に対抗していた状態だったのだ。そんな状態で、《黒の万力/Black Vise》にだけ規制をかけたらどういうことになるか?
しかもそんな状況下に、《黒の万力/Black Vise》により抑え込まれていた凶悪カードが加わったとしたら?

そのカードこそが、Magic the Gathering史上最強のドローエンジンとも名高い《ネクロポーテンス》である。

Necropotence / ネクロポーテンス (黒)(黒)(黒)
エンチャント
あなたのドロー・ステップを飛ばす。
あなたがカードを捨てるたび、あなたの墓地にあるそのカードを追放する。
1点のライフを支払う:あなたのライブラリーの一番上のカードを裏向きのまま追放する。あなたの次の終了ステップの開始時に、そのカードをあなたの手札に加える。

この凶悪極まるカードが登場当初はカスレア扱いされていたのは、そもそも当時のテキストは長すぎて意味不明だったというのもあるが、《黒の万力/Black Vise》との相性が殊のほか悪かったというのも原因としてあった。
ドローするのにライフを要求されるカードがさらにアップキープ・ステップでもライフを失っていてはやっていられない。
だが、《黒の万力/Black Vise》の脅威が減ったまさにその時、悪魔は産声を上げた。
これがTCG史上最古の台風、「ネクロの夏」または「ブラック・サマー(黒い夏)」と呼ばれる惨劇である。
(先に紹介した伝説の男・Mark Justiceはこのネクロの夏においてもう一つの伝説を作ることになるが、そちらもwiki内のの当該項目・ネクロの夏の項目を参照してほしい。)

いずれにせよ、《黒の万力/Black Vise》の規制は特定のデッキの支配力をさらに高めるという最悪の結果をもたらしてしまった。
この事例は「特定のカードが強すぎるからといってそれを規制すればただちにゲームバランスが正されるわけではない」という苦い教訓を与えることになったのである。

なお、他の黎明期の有名カードの例に洩れず、この《黒の万力》も何度かリメイクされている。
そのほとんどはマナ・コストが大幅に上げられているためオリジナルの強みを失っているが(まぁ当然である)、それでもなお《黒檀の梟の根付/Ebony Owl Netsuke》というカードは元祖同様《吠えたける鉱山/Howwling Mine》と組み合わさり、【ハウリング・オウル】ないし【オウリング・マイン】という青赤系のタイム・デストラクションデッキで活躍した。

それから時は遥かに流れ、《黒の万力/Black Vise》にも再び陽の目が当たることになる。
エターナル環境の整備が進んだ結果、それらがType1ないしType1.5と呼ばれていた当時から規制されていたこのカードも解禁された。ヴィンテージではすでに2007/6/20に、そしてレガシーでは2015/10/2に禁止・制限から緩和されている。
理由はいろいろあるのだろうが、カード・プールの広がりから当時ほど対処が難しくなくなったこと、常に環境を支配し続けるへの対抗策となること、そして(かつての《ネクロポーテンス/Necropotence》に対するそれのように)時折現れては環境を破壊してゆく凶悪ドローカードへの抑止力となることが期待されているからだろう。
解除された万力がこれからどういう歴史を刻むのか、それはまだ誰にも分からない。

最後に。筆者はかなり古参のプレイヤーであるが、さすがにこれほど古い時代からリアルタイムでプレイしていたわけではない(というか、日本人で実際プレイしたことがある人がどれくらいいるんだろうか?)。
そうした古き佳き時代の貴重な情報を提供してくれたMike Flores(マイク・フローレス)とZvi Morshowitz(ズヴィ・モーショヴィッツ)の両氏*3、そしてそれを日本語に翻訳して筆者の目に触れさせてくれた日本の草の根の翻訳者たちに感謝の意を捧げたい。

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最終更新:2024年04月22日 16:15

*1 クリス・ピキュラ。MtGの古豪プレイヤー

*2 こっちは手札が四枚以下の時にダメージを与える

*3 二人ともMtG史の偉大な殿堂デッキビルダー