竜王(将棋)

登録日:2018/04/23 Mon 10:35:00
更新日:2025/04/21 Mon 21:05:48
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将棋における竜王とは
1.成り駒の一つであり、飛車が成った状態。縦横に駒を飛び越えなければ好き放題に行ける他、斜めにも一つ動けるため、最強の駒の一角。
2.8つあるタイトルの一つであり、名人と並んで最も格式が高いもの。

ここでは2について取り上げる。
それ以外の竜王についてはこの辺とかりゅうおうのおしごと!とかを参照。

●目次

概要


将棋には2018年現在8つのタイトルがあるが、その中でも最も格式が高いのが名人と竜王である。
竜王位単独で見るならば創設は1988年度と結構新しいのだが、そもそも1948年に創設された全日本選手権戦(→九段戦→十段戦)から発展してきたという事実があるため、そういう意味では歴史は古い。

将棋におけるタイトルの格付けは賞金額によって決まるため、そういう意味では竜王こそが最も格の高いタイトルとなる。*1
ただ名人自体が持つ歴史的意義などから タイトル の格付けとしては少々複雑になっており、同じ棋士が竜王と名人のタイトルを双方持っている場合は表記として竜王の方が先に来るものの、別の棋士が持っている場合はタイトルの格としては同格として扱われる。

通例として竜王、名人は別格であり、この両方を同時戴冠した場合のみ「竜王・名人」と竜王が優先される形で両方表記されるものの、竜王or名人+他タイトルの場合、肩書は「○○二冠」ではなく「○○竜王」「〇〇名人」と、他のタイトルは基本的に無視される。
また、昇段規定(プロ棋士の段位が上がる規定)においても竜王戦と順位戦は別段の規定*2があり、こうしたことからも他の6つのタイトルと比べ名人と竜王は別格であることが分かる。

沿革

名人のページにも記載されているように、そもそも初期においては「名人=九段」であった。戦後においても暫くそうした時期が続いていたが、1950年の第三回全日本選手権戦において名人の参加が取り止められ、大会優勝者に九段の称号を与えた上で最終的に九段の称号保持者*3と名人による「名人九段戦」を行い、この勝者を全日本選手権戦者とする、と取り決められた。
暫くはこの形式で行われたが第九回において名人九段戦が廃止され名人も再びトーナメントに参加することになり、ここにおいて「九段」が純粋な称号となることが決まり、また大会自体も「九段戦」と呼称されるようになった。

ただ、この1950年以降から1961年までの記録では「九段」という言葉の扱われ方が錯綜しており、「称号としての九段」と「段位としての九段」の両方が存在していた。
こうした事態を解決するために1962年にそれまでの九段戦を「十段戦」と改め、タイトルも十段に変更されたためこうしたねじれは解消された。なお正式な段位としての十段は存在しないが、大山康晴と中原誠はタイトルとしての「永世十段」を持っており、またタイトルとしての九段を多数獲得した塚田正夫には「名誉十段」が追贈されている。

1988年度から十段戦を新たな称号を与える棋戦とする変更が行われ、ここに「竜王戦」が開始された。

竜王位

竜王戦の挑戦者は「竜王ランキング戦」および「決勝トーナメント」を勝ち抜いた勝者と現竜王の七番勝負で行われ、勝者が竜王となる。
竜王位を「連続5期」または「通算7期」獲得すれば永世竜王の称号を得ることができるが、歴史の浅さも手伝い現在この称号を持っているのは渡辺明(連続5期)と羽生善治(通算7期)のみである。*4
後述するが、竜王ランキング戦は女流棋士や奨励会三段、アマチュアの枠もあるため、理論上は女流棋士や奨励会三段、アマの竜王が誕生する可能性もあり得る。
また、今少し現実的なラインとして若手棋士が一発勝負で駆け上がり竜王になることもあり得るので、実力があれば新人や棋士以外にも獲得の機会があるのが名人戦との最大の違い。
ちなみにフィクションだと「アマが竜王に」というのを設定として使っているのが「ファミコン将棋竜王戦」であり、「若手棋士の駆けあがり」を背景にしたのが『りゅうおうのおしごと!』、「アマチュア棋士が挑みうる最大の大会」として描いたのが『バンオウ-盤王-』、「アマチュアのままでプロと全力対決出来る舞台」として扱われたのが『龍と苺』となる。
実際、永世竜王の羽生と渡辺も最初に獲ったタイトルは竜王である。
羽生に関しては初戴冠から永世位を取るまでの最長記録を更新したのも竜王(47歳で獲得)。一方の渡辺は初獲得からそのまま連続保持して24歳で永世位を獲得した

最多保持 渡辺明(11期)
最年少獲得 羽生善治(19歳3か月)
最年長獲得 羽生善治(47歳)
永世竜王 渡辺明、羽生善治

【おまけ・前身タイトルの永世称号】
永世九段(タイトル・九段連続3期)
塚田正夫*5
永世十段(タイトル・九段含めて通算10期)
大山康晴*6、中原誠

竜王ランキング戦/決勝トーナメント

竜王に挑むには、まずランキング戦を勝ち上がらなければならない。
ランキング戦は1組から6組に分かれ、1~3組はそれぞれ定員16人、4・5組はそれぞれ定員32人とされており、4人が昇格し4人が降格する*7。このため、流動性は順位戦より高い。
また、6組は定員はなく、プロデビューした棋士はここからスタートとなる。また、6組ランキング戦にはアマチュア枠・女流棋士枠・奨励会枠からの参加もある。順位戦と違い6組より下はない。2024年度の第37期竜王戦では、奨励会員の山下数毅三段(当時)が準優勝し、棋士以外では初めて5組に昇級した。
各組の内部でトーナメント戦を行い、1組からは5名*8、2組からは2名、3組以下からは各1名の計11名が決勝トーナメントに進出することになる。

決勝トーナメントは変則的な形で組まれ、ここでも原則1組が組み合わせとしては優遇されている。
(5組、6組からの出場者は6回勝ち上がればならないのに対し、1組優勝者は2回勝ち上がれば*9竜王挑戦となる)

また、「竜王との七番勝負の敗者は、次期のランキング戦では必ず 1組 に組み込まれる」というルールがある。
つまり、1期につき1つずつしか昇格できない順位戦と違って一発ジャンプアップも可能なのである。
過去に一番下は5組から勝ち上がった例があり、伊藤匠七段(当時)がこのルールを元に1組昇級を果たしている。
このジャンプアップが成立した場合1組は翌年17人になるが、その場合翌年の昇格/降格の人数が調整される。

他タイトルと違い、ランキング戦の連続昇格で段位の昇格がありうる。ランキング戦は予選扱いなのに、予選だけで強制引退回避規定*10がある等、順位戦に匹敵する特殊な規定が存在する。

なお、詳細は公表されていないが「ランキング戦」の名が示すように各組内において「順位1位、2位…」という形でランキングが存在することが第28期1組トーナメントのページにて示唆されている。

歴代竜王

・島朗

初代竜王。
決勝7番勝負で昭和後期の将棋界を二分していた米長邦雄を四連勝で破って初代竜王となり、世代交代の嚆矢となった。
また、棋士では珍しくオシャレに気を使い、番勝負では4局ともアルマーニのスーツで対局したことも有名。
竜王戦の賞金もほとんど服と車に消えたらしい。
奥さんと出会ったのも竜王戦前夜祭での花束贈呈がきっかけ。

羽生善治

2期・5期・7期・8期・14期・15期・30期竜王。通算7期の規定により永世竜王資格保持者。

詳細は本人の項目参照。

谷川浩司

3期・4期・9期・10期竜王。

詳細は本人の項目参照。

・佐藤康光

第6期竜王。
竜王となったときはまだ普通の居飛車党だった。
谷川とともに破竹の勢いでタイトルを獲得していた当時の羽生を敗北させた数少ない人物で、彼が七冠制覇するまで奪取に成功したのはこの2人だけである。
「モテ」のあだ名で知られるが、追っかけや出待ちの女性ファンがいたと言われるのも竜王になった頃。

・藤井猛

11~13期竜王。
11期竜王戦では、谷川浩司を藤井システムによってストレートで下し、竜王となる。
12期では振り飛車党の鈴木大介を下し、振り飛車党の第一人者としての地位を固める。
13期では羽生五冠との直前の王座戦と合わせた12番勝負を行い、防衛。フルセットの最終局は一歩が勝敗を分け、一歩竜王とよばれた。
竜王を持っているうちに、七段→八段→九段と昇段したため、肩書として八段を名乗ったことがない。

・森内俊之

16期・26期竜王。
16期では羽生四冠から奪取。その後の王将戦・名人戦と続けて羽生からタイトルを奪い、三冠となる。
26期では渡辺明の連覇を9で止める。

佐藤・藤井・森内の三名の詳細は羽生世代を参照。

・渡辺明

17~25期・28期・29期竜王。連続5期の規定により永世竜王資格保持者。
永世棋王資格保持者。最も長く竜王を名乗っていた棋士でもある。
初タイトルも竜王である。連続保持の結果、一年で六段から九段へのスピード出世に成功した。そのため、公式に七段・八段を名乗ったことがない。
第21期の羽生との竜王戦は「勝った方が初の永世竜王」ということで注目を浴び、史上初の七番勝負での3連敗4連勝によって永世竜王となった。
30代になるまではなぜか竜王を含む冬期に番勝負の日程が組まれるタイトルしかとったことがなく「冬はナベ」とも称されていたが、2019年には棋聖を奪取し、2020年には棋聖こそ失冠したものの悲願の名人を獲得した。

・糸谷哲郎

27期竜王。 升田幸三(名人)以来56年ぶりの広島出身冠位棋士となった。

・広瀬章人

31期竜王。 森内俊之は兄弟子。
20代前半の頃は振り飛車穴熊を得意とし、「振り穴王子」とよばれた。
振り穴を原動力に王位も獲得。翌年、鬼畜眼鏡に奪取されるも、2015年に再挑戦した際の中継で悲劇が起こる。
対局の写真中継で、遠い目をして三角座りで天井を眺めている写真や、腕を力無く垂らして白目を剥いている写真がアップされる。
衝撃的な写真に、将棋ファン以外も騒然となり、マインドクラッシュされたとか魂を奪われたとかネタにされることとなった。

・豊島将之

32・33期竜王。
第77期名人も同時に獲得し、史上4人目となる竜王名人となった。
トラブルに巻き込まれることが非常に多く、33期竜王戦でも挑戦者の羽生九段が倒れ対局が延期になる、避難訓練の警報が対局中に鳴るなど巻き込まれ体質を発揮した。

藤井聡太

34・35・36期竜王。
史上五人目の中学生棋士。将棋ファンであれば説明不要であろう、数多くの最年少関係の記録を更新するレジェンドで、幾度も「現実がフィクションを超えた」という場面を作り出している。
竜王を獲得した時点で棋聖・王位・叡王と併せて4冠(もちろんこれも史上最年少)。
その無双ぶりから、「(羽生に次ぐ)二人目の将棋星人」と見なされている。

詳細は本人の項目参照。


余談

  • 第1期竜王戦の組み分け
十段戦から移行した第1回のみ、1987年10月24日時点で保持しているタイトルや順位戦の級に基づいて組み分けが実施された。
内容は以下の通り。

1組:タイトル保持者、1986年度の十段保持者、A級在籍者、B級1組在籍者上位2名
2組:3位以下のB級1組在籍者、B級2組在籍者上位8名
3組:9位以下のB級2組在籍者、C級1組上位2名
4組:3位以下のC級1組在籍者、C級2組上位10名
5組:C級2組在籍者の11位から42位
6組:43位以下のC級2組在籍者、(新四段も含む)順位戦不参加者、アマチュア

前年度(1987年度)の十段はタイトルの防衛ができない代わりに、決勝トーナメントの挑戦者決定戦三番勝負にシードされた。
また準々決勝シードに永世十段資格保持者も配置されていた。

  • 竜王と十段の同時経験者
前述の通り、竜王戦は十段戦が発展解消したものだが、竜王・十段双方の獲得経験を持つ棋士は一人もいない。
登場だけなら米長邦雄が唯一達成している(第1期竜王戦)。

  • 1組優勝者のジンクス
1988年度の棋戦創設以来、ランキング戦で最高の成績を収めているはずの1組優勝者が23年間挑戦者になれなかった*11。2020年時点でも1組優勝者が挑戦者になったのは挑戦者が変更になった2016年度を含めても4回しかなく、奪取に成功したのは2018年度1組優勝の広瀬章人八段のみである。

  • 初参加で挑戦者決定戦進出
1994年度は竜王戦初参加の行方尚史四段(当時)が6組優勝から決勝トーナメントも勝ち進み、挑戦者決定戦に進出した。
2006年度以降のフォーマットでは2005年度以前より下位の組の優勝者が挑戦者決定戦に進出するまでに必要な勝利数が増えているため、かつてよりも達成が難しくなっている。

  • 5組以下での挑戦
2023年現在、5組以下の優勝者が挑戦に成功したのは2023年度に5組優勝から勝ち抜いた伊藤匠七段のみ。

  • 最も低い組からの奪取
4組に所属していた藤井猛七段と渡辺明六段(いずれも当時)の2名が達成している。

  • 将棋ソフト不正使用疑惑
2016年度は挑戦者が当初決定されていた三浦弘行九段から丸山忠久九段に変更された。
大雑把にいうと三浦九段が対局において将棋ソフトを使用したのではないか、という疑惑がかかったもの。
当然、疑惑が黒か白かで棋士やファン等も巻き込んで対立が発生し、まとめ役の将棋連盟も機能不全に陥ってしまう。
第三者調査を経て疑惑は晴らされ、三浦も師匠の西村一義九段*12と弁護士と一緒に記者会見を行い再度、経緯と心境を説明をしている。
その後、将棋連盟や疑惑を疑った棋士との和解、会長などの引責辞任*13、賠償金の支払いなどがなされている。
この影響で一時期、将棋界がお通夜ムードになり将来の不安を感じたり心労する棋士達が現れ、
新体制で理事を務めている脇謙二九段は棋士達がバラバラになってしまったと当時の心境を語っている。
幸いな事にデビューした藤井聡太が29連勝する等の大活躍する明るい話題が誕生し、
良い意味で注目が集まっているのに先輩である自分達がバラバラなままではいけないと気持ちを改め、一致団結出来たとも同じインタビューで話している。
なお変更されて繰り上げで対局を行うことになった丸山は終始疑惑を否定し三浦の無実を信じていた。
タイトル戦最高峰の竜王戦でこの様な事態が発生したことを踏まえ、本件を機に対局中の外出禁止・抜き打ちでの電子機器の持ち込み検査を実施することが定められた。

  • 棋士でない者の昇級
竜王戦6組ランキング戦にはアマチュア枠・女流棋士枠・奨励会員枠がある。2024年度の竜王ランキング戦では、奨励会員の山下数毅三段が6組決勝戦に進出した。
奨励会三段が竜王ランキング戦で優勝すると三段リーグ次点が付くため、既に次点を一つ持っていた山下三段が勝てばプロ入りの権利が得られるという注目度の高い対局になったが、藤本渚五段に敗れプロ入りはならなかった。
しかし、6組準優勝ということで、非プロ棋士として初めて5組へ昇級した。

  • 最長手数
先に挙げた「りゅうおうのおしごと!」では長手数の対局として402手というのがでてくるのだが(それまでの公式記録上の最長手数は389手)、2018年2月27日に行われた6組の対局、牧野光則五段-中尾敏之五段戦において 420手持将棋 という最長手数更新が行われた。現実がフィクションを超えた事例がまた一つ。なお、その後の指し直しでは100手で牧野五段が勝利している。
中尾五段にとっては「引退」がかかった人生を決める対局だった。
ちなみにここまで長手数になったのは相入玉という状態になったが、判定になった場合に中尾の側が引き分けの条件のボーダーラインにいたため。相入玉で判定で結果を決める場合、概ね駒数が足りない方が負け、双方が一定ラインを超えている場合は引き分けとするのだが、そのラインの1点を巡って熾烈な駆け引きが行われた。
執念で持将棋に持ち込んだ中尾だが指し直しで敗れ、その後棋王戦でも青嶋未来五段に敗れたことで引退が決定した。

  • ポケモン
公式大会でドラゴンタイプ必須の特殊ルールで開催される『ポケモン竜王戦』が2014年以降何度か開催されている。
名前だけ借りたようにも見えるが、本家竜王戦を主催している読売新聞や将棋連盟も大会共催者に名を連ねる。
このイベント内のポケモンカード大会のシールド戦(直前に数パックが配られ、その中のカードでデッキを組むシステム)で竜王経験者の糸谷哲郎八段が、ポケモンカード初体験ながらチャンピオン経験者などを倒して優勝したことがある。
ちなみに糸谷八段は、元々Magic the Gatheringのアマチュアプレイヤーとしても活動しており、2010年の日本選手権でベスト16に入賞経験があるほど。
また竜王がフィーチャーされたセットである「タルキール龍紀伝」発売時にちょうど竜王を戴冠しており、しかもMtGのプレイヤーだったということで、厳しい予選を勝ち抜かないと参加できないプロツアーに特別招待された経験もある。
これが縁になったのか、のちに将棋連盟内にポケモンカード部が設立された他、東京の新将棋会館建設の際には株ポケも建設費援助を始め、クラウドファンディング向けの返礼品開発に協力している。


追記、修正はアマチュア竜王になってからお願いします。

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最終更新:2025年04月21日 21:05

*1 もちろん金額だけではなく、竜王戦の歴史的価値もあるのだが。現に2017年に新設された叡王位は賞金額から格としては第3位(その後、主催者の交代に伴い3位→6位→4位と変遷)になるのだが、実際の扱いとしては竜王・名人に対し大きな隔たりがある。

*2 ランキング戦2回連続昇級または通算3回優勝(七段で打ち止めのため、六段以下のみ対象)、ランキング戦2組昇級(六段昇段)、ランキング戦1組昇級(七段昇段)、竜王挑戦権獲得(七段昇段)、竜王1期(八段昇段)、竜王2期(九段昇段)。

*3 この段階では九段は段位ではなくあくまで称号だった。また、九段は名人より下とされた

*4 一番近いところにいるのが谷川浩司(4期)なのだが、1998年を最後に竜王戦に挑めておらず厳しいと思われる。まあ竜王戦開始から30期までは羽生と渡辺だけで18期取ってるので当然と言えば当然なのだが…。

*5 塚田正夫は無冠になったあとも永世九段を根拠に「段位・九段」を称していた。

*6 大山はタイトル・九段3連覇も達成しているが、その時点で段位・九段になっていたこともあり永世九段の獲得者とはされていない。塚田正夫の件と合わせ、九段が段位とタイトルで併存した時期の名残とも言える。

*7 昇級者の決め方も特徴があり、単純に「ランキング戦の準決勝進出4名」ではなく、「ランキング戦の決勝進出2名+敗者によるトーナメント戦である『昇級者決定戦』を勝ち抜いた2名」となっている。降級者は昇級者決定戦の1回戦(ランキング戦1回戦で敗れた者同士の対局)で敗れた者、すなわち「1勝もできず2連敗した者」(定員32人の4組と5組はこの時点でもまだ8人いるため、「残留決定戦」としてもう1局実施し、その敗者)となる。

*8 前述の「昇級者決定戦」は1組では「出場者決定戦」となり、1回戦負けの8名による5位決定戦(この1回戦は昇級者決定戦の1回戦と同様に残留決定戦も兼ねており、敗者が2組に降級となる)、2回戦負けの4名による4位決定戦、準決勝負けの2名による3位決定戦を通じて決勝トーナメント出場者を決める

*9 決勝に相当する挑戦者決定戦は3番勝負、つまり2勝が必要となる。

*10 4組以上在籍、もしくは5組在籍が2年以内。他タイトルは予選を勝ち抜いた挑戦者決定トーナメントの上位のみ強制引退回避権利が発生する。

*11 2011年度に丸山忠久九段が初めて1組優勝から挑戦者になった。なお挑戦者決定戦進出も2005年度に三浦弘行八段が進出するまで17年間なかった。

*12 上記の藤井猛の師匠でもある。長く連盟理事を務めていた経験から今回の騒動で上手く連盟が機能しないことにも悲痛な思いを抱いていた。

*13 三浦自身は谷川会長には感謝しており、彼も被害者だったと述べている。