ぼくらのよあけ

登録日:2023/4/22 (土) 23:48:00
更新日:2023/07/21 Fri 17:44:13
所要時間:約 15 分で読めます





あの日、待っていた未来が、始まった。


1万2000年をかけて地球に来た”未知なる存在”と

子どもたちの極秘ミッションが今、始まる───。



「ぼくらのよあけ」は、講談社・アフタヌーンKCから刊行された漫画作品。
作者は『ハックス!』『アリスと蔵六』を手掛ける今井哲也。

4人の少年少女が、「異星の無人探査機」を自称する謎の存在「二月の黎明」と出会ったことから始まるひと夏の非日常と冒険を描くジュブナイルSF。

本項目では、2022年10月に公開された映画版についても取り上げる。


概要・作風など

『ハックス!』に続いての、今井哲也2作目の連載作品。

スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』や99年の劇場版『デジモンアドベンチャー』、山崎貴監督の映画『ジュブナイル』などの系譜を継ぐ「少年少女のひと夏の非日常」をテーマとした作品。
現代より少し未来の2038年を舞台に、4人の少年少女と異星のAI「二月の黎明」との交流、そして「二月の黎明」を母星に帰すための4人の冒険を描く。

特徴として、メインの登場人物となる子供たちの「生態」をつぶさに描写していることが挙げられる。
この「生態」には無垢でかわいらしいだけではない、いわば「幼さの暗黒面」とでも言える描写も含まれており、
  • 理屈はわかっていても感情に逆らうことのできない、子供たちの未発達な理性
  • 無計画で近視眼的なゆうまの浅慮さ
  • ゆうま・しんごの異性アレルギー
  • 感情のままにゆうま・しんごに癇癪をぶつけてしまった花香の後悔
  • 暗黙のルールに縛られた「女子のなかよしグループ」と、そこから外れた「敵」への凄惨ないじめ
など、後の『アリスと蔵六』にも通じる、きれいなだけではない子供たちの残酷な姿を丹念に描いている。
子供たちの未熟な振る舞いに子供時代の自分を見て、共感性羞恥に陥ってしまった読者も多いはず。

また、この手のジュブナイルでは「子供たちに無理解な冒険の障壁」にされがちな、少年少女たちの親だが、
本作では子供たちの冒険と並行してしっかりとキャラクター性を描写しており、彼らなりの信念をもって子供たちの冒険を止めようとしていることがわかるようになっている。
終盤、大人たちがかつて成せなかった「冒険」を子供たちが受け継ぎ、成し遂げていく展開は本作の見どころの一つとなっている。

「二月の黎明」や彼が属する「虹の根」関連の設定、2038年の日常生活などSF的な設定面もしっかり整備されており、SF的な面白さも本作はしっかりと備えている。
権威あるSF作品に贈られる賞「星雲賞」のコミック部門にノミネートされたことがその証左と言えるだろう*1
特に、確かな計算のもとに行われる「二月の黎明」の打ち上げ作戦はクライマックスを飾るにふさわしい盛り上がり。
「生活を支える家庭用ロボット」や「生活の一部として普及したスマートタグ」など、現代を予見したような設定もちらほら。

かつて、我々が小説やアニメで見たジュブナイルSFを現代向けにアップデートしてみせた一作。
悠真たち4人の冒険は、かつて我々がそれらの名作に覚えた興奮をもう一度与えてくれるはずである。

ストーリー

今よりも、ロボットの存在が身近となった西暦2038年の夏。
阿佐ヶ谷団地に住む小学四年生・沢渡悠真は、ある日偶然「『虹の根』という遠い星から来た無人探査機」を名乗る謎の存在「二月の黎明」と出会う。
「二月の黎明」は沢渡家の家庭用オートボット・ナナコを通じて、悠真とその友人である田所銀之助・岸真悟に「友好の証」として虹の根の景色を見せて自らの素性を証明すると、
3人に「自分を宇宙に帰す手伝いをして欲しい」と頼んだ。

宇宙オタクであった悠真は「二月の黎明」との出会い、そして彼の頼みに大興奮。
彼は「二月の黎明」からの頼みを3人だけの秘密にし、二人を巻き込んで、大人たちには内緒で「二月の黎明」を宇宙に帰すべく行動を開始する。

3人と「二月の黎明」の出会いから数日後、「二月の黎明」は自己をスキャンした際に、宇宙船の核となる3つの部品「コア」が一つなくなっていることに気づく。
3人は「なくなったコアの捜索」を「二月の黎明」帰還ミッションの第一目標とするが、その矢先に「二月の黎明」のもとに謎の通信が飛び込んでくる。
悠真と「二月の黎明」の目の前に現れた画面に映っていたのは、自分たちと同じ年頃の少女。
彼女は自らを河合花香と名乗り、クローゼットにあった小さな立方体が悠真たちと「二月の黎明」の会話を突如受信したことを話す。
その立方体こそがコアだと知った悠真は、花香にコアを渡すよう要求。
これで一件落着と思いきや、花香は「自分にも『二月の黎明』と宇宙船を見せてほしい」という交換条件を提示してきた。

やむをえず花香を帰還ミッションの参加者に加え、計画を続行する3人。
4人と2機の、忘れられない夏が始まろうとしていた。

登場人物

主要人物

  • 沢渡 悠真(さわたり ゆうま)(CV:杉咲花)
杉二小に通う小学4年生の男子。
快活でバイタリティに溢れ、周りを引っ張る行動力に溢れた性格。
一方で強いバイタリティに思考・理性が追いついておらず、後先を考えずに行動して後で自分の首を絞めたり、周囲の人間に迷惑をかけてしまう、無計画で近視眼的な面も目立つ。

ロボットと宇宙が大好きで、それらの話題に関しては大人顔負けの知識を持つ宇宙オタク。
そのため「二月の黎明」を宇宙に帰すというミッションに最も入れ込んでおり、宇宙船の修理と、花香の持つコアを手に入れることに熱意を燃やす。

ロボットという趣味に反して、ナナコのことは「あんなやつ」と呼び、「別に嫌いなわけじゃない」と言いつつも強く反発している。
はるかに対しては「ナナコが女だから」「口うるさいから」という理由を挙げていたが、それ以上に、
悠真が尊敬するSHⅢの「妹」というべき存在であるはずのオートボットが、結局は家事手伝いの延長線上のことしかしない存在であることに対する失望が反発の大きな理由となっている。
だが、悠真の「宇宙」という趣味を理解し歩み寄ろうとするナナコの姿勢に、彼の態度は次第に柔らかなものになっていく。

映画版の黒川監督は「悠真はナナコに対して初恋のような感情を抱いており、あの態度は『気になる異性に素直になれない』現象だったのではないか?」と解釈している。


沢渡家のオートボット。女性型。

沢渡家の家事全般を助けており、はるかからは「ナナちゃん」と呼ばれ家族の一員として受け入れられているが、悠真とはそりが合わず、強く反発されている。
悠真に嫌われていると知りつつも辛抱強く接しており、悠真が宇宙に興味があることを知って、そこを糸口に悠真との距離を縮めようとしている。

ある日突然機能を停止し、ナナコを偶然検知した「二月の黎明」に乗っ取られてしまう。
「二月の黎明」が起動している間はナナコの意識は眠っている状態であり、ナナコの意思を尊重した「二月の黎明」は、「ナナコに自分のことを話して、ナナコの筐体を使わせてもらう許可を取ろう」と3人に提案する。
だが、ロボットであるナナコは嘘をつけない
ナナコを通じて両親に「二月の黎明」のことがバレることを恐れた悠真は、彼女に「二月の黎明」のことを話すのをためらい、彼女の同意なく「二月の黎明」にナナコの制御を渡してミッションを進めてしまう。


  • 岸 真悟(きし しんご)(CV:藤原夏海)
悠真の友達。
悠真とは逆の若干内気な性格。

家庭内では内弁慶の姉・わこにいじめられており、それが原因で強い女性アレルギーをこじらせている。
そのため計画に花香を引き入れることに対して強固に反対しており、わこが思わぬ形で計画を邪魔してきた際にも「ゆうまがあいつ(花香)呼んだからいけないんだ」と非難している。

「二月の黎明」の帰還ミッションを「わこに干渉されない3人だけの秘密」と捉え、悠真と同じく熱中する。


  • 田所 銀之助(たどころ ぎんのすけ)(CV:岡本信彦)
悠真の友達で、グループの中では唯一の小学6年生。通称「銀くん」。

悠真たちよりも年上で、期せずして二人のストッパー役になりがちな苦労人。
「二月の黎明」が意図せず乗っ取ってしまったナナコを案じて、「二月の黎明」の言葉に賛同した二人に待ったをかけるが、
必死に頼み込む悠真を見て、亡き父の「困ってる人を助けられる人になりなさい」という言葉を思い出し、二人と「二月の黎明」に協力する。


悠真と同じ杉二小に通う小学6年生の女子。

クラスでいじめられており、そのことを誰にも言い出せずに塞ぎ込む日々を送っていたが、
クローゼットに眠っていた小さな立方体…「二月の黎明」のコアが受信した悠真たちの会話をきっかけに「二月の黎明」と3人の存在を知る。
半信半疑で「宇宙船を見せてくれたらコアを渡す」と交換条件を提示し3人と合流するが、真悟がクラスで自分をいじめている女子たちの一人、わこの弟であることを知ると約束を反故にしてその場を去ってしまう。
だが、自分でも感情任せに3人に嫌なことをしてしまったことは理解しており、そんな自分に自己嫌悪を抱く。


「外宇宙からやってきた無人探査機」「宇宙船の翻訳パネル」を名乗る謎の存在。

地球の言語に翻訳すると「虹の根」という名前の惑星から飛び立った無人探査機。
1万2000年の時間をかけて虹の根から地球にたどり着くが、物語の28年前(2010年)、地球に接近した際にコントロールを失い、
地球に影響を及ぼさないために虹の根への帰還を諦め、帰還用の推進剤を使って減速し、落着。地球から出られなくなってしまった。
その後は阿佐ヶ谷団地の一棟に擬態して休眠していたが、偶然ナナコを乗っ取る形で再起動、悠真たち3人と出会うことになる。

現在の人格は地球に接近した際に出会ったSHⅢのAIをコピーしたもので、非常に紳士的。
3人にも自分を修理するかどうかの選択権をちゃんと与えており、
3人が協力を選ばなかった場合、速やかにナナコにコントロールを返すためにナナコに残った自身のプログラムを破壊するコマンドを3人に渡しておくなど、万全のフォローをしている。

水分子に命令を下してコンピュータとして扱うことができ、
劇中では団地の屋上に張った水と悠真たちとの接触を介して、3人の視覚と聴覚に自らが見た宇宙の映像と虹の根の景色を映し出した。
ちなみに屋上に張った水は田所家の水道から引いてきたもので*3、案の定悠真は後で田所家に謝罪することに。

宇宙船を構成する3つの重要な部品「コア」のうち一つを持ち去られており、
このために28年前の記憶を失っている。


子供たちの家族

悠真の母親。
ナナコを「ナナちゃん」と呼んで家族の一員として大事に扱っており、ナナコに強く反発する悠真を辛抱強く諭している。


悠真の父親。
多忙で帰宅が遅く、はるかと比べるとあまり物語には関わらないものの、
後半で年長者として悠真を導く大きな役目を果たす。

真悟の姉。ゆうま達からの通称は「わこすけ」。
花香のクラスメイト。

典型的な内弁慶で、家庭内では横暴にふるまい、弟の真悟を「バカしんご」「キモい」と言って蔑んでいる。
杉二小の女子グループに属しており、クラス内での花香に対するイジメにも平然と参加している。
女子グループのSNS「サブ」におけるやり取りには必ず顔を出し、細やかにリプを返すSNS中毒者。


花香の父親。有名な小説家。
妻とは離婚しており、現在は男性型オートボットの「デンスケ」と共に花香を育てている。

何故か団地の屋上にいる「二月の黎明」のことを知っている。

用語

  • 阿佐ヶ谷団地
東京都杉並区に実在していた団地「阿佐ヶ谷住宅」。悠真・真悟・銀之助が住んでおり、「二月の黎明」はこの団地のうち一棟に擬態している。
映画版では解体が始まっており、終盤においてこれがミッション最大の障害となる。

現実の阿佐ヶ谷住宅は2013年に解体されており、2016年にマンション「プラウドシティ阿佐ヶ谷」に生まれ変わっている。

  • 虹の根
「二月の黎明」の故郷である惑星の名前を、日本語に翻訳したもの。

海に覆われた惑星で、海の底にこびりついたアミノ酸の塊が偶然生命となり、集まって知性を構成したのが惑星における生物のルーツ。
自ら移動できなかった”彼ら”は他の生物を改造し、「知りたい」という欲求を満たすべく海の外を目指させた。
海の底に残った”彼ら”は地殻変動から逃れられず絶滅してしまったものの、”彼ら”が改造した生物は生き残り、文明を築くことに成功している。

「二月の黎明」を生み出した文明は改造された生物の末裔であり、”彼ら”が与えた「知りたい」「繋がりたい」という欲求が未だに刻まれている。
「二月の黎明」などの探査機を作り出し、外宇宙に送り出したのもこのため。

  • オートボット
最新鋭の家庭用アンドロイド。
各家庭の家電とリンクして家事を代行でき、世界中で大ヒットしている。

SHⅢのAIを元にした高度な人工知能を搭載しており、人間と自然な会話が可能。
これが世界に与えた影響は大きく、宗教上の理由でオートボットの販売を禁じた国や、オートボットに人権を求める運動を起こした団体もあるという。

作中では沢渡家の女性型オートボット「ナナコ」と、河合家の男性型オートボット「デンスケ」が登場している。

サイバトロン星の自警団とは一切関係ない。

  • SHⅢ
2009年に打ち上げられた、人工知能を搭載した観測宇宙衛星。
宇宙を観測し様々な新発見を行ってきたが、30年の運用によって老朽化が進み、SHⅢ自身の提案によって役目を終え、処分されることが決定している。

「二月の黎明」接近の際に彼を発見し、地球まで誘導した。だが、地上にはそれに該当する報告は一切なされていない。

現在、地上で普及している人工知能の殆どはSHⅢの設計をベースにしている。


映画版

冒頭に述べたように、映画化されて2022年10月21日に公開されている。
監督は『PSYCHO-PASS サイコパス3』『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』などの作品に演出・絵コンテとして携わってきた黒川智之、
脚本は『交響詩篇エウレカセブン』『東のエデン』などを手掛けた佐藤大。

主題歌は三浦大知の「いつしか」。

シナリオの大筋は原作と同じだが、
  • 原作漫画から時間が11年ずれており、「二月の黎明」の落着が2021年、物語の開始が2049年になっている
  • 舞台となる阿佐ヶ谷団地の解体が始まっており、終盤それが原作にない「あるアクシデント」に関わってくる
  • 120分の上映時間の関係上、メインである子供たち4人の物語が優先されており、大人たちの描写が減っている。これに伴い、後半~終盤の展開が原作と大筋は同じだが大きく変わっている
  • エピローグにおける、大人になった悠真が宇宙へと飛び立つシーンのカット
などの変更がなされている。
また、原作の絵柄に近いアニメ版『アリスと蔵六』とは逆に、キャラクターデザインも原作者の今井氏の同意のもと大きく変更されており、
原案を『LISTENERS』『デカダンス』などを手掛けたpomodorosa氏が手掛け、それをもとに『おおきく振りかぶって』『弱虫ペダル』などを手掛けた吉田隆彦がデザインを行っている。

改変を行いつつも原作の持ち味を損なっていないシナリオや、「団地の解体」という問題により原作より緊張感の増したラストの展開、
CGを使って幻想的に描かれる虹の根の景色や「二月の黎明」の操る水のコンピューターの描写などから、基本的に評価は高い。
だが、原作読者からは「わかっていたとはいえ、大人たちの活躍が減ったのは寂しい」という声も多い。
また、原作に存在した「いがみ合っていたわこと花香が、未来において和解するかもしれないという希望」を描いたあるシーンが削除されているのも原作読者から惜しまれることが多い。

余談

2022年9月16日には本作と同じく、
「団地が舞台で、重要な役割を果たす」「ジュブナイルSF」という共通点を持つアニメ映画『雨を告げる漂流団地』が公開されている。
制作側もこの一致に乗っかり、『漂流団地』の石田祐康監督と本作の黒川監督の対談を開いている。



私達が 宇宙の中で 強くしなやかに生き続けるためには 何が必要だろう?
おそらくその答えの一つが ”変化できること”だ

未知なるものと出会うこと 外の世界を知ること
そうして出会った みずからとは隔絶した他者を───
どれだけ自分の中に 受け入れることができるかということ

つまり……わかりやすく言えば こうだ


私は 君たちと友達になるために 来たんだよ




追記・修正は滅びゆく「団地」に思いを馳せつつお願いします。

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最終更新:2023年07月21日 17:44

*1 受賞作は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』。

*2 ただしこのスマートタグは子供向けのおもちゃで意図的に出力を落とされており、発信器としては殆ど役に立たず、結局3人はバスで帰宅する花香を自転車で必死に追跡することになった。

*3 田所家が屋上に一番近かったため。

*4 映画版では、花香がわこと一緒にいるところを女子グループの一人に目撃されて「花香と仲がいい」と勘違いされたから。