あぶさん

登録日:2023/08/23(水) 20:06:11
更新日:2025/02/21 Fri 09:56:12
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ピンチヒッター景浦、背番号90。


あぶさんとは、水島新司の野球漫画である。
小学館の「ビッグコミックオリジナル」で1973年から2014年まで連載された。
通算単行本数は108巻(連載分107巻+特別編1巻)。

概要

南海ホークスにテスト入団した打者、景浦(かげうら)安武(やすたけ)選手(通称あぶさん)の活躍を描く。
連載期間は1973年から2014年までの41年間で、スポーツ漫画としては日本最長を誇る。
2018年3月と6月に単発で復活掲載が行われたが、これが水島が最後に発表した新作となった。

「架空の選手が実在のプロ野球球団で活躍する」という設定そのものは当時の野球漫画に準じたものだが、
本作では景浦のみならず他の選手や球団関係者、球場に来た一般人をメインにしたエピソードが多いのも大きな特徴である。
そのため景浦がほとんど登場しないor登場しても2・3コマのみというエピソードも少なくなく、プロ野球シーズン中でも試合のシーンがほとんどない回もあった。
野球漫画では異例となる打撃投手やスコアラー、スカウトに通訳といった「球団職員」と呼ばれる人物にスポットライトを当てたエピソードも多数存在した。
これらは当時実際に南海ホークスに所属しており*1、ドキュメンタリーと言っても過言ではなく、資料としても貴重な存在である。

開始当時は野球と言えば巨人一択の時代で、パ・リーグを舞台にした作品は極めて珍しかった。
そのため連載開始当初からファンのみならず球団関係者にも注目され、「あぶさん」に載ればパ・リーグ選手として一人前と認められていたとか。
金村義明のように自ら脚本を持ち込み「出してほしい」と売り込んだ人も居たほど。

作中の時間軸は現実とほぼ同じで実在選手の境遇も同様だが*2、2004年からパ・リーグにプレーオフ(現:クライマックスシリーズ)が導入されたことからポストシーズン回の制作が難しくなってしまい、実際「日本シリーズ出場の様子を描いたら夢オチだった」という展開も見られた。
また、作者は昔から一貫してメジャーリーグ嫌いで、WBCなどの国際試合についても興味関心がなかったことから、それらに関する描写もほとんど登場しなかった。

なお、水島作品としては対象年齢が非常に高かったこともあり、アニメ化等のメディア展開が一切行われなかった(ビッグコミックオリジナルのCMでアニメが作られたことはある)。
また、水島は晩年「ドカベン スーパースターズ編」等で自身の作品および登場人物をクロスオーバーさせた作品を連載していたが、それらの作品への客演も一切なかった。
例外的には、アーケード/ニンテンドーゲームキューブ/PlayStation2における『激闘プロ野球 水島新司オールスターズ VS プロ野球』*3があり、景浦安武と景浦景虎が出演している。

タイトルは景浦の通称に加えリキュールの「アブサン(absinthe)」に由来する。

作風

本作の作風は「南海時代」と「ダイエー・ソフトバンク時代」の2種に大別される。
南海時代は毎年シーズンオフにトレードや戦力外の話が出て来るのは勿論、
  • 酒がらみの喧嘩で留置場入り
  • 練習先のグラウンドで起きた轢き逃げ事故の犯人を追う
  • 練習試合が引退試合になったとある選手の花道を盛り上げる
  • 引退後ラーメン屋を営む仲間の店で、彼の二つきりのホームランボールを漬け込んだ 二球酒 を振る舞われる
  • 不振に喘ぐ試合後、謎の住職に拉致されて般若湯をいただく
  • 試合中にバッテリー陣が口頭で麻雀をやり出し、そのまま逆転勝利、何故か実況も緑一色等とかましている
  • 仲良くなった女性がヤクザの娘で、その後始末をつけに行くためヤクザの本拠地に単身乗り込む
など、野球漫画とは思えない程渋さ全開かつ硬軟多数取り混ぜたエピソードが多い。
高齢でドラフト外からの入団という経歴故、控えめな年俸額も何度か表現されていた*4

上述のように、ペナントレース推移などの概況は現実のプロ野球に忠実で、そのスタイルがホークスの低迷時代と重なったことから(まっとうなプロスポーツ漫画なら主題になるはずであろう)優勝戦線は遠い雲上の如く本編に少なくなり、例年下位を争うチームの代打が主役という当時類を見ない渋い作風になっていった。
勿論作者の企図できる低迷であるわけもないが、代打景浦のバットをヒロイックに描くだけでは抜け出せないやるせなさ・そこはかとなく漂う諦観ともがく姿がリアルでもあり、大人向けの野球題材として浸透していき『あぶさん』の世界観になっていたと言える。

ところが、福岡に移転して以降はスタッフが変わったこともあってか、一代打だったのがシーズン通しの4番打者と設定そのものが大きく変更。
すでに年齢は40を超え、同期選手(星野仙一、山本浩二、藤原満等)はそのほとんどが現役を引退していたにもかかわらずあぶさんがチート化する。
どんな成績を残したかというと
  • 44歳で三冠王、以降3年連続三冠達成、5年連続で打点・本塁打王
  • 48歳で当時の日本新記録となるシーズン56号本塁打達成
  • オールスターで4打席連続本塁打
  • 60歳になったシーズンに打率4割達成
である*5
このチート化については、当時監督だった田淵幸一が「俺なら景浦をレギュラーで使う」と発言したことから、
当時低迷状態が続いていたダイエーホークスを盛り上げるために作風を変化させたのではないかとも言われている。*6

末期にはストーリーのワンパターン化が著しく、
  • 好調な投手があぶさんを抑えると豪語するが、結局本塁打を打たれてしまう「やっぱりあぶさんはすごい」
  • 打撃不振の打者があぶさんのアドバイスで復活し、「全部あぶさんのおかげです」
と、実在選手があぶさんのダシにされる展開がほとんどだった。
尤もこの時期になると現役選手どころか監督・コーチすらも年下で、あぶさんを現場で叱責する立場の人間が居なくなったことも大きい。
また、メタ的に見ると水島が並行して連載していたドカベンシリーズでも現役選手がダシにされていると解釈できるようなシナリオの展開が増えていったことを指摘する声もあり、本作だけにこのような作風の変化が発生したという訳ではない。
南海時代前半と比べても遥かにトゲトゲしい作風であった『光の小次郎』も連載終盤(本作25~30巻の時期)はトゲを極力払おうとした気配が窺えるなど、水島新司作品総体が大きく変化していたことは間違いない。

強いて言えば、ドカベンシリーズは初期シリーズから超高校生級のスーパースター達が鎬を削る作風で、実在選手と絡むようになるプロ野球編にもほぼそのまま黄金世代扱いで遷移しており、多くのドカベン由来キャラが優遇されて球界の中心にいるのもやむを得ないとみなせる下地があった。
それに対し、華やかな優勝戦線から年余縁遠い 常敗南海 において*7、更に代打という本来は本流の外のポジションに身を置く影のヒーロー面を持ち合わせた景浦安武が、超高齢選手になってから万能のスーパースターに成長してもてはやされる姿には、古参読者の目からも違和感の方が勝ったのである*8

漫画オリジナルの選手数をしぼり、選手・監督達以外の関係者や球界外(一般人)のキャラ・エピソードを増やしたことそのものは、ドカベンシリーズを含む大多数のスポーツ漫画との差別化に成功して超長寿連載に寄与したと思われるが、その形があぶさん1人にスター性を集中させすぎる流れを生み仇となってしまったのは否めない。
水島と交流のあった伊集院光はこれらの作風の変化について「地球が滅びても打席で酒しぶきを噴いている」と述べたうえで、
DH制の導入や本拠地の移転など連載を止めるタイミングを見失い、(作風を変化させながら)連載を続けざるを得なかったことから生じたのではないかと指摘している。

そのため、「連載終了のタイミングを逃したと思う漫画」の代表として今も本作が例に挙がることがある。


登場人物

  • 景浦安武
本作の主人公。新潟県出身。入団から引退までホークス一筋で、背番号は一貫して90。
高校3年の時に地方大会に出場しホームランを打ったが、ランニング中にゲロを吐いてしまった事で飲酒が発覚、母校は出場停止処分に追い込まれた。
その後、高校中退ののち社会人野球で活躍したが、またしても酒のトラブルで退職。
居酒屋「大虎」で飲んでいたところ、高校時代の恩師・岩田鉄五郎に出会い南海にドラフト外で入団した。
物干し竿と呼ばれる長いバットがトレードマークで、無類の酒好きゆえ打席に立つときはバットに酒を噴く「酒しぶき」のパフォーマンスを行う。
当初は代打での登場だったが、1980年代以降は上位打線の一席に座りレギュラーとして定着し覚醒チート化
2009年のシーズン最終戦、62歳で現役引退し、引退の際は福岡ドームで本当にセレモニーが開催された
引退後は2軍助監督に就任し、その後2013年に一軍助監督に昇格したが、成績不振から同シーズン限りで退任。連載もこの退任が最終回となった。
モデルは複数存在し、景浦將、藤村富美男、土井正博、永淵洋三が名にあげられており、容貌は南海時代の同僚だった柏原純一を参考にしているという。
なお、景浦の付けていた背番号90はホークスでも一貫して実在選手が使用したことは無く永久欠番のような扱いだったが、連載終了後の2016年に水島の許可を得たうえでロベルト・スアレスに継承された。現在はあぶさんともプレー経験のある小久保裕紀が着用している。

  • 桂木(景浦)サチ子
景浦が行く居酒屋「大虎」の看板娘で、後の景浦夫人。
誰しもが認める美人で男性からターゲットにされることも多かったが、一貫してあぶさんにしか目が向いていなかった。

  • 景浦景虎
あぶさんの長男。所属球団は大阪近鉄オリックス阪神→ソフトバンク
やんちゃで勝気な性格だが体格に恵まれており、少年野球で頭角を現す。特に投手としての才能が図抜けており、試合で投げればノーヒットノーランがほぼ当たり前というほどだった。
そのため中学時代にドラフトで父親の所属するホークスから指名を受けたのだが、入団挨拶に来た井口資仁選手の説得でこれを翻意し、高校進学を決める。
高校では甲子園に5度出場・2回の優勝という驚異的な記録を見せ、高卒時のドラフトで5球団競合となり、近鉄に入団した。
近鉄では鈴木啓示が付けていた永久欠番の背番号1をつけ、オールスターで9連続奪三振を達成。
近鉄合併後はオリックスに移籍し、ホークス戦で当時誰も出していなかった163km/hを達成している。
2006年に阪神に移籍、2008年にはFAを行使してシアトル・マリナーズへの移籍を固めていたが、父の現役続行を聞いてホークス入り。
ホークス入団後は肩を故障し、指名打者として活躍した。

  • 小林満
あぶさんの義弟。所属球団は日本ハム→南海→ヤクルト西武→ダイエー→阪神→近鉄
元々軟式野球をしていたが、周囲の勧めもあって硬式に切り替える。
1976年にプロ入り。
当初は肩の強さを買われて投手として活躍したが、南海時代の1983年に肩を故障し打者に転向、以降あぶさんと同じ代打として活躍した。
西武時代の1995年にイチローと同率で首位打者を獲得してレギュラーとなるが、この時点で37歳とかなりの遅咲きであった。
2001年に現役を引退し、その後は大阪の中学校で野球部の監督を務めている。
このように首位打者以外は一貫してタイトルとは無縁だったため、水島漫画のオリジナル人物では数少ない常識的な成績の持ち主である。



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YAS(やっぱりあぶさんはすごい)
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最終更新:2025年02月21日 09:56

*1 実際、連載中にビデオ記録担当だった佐野誠三が亡くなっており、彼を追悼するエピソードも掲載されている。

*2 連載開始時南海の選手兼任監督だった野村克也が、南海解任後のロッテ→西武選手時代や引退後のヤクルト・楽天監督時代まで漫画でも描かれる等。

*3 水島キャラの半数以上はドカベンシリーズからだが、マイナー寄りな作品も含め計15作から出演している。

*4 作中、一度ホークスを自由契約になりテスト生から再入団するのだが、その翌年頃までは具体的な数字が比較的多い。

*5 まともに査定すれば国内最高クラスの契約でなければならず、そうした印象を避けるためか、年俸表現も非常に抽象的に変わっていった。

*6 南海時代にも代打だけで落合博満と本塁打王争いをする等の描写が見られたが。

*7 もっとも連載開始年1973年の南海は前期優勝・日本シリーズ進出しており、五強一弱時代とはやはり隔たりがある。

*8 折しも現実のホークス自体が強豪化していき、良くも悪くも南海時代とは球団に抱くイメージが全く変わったのもこれらの変化と無縁ではないだろう。