テンジンショウグン(競走馬)

登録日:2024/04/16 Tue 15:14:18
更新日:2025/04/17 Thu 17:15:41
所要時間:約 6 分で読めます




驚きましたテンジンショウグンです!!!

テンジンショウグンです!!

もう一度言いますテンジンショウグン!!!!!

ラジオたんぱ小林雅巳アナウンサー

テンジンショウグン(Tenjin Shogun)は、日本の元競走馬。「穴男」江田照男のお手馬の1頭である。

【データ】

性別:牡
毛色:黒鹿毛
誕生:1990年4月14日
死没:2018年12月7日
享年:28歳
父:ノーアテンション
母:シュアンス
母父:ダンディルート
調教師:矢野照正(美浦)
主戦騎手:江田照男(51戦中20回騎乗)
馬主:株式会社テンジン
生産者:川島牧場
産地:北海道新冠町
獲得賞金:2億450万6000円
通算成績:51戦8勝(うち障害競走6戦2勝) [8-4-1-38]

【血統】

ノーアテンションはフランスの長距離・ハードル競走などで活躍したニジンスキー系のステイヤー。産駒には天皇賞2勝・菊花賞馬のスーパークリーク、天皇賞春2着のミスターアダムスとスタミナ自慢が目立つ。
シュアンスは6戦未勝利だが岡部幸雄を鞍上に迎えたことのある素質馬。半弟に新潟記念優勝・皐月賞4着のブラックスキーがいる。
繁殖牝馬としては優秀で、1番・2番仔が勝ち上がると、本馬の2歳上にあたる3番仔シャコーグレイドはOP優勝のほか皐月賞2着・GⅡ2着3回を記録した。9番仔スチュードベーカーは障害OP勝ち馬である。
母の父ダンディルートはフランスのマイル重賞馬。「インター」の松岡正雄と「トウショウ」の藤田正明の共同所有馬であり、日本で種牡馬入りした。コンスタントに活躍馬を出し、孫にマイルCS連覇ダイタクヘリオスや桜花賞馬シスタートウショウがいる。21世紀にはウオッカなどの血統に名が見られる。

【誕生】

1990年4月14日に母シュアンスと同じ川島牧場で誕生した。黒鹿毛の5番仔は半兄シャコーグレイドよりも高い評価であったという。なお川島牧場は小倉サマージャンプ勝ち馬ドングラシアスなど現在でも活躍馬を出している。

株式会社テンジンに所有され、繰り上がりの天皇賞馬プレクラスニーや半兄シャコーグレイドを管理した美浦の矢野照正厩舎でデビューすることになる。

【競走馬時代】

2歳~4歳前半・長い条件馬時代

1992年8月16日に新潟の新馬戦・芝1200mでデビューする。半兄シャコーグレイドの復活劇に一躍買った江田照男を鞍上に迎え、評判通り2番人気に推されると、2着に3馬身半差つけて快勝した。

3歳初戦の京成杯で重賞初挑戦も、全くいいところがなく、10着ブービー負けした。その後3歳シーズンは5戦未勝利に終わり、クラシックどころか重賞出走すらできず、シャコーグレイドには程遠い戦績だった。
一方でテンジン所有馬のロイスアンドロイスが未勝利でGⅡ青葉賞に挑んだり、セントライト記念2着後に1勝馬の身分で菊花賞に挑む姿が注目されていた。

4歳になりこれまたシャコーグレイドに数多く騎乗した経験のある柴田善臣を迎えると、初戦を2着、その後2連勝と調子を上げてきた。
4歳10戦目の日本海Sで久々に勝利すると、江田照男を再度迎えたオクトーバーSで東京・芝2300mのコースレコードと共に勝利し、実に19戦目でOP入りしたのだった。2300m戦は現在年2回しか開催されないので影が薄いけど。
どちらかというとロイスアンドロイスがオールカマー・天皇賞(秋)・ジャパンCで強豪相手に3連続3着している方が注目されていた。

5歳~6歳・じわじわとしたOP時代

9か月ぶりの吾妻小富士OPで復帰したが13着、5歳シーズンは6戦未勝利でオールカマー5着がやっとの厳しい状況だった。
6歳シーズンは8戦してまた未勝利だった。しかし単勝287倍11番人気で日経賞3着、メトロポリタンS半馬身差2着と長い距離で好走を見せていた。ロイスアンドロイスやエリザベス女王杯勝ち馬サクラキャンドルに先着しており、じわじわと成長していたのだった。

7歳・障害競走へ

6歳で芝6戦したが前年のような走りはなくメトロポリタンSを殿負けし、武蔵野Sでダートを経験するとOP21連敗で見切りをつけられ障害競走へと転向していった。この間にロイスアンドロイスは腸捻転で急死している。
3月にはテンジン所有馬のワシントンカラーがクリスタルCで重賞初制覇、秋には重賞2勝目と、もはやテンジンショウグンには注目の目はなかった。

テンジンショウグンはそれに反発するかのように、障害競走初戦で4着、次に2着するとその後勝利し、ステイヤー血統の意地を見せた。

8歳・障害競走も厳しい…

8歳初戦を勝つも、東京障害特別(春)で競走中止を経験、次走は9着と振るわなかった。3月から障害競走の開催が東京から中山に移ると、大きなバンケットが向いていないと判断され、久々に平地へと戻った。

出走となったのは3年連続出走となる日経賞だった。陣営はブリンカーを着けてどうにか向上を図るも、調教では全く走らず。障害競走中止になった時に連れ帰ってもらった獣医に嚙み付くなど、肉体的にも精神的にも限界が来ていた。

競馬ファンが全く期待していない中、1998年3月29日、日経賞の日がやってきた。鞍上は江田照男であった。

第46回・日経賞

このレースの1番人気は時の中山巧者ローゼンカバリーだった。中山競馬場で重賞2勝、前年には有馬記念4着など一線級の古馬である。前走中山記念2着とよい仕上がりだった。
2番人気は前年セントライト記念・菊花賞2着のダイワオーシュウ、3番人気は同じく4歳馬で青葉賞1着のほか長距離で好成績のトキオエクセレント、4番人気は柴田善臣が太鼓判を押すキラージョーだった。
5番人気は4戦連続2着のステイゴールドや2戦連続2着マウンテンストーン、長距離重賞3勝ユウセンショウと明らかに格上揃い。中山大障害へのステップとして出走してきた障害6連勝中のアワパラゴンと豪華なメンバーだ。

テンジンショウグンは下から数えた方が早いだろう、障害でダメダメだしと買う要素はどこにもなく、ダントツ最低人気の12番人気・単勝355.7倍だった。
しいて言うなら矢野調教師が「以前、平地を走っていた頃よりデキはいいんだ」とコメントしたことのみだ。
鞍上の江田照男は重賞騎乗2戦目の新潟記念で14番人気サファリオリーブで勝利する穴騎手だったが、4年間重賞未勝利が続き、1998年3月末で3勝・重賞騎乗がこれで4度目と厳しい状況にあったのもマイナスポイントだった。

しかし!白富士Sを単勝134.6倍のマイネルナポレオンで優勝、スプリングSを単勝74.4倍のセイクビゼンで2着するなど決して侮ってはならない…存在だったりしていた。

さて矢野調教師もとりあえず障害の叩きでいいわ、という感じなので「どうせ(レースのペースに)ついていけないから、最初は障害のペースで走ればいい」「(賞金が出る)8着に入ってくれ」という指示を出し、江田照男は後方からとりあえずついていこうという競馬を選ぶことになる。

ショウナンアクティとアワパラゴンの2頭がスローで引っ張る中、最内枠から外目の後方2番手に控える。トキオエクセレントとローゼンカバリーが3コーナーで早仕掛けしたことでレースはじわじわと、消耗戦へと移っていく。
テンジンショウグンも3コーナーで大外から上がっていと江田照男がビックリするぐらいすごい手応えである。

直線に入っても勢いは止まらずロングスパートでローゼンカバリーを捉えた!更に人気薄が突っ込んできてローゼンカバリーはもう一杯。観客席から悲鳴が上がる中実況席にも悲鳴が上がったのだ。

そして外からはなんと!テンジンショウグンが絡んでくる!!

テンジンショウグン絡んでかわした!!かわしたぁぁっ!!!

先頭はっ!テンジンショウグン!!

2番手も危ないぞローゼン!!2着変わったぁ!!

勝ったのはなんと!テンジンショウグン!!!!!

間違いなく勝ったのは、テンジンショウグン!!!!!

フジテレビ・青嶋達也アナウンサー


テンジンショウグンは1馬身1/4の差をつけて1着でゴール、8歳にして、半兄シャコーグレイドのなしえなかった、重賞勝利を成し遂げたのだった。2着には単勝39.3倍の7番人気シグナスヒーローが入った。シグナスヒーローは1年ぶりのレースで振るわずの状態だったが、中山で2勝・重賞2着2回とまだ買えたのだが…。

サンドピアリスの勝った1989年エリザベス女王杯の43,060円に次ぐ重賞史上2位の35,570円には小林雅巳アナウンサーもビックリした。
しかしそれ以上に馬連が恐ろしかった。213,770円である。2024年現在でも歴代1位、馬連配当が20万円を超えた唯一つの重賞である。

スローペースのなかで差し切り勝ち、勝ちタイム2:34.4は前年の有馬記念より早いものだった。決してまぐれではなく、実力で勝ったものだが…競馬場にいた全員が呆然としてしまう。

江田照男は「4コーナーの手応えも絶好で、これは勝っちゃうなという感じでした。厩舎関係者から状態はいいと聞いていましたが、まさか勝つとは…。自分でもビックリですよ…」と勝ったのにドン引きした。
3着ローゼンカバリーの横山典弘は「まさか江田がかわしていくとは…。障害馬に負けちゃうんだからね。これからは障害練習が必要なのかな」と冗談交じりにコメントするのがやっとだった。

その後

NHKの全国放送「おはよう日本」は、テンジンショウグンの天皇出走の当週に、美浦のトレセンに生中継のためスタッフを派遣し、テンジンショウグンを「中年の星」として全国的に紹介した。そして江田照男も全国放送され、穴男として広く認知されることとなった。ディープインパクトハルウララ以前にこれほど取り上げられた馬は数少ないだろう。

残念ながら天皇賞は14頭中11着、その後3戦未勝利、アルゼンチン共和国杯で殿負けしターフを去った。
通算51戦8勝、掲示板に入ること17回と勝つか負けるかの馬だったが、振り返ってみれば2億450万6000円も稼いでいた。

引退後は馬事公苑に移動、その後警視庁の騎馬隊に入り、「新志」という名で儀仗警備や交通安全教育、交通誘導、皇居周辺の警備、警察官の教育などに従事した。障害競走での落馬事件以外大人しかったテンジンショウグンには天職だったろう。おそらくNHKの全国放送でスポットライトを浴びたからなれたのだろう。

2012年8月に騎馬隊も卒業し、新ひだか町の養老牧場・ローリングエッグスクラブステーブルでビコーペガサスらと余生を過ごした。2018年12月7日に28歳で死去。シャコーグレイドも26歳まで生き、長生きした名兄弟だった。

江田照男のその後の活躍は多くあり語り切れないが、2012年3月の日経賞をピックアップする。
クラシック準二冠馬ウインバリアシオンなどを相手に14頭中12番人気のネコパンチで逃げ切ったのだ。3馬身半を付ける快勝は単勝16,710円とまたもファンを驚かせた。
その勝利インタビューでは「にゃー」のポーズをし、余裕を見せた江田照男の姿を、テンジンショウグンをほほえましく思っただろうか。

そして2012年6月14日に放送された「マツコ&有吉の怒り新党」の新・3大○○調査会のコーナーで『新三大"江田照男騎手の大穴レース"』としてテンジンショウグンの活躍がまたも取り上げられた。

時は流れテンジンショウグンの母シュアンスの玄孫・カワキタレブリーが2022年・NHKマイルカップで18番人気ながら3着に入るなど、牝系は今も続いている。


江田照男~♪追記・修正~♪テンジンショウグン~♪

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最終更新:2025年04月17日 17:15