登録日:2025/08/31 Sun 21:17:00
更新日:2026/08/19 Wed 15:25:03
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TUBEとは、1985年にビーイングとCBS・ソニー(現:
ソニー・ミュージックエンタテインメント)とのタッグによりデビューした日本のバンドである。
所属事務所はぐあんばーる→ホワイトエージェンシー(ぐあんばーる管轄の個人事務所)。
所属レーベルはソニーミュージックのCBS・ソニー(現:Sony Records、1985年~2001年まで)→Sony Music Associated Records。
概要
「シーズン・イン・ザ・サン」、「あー夏休み」をはじめとした様々な夏ソングを世に出しており、故に
「夏バンド」の異名を持つ。
また夏故に海のイメージも強く、MVでは海でロケを行うことも多い。
しかし実は、メンバー全員神奈川県座間市・同県厚木市、東京都町田市と海に接していない市の出身。
デビューから暫くは夏のみに限らず冬にも活動していたが、売上や需要などを客観的に見た結果、90年代以降は夏のみの活動に絞った経緯がある。しかし2010年や2015年等ごく稀に秋冬にシングルをリリースしたこともある。
ちなみに夏以外だと各々ソロ活動を行っている。
名前の由来はサーフィン用語の「
チューブライディング」から。名付け親は彼らのプロデューサーである長戸大幸である。
元々は「パイプライン」という名前で同名のサーフィン用語から由来しており、こちらも同じく長戸が付けたが、彼の知人に「今はパイプラインをチューブというんですよ」と指摘され、メジャーデビューに伴いTUBEに改名させた。
しかしながら、デビュー直前に何故か東芝グループのクレームにより再度「The TUBE」と再度改名させられ、そのことに対しメンバー達は抵抗感があったが上からの圧力によりどうすることもできなかった。
こうしてThe TUBEとしてデビューすることになったが、
北海道文化放送の番組にゲスト出演した際、姓名判断士に「画数が悪い、
名前の"The"を取ればバンドは良い方向へ向かう」と指摘を受けたため、翌年1986年には晴れてTUBEという名前で活動することになった。
なお、同じく夏バンドとして「サザンオールスターズ」との類似点が挙げられやすいが、ボーカルの前田自身彼らの事を意識しておりメジャーデビュー前のオーディションでは彼らの曲を歌ったことがある。更に「サザンオールスターズがいなかったら、バンドをやっていなかった」と告白している。
そのうえサザンのスペシャル番組にて同バンドのボーカル・桑田佳祐が取っておきの曲として「シーズン・イン・ザ・サン」を歌う場面があり、彼らもこのグループを意識しているかのような発言をしている。
元はアイドルバンドとして売り出しており、その背景にはアイドルバンドとして売り出された「チェッカーズ」の大ブレイクがある。
チェッカーズが大ブレイクした1984年以降、その成功に肖るかのように様々な芸能事務所やレコード会社が若いバンドマンをアイドルに仕立て上げデビューさせていった。
無論、デビュー時の平均年齢は19歳とバンドマンとしては若く、平均的に見てルックスの高いTUBEもデビューから暫くはアイドル売りを行っており、明星やPOTATOなどのアイドル誌に何度も掲載されたり、その中身はクリスマスのデートプランを紹介するなど音楽とは全くかけ離れた記事ばかりだったり、デビューしたばかりの無名のバンドマンという立場故か全然カメラに映らず扱いは悪かったもののアイドルだらけの大運動会や水泳大会に参加したりしたこともある。
本人達はこの扱いに疑問を感じたものの、とにかく与えられた仕事は全力でこなそうという精神で次々とこなしていった。
様々な事情でチェッカーズフォロワーなアイドルバンドが僅か数年で解散していき、その後同じソニー系等から次々現れ一世を風靡した80年代後期ブレイク組バンド達も、90年代中盤には活動休止・解散が相次いだものの(一部は21世紀に復活)、
そんな中で彼らが数十年以上も長くメンバーチェンジもなく続けているのは、曲に恵まれたということだけでなく決してイヤイヤにならず謙虚に仕事をこなしていく姿勢もあったと思われる。
来歴
まだ高校生であったボーカルの前田はビーイングの事務所に通いつつ、神奈川県内のライブハウスで活動していた。
そして前田の友人でベースの角野と、角野が所属する高校の軽音楽部の後輩でドラムの松本が音楽活動の件等で前田と意気投合する。
1984年ビーイング主催の「シルクロード音楽祭」に出場、ベストギタリスト賞を獲得したギターの春畑は前田達と出会いそのまま意気投合し、メジャーデビューを前提としたアマチュアバンド「パイプライン」を結成。
神奈川県内のライブハウスで活動していく中で、ビーイングの人間に促されたこともあり同事務所入りをかけたオーディションに参加し合格。そのうえソニーミュージックからメジャーデビューすることとなった。
デビュー曲はどうしようかとメンバー全員話し合いをしていたが、既にプロ作詞家達が手がけた楽曲が用意されており、彼らに有無を言わせずその曲でデビューすることとなった。
こうして1985年6月1日、ソニーミュージックから「ベストセラー・サマー」でデビュー。この時にグループ名を「The TUBE」に改名している。
売れ行きもそこそこだったようで、様々な雑誌やラジオ番組、「夜のヒットスタジオ」や「ザ・トップテン」等の人気音楽番組にも出演することができた。
こうしてまずまずな出だしを見せ、そのままの勢いで「ベストセラー・サマー」と同じコンビが手掛けた「センチメンタルに首ったけ」を10月にリリース。
しかしこちらはオリコン最高位が64位といきなり大コケさせてしまい、その結果下半期のメディア仕事がほぼ皆無となってしまう。
そのうえ解散の話も持ち上がってしまい、デビュー1年未満にして大きなピンチに陥ってしまった。
そうこうしているうちに1986年4月21日に3枚目のシングル「シーズン・イン・ザ・サン」をリリース。なお、北海道の番組で出会った姓名判断士の助言もあってこの時点で「TUBE」と改名している。
この楽曲はビーイングのシンガーソングライターの亜蘭知子と織田哲郎のタッグにより作られたもので、もしこの曲がヒットしなければ解散ということになっていた。
そして肝心の売上だが、オリコン最高位が6位、30万枚を超える大ヒットと今まで出したシングル曲の中で1番高い記録を出した。「ザ・ベストテン」などの音楽番組で1位にランクインするなど今まで以上に人気が高まっていき、彼らの知名度も更に大きく上げさせることができた。
こうして無事大ヒットしたおかげで、バンドの活動を継続することができたのだった。
1987年には前田の歌唱力、春畑のギターセンスを長戸に見込まれたのかそれぞれのソロアルバムが同時発売された。
そして5枚目に発売された「SUMMER DREAM」もヒットしたことにより、メンバーの中で夏をテーマとした曲の方がウケがいいと気付き、以後夏ソングへと注力していくこととなる。
こうして順調に活動していく中、1988年5月23日、角野が高速道路にて交通事故を起こし自身は1ヶ月入院を要するほどの重傷、しかも助手席に乗っていた結婚を前提に付き合っていた交際相手を亡くすという最悪の事態を引き起こしてしまう。
警察の現場検証等により危険運転ではないことが判明したため、書類送検のみで留まったが、当の本人は大きなショックを受けておりこのままグループを脱退、芸能界引退を考えていた。
しかし交際相手の遺族が音楽活動を続けて欲しいと強くエールを送ったことにより、1989年5月に復帰を果たした。
そして9枚目のシングル「SUMMER CITY」からは作詞は前田亘輝、作曲は春畑道哉のコンビで行うようになった。
以後、夏のバンドとして確立し末永く活動をし続けていく。
近年では2014年にYouTubeチャンネル、X(旧:Twitter)アカウント、2022年にTikTokアカウントを開設。
また前田と春畑もそれぞれXのアカウントを開設している。
2024年以降は
GACKTやDA PUMP等の人気アーティストとのコラボも行うようになった。
メンバー
前田亘輝
1965年4月23日生まれ。神奈川県厚木市出身。
ボーカル担当でこのグループのリーダーでもあり、1989年から全シングルの作詞を手掛けるようになった。
結成前は浜田麻里のコンサート警備や、LOUDNESSのローディーを行っていた。
デビューシングルから既にハスキーで力強い歌声を確立しており、それがより夏らしさを引き立たせている。
またあまり知られてないが
日本で初めてのスポーツイベントにおける国歌独唱を担った結構すごい人。
1997年に女優の飯島直子と結婚していたが、その4年後の2001年に離婚している。
『
週刊少年ジャンプ』の愛読者で、まだ『
こち亀』が連載開始する前から読み続けている。
故に同誌の作品である『
NARUTO‐ナルト‐』の映画作品「劇場版 NARUTO -ナルト- 大激突!幻の地底遺跡だってばよ」の主題歌タイアップが決まった時は非常に喜んだという。
春畑道哉
1966年11月5日生まれ。東京都町田市出身。
幼稚園の頃から自身の意思でピアノを嗜んでおり、中学生になってバンドを組み始めた際、ピアノの経験を活かしてキーボードを担当していたが、全く目立たない端っこのポジションにいることが不満だったのでより目立ちやすいギターに転向し今に至る。
1989年から全シングルの作曲を手掛けるようになった。
日本人アーティストで初めてアメリカの楽器メーカー「FENDER」と専属契約を結んでおり、後に同社で春畑モデルのギターが発売されている。
ギターの才能は非常に高く、これまでにJリーグオフィシャルテーマソングやフジテレビ野球中継テーマ曲を手掛けてきた。
また実はメンバーの中で唯一タトゥーを入れている。前田「カッコつけやがって、俺達はTUBEだぞ?」
角野秀行
1965年7月6日生まれ。神奈川県座間市出身。
ベース担当。帽子がトレードマーク。
中学生時代はギターを嗜んでいたが、友人が自分よりも性能のいいギターを所有し始めたことと、ベースに前々から興味があったことでベースに鞍替えした。
2016年7月からレディオ湘南にて「角野秀行のRIDE ON!」という
ラジオ番組を担当することになる。
松本玲二
1966年5月30日生まれ。神奈川県座間市出身。
ドラム担当。
名前の読み方は「れいじ」ではなく「りょうじ」であり、初見では一発で読めないだろう。
幼稚園の頃からギター教室に通いギターを嗜む。その後15歳の時に初めてバンドを組むこととなり、ドラムを担当する人がいなかったためドラムを始める。
バンド活動の他にドライバーとしても活動しており、モータースポーツライセンス(国際A級)を所持している。
また自身がプロデュースする居酒屋を大和市にオープンさせた。
主な楽曲
ベストセラー・サマー
デビュー曲。キリンビールのCMタイアップソングであり、暫くリリースされた楽曲はキリンのCMソングになっている。
海をバックにメンバー達が車の近くでポーズを取っているジャケ写、白い背景にメンバーが立っているだけのジャケ写と2種類存在している。そのうち後者のジャケ写の衣装は白と青のストライプとあまりにもダサすぎるものである。
センチメンタルに首ったけ
デビュー曲に続き同じ作家でアイドル性の強い物を出したものの、
大コケしてしまい楽曲としてのアイドル路線を早々と終わらせたきっかけとなった曲。
この曲の特筆すべき点はMVがあまりにもダサすぎてどのようなコンセプトの作品なのか全く分からないことだろう。
サーフボードに見立てて春畑に運ばれる角野のシーンや、
銭湯で何故かサーフィンのパドリングの練習をするシーン等意味不明なシーンがとことん詰め込まれている。そしてメンバー全員
「もう二度と見たくない」と言わしめる程、
黒歴史認定を食らってしまったのであった。
そしてそのメンバー認定の黒歴史MVは某大手動画サイトで全編見ることかできる。
ちなみに共に1985年に放送された作品である『
巨獣特捜ジャスピオン』のジャスピオンや『
電撃戦隊チェンジマン』の
チェンジドラゴンのお面が小道具として使われおり、結果的にこのMVがいつ頃撮られたのか特オタなら容易に把握することができる。
シーズン・イン・ザ・サン
前作がコケてしまい後がないという時に生まれた楽曲。
織田哲郎がシングルとしては初めてTUBEに楽曲提供した曲で、この作品のヒットにより暫く彼の作り上げた曲でシングルリリースすることとなる。
ちなみにこの曲がコケたら解散という絶体絶命のピンチに立たされているからか、メンバーも気合いが入っており何度も曲の書き直しを頼んだという。
SUMMER CITY
シングル曲として初めてメンバーが作り上げた楽曲で、以後織田を初めとしたビーイングの作家の元から離れるかのようにほぼ全ての楽曲は前田・春畑コンビで作られていくようになった。
あー夏休み
JTのCMソング。
元は「N・A・T・S・U」という曲をリリースしようと考えていたが、長戸から独自性が無さすぎると強く反対され、以後彼から書き直しを命じられようやく完成したという経緯がある。
歌謡曲臭が強くメンバー達もタイトル含めダサいと感じており、特に角野は脱退を本気で検討していたが、曲のヒットによりそのまま残り続けることとなる。
ちなみにシングル曲になるはずだった「N・A・T・S・U」は同名のアルバムに入れることになった。
夏を待ちきれなくて
TBS系列で放送されていた「ムーブ」のエンディングテーマ。
初めてオリコンチャートで1位を取れた曲であり、この曲のヒットにより
NHK紅白歌合戦に初めて出場することができた。
夏を抱きしめて
トヨタのカローラセレスのCMソング。
94万枚のヒットを記録し、現在のところシングル曲の中では一番売れた曲である。
TUBEと同年にソニーミュージックからデビューした米米CLUBの金管楽器担当メンバーがサポートミュージシャンで参加している楽曲の1つ。
きっと どこかで
明石家さんまと広末涼子が主演のフジテレビ系列で放送された『世界で一番パパが好き』の主題歌。この曲のヒットにより2度目の紅白出場が決まった。
NHKの「明石家紅白」で明石家さんま絡みの作品いうことがありこの曲を披露した。
余談
『
新テニスの王子様』には、前田をモチーフとしたM・ノブテール、春畑をモチーフとしたM・ハルハータという名のキャラが登場している。
実は前田が『新テニ』の作者の許斐剛氏と親交があり、「今度南国の代表のキャラクターで登場させてほしい」と直談判した結果によるものである。
ちなみに件のキャラクターたちは
ツベ共和国という架空の国の人物という設定であるが、ツベはもしかしなくともTUBEからきている。
そしてセリフがすべてパピプペポのカオス仕様になっている。
おまけに
バリッバリの悪役だが、普通のキャラにする予定だったところTUBE側が「
どうせ一回きりのゲストなら悪役として爪痕を残したい」と要望したとのこと。
アニメ化した際には声優の担当やキャラソンのリリースまですることを快く約束していたが、
いざアニメ化した際にはエピソードまるごとカットされてしまった。
『ザ・トップテン』に初出演した1985年8月12日。この日は奇しくも「日本航空123便墜落事故」が発生した日であった。
事故が発生したばかりということもあり番組の合間にニュース速報が差し込まれており、彼らはこの日の放送でデビュー曲紹介からの自己紹介を経て曲披露をすることとなっていたが、上記の煽りを受けデビュー曲紹介のみに留まってしまった。
しかし翌月16日にデビュー曲がトップテン入りすることができたため、再び出演することができ、メンバー全員の自己紹介を経てデビュー曲を披露することができた。
夏に追記修正お願いします。
- 熱闘甲子園のOPED「傷だらけのhero」と「夏よありがとう」の組み合わせが好きすぎる -- 名無しさん (2025-08-31 21:55:02)
- 夏の終わりに立つとは粋だねえ。 -- 名無しさん (2025-09-01 05:56:45)
- 北海道文化放送がラジオ…?と一瞬止まったがUHBだからテレビやないかい!(道民並感) Air-Gとかnorthwaveじゃなくて? -- 名無しさん (2025-09-01 20:30:18)
- 夏には必ずランキング入りしてるよな -- 名無しさん (2025-09-01 23:26:12)
- サザンを意識してるというか、彼らのデビューした時期が当のサザンが原由子産休でしばらくバンド活動休止をアナウンスしてた時期なので⋯ -- 名無しさん (2025-09-02 14:10:03)
- 母親が好きで子供の頃よく聴いてた。前田さんいつのまにか還暦でびっくり -- 名無しさん (2025-09-03 15:22:32)
- 野球とサッカーという2大スポーツに貢献してるギタリスト、春畑道哉 -- 名無しさん (2025-09-05 01:42:29)
最終更新:2026年08月19日 15:25