登録日:2025/08/31 Sun 21:17:00
更新日:2025/09/01 Mon 01:19:51NEW!
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TUBEとは、1985年にビーイングとソニーミュージックとのタッグによりデビューした日本のバンドである。
【概要】
「シーズン・イン・ザ・サン」、「あー夏休み」をはじめとした様々な夏ソングを世に出しており、故に「夏バンド」の異名を持つ。
デビューから暫くは夏のみに限らず冬にも活動していたが、売上や需要などを客観的に見た結果、90年代以降は夏のみの活動に絞った経緯がある。
しかし2010年や2015年等ごく稀に秋冬にシングルをリリースしたこともある。
ちなみに夏以外だと各々ソロ活動を行っている。
また夏故に海のイメージも強く、MVでは海でのロケも多い。が、メンバー全員座間市や厚木市、町田市と海に接してない市町村の出身である。
名前の由来はサーフィン用語の「チューブライディング」から。名付け親は彼らのプロデューサーである長戸大幸である。
元々は「パイプライン」という名前で同名のサーフィン用語から由来しており、こちらも同じく長戸が付けたが、彼の知人に「今はパイプラインをチューブというんですよ」と指摘され、メジャーデビューに伴いTUBEに改名させた。
しかしながら、デビュー直前に何故か東芝グループのクレームにより再度「The TUBE」と再度改名させられ、そのことに対しメンバー達は抵抗感があったが上からの圧力によりどうすることもできなかった。
こうしてThe TUBEとしてデビューすることになったが、
北海道文化放送の番組にゲスト出演した際、姓名判断士により「画数が悪い、名前の"The"を取ればバンドは良い方向へ向かう」と指摘を受けたため、翌年1986年には晴れてTUBEとしての名前で活動することになった。
なお、同じく夏バンドとして「サザンオールスターズ」の類似点が挙げられやすいが、ボーカルの前田自身彼らの事を意識しておりメジャーデビュー前のオーディションでは彼らの曲を歌ったことがあり、更に「サザンオールスターズがいなかったら、バンドをやっていなかった」と告白している。
そのうえサザンのスペシャル番組にてボーカル桑田佳祐が取っておきの曲として「シーズン・イン・ザ・サン」を歌う場面があり、彼らもこのグループを意識しているかのような発言をしている。
【来歴】
ボーカルの前田はビーイングの事務所に通いつつ、神奈川県内のライブハウスで活動していた。そして彼の友人でベースの角野と、角野が所属する高校の軽音楽部の後輩でドラムの松本が音楽活動の件等で前田と意気投合する。
1984年ビーイング主催の音楽「シルクロード音楽祭」に出場し、ベストギタリスト賞を獲得したギターの春畑は前田達と出会いそのまま意気投合し、メジャーデビューを前提としたアマチュアバンド「パイプライン」を結成。
神奈川県内のライブハウスで活動していく中で、ビーイングの人間に促されたこともありビーイング入りをかけたオーディションに参加し合格。そのうえソニーミュージックからメジャーデビューすることとなった。
デビュー曲はどうしようかとメンバー全員話し合いをしていたが、既にプロ作詞家達が手がけた楽曲が用意されており、彼らの有無を言わせずその曲でデビューすることとなった。
こうして1985年6月1日、ソニーミュージックから「ベストセラー・サマー」でデビュー。この時にグループ名を「The TUBE」に改名している。
売れ行きもそこそこだったようで、様々な雑誌やラジオ番組、「夜のヒットスタジオ」や「ザ・トップテン」等の人気音楽番組にも出演することができた。
こうしてまずまずな出だしを見せ、そのままの勢いで「ベストセラー・サマー」と同じコンビが手掛けた「センチメンタルに首ったけ」を10月にリリース。しかしこちらはオリコン最高位が64位といきなり大コケさせてしまい、その結果下半期のメディア仕事がほぼ皆無となってしまう。
そのうえ解散の話も持ち上がってしまい、デビュー1年未満にして大きなピンチに陥ってしまった。
そうこうしているうちに1986年4月21日に3枚目のシングル「シーズン・イン・ザ・サン」をリリース。なお、北海道のラジオ番組で出会った姓名判断士の助言もあってこの時点で「TUBE」と改名している。
この楽曲はビーイングのシンガーソングライターの亜蘭知子と織田哲郎のタッグにより作られたもので、もしこの曲がヒットしなければ解散ということになっていた。
そして肝心の売上だが、オリコン最高位が6位、30万枚を超える大ヒットと今まで出したシングル曲の中で1番高い記録を出した。「ザ・ベストテン」などの音楽番組で1位にランクインするなど今まで以上に人気が高まっていき、彼らの知名度も更に大きく上げさせることができた。
こうして無事大ヒットしたことによりバンドの活動を継続することができたのである。
1987年には前田の歌唱力、春畑のギターセンスを長戸に見込まれたのかそれぞれのソロアルバムが同時発売された。
そして5枚目に発売された「SUMMER DREAM」もヒットしたことにより、メンバーの中で夏をテーマとした曲の方がウケがいいと気付き、以後夏ソングを注力していくこととなる。
こうして順調に活動していく中、1988年5月23日、角野が高速道路にて交通事故を起こし自身は1ヶ月入院を要するほどの重傷、助手席に乗っていた彼女を亡くしてしまうという
最悪の事態を引き起こしてしまう。しかもその彼女は結婚を前提に付き合っていたのであった。
警察の現場検証等により危険運転では無いことが判明したため、書類送検のみで留まったが、当の本人は大きなショックを受けておりこのままグループを脱退、芸能界引退を考えていた。
しかし彼女の遺族が音楽活動を続けて欲しいと強くエールを送ったことにより、1989年5月に復帰を果たした。
そして9枚目のシングル「SUMMER CITY」からは作詞は前田亘輝、作曲は春畑道哉のコンビで行うようになった。
以後、夏のバンドとして確立し末永く活動をし続けていく。
2024年以降は
GACKTやDA PUMP等の人気アーティストとのコラボも行うようになった。
【メンバー】
前田亘輝
1965年4月23日生まれ。
神奈川県厚木市出身。
ボーカル担当でこのグループのリーダーでもあり、1989年から全シングルの作詞を手掛けるようになった。
結成前は浜田麻里のコンサート警備や、LOUDNESSのローディーを行っていた。
デビューシングルから既にハスキーで力強い歌声を確立しており、それがより夏らしさを引き立たせている。
あまり知られてないが
日本で初めてのスポーツイベントにおける国歌独唱を行った人物である。
1997年に女優の飯島直子と結婚していたが、その4年後の2001年に離婚している。
週刊少年ジャンプの愛読者で、まだ
こち亀が連載開始する前から読み続けている。
故に同誌の作品である
NARUTO‐ナルト‐の映画作品「劇場版 NARUTO -ナルト- 大激突!幻の地底遺跡だってばよ」の主題歌タイアップが決まった時は非常に喜んだという。
春畑道哉
1966年11月5日生まれ。
東京都町田市出身。
ギター担当で1989年から全シングルの作曲を手掛けるようになった。
何気にメンバーの中で唯一タトゥーを入れてる。
前田「カッコつけやがって、俺達はTUBEだぞ?」
幼稚園の頃から自身の意思でピアノを嗜んでおり、中学生になってバンドを組み始めた際、ピアノの経験を活かしてキーボードを担当していたが、全く目立たない端っこのポジションにいることが不満だったのでより目立ちやすいギターに転向した。
日本人アーティストで初めてアメリカの楽器メーカー「FENDER」と専属契約を結んでおり、後に同社で彼モデルのギターが発売されている。
ギターの才能は非常に高く、これまでにJリーグオフィシャルテーマソングやフジテレビ野球中継テーマ曲を手掛けてきた。
角野秀行
1965年7月6日生まれ。神奈川県座間市出身。
ベース担当。
帽子がトレードマークである。
中学生時代はギターを嗜んでいたが、友人が自分よりも性能のいいギターを所有し始めたことと、ベースに前々から興味があったことでベースに鞍替えした。
2016年7月からレディオ湘南にて「角野秀行のRIDE ON!」というラジオ番組を担当することになる。
松本玲二
1966年5月30日生まれ。神奈川県座間市出身。
ドラム担当。
幼稚園の頃からギター教室に通いギターを嗜む。その後15歳の時に初めてバンドを組むこととなり、ドラムを担当する人がいなかったためドラムを始める。
バンド活動の他にドライバーとしても活動しており、モータースポーツライセンス(国際A級)を所持している。
また自身がプロデュースする居酒屋を大和市にオープンさせた。
【余談】
新テニスの王子様に前田をモチーフとしたM・ノブテール、春畑をモチーフとしたM・ハルハータという名のキャラが登場している。
実は前田が新テニスの王子様の作者の許斐剛と親交があり、「今度南国の代表のキャラクターで登場させてほしい」と直談判した結果によるものである。
ちなみにツベ共和国という架空の国の人物という設定であるが、ツベはもしかしなくともTUBEからきている。
そしてセリフがすべてパピプペポのカオス仕様になっている。
夏に追記修正お願いします。
- 熱闘甲子園のOPED「傷だらけのhero」と「夏よありがとう」の組み合わせが好きすぎる -- 名無しさん (2025-08-31 21:55:02)
最終更新:2025年09月01日 01:19