俺の足には鰓がある

登録日:2025/09/01 (月) 20:14:54
更新日:2025/09/01 Mon 22:35:09NEW!
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『悪の改造人間純情編 俺の足には鰓がある』は富永浩史による1996年発行のライトノベル。略して『鰓』。
レーベルは富士見ファンタジア文庫、イラストはあさりよしとお。
『悪の改造人間純情編』が前後に表記ゆれを起こすこと、また背表紙および富士見公式での表記から、項目名は『俺の足には鰓がある』のみとした。



あらすじ

至極普通の大学生・三ッ葉治は意中の女性である毬華に誘われて、ホイホイと秘密結社『インバーティブリット』に加入する。
そこで彼は三葉虫怪人に改造されてしまうのだ! 彼の秘密結社ライフは……案外ユルい。


鰓脚

さいきゃく。甲殻類などにみられる付属肢で、読んで字のごとく鰓かつ脚。ガス交換を行う呼吸器官であり、これを動かして泳ぐ脚でもある。
脚としての遊泳能力はあまりよろしくなく、別の遊泳用の脚を備えた生物の方が機動性が良いことは劇中でも語られている。*1
本作の登場人物のほとんどはコレを植え付けられた改造人間であり、乾燥に弱い特性を持つ。水道水では塩素が問題になったり、赤土の微粒子が詰まったりと難儀な代物である。


秘密結社『インバーティブリット』

世界征服を目論む悪の秘密結社……なのだが、人体改造を含む水中戦力以外はそれほど極端な技術力はない。その水中戦力も微妙そのものであり、自衛隊に勝てないと明言するレベル。
施設や装備品から、末端の戦闘員に至るまでが海棲性の無脊椎動物モチーフで統一された組織。もちろん本拠だって海底要塞(後述)。
作品の性質上、登場人物のほとんどがこの組織の構成員である。カンブリア紀の生物モチーフが多く、自爆装置搭載。すなわちカンブリア爆発

  • 俺/三ッ葉治/パラドキシデス
表紙イラストの隅っこでうどんすすってる奴。主人公にして語り部。「 おやっさん 」の意味が通じない程度には非オタクの、至極普通の大学生『だったもの』。
惚れた弱みで悪の秘密結社に引き込まれ、あれこれ仕込まれた後に人間をやめる羽目に。顎はなくなるわ脊椎をはしご状神経系に置き換えられるわ、頭を抱える(自動*2)事態に次々襲われる。
その度に驚きボヤきツッコみ考察し、という実におあつらえ向きな小市民 常識的で聞き上手な主人公である。

なお『三葉虫怪人』ではなく『パラドキシデス』な理由は、三葉虫モチーフの怪人は山ほどいるので、学名で区別せざるを得ないから。そういうわけで、本作の登場人物の半分くらいは学名なのである。
オーソドックスな三葉虫であるため防御力は高く、はしご状神経系などの基礎技術のお陰でかなりしぶとい。腕を切り落とされても自分で固定して治せるレベル。
ライダー怪人にも三葉虫はいるが、あちらとは違いガチで三葉虫に手足の生えた代物である。そのため、三ッ葉は姿見に映った瞬間に卒倒するのを繰り返した。腹側ゆえ致し方なし。
他にも食事周りではストレスがたまることを語っている。顎が無くなって咀嚼が出来なくなるのはかなり辛いようだ。

  • 毬華(まりか)/マルレラ
ヒロイン。外見は美人だが中身はズブズブのオタク、それが昂じて悪の秘密結社の改造人間にまでなってしまった女。澁澤龍彦『秘密結社の手帖』を引くあたりが性質悪い。
偽装された幹部試験に合格し、インバーティブリットに加入。手始めに恋人未満な男友達である三ッ葉をスカウトするのだが、その理由は『査定が良くなる』からという実に世知辛いもの。
その甲斐あってか(?)王室女官に出世している。当然本部付なので、三ッ葉も(顔を合わせやすくするために)幹部を志望することになるわけだが……

改造モチーフのマルレラはバージェス動物群の一種、三葉虫様類と呼ばれるタイプ。ザンスカールあたりのMAか異星人の宇宙船と言われたら納得しそうな姿をしている
女性怪人は美観を損なわない程度に留められるため、甲殻も髪や鎧に見える程度のアレンジで済んでいる。足はサービスでハイヒール風のハサミになっている。
なお、戦闘力も幹部待遇なので一般怪人なら容易にあしらえる。

  • 神爪大佐/サンクタカリス
作戦参謀。毬華のスカウトに同道したり、(怪人態の)自分が何者か教えるためにトレードマークの帽子を被ってみせたり、部下の不安をほぐすためとはいえ『幼稚園バス』などと発言することもある、貫目のわりに微妙に軽い人物。
しかし締めるべき所はきちんと締める堅実派で、戦闘力も組織随一のまさに大幹部。そして男前と隙なし。そりゃ毬華もなびくというもの。
サンクタカリスもバージェス動物群の一種。三葉虫やエビっぽく見えなくもないが鋏角類、ウミサソリとかに近い部類の生き物。学名の意味は『聖なる爪』。もじって神爪という命名であろうか。

  • 教授/ヴァンピロテウシス・インフェルナリス
またの名を『無脊椎の教授』。専門が海洋無脊椎動物(さけのさかな)*3なのでそう呼ばれるわけだ。
怪人の改造手術を担当する幹部であり、そのせいかやたらと知識の幅が広い。当然の如く衒学趣味だし、変な改造モチーフ大好きと来る。
ヴァンピロテウシス・インフェルナリスは頭足類で、改造人間としては発光器官による催眠術などの能力を持つ。

  • 艦長/ピカイア
透明潜水艦『グラス・ノーチラス号』(後述)の艦長。
ピカイアは原索動物の一種で、脊椎動物に繋がる道筋の上にいるんだとか。そのものではないのに自慢気なのが面白いひと。

  • 将軍/アノマロカリス
悪の秘密結社の大幹部らしいパワハラ体質。さらに派手好き。
大佐とは対立関係(というか一方的に突っかかる関係)にあり、いちおう大佐派の三ッ葉には当たりが強い。それでも敬礼の仕方を(荒っぽいけど)教えてくれたりと微妙に緩いひと。
アノマロカリスはエビ+クラゲ+カイメンorナマコの合体怪人 バージェス動物群でもぶっちぎりの知名度を誇る頂点捕食者。表紙イラストでも特徴的な口をアオリ構図で描かれている。

  • アサファス・コワエフスキー
ちょっとたどたどしい口調の男。モチーフは丸っこくて目の出っ張った三葉虫。形状を生かした偵察型の怪人。
ロシア人で本名コワエフスキー。本作の安直な名の中でもぶっちぎりだが、変に発生した綱引きの妥協案なのでどうしようもない。

  • セラターガス
各地ごちゃまぜの近畿訛りっぽい喋り方をする男。まめなのか、講習は真面目に受けるタイプ。
将軍派だが大佐派相手にもフレンドリーに話す、噂好きで話好き。
セラターガスはあちこちやたらととんがった三葉虫。目もとんがったところにあるので、コワエフスキーと似たような機能もある。

  • サイコピージェ
鼻面に槍のような長い突起のある三葉虫。見た目通りの突撃兵らしい。
特撮への造詣はそれなりにある模様、という程度のチョイ役なのだが……

  • プテリゴートス
悪の秘密結社の怪人らしい粗暴かつ短絡的な男。当然ながら将軍派で、スペックも派手。
しかし任務の都合で三ッ葉と同居し、同じコタツに浸かりながらウドンをすする仲である。
モチーフはウミサソリ。元の生物からして人間大というデカブツだが、上には上がいるのだから恐ろしい。

  • ハルキゲニア
後輩のなかなか愉快な男。三ッ葉曰く「セラターガスと組ませたい」(意訳)。
元ネタのハルキゲニアは、細長い体に背面の棘が特徴的なバージェス動物群の一種。ちょっとした曰くがあり、それをツカミにしている。

  • アミスクウィア
女性怪人。毬華の同期で、本名は明日美。控えめで大人しい、なんで悪の秘密結社にいるのか疑問なレベルの女の子。
セラターガスと急接近し、三ッ葉からも(当然欲得ずくだが)応援される仲に。
モチーフは細長くてヒレや触角のあるバージェス動物群の一種。イラストではちょっとガラスのクレアな雰囲気。

  • 線虫兵
戦闘員(特撮)。名の通りモチーフは線形動物で、下っ端ではあるがかなりのコワモテらしい。真正面から見た三ッ葉は腰が引けてしまった。
何故線虫なのかと言うと、「すごく数が多いから」。それに言及する教授の比喩は極端すぎて愉快。

  • 女王リリス
インバーティブリット首領、翼足類の怪人。彼女を憚って翼足類の怪人製造は避けられている。避諱かいな。
半透明なローブ姿で、毬華が霞むレベルの美少女だが、眼帯を着けているのが珠に瑕。
男女の待遇差からアブナイ疑惑を持たれているが、実際はそれ以上にヤバい。その一方で、案外話の分かるひとでもある(語り口自体は哲学的でわかりにくいけど)。


装備品および施設

  • グラス・ノーチラス号
透明な電磁推進式潜水艦。全力航行するとP3Cにはあっさり見つかるらしい。どっちが凄いのやら
乗員は鰓脚持ちを前提としているので、船室自体がバラストタンクという構造になっている。結果、沿岸部で潜航するとヘドロを吸い込んですさまじく臭い。
モチーフとなった生物、カリナリア・クリスタータはノーチラス(オウムガイ)というだけあって貝類。殻を持たず透明で、潜水艦のように長細い姿をしている。

  • サルパ級小型透明潜水艇
少人数の移送に用いる潜水艇。操舵手はオオタルマワシことフロニマ、愛称タル。
サルパは樽のような形をした浮遊性のホヤの類*4で、サルパの中に寄生する甲殻類がオオタルマワシ。*5
小型かつモチーフが浮遊性なためか、速力はグラス・ノーチラスの比ではなく遅いらしい。

  • 海底要塞スピロブランクス
インバーティブリット本部。といっても各種機能は地上施設にある*6ので、女王の居城という象徴的な意味合いが強い。
モチーフは学名スピロブランクス・ギガンテウス、標準和名でイバラカンザシというゴカイの仲間。
英語の通称『クリスマスツリー・ワーム』が形状の想像をしやすいだろうか。なお、そのクリスマスツリー×2に見える部分は鰓である。この作品、どこまで行っても鰓。どこまで行っても海中。

  • サジッタ
ラテン語で『矢』。聖闘士星矢でご存じの方もおられよう
ここでは『ヤムシ』(毛顎動物というプランクトンの一種)の意味であり、グラス・ノーチラス号などに搭載されたヤムシ型生体魚雷を指す。
インバーティブリットの持つ、実質的に唯一の火砲。あとはもう怪人による格闘戦しかなかったりする。そりゃ自衛隊には勝てんわ。


機密事項

+ 閲覧権限:幹部候補生以上

三ツ葉のユルかった改造人間ライフは、ここから不穏な影がさしてくる。


  • 蝗王アバドーン
インバーティブリット由来ではない、謎の改造人間。イナゴ型、というか聖書モチーフ
幹部育成プログラムで資料を見た三ッ葉は、『ヨハネの黙示録』の朗読が始まったことに面食らっていた。そらそうよね。

人格というものが感じられない、昆虫的反応をもって改造人間を屠っていくターミネーター。戦術的思考だけはあるのが厄介極まるし、聖句か何かを唱えながら殺戮する様はじつに恐ろしい。
主人公の表現からするに『』風味。背中にはきちんとイナゴの羽がある……左だけ。右側にはサソリの尾とカマキリの前足を組み合わせたような付属肢が生えており、怪人をなで斬りにする威力を持つ。
大佐ががんばって羽を引きちぎったら不思議な事にこんなのが生えてきたらしい。酷い。
それだけでも酷いのに、額の単眼から走査レーザーを放つこともできる。怪人は死ぬ。

インバーティブリットの主敵であり、インバーティブリット怪人が海洋無脊椎生物モチーフであり本部が水中に存在するのも、ことごとくアバドーンへの対抗策である。


  • ヨホイア/アバドーン二号
毬華の主導で製造された、新型改造人間。素体は自衛官、第一空挺団所属の一等陸士。改造前の時点でも(特殊能力抜きなら)素手で怪人に対抗できていた優秀な人材。
脳改造前に救出されるというイカニモな展開でアバドーン側に寝返るのだが、この脳改造はショッカー的なアレではなく、はしご状神経系への適応手術である。
それゆえ、むしろ本来のスペックを発揮しきれない状態にある。しかし元の戦闘力が高すぎるため、特にハンデにはなっていない

ヨホイアはこれまたバージェス動物群のひとつ。鼻面の短いエビかシャコみたいな感じの生物。
棘のような四本指を持つ大付属肢が特徴であり、改造人間としての目玉もそこ。必殺技は拳から棘を生やしてのジャンプパンチ『ドリル・クロー・ナックル』。回転しないので手のひらドリル(物理)ではない。
なお、寝返りの経緯は描かれないため、コイツのノリが良すぎるのか、アイツが普通に説得したのかはわからない


余談

  • あとがきによれば、タイトルを考案したのは作者の弟さんだそうである。
    日本文学史上初の『鰓脚文学』を目指してほしかったらしい……鰓脚文学とは何ぞや。そしてオパビニア・ガン○ムとは。

  • 同じく、教授にはモデルとなった人物が、三ッ葉と毬華には模型的な意味でモデル(作者自作)が存在するとのこと。兄弟でモデラーかい凄いな。
    そのため毬華に関しては、あさり氏は「顔以外は著者のデザイン」「資料としてフィギュアの写真渡されたのは空前絶後」(意訳)と語る。

  • 編集による解説では続編構想を語るくだりもあったが、実現はならず。残念。

  • 90年代後半はネオライダーからも間の開いた時期だったせいか、同じ富士見ファンタジアから『ミュートスノート戦記』(麻生俊平)も登場している。こちらの主人公はライダー相当。


俺たちはwiki籠りなんだ。項目が追記・修正お願いされるのもパターンなのだろう、毬華。


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最終更新:2025年09月01日 22:35

*1 なんならその名を冠した『鰓脚類』=ミジンコにしたって、触角(前足みたいなアレ)で泳ぐほどである。ミジンコの鰓脚は胴体の中あたりでピロピロ動いてるやつ。

*2 脳改造の影響で身体が半自動で動くのである

*3 劇中で教授本人がそう言ってるんだから仕方ない

*4 なお、カリナリア・クラスタータの被捕食者である

*5 余談だが、オオタルマワシがエイリアンのモデルだという都市伝説がある。似てねェ

*6 水中で機能するコンピュータや手術室を作る技術までは、流石にないのである