原文
PAV, NAY
1,
LORON2 plus feu qu'à
3 sang sera
4.
Laude5 nager, fuir
6 grand
7 aux
surrez8.
Les agassas
9 entree refusera.
Pampon10, Durance
11 les
12 tiendra enserrez
13.
異文
(1) NAY : Nay 1590Ro 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1672Ga 1697Vi 1720To 1772Ri
(2) LORON : Loron 1590Ro 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1672Ga 1697Vi 1720To 1772Ri
(3) à : a 1568X 1590Ro 1603Mo
(4) sera : fera 1649Ca 1665Ba 1697Vi 1716PRc 1720To
(5) Laude : Lande 1716PR
(6) fuir : fuĩr 1627Ma, fuit 1653AB 1665Ba 1716PR(a b), fruit 1697Vi 1720To
(7) grand : grands 1649Xa 1672Ga
(8) surrez : surres 1568X 1590Ro, Surrez 1672Ga, serrez 1716PRc
(9) agassas : agɐssas 1605sn, Agassas 1627Ma 1627Di 1672Ga
(10) Pampon : Pamplon 1568X 1590Ro, Pamdon 1627Di
(11) Durance : Outrance 1627Di
(12) les : lez 1716PRc
(13) enserrez : enserres 1568X 1590Ro, enserez 1610Po, en serrez 1716PRc
(注記1)版の系譜の検討のために1697Viも加えた。
(注記2)1605snは3行目agassas の2つ目のaが逆に印字。
校訂
3行目 agassas (カササギたち)について、ブライラーは agacés (苛立つ人々)と校訂した。
クレベールは鳥の名前のほか、アガサ(Agassas)というロット=エ=ガロンヌ県の都市や、アガサック(Agassac)というオート=ガロンヌ県の都市の可能性も示した。
4行目は Pamplon とする原文は極めて稀であるが、ランディはそうした版が実在することを知らないまま、Pampon は Pamplon の誤植だろうとしていた。
日本語訳
ポー、ネー、オロロンは、血よりも火であろう。
オード川を泳ぎ、大人物が合流点へと逃れるために。
カササギたちは入ることを拒絶されるだろう。
パンプローナ、デュランスはそれらを閉じ込められたままにしておくだろう。
訳について
1行目の主語は「ポー、ネー、オロロン」と見なした(LORONはオロロンの語頭音消失)。
動詞の活用とは一致しないが、『予言集』で主語が名詞の列挙である場合、動詞の活用形は最後の名詞に対応する(つまり単数形になる)ことがある点は、
ピエール・ブランダムールや
ブリューノ・プテ=ジラールも認めるところである。
2行目 Laude は l'Aude として読んでいる。また、surrez を serrez / Serres と読むべきとする見解もあり、4行目との韻を考えると確かにありうるが、ここでは原文通り surrez と理解した。
3行目のカササギ(les agassas)は、動詞の活用形からすれば主語でなく目的語であり、主語として il(彼)やon(人々)などが省略されていると見るのが一般的である(前述のように主語と動詞が対応しないことはあるが、それは単数の名詞が列挙されている場合のことである)。
4行目は1568Xの原文に従って読んだ。主語はパンプローナ(またはパンポン)とデュランスの両方とするのが一般的なので、それに従った。動詞の活用との整合性については、1行目と同じ。
既存の日本語訳についてコメントしておく。
大乗訳1行目「パウ ナイ ローロン 火の中でかれらの血が流れ」は明らかに誤訳。plus... que... は英語の more... than... に対応する比較表現である。
同2行目「泳ぐのが見え 人が馬車に乗って走っている」は、おそらく
Laudeに対応する単語が訳から抜け落ちている。
同3行目「アガサス人は入るのをこばみ」は上述の理由によって不適切。
山根訳は
Laudeを「賛美」と訳すなど、伝統的な信奉者側の読みに引き摺られてはいるものの、構文理解はおおむね妥当である。
信奉者側の見解
テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、ポーが
アンリ4世の生まれ故郷であるナヴァル王国の地名であり、デュランスはフランスの川だと注記しているが、それ以外のネー、ロロン、アガサ、パンポンはいずれも訳の分からない言葉だと述べ、詩の意味についての解釈もしていなかった。
だが、
アンリ・トルネ=シャヴィニー(1862年)が PAV, NAY, LORON を「国王ナポロン」 (Napaulon Roy) と並べ替え、ナポレオンの予言と解釈すると、その5年後には
アナトール・ル・ペルチエもトルネ=シャヴィニーの説として紹介し、この解釈は一躍有名になった。
ナポレオンは確かに血統ではなく戦火の中での軍功によって、皇帝の座にのぼりつめた。
2行目
Laude はラテン語の laus からの派生で「称賛」と理解され、「賞賛の中を泳ぐ」(=称賛に包まれる)と解釈される。ナポレオンは確かに国民的な人気を博した。
3行目の「カササギ」はフランス語ではpieとも言うが、ローマ教皇の名ピウスのフランス式綴りも Pie なのである。ゆえにここではナポレオンと確執のあったピウス6世、ピウス7世の2人が的確に予言されていたと解釈される。
同時代的な視点
ナポレオンとする解釈は良く適合しているようにも見えるが、細部に疑問がある。信奉者側の解釈では
Laude,
Pamponなどはラテン語由来の造語と理解されることが多いが、これらが単なる地名とすれば、ナポレオンに詩の情景が合致しているとは言いきれなくなってくるからだ。
レオニは、アンリ・ド・ナヴァル(のちの
アンリ4世)の誕生(1553年)と関係がある可能性を示しているが、詩の状況は余り適合しているようには思えない。むしろ15世紀から16世紀にかけて、ナバラ王国の領土が急激に揺らいでいった情勢と関係があるのではないかとも思える。
なお、
ピーター・ラメジャラーは、仮に「カササギ」がピウスを暗示しているのなら、ノストラダムスから見て過去のピウス、つまりピウス2世(在位1458年-1464年)やピウス3世(在位1503年)に関わりがあるのではないかとしている。
ちなみに1559年から1565年にはメディチ家出身のローマ教皇ピウス4世が在位していた。
詩百篇第8巻が1558年に出版されていたのなら何の関係もないが、そうでなかった時のために参考情報として付記しておく。
断片的な参考情報をさらにつけくわえておくと、1行目の「血より火」について、
エヴリット・ブライラーは、挙げられている都市で流血の犠牲よりも建物の焼失の被害が大きいことを示している可能性を指摘している。
2行目について、ピーター・ラメジャラーは古代ローマの
マリウス(未作成)を連想させるとも述べている。
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コメントらん
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- ナポレオンによるスペイン侵略を語るのに首都でなく、パンプローナを挙げるのはここにアナグラムがあるってことだが、余白が狭くて書ききれない。 -- とある信奉者 (2010-09-18 22:13:08)
最終更新:2020年05月11日 01:38